第41話 会社名の決定

 このままでは、本当にワタル商会になってしまう。

 勢いに押されて決断してしまわないように、渡は椅子に座り直して、体勢を整えた。


 百歩譲ってワタル商会にするにしても、それは色々な案を検討した末に決めたい。

 というか、できるなら避けたい。


 一人ひとりの目を見て、ゆっくりと口を開いた。


「俺は俺で、一応候補を考えてきたんだ。まずはそれを聞いてほしい」

「あ、無視して話し始めた」

「うるさいぞエア」

「ん、ごめん。続けて、主」


 エアも本気でからかうつもりではなかったらしく、神妙な顔つきで先を促す。


「一つ目の候補は、『アンブレラ』というのはどうだろう。人々を怪我や病気の不幸から守る傘の役割をイメージして考えたんだが。なかなか悪くないんじゃないかな」

「ダ、ダメですわ! なんだかすごく嫌な予感がしますの! 絶対にノウ、ですわ!」

「そ、そんな悪いアイデアだったか……?」


 クローシェが強烈に反対してきた。

 これまで、クローシェにはあまり強く反対された覚えがない。


 消極的反対ならともかく、絶対になどと言われたら少しショックだった。

 いい案だと思ったんだけどなあ。


「あ……、そ、そういうわけじゃないんですのよ? 理念としてはすごく納得できますけど、なんだかバイオがハザードしそうな気がするんですの……ヘリが墜落したり。あ、でも隠し保管場所はそれっぽい?」

「クローシェ、お前は一体何を言ってるんだ?」

「ふええ、あ、頭おハーブを決めた可哀想な子を見る目で見ないでくださいまし! わたくしも急に降ってきたんですの!」

「いや、言ってることが唐突すぎて、俺には何がなんだか……。お前ら分かるか?」


 マリエルたちが揃って首を横に振る。

 だよなあ。何のことだかさっぱり分からない。


 だが、クローシェもその独特な嗅覚で、悪い予感を覚えるということがあるらしいから、その予感はけっして軽視できない。


 クローシェの表情は張り詰めていて、どことなく余裕がない。

 渡のアイデアをなんとしても取りやめさせたいと思っているようだった。


 世界的企業に成長するにふさわしい名前だと思っただけに残念だが、強権を発動する必要性も感じない。

 皆が納得して、愛着を持ってほしいからな。


 それに、悪い予感を無視して突き進んだ先に、なにか悪いことがあるというなら、避けておきたい。


「まあ、クローシェがそこまで反対するなら、止めておこうか」

「そうしてくださると助かりますわ」

「……そうだな、じゃあアトリエもいいと思うんだ。たとえば俺の名前じゃなくても良いと思う。『マリーのアトリエ』というのはどうだろう」

「や、止めてください! 私はポーションの作成にはほとんど携わっていないのに、名前をつけていただくなんて恐れ多いです。それに何かとても良くないことが起きそうな気がします! 訴えられますよ!」

「誰にだよ」


 マリエルも強烈な拒絶をしてきた。

 口調こそ畏れ多いといった様子だが、一歩たりとも退く気がないのは明らかだった。


 これで二連続の拒絶だ。


 俺ってそんなにネーミングセンスないのかな……。

 けっこういい名前だと思ってたから、さらに自信がなくなってきた。


「もう、何でもいいよ……。どうせ俺のアイデアなんて……」

「ああっ、主がしょんぼりへにょんになってる!?」

「しわしわピカチュウみたいですわ……!」


 はあ、もうなんとでも言ってくれ。

 良いアイデアが湧かないか、頑張って考えたのにさあ。


「分かった。じゃあ人の名前を使うのは止めよう。俺達はポーションを売ってるわけだし、薬にちなんだ名前はどうだ?」

「株式会社ポーションですか? ちょっと安直かもしれませんね。もう一捻りほしいところです」

「んー、『エリクサー』とか?」

「あるいは『エルヴンアトリエ』とかぁ、アルケミーではどうでしょうぅ? ほ、ほら、エルフのわたしが作ってますからぁ……え、えへ、えへへ……ごめんなさい」

「いや、謝る必要はない。ステラが勇気を出して言ってくれたんだ。できれば採用してやりたい」


 早速調べてみると、株式会社アルケミストはすでに存在しているが、エルヴンはないことが分かった。

 っていうか株式会社アルケミストあるんだ。

 しかも不動産会社とか、広告代理店とか、あんまり関係ない業務形態だ。


 そもそもエルフをエルヴン、と表現することも少ないようで、会社名になるならなおさら付けられていない。

 他者と被らずに選び放題だ。


 渡は少し考えた末に、頷いた。

 こういうのは納得も大切だが、思い切りも大切だ。


「『エルヴンアトリエ』に決めるか。アルケミーだと、別の商品を出したくなった時に困るかも知れないからな。良いかな?」

「ご主人様が納得されてるなら、問題ありません。経緯も含めて悪くないと思います」

「アタシも別に良いかなあ」

「アンブレラより全然良いと思いますわ!」

「よし、じゃあ俺達の新社名は、『エルヴンアトリエ』に決定だ!」


 ステラの案が冴えて、意外に会社名はすんなりと決まった。

 わあ、と盛り上がって、自然と拍手が沸き上がった。


 でも、アンブレラってそんなに悪かったかなあ……。

 いい名前だと思ったんだけどなあ。


 少し自信を失ってしまった渡だった。


――――――――――――――――――――


【アンブレラ】カプコンから発売されているバイオハザードシリーズに登場する企業名。

アメリカと癒着しながら世界を牛耳るガリバー企業になったが、ゾンビを多数生み出し、世界に災厄を撒き散らした。ゲームでは非常に高確率でヘリは墜落し、マップは隠し倉庫や通路など、ギミックに溢れている。


【マリーのアトリエ~ザールブルグの錬金術士~】ガストから発売されている、アトリエシリーズの第一作目。現在はお色気路線に走ったが、当初三部作は幻想的、少女的な雰囲気が強かった。た~る!


【しょんぼりへにょん】『本好きの下剋上』のマイン(ローゼマイン)の落ち込んだ状態をあらわず表現。


【しわしわピカチュウ】名探偵ピカチュウから。



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