第18話 父と娘
「か、壊滅だと……我がフィラメント軍が、一瞬で……」
フィラメント軍本体より後方に配置され、主に補給と治療の担当として待機していたメディウムの部隊は、目の前で起こった惨状に凍り付き身動き一つ取れずにいた。
それは彼らを指揮する魔法王メディウムも同様である。
一瞬で軍が消失してしまった現実を、未だ事実として受け入れることができず、彼はただただその場に呆然と立ち尽くしていた。
しかし彼の部下の一人が、現在の危機にようやく思いが到ると、メディウムの意識を現実に引き戻そうと声を張り上げる。
「メディウム様! 今すぐに退却のご準備を。すぐにでも帝国軍の追撃があるやもしれません」
「あ、ああ。だが、まだ生存者がいるかもしれん。彼らを見捨てるわけには……」
退却を進める部下に対し、メディウムは迷いを見せて、その場を動こうとしない。
普段は物事を深く熟考し、詳細な検討を行った上で判断する魔法王。
しかし戦場であるこの場において、その決断力の遅さは部下にいらだちを覚えさせる。
「ですが!」
「う、うむ。君がそう言うならば、確かに一度この場を離れよう」
部下の強い口調を受けて、戸惑いを見せながら、押し切られたかのようにしてメディウムは首を縦に振る。
しかしそのタイミングで、突然の凶報が彼の下へと届けられた。
「た、大変です。敵の一部隊が、我が隊目掛けてまっすぐに突っ込んできます!」
「馬鹿な、たった今奴らは、集合魔法を放ったばかりぞ。にも関わらず、もう動き出したというのか! 一体、どれくらいの部隊なんだ?」
帝国軍が集合魔法を放ってから、まだほんの僅かしか時間は経過していない。にも関わらず、早くも敵が押し寄せてきたことに、メディウムは動揺を隠せなかった。
「それが……たった五名です。ですが、我が部隊は彼らをまったく食い止めることができず……間もなくここまで突破されます!」
「なに、たった五人だと! 冗談は休み休み言え。いくら我が家が治癒魔法に特化しているとはいえ、その程度の敵など押し返すことなど訳もないだろう」
部下から敵部隊の人数を告げられるなり、メディウムは顔を真っ赤にすると、彼を怒鳴りつける。
メディウムの怒りを向けられた兵士は、青い顔をしながら首を強く左右に振った。
「や、奴らは化け物です。急ぎ脱出を!」
「馬鹿な。なぜ五名を相手に、そんな慌てる必要が――」
無理やり自らの背中を押して、馬へと押し付けようとする兵士に向かい、メディウムは抗議を口にしかかる。
しかし、彼の言葉を遮ったのは、緊張感とは無縁の聞き覚えのない声であった。
「すいません。うちにはちょっとだけ、非常識な奴が混じっていましてね。さて申し訳ないのですが、魔法王殿。ここから立ち去られる前に、少し私のお話を聞いて頂けませんか?」
「だ、誰だ!」
戦場には似つかわしくないどことなく気の抜けたその声色。それを耳にした瞬間、メディウムは慌てて後方を振り返る。
彼の視線の先には、初めて目にする不可思議な人物たちが存在していた。
メディウム付きの部下たちを次々と昏倒させていく赤髪の男に、声をかけてきただらしなさ気な黒髪の男とフードを被った一人の女性。
それに加え、魔法王を守らんと駆けつけてくる兵士たちを近づけさせない、剣をふるう若い二人組の男女。
そんな彼らを目にした瞬間、メディウムは目の前の五人こそが、先ほど部下が報告した兵士たちだと理解した
「ああ、失礼。立ち去ろうとされていたので、慌ててお声掛けさせて頂き申し訳ありません。改めまして、初めまして。私はクラリス外交大使を務めている者です」
「クラリスの外交大使……ま、まさかユイ・イスターツか!」
大陸西方にて既にその名を知らぬ者がいないクラリスの英雄。そしてフィラメントの者にとって、いや魔法士にとってはまさに天敵と噂される男。
目の前の男がまさにその当人だと知り、メディウムは無意識に一歩後ずさる。
「ああ、私のことをご存じなのですね。それは手間が省けて助かります。おそらく貴国では悪名高いユイ・イスターツです。以後お見知り置きを」
「本物……なのか? しかし本物なのだとしたら、一体どうして貴様がこんな場所にいる?」
「ああ、それは当然の疑問ですね。今回の戦いに無関係の外交官が、こんな戦場にいるのは確かに不自然。全くもって、お考えはごもっともです。ですが、私があなたの前に姿を現した理由は簡単です、メディウム殿。この私が……いえクラリス王国が、この戦いの仲介役となります。ですので、この辺りで矛を納め、和平を考えるおつもりはありませんか?」
予期せぬユイの申し出に、思わずメディウムは唾を飲む。
そしてすぐに彼は眉間にしわを寄せると、現状と余りに乖離した提案を行うユイに対し、疑うような視線を向けた。
「和平だと? そんなことができるはずが無かろう。我が軍は見ての通り壊滅し、今や私は部下に逃亡を迫られる身だ。にも関わらず、どうして帝国が和平など受け入れよう」
「はは、確かにごもっともなご意見です。ですが、そこは私どもを信頼して貰いたい」
「のこのこ貴様を信じて奴らの前へと出て行き、我が首が取られぬとどうしてそう思える?」
「そうだ、貴様等はメディウム様を嵌めるつもりだな。この卑怯者共め!」
メディウムを馬へ誘導しようとした彼の部下も、目の前の胡散臭い黒髪の男を睨みつけて、罵声を浴びせる。
そしてすぐに彼は、魔法式を編み上げ始めるとともに、腰の剣に手を伸ばした。
一方、そんな彼らの反応に困った表情を浮かべたユイは、頭を掻きながら余りに辛辣な、しかし否定しようのない事実を口にする。
「確かに。でも、それは同じ事ですよ。ここで国へ逃げ帰っても、もはや国力の落ちた今のフィラメントにどうして帝国が侵攻しないでしょうか?」
その端的な事実を告げられ、メディウム達はたちどころに言葉を失う。
そしてそんな彼らに向かい、ユイは回答を急ぐ素振りを見せず、苦笑いを浮かべ沈黙を守った。
「……要するに早いか遅いかの違いと、貴様はそういいたいのか?」
しばしの沈黙の後、メディウムは探るような視線をユイに向けつつ、そう言葉を発する。
その言葉を受けたユイは、小さく一度頷くと、再度彼らに向けて問いかけを行った。
「ええ、その通りです。もう少し言葉を足させて頂くと、フィラメント内での戦闘、それも一方的な帝国の蹂躙が貴国に何をもたらすか、王である貴方ならばお分かりでしょう? ですが、私の提案に乗っていただければ、万が一の和平の可能性も存在する。それだけでも、十分検討に値すると思いますが」
「確かにそれはそうかもしれん。しかしこの提案が貴様にとって、いやクラリスにとって何のメリットがあるというのだ、イスターツ?」
「メリット……ですか。そうですね、帝国の南部に貴国という存在が残ることで、我が国への帝国の侵略の手が鈍る。そんな理由で如何でしょうか?」
明らかにその場で取り繕ったようなユイの言葉に、メディウムはその真意を測りかねると、不快感を露わにする。
「どうして我らに問いかける。もしや貴様は私を愚弄しているのか?」
「いや、そんなつもりは毛頭ないのですが……」
しまったなとユイは頭を掻きながら、ごまかすような曖昧な笑みを浮かべた。
だがその態度を目にしたメディウムは視線をより険しいものとする。
すると、ユイの後方に控えていたフードを被った女性が、彼らの会話に突然割り込んできた。
「それは私が頼んだからですよ、お父様」
そう口にした女性は、ゆっくりと顔を覆い隠したフードを外す。
首元に隠されていた長い赤髪がこぼれ落ち、少し目元のキツイ端正な顔が露わとなった。
その顔を目にした瞬間、メディウムは唇を震わせる。
「ナ、ナーニャ……」
「ご無沙汰いたしております、お父様。まさか再びお会いする事ができる日が来るとは……このナーニャ、露ほどにも思っておりませんでした。ましてや、その場所がこんな戦場だとはです」
ほとんど表情を変えること無く、一度頭を下げると、抑揚の少ない声でナーニャは自らの父へとそう告げる。
「……まさかイスターツと伴にこの場に来るとはな。報告には聞いていたが、つまりは帝国ではなく、クラリスにおまえはいると、そういうことで間違いないのだな?」
「はい。各地を放浪し、そして彷徨い込んだ街で刹那的な生き方をしているところを、隊長に……いえ、イスターツ様に拾って頂きまして。お陰でこうして、おめおめと生きながらえております」
「そうか……いや、お前が無事ならばそれでいい」
メディウムはその場で両目を閉じると、わずかに俯く。
そしてそのまま黙りこんでしまった彼に向かい、ナーニャは再び平坦な声を発した。
「お父様。勘当された……いや、ディオラムを追放された私が言って良いことではないかもしれませんが、閣下のご提案をお受けになり、和平をお考えください」
「しかしそれは……いくらお前の言葉といえど、そうやすやすと提案に乗るわけにはいかん。これは極めて高度な政治的判断を必要とする事項なのだ。冷静に物事を分析し、皆で議論した上でだな」
「それですぐ結論は出るのですか? 帝国に攻め滅ぼされるその日までに」
「そ、それは……」
ナーニャの声は次第に強い感情が込められ始め、次第に彼女は父に向かって詰め寄って行く。
「お父様はとてもお優しい。そして人のことを思うことができる、素晴らしいディオラム家の当主だと思います。ですが、その優しさと思いやりは、魔法王として明らかな欠点です。本来国王選に敗れて当主の座から退かせておくべきだった二人の暴走を許し、フィラメントを戦争へと踏み込ませたのはお父様の甘さが故。そして今度は優柔不断さから、戦争の終え方を間違えようとしています」
彼女は一気にそう言い切ると、非難の感情を隠さぬ視線でメディウムを睨みつける。
その冷たく鋭い視線を浴びせられたメディウムは、口を動かして何かを反論しようとするも、何も言葉を形作ることができなかった。
昔と変わらぬそんな父を目にして、ナーニャは悲しげな瞳を揺らしながら、首を左右に振る。
「私は今日の今日まで、ディオラムという姓を呪っておりました。治癒魔法が使えず禁呪の扉を開けてしまった故に、追放されることになってしまった我が家を。しかしそれでも、私が生まれた場所が変わるわけではありません」
「ナーニャ……」
「お父様。私はどんなに憎んでいようともディオラム家に、そしてフィラメントに存続して欲しいのです。だからこそ私はイスターツ閣下に頭を下げました。もし可能であれば、フィラメントを存続させてくださるようにです」
不本意であったにせよ、かつて自らの下から追い出した娘からの告白。
彼女の言葉に嘘偽りの色は一切含まれず、ただ純粋な思いだけが言葉を形作っていた。
だからこそ、そうだからこそ、決断しかねていたメディウムの背中を彼女の想いはそっと後押しする。そうして、彼の思考に一つの方向性を与えられた。
だがそれでもなお、彼は自らの判断でフィラメントの歴史を左右する決断を下しきることに迷いは拭いきれず、歯切れの悪い言葉を口にする。
「……お前の気持ちは分かった。確かにお前の言うとおり、このまま壊滅すれば魔法王国は永遠に失われるかもしれん。だから、すぐに残ったもので相談し――」
「お父様! あの時もお父様だけが私の追放に反対なさっていたこと、本当は知っています。でもあの時も最終的にお父様は決断できず、耐え切れなくなった私は家を飛び出しました。でも、今度はかかっているものはこの私などではなく、ディオラム家でありフィラメントの未来なんですよ。そしてそれを決めるのは魔法王の役目です。そう、決して他のだれでもないお父様の役目です!」
瞳に涙を浮かべながら、ナーニャは父へと決断を訴えかける。
かつて一度は突き放したはずのナーニャ。そんな彼女の言葉は、メディウムの胸に深く突き刺さる。
そして彼は眉間に深い皺を寄せ、一度大きな溜め息を吐き出すと、ぼんやりと側に突っ立っている黒髪の男へと言葉を発した。
「……イスターツ殿」
「はい、何でしょうか?」
明らかに先ほどまでとは異なる口調で話しかけてきたメディウムに対し、ユイは穏やかな口調で聞き返す。
「帝国と会談がしたい。申し訳ないが、繋いでもらえないだろうか?」
「もちろん喜んで。それでは、私の友人である皇太子のノイ――」
魔法王の決断を歓迎するようにユイはニコリとした笑みを浮かべ、ノインへの面会を口にしかける。
しかしその瞬間、突然ユイの言葉を遮るように、メディウムの後方から魔法を唱える声が発せられる。
「ジャーマランサ・エルドブレ」
「グフッ……ば、ばかな」
突然出現した炎の槍は、身動きさえ取ることができぬまま、後方からメディウムの腹部をまっすぐに貫いた。
腹部に大穴を空けたメディウムは、崩れ落ちそうになる体をどうにか支えながら後方を振り返る。
彼の視線の先には、帝国軍の集合魔法にて兵達とともに消え去ったと考えられていた、一人の男の姿があった。
「我が軍は壊滅だ。だが貴様等の命は貰っていくぞ、メディウム。マイスムは、マイスムは決して貴様らディオラムの傘下には収まらん」
「な、何を言っておるのだ……フィレオ」
貫かれた腹部を抑えながら、理解できないという表情でメディウムは問いかける。
しかしそんな彼に向かい、フィレオは一方的な弾劾を口にした。
「貴様の企みはわかっている。ここでマイスムとミラホフの主だったものが死亡し、その隙に帝国と手を結んで、フィラメントをディオラムのものとしようとしておるのだろう。だが、絶対にそんなことはさせんぞ」
「そんなわけがあるか。私は、私は……ブフォッ」
逆恨みというよりも言いがかり。
そんな理由で失われゆく自らの命を見つめながら、反論を口にしようとしたメディウムは、それ以上言葉を発すること無く、代わりに大量の血液を口から吐き出す。
そしてそのまま彼は、戸惑いと無念の表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちていった。
「フィレオ! てめえ!」
その怒声を耳にした瞬間、ユイは隣の女性の脳の血管が切れる音を聞いた気がした。
彼女が怒りを見せること自体は、決して珍しくない。
しかしこれほどの怒り、そして悲しみ、そんな感情をストレートに前面に現すナーニャの姿を彼は初めて目にした。
「おっと、これはこれは。誰かと思えばディオラムの廃棄姫ではないか。そういえば貴様はイスターツと伴にいたのだったな。ふん、帝国だけでなくクラリスとも手を組んで、父親と共に国を売るつもりだったということか? この売国奴め!」
「あんたが一体何を言っているのかはわからねえ。だが廃棄姫なんて懐かしい名で呼んでくれるじゃないか」
ナーニャは突き刺すような視線をフィレオへと向けながら、一歩前へと進み出る。
「ふん。父親と違い、こそこそせず威勢だけはいいな。だが貴様にも死んでもらう。マイスム家がフィラメントの頂点に立つ上で、ディオラムの血縁は一人足りとも存在してはならない」
そう口にしたフィレオは、狂気にかられた笑みを浮かべながら、その場で魔法式を編み上げていく。
「ナーニャ、退いてくれないかな。私が相手するよ」
フィレオの編み上げようとする魔法式を目にしたユイは、ナーニャの肩に手を掛けると、わずかに力を込める。
しかしその手は、あっさりと払いのけられた。
「隊長、悪いけどすっこんでてくれないか。あんたのアレが魔法士と相性がいいのは知っている。だが、ここでアタイが命を張らなきゃ、いつ張るというんだい?」
ユイの方を振り返ること無く、ナーニャは彼の気遣いに感謝しながらも、その提案を拒絶した。
「……わかったよ。君に任せる」
「ありがとう、隊長」
「ほう、本気で傍観するつもりか、イスターツ。貴様のあの邪法に対する対抗策を見せてやろうと思ったが……まあいい。そこの廃棄姫を殺した後は、どうせ貴様にも消えて貰うのだからな。順番が少し変わるだけだ」
ユイとナーニャのやりとりを目にしていたフィレオは、右の口角をわずかに吊り上げると、魔法式を完成させた余裕からか見下すような視線を二人に浴びせる。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ、おっさん。隊長の出番なんかねえんだよ。あんたはここでアタイに殺されて死ぬんだ!」
「ふん、小娘がなめた口を。身の程を思い知るがよい。マイスム家秘術、プルガトリオジャーマ!」
その呪文を口にした瞬間、フィレオの前には膨大な煉獄の炎が生みだされる。そのあまりの炎に迫力に、わずかばかり残っていたメディウムの部下たちは圧倒され、我先にその場から逃げ出す。
しかし彼のその魔法を目にしたナーニャは、まるでなんでもないことのように鼻でフィレオを笑った。
「はん、確かにすげえ魔法だ。だけど、所詮はただのすげえ止まりだな」
「なに?」
「あんた、まだ気づかないのかい? べらべらしゃべっていた自分が、すでにアタイの作り上げた魔法の結界内にいるということを。そしてあんたは知らないのかい? ディオラムの廃棄姫がなぜ廃棄されたのかを。アンティレスレクシオン!」
ナーニャがその呪文を唱えた瞬間、彼に気づかれること無くフィレオの頭上に産みだされていた魔法陣が輝きを放ち始めると、彼の編みあげていた炎は突如その魔法陣に喰われ始めた。
そうして瞬く間に炎は消失する。
すると、ナーニャの編み上げた魔法陣は喰い足りないとばかりに、次は真下にいる生命体へと襲いかかった。
「なんだこれは! 私の命が奪われて……いや、吸い取られていく。ま、まさか、吸血? 貴様が至ったという禁呪は、よもや大禁呪か!」
フィレオは自らの身体からものすごい勢いで失われてはならないものが、倦怠感とともに急速に失われていくのを体感する。しかし、たちまち生命力を搾り取られていった彼には、もはやその空間から逃げ出すことさえ叶わなかった。
「治療魔法の一家に生まれながら、真逆となる人の生命力を奪い取る魔法に至った魔法士。それがあんた達が廃棄姫と呼ぶ、このナーニャ・ディオラム様さ」
「大魔導師フィラメントでさえ危険のあまりに辿り着くことを断念した大禁呪を、貴様のような小娘が扱うだと! 馬鹿な、そんなことが。くうぅぅ……わ、私の魔力が、生命力が」
既に立っていることさえ叶わなくなったフィレオの体から、次々と透き通るような赤い光が抜け出してゆき、魔法陣の中に取り込まれていく。
一見、それは幻想的な光景であった。
しかし、膝を折ってその場に崩れ落ちたフィレオが、その場で喘ぎ始めたところで、途端に残酷な光景へと一変する。
「あんたの臭い魔力や生命力に興味はないんでね。こいつは全て破棄させてもらう。そのまま全てを失ってくたばりな。そんな最後があんたにはお似合いさ」
冷酷なナーニャの一言がその場に響き渡ると、フィレオの体から発せられる赤い光は急速に減少し始め、全てを絞り尽くした瞬間、彼の頭上に編み上げられた魔法陣は空中で霧散する。
そしてその場には、もはや何らの反応を示さなくなった、フィレオの横たわる姿だけが存在していた。
「ナーニャ……大丈夫かい」
「ああ……何も言わないで。お願いだからさ」
フィレオの魔力を吸い取ること無く、禁呪魔法を使用することでほぼすべての魔力を失ったナーニャは、崩れ落ちそうな体をユイに委ねると、わずかに背中を震わせながらそう返答する。
いつしかその空間にはただの静寂だけが満ちていった。
しかし、そんな静寂が長続きすることはなかった。
とある男の引き笑いが、その空間に響き渡ったためである。
「フフフ。いやぁ、実に良いものを見させて頂きましたヨ」
「だれだ?」
突然放たれた薄気味悪い笑い声の主に向かい、ユイの胸に体を預けていたナーニャは、怒り交じりに声を発する。
彼女が声を発した先にいた者。
それは指をしゃぶりながらひずんだ笑みを浮かべる、最後の御三家当主であった。
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