第65話 ハノーヴァー騒動4

 クローシェは、度々の失態から侮られがちだが、その基礎能力自体は非常に高く優れている。

 矢のガーディアンに当たった箇所と方角、そして周りの地形、そして臭い。


 それらの情報から、すぐさま潜んでいるであろう弓手の位置を割り出した。

 クローシェは振り返ると、弓手のいる方角を指さして警告する。


「矢はそちらから射掛けられました! 遮蔽物に身を隠しながら、出入り口まで退避してくださいな! でも出ないこと! 矢の追撃が危険ですわ! おそらくは毒矢ですの」

「クローシェはどうしますっ!?」

「わたくしがガーディアンを押さえます! お二人は戦闘に加わらないで、かえって邪魔ですわ!」

「分かりました。お任せします」

「そんな、危険じゃねえのか!?」

「はっ、騎士見習いのおこちゃまと一緒にしないでくださいまし、わたくしはこれでも一人前の傭兵ですの。それにちゃんと武装もしてますのよ」


 突然の奇襲に居竦まれるのが一番危険だ。

 それならば怒らせてでも、動かしたほうが良い。


 せいぜい嫌な女に見えるように、いかにも見下したような態度をスウェルに取りながら、クローシェは腰から二本の剣を引き抜いた。


 こんな時にお姉様がいれば心強いのに。

 いえ、弓手の正体が分からない以上、主様の側に護衛がいて良かったと思ったほうが良いですわね。


 一番の最悪事態はなにか。

 襲撃者が分断していた上で渡が捕らえられたり、殺傷されることだ。


 エアとステラが揃っていれば、渡の安全は確保されたも同然。

 悪い事態ではあるが、最悪ではない。


 あるいはエアとステラが周りを制圧すれば、こちらに救援に来てくれる可能性も十分に考えられる。


「まっすぐに向かって、すぐっ、急ぎなさい!」

「スウェル君、走って!」

「あ、ああ……負けんなよ」


 ならばするべきは、ガーディアンとの戦いを即座に勝利し、増援の可能性を減らすこと。

 奇襲を仕掛けて場を混乱させた存在を特定し、これ以上の介入を防ぐことだ。


 ガーディアンが想定よりも強かった場合は、戦闘を長引かせて救援を待つ。

 戦場から撤退できる状況が生まれれば、即座に離脱する。

 だがこれは相当に難しいだろう。


 緊急事態を前に、クローシェの思考はかつてないほどに澄み渡る。


 視界の先、二体のガーディアンが迫ってきていた。

 重たそうな金属質の体からは考えられないほどの素早い加速。


 みるみるうちに距離を詰めてくる。

 手には警棒を持っていて、紫電をまとい非常に凶悪。

 オゾン臭を鋭敏な鼻が嗅ぎ取った。


 普通の鎮圧に使って良い武器ではない。

 古代人はこんな武装を鎮圧に使うぐらい強かったのだろうか。


 まともに打ち合うのは得策ではなさそうだ。


 そう判断したクローシェはわずかに身を落とし、双剣を上下に構えた。

 天地二刀の構え。


 長年の研鑽で体に染みついた必勝の構えだ。

 攻撃が激しければ左右双剣で受けにまわり、隙があるならば片手で防いで、もう片手で逆撃をかます。


 人の視野は左右に広く上下に狭い。

 すぐさま反応できるように、剣を上下に備えた構えだ。


 護衛対象がいる以上、クローシェはあまり縦横に動き回れない。

 おまけに帯電した相手の武器と直接打ち合うのはかなり危険。


 部隊で戦闘を避けるように言われたのはこれが理由か、と納得した。


「アオオオオオオオオオオオンッ!! 来なさい埃の被った時代遅れのデカブツ! 汚らしいんですの! 黒狼族の戦士クローシェが叩き潰して見せますわ!」

『威嚇行動を検知。優先的に鎮圧します』

『排除します』

「クローシェ、危ないッ!」


 クローシェの四肢が魔力によって急激に強化され、ビキビキと収縮した。

 神速の踏み込みと共に左の剣が振り切られ、右の剣が防御に使われる。


 衝突は一瞬。

 ガオンッ! という激音とともに、一体のガーディアンが弾き飛ばされる。


「くっ、仕留め損ないました……なんて硬さ」


 ジンジンと痺れて感覚を失った手に、クローシェは顔を歪めた。

 確実に刃筋を立てた渾身の一撃だったが、ガーディアンの装甲を切り裂くには至らなかった。


 表面が凹み傷ついているが、停止には至っていない。


『警戒レベルを上げます。鎮圧から生死不問、殺傷許可へと引き上げます。警告します。すぐさま武器を捨て投降しなさい。繰り返します――』

「投降した所で、あなた達の管理者はみんなくたばってますわ! ねぼすけが過ぎますわよ」


 ガーディアンの持つ警棒の電圧が、はるかに強くなっていた。

 クローシェは強化した肉体で激しく動き続けて、かろうじて警棒を躱し続ける。


 警棒に触れないように、剣先を巧みに使い分けて、ガーディアンの四肢を打っていなす。

 直撃を避ける、あるいは両者の立ち位置を工夫して、同士討ちを警戒させて掻い潜る。


 大立ち回りができない以上、クローシェは二対一を強いられていたが、それでもギリギリの均衡を保ち続けていた。


「す、すげえ、あの姉ちゃん。なんて動きだ」

「ちょっとだけですけど、クローシェは……自慢の戦士です」

「ちょっと、聞こえておりますのよ! わたくしは本当に何もしてませんでしたの! だいたい他の人がっ、バシバシ触れてて起動しないのに、わたくしがちょんと触れただけで動くなんて、おかしいですの! きょわっ!? 危ないですわね!」


 マリエルのしまらない評価を耳ざとく聞きながら、なお防御と反撃を行えるのは、クローシェの研鑽の賜物だろう。

 それでもクローシェはギリギリだ。


 可能ならば初手で一体を確実に無効化しておきたかった。

 頭部を傷つけたために、わずかながらもセンサー類の精度が下がったのは運が良かった。


 主様が刻んでくれた時を操作する文字も、敵の表面が硬すぎるせいで使い所がないですわ……!

 こんなことならステラの杖の時に、わたくしも逸品物をおねだりすれば良かったですの。


 わずかな戦闘で途方もない消耗を強いられ、本来なら延々と持久走を続けられる無尽蔵のスタミナが削られる。

 息が切れ、全身から汗が噴き出た。

 手の痺れは消えず、反撃の糸口は掴めず、防御に専念させられている。


 だが、事態はここから更に悪化した。

 再度の射撃攻撃が行われたためだ。


 ここぞというタイミングばかり、いやらしい……!!


 かろうじて保たれていた均衡が、再度の矢の襲撃によって、クローシェにさらなる負担をかける。


 強固な外装を持つガーディアンと違い、クローシェは矢を避けなければならない。

 さらに矢の狙いは、クローシェのガーディアンの攻撃を避けた先、絶妙にいやらしい場所だった。


 わずか一手が加わっただけで、均衡はもろくも崩れ去る。

 回避と防御に取れる選択肢が一つ減り、一手毎に回避先が潰されていく。


 余裕のなくなったクローシェの表情が、必死を前に張り詰めながら、それでもクローシェは足掻いた。


「わたくしはっ! 負けませんわっ! 生きて、元気にマリエルと、主様のもとに戻るんですのっ!」


 諦めには程遠い。

 死のその瞬間まで、クローシェは生き足掻くことをやめないだろう。


 顔に迫った警棒を、体をそらすことで避け、もう一方の攻撃を宙返りすることで更に回避。

 長い黒髪と尻尾が踊るように宙を舞う。


 避ける、避ける、避ける!

 鬼気迫ったクローシェの回避行動だったが、奇襲の第三者がそこに矢を打ち込んだ。


「しまっ!?」

『鎮圧! 鎮圧!』

『まず一人排除します!』

「クローシェッ!?」


 バチバチと紫電を纏った警棒がクローシェに迫る――――。

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