第7章 エルムンド編

第1話 三家会議

 フィラメント魔法公国。

 西方一の魔法大国で知られるこの国家は、大賢者と呼ばれるフィラメントの弟子達が作り上げた学園都市を母胎とする国である。


 周囲の国家と異なり、国のトップとなる指導者は魔法王と呼ばれ、この国の起こりに関わるフィラメントの三人の弟子の家から輩出される規定となっていた。

 しかしながら、王といえどもあくまで国家経営はディオラム家、ミラホフ家、マイスム家の三家の合議制によってなされており、これまではこの三家の中での絶妙なバランスによってこの国は運営されてきた。


 そしてその三家の会議によって決まった方針を、魔法王は国の看板として実行する役目を担うのである。そして四十五代目となる今代の魔法王は、ディオラム家の当主であるメディウム・ディオラムが務めていた。


「メディウム殿、ケルムの皇帝は我らになんと言ってきましたかな?」

 攻勢魔法の権威であるマイスム家の当主フィレオ・マイスムは、魔法士とは思えぬ鍛え上げられた肉体をディオラムへと向け、彼に問いかけた。


「我が国から輸出している魔石の値下げと、帝国内のフィラメント関係者の公職追放を黙認すること。そして多額の賠償金とエベロリムルの割譲だ」

 忌々しげな表情を浮かべながらディオラムが帝国の突きつけてきた条件を口にすると、フィレオは目を見開いて怒りを露わにする。


「エベロリムルの割譲だと! あの土地は我が国の貴重な魔石採集地ではないか。そんな条件飲める訳ないだろう」

 エベロリムルは魔法公国北部にあり、魔法公国内の魔石の四割を同地から産出している土地である。

 他の条件も決して二つ返事で飲めるものではなかったが、同地の割譲は魔法公国の経済的死を意味する。それ故、フィレオはその条件を耳にするなり眉を吊り上げると、椅子に座ったまま怒鳴り声を上げた。


「落ち着きたまえ、フィレオ殿。連中はただ駆け引きをしておるのだよ。おそらくエベロリムルの割譲などできぬ事は承知の上さ。その上で、落としどころを探ろうとしておるに過ぎん」

「ぬう……しかし、たかがスパイ騒ぎ程度で領土割譲まで迫ってくるとは。やはり帝国の奴らは強欲すぎる。だから奴らは信頼できぬのだ」

 なだめるメディウムの言葉を耳にしながらも、フィレオは怒りを収めることができず目の前のテーブルを拳で叩く。


 そんな緊迫した会議の空気の中、一人雰囲気を異にする人間がそこに居た。自分の右中指の爪をふやけるほどしゃぶりながら、時折意味もなく引き笑いをする男。ミラホフ家当主のウイッラである。

 彼は二人の男の話を指をしゃぶりながら耳にし、そして唾液を指に纏わりつかせながら突然言葉を発した。


「ウヒッ。ウヒヒヒヒヒッ。ケルム……魔法を冒涜する国家。あのような魔法を使うもの達は極刑に値するよ。その汚れた身体の血は浄化されるべきだ。轢死、老死、爆死、経死、溺死、餓死、凍死、圧死……ウヒッ。どれも魅力的で迷うなぁ」

「……ウ、ウイッラ殿! そう結論を急がれるな。確かに連中の集合魔法は我が国として認めることはできんが、今回のようなトラブルが起こったのも、そなたの家の独断専行が原因と言えるのだぞ」

 メディウムは頬を引き攣らせながら、目の前のウイッラに対し、釘を差すようにそう発言する。

 一方、ウイッラの方は目の前の魔法王を一瞥すると、再びしゃぶっていた指から口を離し歪んだ笑みを浮かべる。


「三家会議記録の千八百七十二ページ。その二十四行目に『帝国に対しては、機があれば弱体化を図るべし』とある。たった八十年前に決まったルールを魔法王がご記憶されていない……と?」

 その言葉が男の口から放たれると同時に、あからさまな殺意を持った魔力の奔流が会議室に立ち込めた。

 少しでも魔法に携わる者ならば感知し得たであろう、力のないものならばその場で即座に昏倒しうるほどの重圧。それがウイッラの全身からから止めどなく放出される。


 一瞬で場の空気を変容させるほどのウイッラの狂気と魔力に、さすがのメディウムも動揺を隠せなかった。だが、彼は動揺する己の心を必死に自制すると、平静を装って口を開く。


「それは当然知っている。ただし、あくまで決定事項は帝国の弱体化を図ることであったはずだ。そこにはクーデターを画策するなんて文言は存在しないことを、貴公も認識すべきだろう」

「素晴らしい! さすがは魔法王ですナァ! 帝国の皇族を抹殺することが、彼の国の弱体化のためにならぬとは……新しい。実に解釈が新し過ぎて理解に苦しむ」

 ウイッラの充血した瞳が、狂気を伴ってメディウムの姿を真っ直ぐに捉える。

 一方、メディウムはウイッラの方を努めて見ないようにしながらも、いつ攻性魔法が放たれても対応できるよう、全身の神経を集中させていた。


「誰もそんな事は言っておらん。ただやり方に問題があったといっておるのだ。それ故に、我々はこのような帝国の要求に直面するという事態になっている」

「セェェェンスレス! つまらぬ過去にばかり固執する、我らが平凡で偉大過ぎる王よ。少しはこれからのことを考えられたらどうかな。その並の頭で凡庸に考えてもお分かりだろう。帝国はすぐにでもこの国に侵略してくる。それは時間の問題だ。ならば、我らが行うべきことは一ツ! 叩かれる前に叩く、刺される前に刺す、撃たれる前に撃つ、そして殺される前に……殺すのだヨ。ヒャハハハハハハハハハーーーッ」

 感極まったウイッラは会議室の椅子の上で身を捩らせ、椅子から転げ落ちる。しかし床に転げ落ちてもなお興奮冷めやらず、彼は床の上を身悶えしながら笑い声を上げた。


「なっ! そ、それは帝国に侵攻するべきだと言っておるのか、そなたは」

 思いにもかけぬウイッラの提案に対し、メディウムは目を見開いて驚く。

 すると、ウイッラは愉悦の表情となって立ち上がると、顔を片手で抑えながら笑い声を口から漏らす。


「ヒャヒャヒャ、もしかしてそれ以外の何かに聞こえましたかな? 幸い例の準備はうちのモルモット君たち相手に十分行って、ボクは何時でも彼等を虐殺できるヨ。ウヒヒヒ、それに戦の手配は既にフィレオ君が始めたと聞いているし、これは素敵な殺しのウタが聞けそうで、ボクの胸はもう今にも張り裂けそうサ」

 両腕で自らの身体を抱きしめながら、ウイッラが身悶えつつそう述べると、話をふられたフィレオも首を縦に振って口を開く。


「ああ、戦争は何時でも始められる。我が家は帝国連中の扱うような生ぬるい魔法など使いはせんし、それにウイッラ殿の例の魔法が加われば完璧だ」

「イイネ! イイヨ! ボクは負けることは嫌いだからね。ボクのモルモット君たちを殺していいのは、ボクだけさ。帝国のゴミどもなんかに殺させはしないヨ」

 元来好戦的なフィレオの性格を知悉していたウイッラは、歪な笑みを浮かべながら、気色悪い笑い声をその場に響かせる。


「な! お主等、既に戦いの準備をしているだと? どういうことだ、まだ戦いが必要と決まったわけではない。まだ帝国の出方が決まったわけでもないのに、開戦を行うなど時期尚早であろう」

「では、どの時期がもっとも我が国にとっての勝率を高めるとお考えになられておるのですかな、メディウム殿」

 メディウムの動揺する声を耳にしたフィレオは、すぐに責めるような眼差しで彼を睨みつける。

 すると、そのあまりの眼光の鋭さに、思わずメディウムは言葉を詰まらせた。


「そ、それは……しかし、戦争を前提にした仮定を行うことでさえ、やはり時期尚早だと言っておるのだ」

 事態の収拾の仕方のみを模索し、戦争の可能性など想定していなかったメディウムは、その問いかけに対し即答することができず、首を左右に振ってこの議論自体を否定する。

 しかしそんな彼の姿を目にしたウイッラは、甲高い笑い声をその場に響かせると、メディウムの急所とも言うべき人物の名を口にした。


「アレ? アレアレアレ? キミ、なにか勘違いをしているんじゃなイ? 魔法王がそのように決断力の無いことでは困るよ……ああ、もしかしてキミ、自分の娘が帝国の首都であるレンドにいるから、そのような事を言っているんじゃないカナ?」

「な、なに……娘だと! 一体、どういうことだ」

 予想だにしない言葉を吐きだしたウイッラを睨みつけながら、メディウムは内心狼狽する。

 そんな彼の動揺を見透かすように、ウイッラはニヤニヤした表情を浮かべながらさらに言葉を重ねてきた。


「ヒャヒャヒャ、またおとぼけになっテ。あの忌まわしき魔法改竄者の部下として、キミと同じ赤毛の魔法士が帝国のクラリス大使館に入っているんだヨ。フフ、親子の愛とは美しいね。こんな素敵な殺戮パーティーやこの国より、我が子を取ろうとするなんて。いい話過ぎて、思わず反吐が出てしまいそうだよ」

「む、娘のことなど関係ない。いや、それ以前に禁呪を扱ったあやつは、既に我が家を追放された身。娘でもなんでもないわ!」

 想定外のカードを切られ、その場での形勢の不利を悟ったメディウムは、ウイッラに対して彼なりの建前を口にして対抗する。

 しかし、ウイッラはそんな彼を鼻で笑うと、各家の当主のみが行える提案権を行使する。


「クックック、なら、問題無いネ。では、ボクのミラホフ家からの提案として、いつもの通り採決としましょうヨ。さて、帝国への侵攻に賛成される家はお手を上げて……フフ、二対一だネ。ここに帝国侵攻は可決されましタ。はい、オメデトウ!」

 会議が始まってほんのわずか。その短時間の間に、フィラメントによる帝国への侵攻方針がここに決定された。

 当事者の一人たるメディウムは、この決定が魔法公国の未来にどのような影響を及ぼすのか考えながら、疲れたように言葉を吐きだす。


「……こうなれば、もはや何も言わん。貴様等のもくろみ通り、魔法王として宣戦布告してやる」

「ヒッヒッヒ、その意気ですヨ。では、今日の会議の議題はこれで終了。ボクは帰ってお気に入りのモルモット君とおやつ食べないといけないから、失礼するネ」

 そう口にするなり、ウイッラは引き笑いを続けたまま会議室から立ち去る。そしてその姿を目にしたフィレオも、何も口にすることなくそのまま席を立った。

 そうしてその空間には、両肘をついて組んだ手に額を乗せるメディウムだけが残される。


「ナーニャ……お前は今どうしているのだ……」

 様々なすれ違いの末に、彼と袂をわかった娘のことを口にすると、メディウムは大きな溜め息を虚空へと吐き出した。

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