第34話 夜這い男と同列
結局、遅刻ギリギリで学校についた。
そのせいで一限目の授業は集中できなかった。
水道の水で顔でも洗おうかと思っていると、その足は止まる。
ミゾレが何もせずに呆然と座っていた。
いつもなら休み時間は読書をしているのだか、最近はいつも何もしていないことが多い。
躁鬱の初期症状っぽいので、心配で思わず余計なお世話をかけてしまいたくなる。
「なんか、最近元気ないような気がするけど、どうした?」
「あ、うん……。悩み事が何個かあって……」
「なんかあった? 聞くけど」
「……君にだけは聞かせられない」
「え?」
「いや、何でもない」
俺にだけってことは、俺じゃ分からないことか?
ってことは、本のこととかかな?
「最近読んでる本とかあるの?」
「源氏物語」
「え? あれ、読むものなの?」
現代文で取り扱う作品ならまだ分かるけど、古典で扱う作品まで読むのか。
古典は現代語訳ですら難しくて読めないんだけど、よく読めるな。
「あれだったよな。確かロリコ――年下の女の子を育てる話だったよね?」
「――浅薄」
「え?」
「……間違ってはいないけど、本来、源氏物語は年下よりも年上の女性の恋慕を描いている作品だから、その考え方は解釈違いだと思う」
「そ、そうなんだ……」
俺でも知っている知識を言ってみたら、なんか絡まれたな。
やっぱり悩みがあって、ストレス溜まっているんだろうか。
すぐヒートアップする。
「そもそも源氏物語はロリコンというよりも、マザコンの話だから」
「ロリコンって言わないようにしていたのに、言っちゃったね……」
「い、いいの。分かりやすく言っただけだから」
口を滑らせたのが恥ずかしくなったのか、頬が赤くなる。
「光源氏は亡くした母親と出会う女性を重ね合わせるけど、自分の母親は死んでいる。だから、自分が求めている愛を手に入れられなくて苦しむ話だよ」
「マザコンって、そういう……」
「源氏物語は男の愚かしさを描いた作品だよ。光源氏の母親が心労で倒れたのだって、帝のせいだから」
「そ、そうなのか?」
「そう。帝が光源氏の母親だけを特別扱いするせいで、周りからイジメられる。母親はそのせいで心が病んで死んでしまうの」
「母親が……」
光源氏がプレイボーイなのは知っているけど、その母親のことは全然知らなかったな。
そういう話なんだ。
「――だから男なんていらないし、恋愛なんて無意味なんだよ」
「何かあった!?」
まるで男にフラれて恋愛に絶望したみたいだ。
今のミゾレは失恋で悩んでいた時の俺みたいだった。
「そ、そういえば、恋愛で思い出したけど、この前言いそびれたことがあって……」
「聴きたくない!」
「え?」
「カップルの惚気話なんて聞きたくない!!」
「いやいや、そうじゃなくて……」
嫌々、と耳に手を当てて聴こえないフリをする。
俺は両腕を掴んで、無理やり話を続ける。
「妹とのカップルの話、あれ、嘘だから」
「…………え? 嘘?」
「そう。実はアイがしつこかったから、なんとか彼女を説得する為に偽装カップルを妹に頼んだんだ。だから、俺は妹と付き合ってないから」
「本当に?」
「うん。本当に。この前、それを言おうと思ったら先生が来て言えなくてさ……。ずっと言おうと思っていたんだけど、タイミングが……」
中々掴めなかったんだよな。
というか、実は最近避けられて気がするんだよな。
自分の席からミゾレの席まで行こうとすると、いつもスッとどこかへ行っていた。
最初はトイレとか、購買部とかかな、と思ったけど、あまりのもその挙動が続いたから、中々言い出すタイミングがなかったのだ。
「源氏物語っていいよね……」
「え?」
「源氏物語は恋愛の素晴らしさを説いている話だよ」
「この数分でいきなりテーマ変わってない!?」
俺が付き合っていないと分かり出してから、いきなり心変わりしたな。
やはり、周りの人が付き合っていたらショックなもんなのかな。
ミゾレが誰かと付き合うってなったら、俺は多分、ショックを受けると思う。
独占欲がある訳じゃないけど、クラスでまともに話せるのはミゾレ一人だから、置いてけぼりにされるのが寂しいのかも知れない。
「恋愛はいいことだよ」
「れ、恋愛ねぇ。俺は今はちょっといいかなあ」
「そう?」
ミゾレは無表情のまま小首を傾げる。
「大丈夫。遠藤クンは光源氏みたいに色んな女性を経験して最後にいい人と出会えるよ」
「その慰め方は合っているか?」
光源氏って、間違えて夜這いした人と契りを交わしてなかったか?
そんな屑と同列扱いしなかったか? 今。
「妹さんって彼氏とか作らないの?」
「作らない、じゃないのかな。なんか最近忙しそうだし」
恋愛よりも、配信しているのが楽しいって感じだ。
そもそも引きこもりになる前から、家から外に出ないようなタイプだからな。
誰かと外に遊ぶことすらないのに、付き合うなんてないんじゃないのかな。
友達のシズクちゃんと遊ぶ時も、家で遊んでいる事が多いし。
「お姉さんの方は?」
「ライカさんも忙しそうだし、それに――」
あまり想像ができない。
引く手あまただろうけど、誰かと付き合うって言うのは想像できない。
そもそも男から告白するのが気が引けそうなほどの完璧すぎる女性って感じだ。
俺もライカさんが義理の姉にならなかったら、会話することができなかっただろう。
そのぐらい圧倒的なカリスマ性や雰囲気がある。
「なんか、作る気がないとか言っていた気がするな……」
「ふーん」
ミゾレは恋愛に興味津々みたいだな。
だからミゾレ自身の恋愛事情も気になって来た。
「ミゾレは?」
「え? わ、私は、今のところ、そんなに……」
「そうか。そうだよな。ミゾレもそんなのには興味ないよな」
俺だけじゃなくて安堵したけど、
「あ、あああ……」
いきなり頭を抱えだす。
何か変な事を言ってしまったかな。
「どうかした?」
「な、なんでもないから」
そう言うと、机に突っ伏した。
相変わらず、ミゾレが何を考えているのかよく分からなかった。
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