第20話 リュティエ公爵の驚愕 上
マリエルとステラを連れて、美術館に向かって絵画を鑑賞してみたり、あるいは本屋で美術品の資料を目にしてみたり。
はたしてどの系統の作品ならば、リュティエ公爵に驚きを持ってもらえるか、相談を続けた。
本当ならば複数の作品を提供するほうが、確率は高くなるが、いくら渡が辺境から行き来している珍しい行商人、という設定であっても、まったく系統の違う美術品を複数用意すれば異様に映ってしまう。
西洋美術、東洋美術、あるいは現代美術、はたしてどれを選ぶべきかは、とても重要な判断だったが、最終的に渡は一つに絞った。
マリエルとステラの意見を募ったとは言え、最終的な決断は渡の仕事だし、責任だ。
作品が準備できたことをモイーに連絡すると、後日になって呼び出された。
リュティエ公爵が王都に来たときに披露することになったようだ。
地球と違って、国内であってもホイホイと長距離は移動できない。
公爵という高い地位ならなおさらだろう。
モイーのように領地と王都を頻繁に行き来している領主は、例外的と言えるほどに珍しかった。
「モイー領とリュティエ領は王都からの距離も違いますからね。単純に比較できませんが、それでもモイー卿のフットワークの軽さは驚異的です」
「忙しすぎて倒れなきゃ良いけどなあ」
「先日もかなり疲労した姿を見かけていましたから、本当に心配ですね。もはや一領主というだけではなく、国の運営にも深く関わっていますし」
「純粋にオーバーワークなんだよな」
「それはあなた様も同じでわあ?」
「う……ステラに指摘されるとは。そうだな。今度俺たち皆でゆっくりするか」
「わーい! アタシおもいっきりゲームする!」
「お姉様、それはいつものことですのよ」
そんなことを話しながら、渡たちは、モイー卿の王都屋敷へと足を運ぶ。
すでに何度か訪れた場所だが、今回はリュティエ公爵が滞在しているからか、いつもよりも護衛の数が少し多いようだった。
門衛はすでに渡の来訪を知っているからか、簡単なチェックの後、すぐに中に通される。
リュティエの配下の者は統一した制服を着ていて、美しい瑠璃にした青がラインに用いられている。
それぞれが十分に鍛えられているだけでなく、人並み以上に見目の良い者で揃えられているようだった。
当主が女性ということもあってか、護衛の騎士にも女性騎士が多い。
応接間に案内されて入ると、すでにモイーとリュティエは歓談の最中だったようだ。
モイーがすぐさま立つと、ほがらかな笑みを浮かべて迎えてくれる。
いつも覇気に満ち、魅力的な人物ではあるが、今日はいつもよりも雰囲気が少し柔らかい。
「良く来たな、ワタル。待っていたぞ」
「おまたせしました。モイー卿。お約束の品を探すのにずいぶんと手間取ったのです」
「ふむ、まあ注文が注文だったからな。仕方あるまい……。紹介しよう。我が古馴染みにして、同好の士でもあるリュティエ公爵だ」
「はじめまして。君がワタルだね? ワタシがリュティエだ。よろしく。次々と今や王都でもその正体を知りたい者がたくさんいるよ。数々の稀少な代物を、一体どうやって調達しているのか。今日は何やら特別なものを用意してくれたということで、楽しみにしているよ」
「ワタルです、よろしくお願いいたします。リュティエ公爵は優れた美術家であるとのことで、精一杯の品をご用意しました。お気に召されることを願うばかりです」
渡はリュティエの顔を思わずまじまじと見つめてしまいそうになり、慌てて深く頭を下げた。
リュティエ公爵は、
モイーと同年齢とは思えないほどに若い。
外見だけでいえば、まだ二十歳ぐらいにしか見えなかった。
金のショートヘアで、ややクセの強い髪質をしている。
目鼻立ちがクッキリとしていて、顔だちはとても整っていた。
特徴的なのは、不思議な模様を持つ赤い虹彩だった。
また目に宿った光はとても知的な色を帯びていて、なるほど、モイー好みそうだ、と思った。
女性にしては背が高く、ほっそりとした体つきをしている。
一体どういうことかと戸惑った渡だったが、すぐに可能性に思い当たった。
碧流街の若返りの温泉。
あるいはそれに似た効用の温泉なり薬なりを使用しているとすれば、辻褄が合う。
裕福な貴族であれば、常用していてもおかしくはなかった。
リュティエは渡を見ると、爽やかな笑みを浮かべた。
「早速飲み物を用意しよう。リュティエ、先に言っておくが、コイツはもう我の御用商人だ。いくら欲しくなっても、手を出さないように」
「やだねえ、モイー君。ワタシがそんな意地汚いことをしたことがあったかい?」
「ぬ、ぐ……どの口がぬけぬけと! 我が欲しがった
「いやあ、とんと覚えがないな」
あ、これ相当に曲者だ。
しれっとした顔をしているリュティエを見て、渡はすぐに納得した。
切れ者のモイーを前に、これほど対等以上にやりとりできるのは、限られているだろう。
あるいは学園時代の付き合いがあるからこそ、遠慮のない掛け合いが成り立っているのかもしれないが。
親子二代で急伸したモイー家にとっては、こうして立場を忘れて相手ができるリュティエは、それこそお宝以上に大切なものではないだろうか、などと渡は推察した。
すでに十分に用意されていたのか、すぐにお茶が出されて、喉を潤した後、渡の商品の提示する時間がやってきた。
渡はゴクッと唾を飲み込んだ。
商品を開帳するこの時間。
このときが一番緊張する。
不興を買えば、下手をすれば破滅することもあるのが貴族だ。
相手が貴族であれば、きっと一生この緊張は続くのだろう。
バッグの鍵を開けると、商品を丁寧にテーブルに載せる。
「どうぞ、気の済むまでご覧ください」
「こ、これは……っ!? 色が……色がないっ!?」
「こ、こんな作風が存在したの……!?」
ガバっとかぶりつくようにして商品を見つめる二人の姿を前に、渡は一人悠然とカップを傾けて、勝利のお茶を楽しんだ。
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