9・香奈→王子様orラスボスor騎士④

「おまえ、俺がいったい何百億時間おまえに勉強を教えて、その度に、そのおでこを眺めたと思ってんだ! 勉強すると頭が熱いって言い出して、その度に何度も中断させられて。そんなおまえに、俺がいったいどれ程付き合ったと思ってるんだ!俺を、誰だと思っているんだよ」


 えへへ、なんて笑いながら宗田先生じゃない宗田の、久しぶりの声を聞いた。


 宗田の隣にしゃがむ。

 宗田の匂いがした。

 おひさまの。

 ――あたたかな。

 懐かしいな。


「タクシーなんて、乗ってんじゃないよ。朝倉には、百年早いんだよ」

「ほんと。それは、いえた」


 失敗しちゃったと、笑う。


「このこと、楡井は、知っているのか?」

「うん、知ってる。っていうか、見抜いたのよ。わたしが笙子じゃないってことを。凄いよね。あれじゃ、笙子、きっと楡井君に捕まるわ」


 笙子の名前に、宗田が息を飲む音が聞こえた。


「朝倉 笙子は、戻って来るんだな」

「うん」

「もうすぐ?」

「うん」


 はぁ、と宗田がため息をつく。


「だから。だからかぁ。朝倉が、俺にも本当のことを言いに来たのって」

「そうだよ」

「ばかっ! 遅いんだよ! 一番に来い! 一番に! 楡井だぁ? ふざけんな! 俺たちいったい何年友だちをしてると思うんだ!」

「ちょっと、宗田。そんな大声で。ほらほら、みなさんに聞こえちゃいますよ、宗田センセ」

「うるせー」


 ぶつぶつと宗田が文句を言う。

 なんか、拗ねているようにも聞こえる。


「……朝倉さぁ、俺が出た大学の陸上の競技会、見に来ていただろう」

「ぎくり。ばれてたか」

「当たり前だ。わかるって」

「知らせてもないのにすごいね。超能力だ」

「悪かったな」


 高校の頃、ふられても宗田の前にいられたのは、同じ部活で、同じ学校に通っていたからだ。

 その括りがあったからだ。

 けれど、違う大学に通い、陸上部の括りも失ったわたしは、宗田を堂々と応援できるほどには、強くなかった。


 しかも、既に、ふられているのだ。


 うっかり側に行き、これでまた、違う誰かに心を動かす宗田を目の前で見てしまったものなら、さすがにわたしも立ち直れないと思った。

 同じ人に二度も失恋してしまうなんて、辛すぎる。


 でも、宗田には、ばれていたのか。

 はずかしいけど、今となっては、良かったかもしれない。


 宗田がわたしに手を伸ばしてきた。

 そして、やっぱり、そのまま止まって、引っ込めた。


 宗田も、楡井もいい男だ。

 ――でも。

 わたしは、宗田の手を、掴んだ。

 宗田は、はっとした顔をしながらも、大人しくそれに従った。

 笙子に謝る。



 ごめんね、もう少しだけ。


 ――もう少しだけ。


 笙子、体を貸してね。

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