第12話 乱を望む者たち
「さて、まずはミングスに向かうわけだが……ルナよ、お前は今回の件をどう考えておる?」
ミングスの街へ向かう馬車の中、アルミムは目の前の自らの娘を試すようにそう問いかけた。
ルナは顎に手を当てると、少し考えこむような素振りを見せ、そして彼女なりの解釈を述べる。
「そうですね……基本的にはムラシーンに献上したものを、力の弱った王家に対し、利子を付けて返せと言ってきただけ。今回の話を単純化すると、ただそれだけのことだと思いますよ」
王家の人間であるにもかかわらず、あっさりと冷静な評価を下してみせた娘をその目にして、アルミムは嬉しそうに微笑む。
「なるほど、中々核心を突くいい回答じゃな」
「ありがとうございます。まあ昨日の彼らの姿を見るに、最初はそこまで強欲なつもりもなかったけど、お互いの姿を見て引込みがつかなくなっただけかもしれませんね」
「ふむ……ありえる話じゃな。で、お前は彼らをどう裁くべきだと思っているのかね?」
アルミムのさらなる問い掛け。
それは当初王家を代表して一人で交渉に向かうと言ってのけた、ルナに対するテストを兼ねるものであった。
だがそんな彼の問いかけに対して、ルナは彼の想定を超える言葉を切り返す。
「あら? 今それを問われるということは、この視察はポーズだと、そう理解して構わないのですね」
微笑みながら今回の視察の全てを言葉にしてみせた娘を目の当たりにし、一瞬アルミムは息を飲んだ。
そしてそれと同時に、彼の脳裏には、一人の黒髪の男の顔がスッと横切る。
「……なるほど、伊達にあの男の下へ通っていたわけではないということか」
「あの方はあまり政治的な話は好まれませんけどね。あくまで武術の師です、アイン先生は」
いつも露骨にめんどくさそうな表情を浮かべてはいたものの、彼女の師は投げかけた質問には全て答えてくれていた。ただ、彼がこれ以上内政に関与したくない事を理解していた彼女は、あえてその事実を伏せる。
一方、その回答を寄越した際のルナの表情を目にして、アルミムはまったく異なるひとつの不安を覚えた。だからこそ彼は、念を押すように彼女へと言葉を返す。
「武術のなぁ……まあ別にそれでも良いが、あの男はダメだぞ」
「あら、一体何がダメだというのですか?」
父親の思わぬ反応がおかしかったのか、ルナはニンマリとした表情を浮かべながらそう問い返す。
すると、アルミムはとっさに言葉を返すことができず、苦虫を噛み潰す表情を浮かべた。
「それはお前が一番わかっておるじゃろ」
「ふふ、わかっていますよ、お父様。せっかく滞在してくださっているあの方に迷惑をかけ、帝国の二の舞いになるのは私もごめんです。繰り返しますけど、あの方はあくまで武術の師ですよ、今のところはね」
「今のところ……か。まあ現状は、それで納得するとしよう。それでだ、お前宛にいくつかの縁談が――」
この用件を切り出すときいつもするりと逃げられ続けたため、逃れようのないこの密室で、今回の旅におけるアルミムの真の目的を口にしかける。
しかし、そんな彼の言葉を遮ったのは、馬を操縦していた御者の叫び声であった。
「た、大変です!」
前方から放たれた金切り声を耳にして、最初に反応を見せたのはルナであった。
「どうしたの?」
「前方に武装した一団が! ぞ、賊です!」
「何、賊だと!?」
まったく予期せぬ御者の言葉に驚いたアルミムは、馬車の窓へと駆け寄ると、慌てて進行方向である前方へと視線を走らせる。
すると彼は、視線の先に何十もの武装した男たちが矢をつがえながら彼らを待ち構える光景をそこに見た。
「馬鹿な、我が護衛の数倍以上だと!? なぜこんなところに、あのような連中がいるのだ」
「陛下、顔を出されてはいけません。馬車の中にい……グフッ」
御者が馬車の窓から顔を外に覗かせていたアルミムをたしなめようとしたその時、彼の胸には一本の矢がまっすぐに突き刺さる。
そうして御者が崩れ落ちた瞬間、続くように再び前方から矢が放たれた。
「お父様!」
御者を失い、更に馬車目掛けて矢が降り注がれているのを目にしたルナは、父親の体を手で捕まえると、次の瞬間馬車の外へと転がり出す。
二転、三転、四転。
ルナは全身を強打しながら、父とともに地面を跳ねるように転がり、大きな岩にその身をぶつけたところで、ようやく彼女らの勢いは止まった。
一方、彼女らが乗っていた馬車は、まさにそのタイミングで弓の斉射を受ける、そして矢をその身に受けた馬が地面に崩れると、激しい物音とともに馬車は横転した。
「お、お父様……大丈夫……ですか?」
激しい物音をその耳にしながら、ルナはあえてそれを無視し、抱えていた父に向かって声をかける。
しかし目の前の父から返されたのは、絞り出すような声であった。
「う、うう……に、逃げよ、ルナ」
「お父様!」
父の表情と言葉を目にして、ルナは再び呼びかけを行う。
だが、父の口からそれ以上の言葉が紡がれることはなかった。
「ふふ、飛んで火にいるなんとやらってね。わざわざ僕らのためにここまで来てくれるなんて、本当にご苦労様、アルミム。そしてお前たち、さっさと周りの護衛を片しちまいな」
賊の先頭に立っていた長髪の男は、馬車から飛び出したアルミムが起き上がれないのを見て取ると、右の口角を吊り上げる。
そして先ほどの弓の斉射にて大きく数を減らし動揺隠せぬ護衛達をその目にしながら、部下たちに向かってそう命じた。
「ほ、報告します!」
西方会議を再来月に控えその準備の為の会議を行っていたカイル達は、突然室内に飛び込んできた顔面蒼白の兵士に向かって、一斉に訝しげな表情を向ける。
すると、息を切らせたその兵士は、途切れ途切れになりながらも、最悪と言っていいその報告を口にした。
「北へ……そう北部へ調停に向かわれていたルナ様とアルミム様ですが……ムラシーンの意思を継ぐ者などと名乗る者たちにより襲撃を受け……その身を捕らえられたとの由にございます!」
報告を耳にした瞬間、会議室内は静まり返る。
そんな中で最初に口火を切ったのは、カイルの最も信頼するラインドル軍将軍であり近衛隊長の男であった。
「何だと! それは間違いない事実か!?」
彼が瞬間的に放った怒気は、報告に駆け込んできた兵士の息を一瞬止める。
しかし、兵士はすぐに何度も首を縦に振ると、その確認に対し肯定を示してみせた。
「も、申し上げにくいことながら、連中からの通告文と護衛部隊の数少ない生き残りが同一の報告をみせており……」
その言葉が発せられた瞬間、再び会議室内は沈黙に支配された。
「ルナ……父上……」
ポツリとこぼされたカイルの言葉。
その中には万感の思いが込められていた。
そしてその内心を理解したからこそ、ラインドル軍将軍であるマルフェスは僅かな間をおいた後に、報告兵に向かい確認の問いかけを行った。
「ムラシーンの意思を継ぐ者……か。それで、そいつらの正体はわかっているのか?」
「それが、ムラシーンの支配していたクレッセンドの外れで襲われたことから、やはりかつてムラシーンの恩を受けた者たちの寄せ集めではないかと思うのですが」
問い掛けられた報告兵は、恐る恐ると言った体でそう口にする。
すると、マルフェスはその回答を耳にするなり、ややキツイ口調で重ねて詰問した。
「それはお前の推測か? それとも何か根拠があっての回答か?」
「何ら根拠となるものは……ですが、奴らの通告文には、二人の身柄と引き換えに、現在のクレッセンド領の独立と多額の身代金を要求する旨が書かれております。ですので、やはりその可能性は否定出来ないかと」
兵士はややたじろぎながらも、脅迫状に等しいその通告文の内容をその場にいる者たちに報告する。
その瞬間、会議室内にいた者達はお互いの顔を見合わせ、各所にてささやくような声が漏れ始めた。
「……どう致しますか、カイラ様」
カイルの隣の席に腰掛けていたマルフェスは、他の者に聞こえない程度の声でそう問いかける。
「本当は軍を差し向けたい。だが……」
「西方会議……ですか」
本来この場で話し合われているべき主題。
その存在の重さと厄介さを理解したマルフェスは、カイル同様に渋い表情を浮かべる。
「ああ。さすがに独立を主張する領地に対し、征伐に正規軍を派遣している中、それを置いて西方会議に足を運ぶのは不可能だ。今のこのラインドルの内情を考えてもそうだし、会議における立場もある。それに何より、父上方のお命のことも……ね」
「アルミム様とルナ様ですか……」
捕らえられたと報告を受けた二人の存在。
それを考えるだけで二人の声色は途端に憂いの色を帯びた。
「おそらく二人の命を優先して僕が動けば、父はその選択を決して許してくださらないだろう。何のために自分が席を明け渡したのかってね。でも……」
父親の性格を誰よりも知っているが故、カイルはそう口にすると、軽く下唇を噛む。
そんな彼の表情を目にしたマルフェスは、止むを得ないとばかりに、内に秘めていた一つの提案を持ちかけることにした。
「カイラ様。私に一つだけ、妙案があるのですが」
「妙案?」
思いがけぬマルフェスの物言いに、カイルはやや驚きを含んだ声を発する。
その言葉を耳にしたマルフェスは、周囲を一度見回し、改めて他のものに聞こえぬよう声を絞りながら、カイルに向かってその内容を口にした。
「はい。いや、正確に言えば、妙案を出してくれそうな男に心あたりがあると言えばお分かりでしょう」
マルフェスの意図している人物。
この報告を受けてから、カイルとてその人物の存在を頭の中によぎらせなかったわけではない。
しかしながら、その人物と直接契約を結んだ彼だからこそ、その名前を口に出すのはためらわれた。
「あのお方のことですね」
「この非常時に、この国の中に存在する最も有能なものを、遊ばせておく手はありません。ここはやはり、あの男に協力を仰ぐべきでしょう」
「……ですが」
カイルとて、内心ではマルフェスの考えに賛成ではあった。
だが最初に結んだ契約の存在、そしてそれ以上に二度もこの国のために力を借りることに、彼は躊躇せずにはいられなかった。
一方、そんなカイルの考えを理解しながらも、あえてマルフェスはその背中を強く押す。
「わかっております。彼とはあくまで研究者として遇すると約束されていることは。ですが同時に、あの男にはルナ様の指導も依頼されているはずです。ズルいと言われるかもしれませんが、教え子を救出してくれるよう師匠に頼むという形式を取るのはいかがでしょうか?」
「この国の為に、妹をダシにするわけですか……」
「他に何か良い方法が思いつきますか? あの男の知恵を借りないという選択肢を含めても構いませんが」
決して敬意は失ってはいないものの、二人だけの会話であったため、マルフェスはやや砕けた言い回しでカイルへと問いかける。
そしてその問いは、カイルにとってのまさに言葉通りダメ押しとなった。
「わかりました。あの方に頼むことにしましょう。ただ……本当にあの方は手伝ってくださるだろうか」
カイルはそうこぼすと、やや不安げな表情を浮かべる。
しかしそんな彼に向かい、マルフェスは確信を持った表情で口を開いた。
「ふふ、私はぶつぶつ文句を言いながらも手を貸してくれると思いますよ。何しろ、あの男は昔から身内に甘い。それはかつて戦場で肩を並べた我々が、最もよく知るところでしょう」
「そう……ですね。恥ずかしながら、今回もあの方の甘さにすがるとしましょう。ここには本来存在しないはずの、救国の英雄殿の甘さに」
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