第50話 モイー卿の忠告

 ウェルカム商会を辞した後、南船町を歩く。

 領主館にモイーが滞在しているため、顔合わせをしておきたかった。


 今回は渡の用件ではなく、モイー側からの呼び出しだ。

 一体何の用なのか。


 厄介事ではなければよいのだが、と思うが、貴族からの呼び出しは良くも悪くもことが大きくなる。

 大したことがない、ということはありえないだろう。


 南船町は過去に例を見ないほどの好景気に包まれている。

 モイー卿の手腕はもちろんだが、なによりも裕福な王都とモイーの星見ヶ丘が交易路として重要な中継地点になったことが大きい。


 これまでは平屋も多かった町並みだが、二階建て、三階建ての建物も増えてきていた。

 大通りに沿って新しい店が開かれていて、大いに賑わっていた。


 人通りも多く、そんな客を捕まえようと、呼び込みの声と共に、いい匂いが漂ってくる。


「へえ、すごいな、領主館の周りの軽食屋にイモ料理が増えてる」

「モイー領の名産品ですし、調理法がわかれば広めていきたいのでしょうね」

「油を使ってる割に安いな。……クローシェの特製カリカリポテトとどっちが美味いかな?」

「とうっぜん、わたくしですわ! あら、なかなか美味しいですわね」

「ポテトサラダも微妙にレシピが違いますけど、これはこれで美味しいですね」

「アタシはおかずならクローシェのやつが食べたいけど、おやつならこれで充分かな」

「わたしもぉ、ポテトサラダをパンに挟んで食べたいですねぇ」


 渡だけではなく、マリエルやエア、クローシェ、ステラの評価も悪くなかった。

 それに量こそ少ないが、子どもの小遣いでもぎりぎり手が出る料金に押さえられている。


 これは多量の芋が産出されていて、地産地消できるモイー領だからだろう。

 早速注文して、椅子に腰掛けて食べてみた。


 ポテトフライは油を節約するためか、少し古い臭いがしたが、揚げたてということもあってカリカリホクホクが食べられる。


 どちらの料理もかなり調理時間がかかるから、美味しいなら自分たちで作るより買ったほうが手軽なのは間違いない。

 とはいえ、さすがに味はクローシェの作ったもののほうが数段は美味しかった。


「やっぱりわたくしの方が美味しいですわぁ!」


 使っている材料を考えれば当然のことだが、クローシェは勝利を確信し、鼻高々の様子だった。

 まあ、いつも頑張って作ってくれているのだから、自分の料理に自信を持つのはおかしなことではない。


 渡たちは余計なことは言わず、暖かく見守ることにした。


 ◯


 芋料理だけでなく、モンスターの丸焼き肉を食べたりして腹をくちくった後、領主館に訪れた。

 幸い、モイーが滞在しているのはすぐに分かり、顔合わせできた。


 この前は少し頬のあたりがふっくらしていて、大丈夫なんだろうかなどと勝手に心配していたのだが、モイーは以前のように体重を絞ったようだ。

 変わったことと言えば、モイーの執務室に控える従者に、相当な手練れが一人増えていた。


 犀の獣人だ。

 過去に見たどの人物よりも大きく、身長だけで三メートル近くはあった。


 高さだけでなく、顔にものすごく大きな角があり、体格も相撲取りが小さく見えるほどに分厚くゴツい。

 渡にはひと目見ただけで相手の実力を推し量れるような目は持っていないが、それでもここまであからさまに強そうだと、強いというのはわかった。


 エアとクローシェ、そしてステラが少し緊張して、渡との距離を縮めたあたりからも、やはり非凡な使い手なのだろう。


「来たか、ワタル」

「はい。お世話になっております。モイー卿」

「楽にしてよろしい」


 渡とマリエル、ステラが椅子に座る。

 エアとクローシェは、三人の後ろに立って姿勢だけを楽にした。


「今日貴様を呼び出したのは、ウェルカム商会の襲撃事件について続報を伝えておくためだ」

「なにか分かったのですか!?」

「うむ。事件前後に国境を超えた傭兵団は、全部で三つあった。今はそれらの傭兵団の入国後の足取りを調べて、証拠を確保しているところだ」

「ずいぶんと進みましたね」

「いや、ここまでは記録を取っているから、絞れるのは当然だ。むしろ難しいのはここからだと言って良い。国内では足取りを追うのは簡単ではないからな」

「そうですか。でも、捜査が進むことを願っています。このことはウィリアムさんには?」

「まだ言っていない。貴様も言うな。ただの疑惑で行動に移されてはかなわん。あやつには自分たちの商会を立て直すのが最優先だろう」


 モイーの言葉に渡は頷いた。

 ウィリアムが復讐を成し遂げたいのは理解できるが、それで商会経営がおろそかになったり、打撃を受けたら、それこそ本末転倒だ。


 だが、激しい感情が湧き上がったとき、人はしばしば計算を誤る。

 部下を大切にしていたからこそ、ウィリアムも衝動に突き動かされる恐れは大いに考えられた。


「現時点で怪しい団はいるんですか?」

「全部怪しい。そもそもこの時期に我が国に分散して入国している時点で黒寄りの灰色だ」

「では、すべてが関係している可能性も?」

「規模から考えるとありえないとは言えない。だが、傭兵団だけで完全な箝口令を敷くのは相当に難しいはずだが……」


 モイーはしばらく黙り込んだ。

 だが、しばらくして首を横に振ったところから、確信には至らなかったのだろう。


「話はもう一件ある。こちらはより貴様に関係する話だ」

「なんでしょうか?」

「ウェルカム商会が取り扱っている白砂糖を騙る行商人が、今月だけで四件検挙された」

「えっ、そんなに多いんですか?」

「通報されたものだけでこれだから、実際はもっといると見て良かろう。一人や二人、欲に目が眩む愚か者が出るのは分かるが、これだけ短期間に現れたとなると、話は変わってくる」


 そこで一度言葉を区切ると、モイーが厳しい視線を渡に向けた。


「ウェルカム商会の襲撃事件を考えると、ワタル、仕入元である貴様も襲われる危険性は十分にある。備えておけ」

「わ、わかりました。……しかし、俺が……?」

「相手の狙いがウィリアム商会の没落だったにせよ、我が国の経済打撃だったにせよ、貴様が継続的に支援している限り、完全な破綻には繋がらないのだ。狙ってくる恐れはありえる」


 まさか、という気持ちが強かった。

 だが、冗談で言う話ではないだろう。


 モイーに強そうな護衛が控えるようになったのも、自身の安全をより高めるためだろうか。

 モイーが、ふっと表情を緩める。


「とはいえ、我が心配するまでもないだろうがな。貴様の警備は非常に厚い。そちらの獣人にエルフをまとめて打倒できる存在は滅多にないだろう。費用対効果を考えるなら最悪な相手だ」

「頼もしい仲間です」


 実際に襲撃されれば、どのように動けるかは分からない。

 だが、エアとクローシェ、そしてステラの実力は多くの人が認めている。


 渡としては、彼女たちを信じるばかりだ。

 渡の言葉にモイーが頷いた。


「良いか。我は貴様を気に入っている。また元気に顔を見せよ。そして我が満足できる嗜好品を持ち込むのだ。良いな?」

「はい。ありがたき幸せです。また満足いただける品をお持ちして、モイー卿から大金をせしめてみせましょう」

「言ったな、コヤツめ。ははは!」


 モイーが楽しそうに笑った。


――――――――――――――――――――

というわけで、少し不穏な気配が漂い始めています。

まさかニセ白砂糖がここに繋がるなんて、予想してた人はいるまい。

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