第16話 沢山のやるべきこととステラの提案
渡は早速、薬草用の農地を求めて、不動産会社を探し、約束を取り付けた。
とはいえ、購入するかどうかはエアやクローシェ、ステラの意見を聞いてからになるだろう。
土地に魔力が含まれているかどうかは、渡には一切わからないからだ。
錬金術師を仲間に加えた渡たちがやること、できるようになったことは多い。
とはいえ、渡には日本でも、あるいは異世界でも商売をする必要があり、いくらでも時間があるわけではない。
特にウェルカム商会には契約の関係上、常に一定数在庫を確保しておく必要があった。
紙袋に入った多量の砂糖をガラガラと台車に乗せて、何往復も繰り返す。
この役割は、主にエアとクローシェに担当してもらった。
その間、渡はマリエルと近日中にこなさなければならないスケジュールの管理を始めていた。
「ご主人様、タメコミ草の生育状況の確認が必要です。あまり長期間放置していると、また前回のような事態を引き起こしかねません」
「そうだった。途中で様子を見たときには問題なかったんだったか?」
「はい。ですが、場所が場所ですので、楽観はできません」
「それはたしかにな。また触手に襲われるのは勘弁してほしいところだ」
「冬の仕立て服の仮縫いを終えて補正に入っているため、また仕立て屋に赴く必要があります。さらにヴォーカルの店にベーキングパウダーを届けないといけませんし、モイー卿には仲立ちのお礼を言う必要があるでしょう。長らく遠方に出ていた私の両親との面会もすぐ近くに迫っています。新しい農地を見学に行くにしても、あまり時間は取れそうにありませんよ」
「本当に忙しいな! ……体が二つあっても足らないんじゃないか」
次々と並べられるやるべきことのリストを前に、渡はげんなりとした声を上げた。
だがどれ一つとっても軽視できるような話ではない。
「一つずつ片付けるしかありませんね。人を雇って大々的に行えないのがもどかしいです」
「とはいえ、その頼れる人が難しいんだよなあ……。エアとクローシェが商品を運んでくれてるだけでも、相当助かってるからな」
「結局のところ、ご主人様が先頭に立って動く必要がある以上、どうにかして外部に委託するシステムを構築しないと、働ければ働くほど、より仕事が増えることになります」
「ステラがこっちで活動するのに、変化の付与の品も手に入れないといけないしなあ……何度もモイー卿に頼るのもな。どうしたものか」
地球と異世界を繋ぐゲートは、秘中の秘だ。
今のところ、渡とその奴隷たちは問題なく使えているが、この範囲がどこまで適用されるのか、神ならぬ人の身である渡には、まったく分からない。
商売をひろげたいからと第三者を雇ったとたん、勘気を
交渉だって他人に任せられない。
奴隷を低く見る者も多いだろう。
主人である渡が直接前に立っているからこそ、というのは確かにあるのだ。
「こちらの生活がある程度安定しているなら、ポーションの販売をいっときでも休むのも手ではありませんか?」
「それはダメだ」
「わかりました」
ここしばらくはステラ獲得のために酒器やお酒探しに奔走していたが、ポーションの販売を今か今かと首を長くして待っている客は多い。
それぞれに人生がかかるような、深刻な状況が差し迫っている。
だからこそ、渡としても長々と待たせるのは心苦しい。
「ポーションの販売はこれ以上停滞させない。俺はお金を稼ぐのは大好きだが、お金がすべてとも考えてないからな。こうして困っている人を助けられているのも、きっとなにか意味があることなんだ」
マリエルはそれ以上何も言わず、頭を下げて渡の意見に従った。
異世界で交渉役を雇うか?
物品管理や連絡の取りまとめ役に人を雇うのは悪くない手だ。
全部を任せようと考えると無理が出る。
一部だけでも、少しずつでも任せていくべきなのだろう。
「あとマリエル。スケジュールの一部には、俺たちの友好を深める時間をしっかりと確保しておいてくれよ」
「ふふっ、分かりました。薬師ギルドにお薬の調達も書いておきますね」
「お、おう。頼んだ」
渡にとって、仕事だけでなくマリエルたちとの交流の時間も大切だ。
遊びに出かけたり、温泉に浸かったり、夜の時間を過ごしたり。
もし彼女たちがいなければ、自分はどうなっていただろうか?
大金だけを得たとしても、渡には楽しんでいる自分を見いだせなかった。
無駄に散財して、刹那的に生きていたのではないか。
砂糖を売って金貨を見たときに感じた自分との思考の違いに驚くばかりだ。
それだけマリエルたちの存在が、渡にとって大切に、大きなものになっていたのだ。
そして、それは多分これからステラに対しても同じで――
考え込む渡の眼前に、ひょこっとステラが顔を突き出した。
「あなた様、一つ提案があるのですけれど、よろしいでしょうか?」
「な、なんだ?」
「変化の付与の品ですが、わたしが作りましょうか?」
「ええっ、ステラが作れるのか? あれは貴族とかが厳重に秘密にしているんじゃなかったっけ」
「はい。お忘れですか。まさにわたしは、その領主お抱えの錬金術師だったのですよ? 付与の錬金術の品は、信頼できる代々お抱えの御用錬金術師や、命令で秘密保持が可能な奴隷に作らせているのです」
意外な盲点に、渡は目を瞬かせた。
たしかに理に適っている。
しかし、そうなるととんでもない拾い物だったことになるぞ。
「なるほど……よく将軍が俺に手放してくれたな」
「公にはわたしを手放したい理由があったのでしょう……。推測の域を出ませんので、讒言はやめておきましょうか」
「とはいえ、製法を許可なく他者に漏らすことは、権利を譲渡された今も変わっていません。ただ、作るだけならば問題ないのです。そもそも禁止されていませんでしたから」
「なるほど。自前で用意できるようになるのはすごく助かるな!」
「あなた様のお役に立てそうで、わたし嬉しいです……フフフッ」
「早速着手してもらいたいが……あー」
「はい、ここでは設備がありません」
異世界の錬金術の品か。
現代の鉄やガラスでなんとかなるのだろうか。
「そういう道具ってどこで手に入るんだ?」
「錬金術師のギルドでも手に入る物はあるでしょうが、大半の物は工房に依頼する形になります。用途も特殊ですし、術者によって微妙に求める物も変わるのです」
「そうか……」
問題が一つ解決したと思ったら、新しい問題がまた生まれた。
とはいえ、こればかりは今後の計画を考えると、なんとしても整えるしかない。
もしできそうならば、現代日本で揃えられる道具で揃えたいところだ。
最終的にはこちらの世界でポーションを量産することが必要なのだから。
「ご主人様、南船町で仕入れるなら、ウィリアム商会を利用するか、モイー卿に頼るか二択あります。お礼伺いに行く以上、その時の反応を見て頼んでみてはいかがでしょう」
「そうするか。あと、ステラの作業場は……どうしようかな。さすがにこのマンションじゃ無理だぞ?」
「喫茶店でも難しいでしょうし。今後農地を購入するときに、利用できる場所があればいいですけど」
「それも含めて、まずは不動産会社と顔合わせか。エアとクローシェが帰ってきたら、出かけるぞ」
色々とやることが山積みだが、やるべきことが明確な今、足踏みは許されない。
――――――――――――――――――
書いてて思ったけど、渡忙しすぎでは!?
優秀な魔法使いであり錬金術師でもあるステラを、なぜエトガー将軍が手放したのか。
このあたりはすでに設定はできているのですが、後日になるため、描写やコメント返信での説明は控えさせていただきます。(コメントとか予想はOK)
今はツッコミどころがあろうと、まあ事情があるんやなぐらいで思っていていただけると幸いです。
次回、驚くべき薬草の農地とは……!?
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