第13話 ステラの仕事

 はたして詳しく事情を伺うべきだろうか。

 一瞬はそう考えた渡だが、いや、と考えを改めた。

 何やら深い事情がありそうだ。


 いきなり問い詰めるよりは、時間をおいて聞いた方が良いだろう。

 しかし、生まれ故郷に連れて行くななんて、一体どんなことがあれば、そんな思いになるんだろうか。


「ご主人様、契約書の確認が終わりました。細やかな条項にも、特に問題となるところは見つかりませんでした。署名だけお願いします」

「あ、ああ。分かった。よくやってくれたね。いつもありがとう」

「いえ、ご主人様のお役に立てたなら、これほど嬉しいことはありません。いつでも命じてください」


 契約書を確認していたマリエルから声がかかった。

 本心から言ってくれてるのが分かって、嬉しくなる。


 渡は気持ちを切り替えて、書類にサインをする。

 今後もサインの必要性があることが分かってから、こちらの世界の文字も、自分の名前だけは何とか書けるようになった。

 ゆっくりと、丁寧に筆を動かし記入する。

 これがまた書き味が悪くて慣れないと難しいのだ。


「たしかにサインを確認しました。では現時点において、こちらの奴隷ステラは、正式に権利をワタル様に譲渡されました」

「精一杯お仕えいたしますわ。どうぞ末永くご愛用くださいませ」

「うん。無体なことはするつもりはないから、よろしく」


 マリエルとエアから始まって、これで四人目の奴隷だ。

 渡も落ち着いて対応ができてきた。


「交渉も終わったし、場所を変えて少し歩きながら話そうか。エトガー将軍に君を譲ってもらった理由とか、これからどう働いてほしいのか最初に伝えておきたいことが多い」

「承知いたしました」


 ゆっくりとした口調でステラが同意し、頷く。

 タレ目のステラの表情はいつも微笑を浮かべているようで、どことなく色っぽい。

 別にそんな意図はないだろうに、誘われているような誤解を抱かせて、距離感に苦労した。


「それではお世話になりました」

「将軍も酒器を楽しんでいるようでした。また何か面白いものがあればご一報ください」

「ぜひ」


 館を出て、貴族街を歩く。

 馬車とすれ違ったり、出入りの商人の姿を見かけたりしながら、ステラを眺めた。


 ステラは今は一時的に、渡の横を歩いている。

 横から見ていても、顔立ちの美しさは際立っているが、長い耳もまた特徴的だった。

 背はエア、渡に次いでいて、ほんの少し低いくらいか。


 高くスッと通った鼻だちに、少し厚めの唇。

 ほっそりとした首すじから、非常に大きな胸の膨らみがあり、谷間のあたりに一つほくろがあって、目を引く。


 急カーブを描いて、腰のくびれへと移行する。

 広く発達した骨盤があって、ズボン越しにわかるむちむちっとした肉付きの太もも。

 脚はとても長く、発達したふくらはぎから、急に細くくびれた足首をしていた。


 渡の視線に気付いて、エアがひそひそと話だした。


「おお、主がガマンしてる」

「ほら、ご主人様は最初はなかなか手を出しませんから。一度手を出すと積極的ですけど」

「たしかにそうですわ。わたくしなんて隣室から情事の臭いを嗅がされて大変な思いをしましたもの」

「お前ら、余計なこと言わなくていいぞ」


 冗談交じりに話す奴隷に釘を刺したが、エアにしろクローシェにしろ、貴族街で油断の欠片もない。

 軽口を叩きながらも、視線は交差点や出入りの門に向けられていて、いつ襲撃があっても対応できる状態だ。

 だからこそ、渡も歩きながらステラを眺める余裕が生まれていた。


 ステラは自分の主人の女癖を把握したのか、困ったように首を傾げた。


「あらあら。わたしもお手付きにされてしまうのかしら?」

「君が構わないならな」

「…………えっ?」


 ステラは思ってもいないことを言われたと、細い目を精一杯見開いていた。

 エルフ種独特の長い耳がピーンと伸びている。


 信じられないとばかりに渡の顔を凝視し、目をすがめて、わずかな兆候も見逃さないとばかりに睨んでくる。

 だが渡の方こそ、この反応には驚いた。


 自分で言っておいて、一体なににそんな驚く要素があったんだ?

 わからん。


 何とも言えない気まずい空気が漂っていたが、


「主がケダモノすぎてつらい……」

「ヒト種は獣人種と違って年中発情しふけってるんですわ」

「おいお前ら。あとでお仕置きな。クローシェはしばらくお預けでいいぞ」

「や、やだっ!」

「ごごごご、ごめんなさいですわ!」


 二人の余計なつっこみのおかげで、とりあえず事なきを得た。

 本当に何だったんだろうか。

 



 少し黙って歩き、気を取り直して再び話しかけた。


「ステラ、君は錬金術師の技能を持っている。間違いないかな?」

「はい。トーマス公のもとでは、錬金術師として活動していました。一般的な技術をはじめ、エルフの一族に伝わる秘薬についても、調合することが可能です」

「へえ、これは凄いな……」


 かなり自信があるのだろう。

 エルフの秘薬、といった時、ステラは胸を張った。

 渡は突き出された自分の顔よりも大きそうな双球に目を奪われたのだが、幸い話は問題なく通じたようだ。


「俺はこの国と、こことは遠く離れた場所で、商人をしてる。非常に遠く離れた場所で活動する貿易の仕事だな。ステラに頼みたいのは、ポーションの製造だ」

「ポーション? 錬金術の初歩にして王道である、あの急性ポーションのことですか? そのためにわたしを?」

「ああ。俺の住んでいる場所は、こちらとは全然環境が違うんだ。そこで薬草を栽培し、自分たちの手でポーションを輸入に頼らずに製造できるようになりたい。そのための試行錯誤をステラにはしてもらうことになる」


 最初はわずかに不審を見せていたが、いまだ薬草すらまともに栽培できていないことを伝えると、はじめてステラは納得した様子を見せた。

 自分の技量に高い自信を持っていたのだろう。


「ですが、ポーションすらなければ、大怪我をしたときにどうやって生活されていたのですか?」

「義手とか義足とかを使うことになるな」

「そんな……」


 異世界において、義手や義足などで生活する人はいないわけではない。

 だが、危険なモンスターがいる世の中にしては、驚くほど少なかった。

 それだけ緊急治療用のポーションが製造されて出回っているためだ。


「分かりました。わたしがそのポーション製造については、責任を持って成し遂げてお見せします。あなた様は世界樹に雨宿りしたつもりでご安心ください」

「おお、やってくれるか。ありがとう、ステラ」

「い、いえ……。そ、そのように見つめられると、恥ずかしいです……。お、おまかせください」


 ヘテロクロミアの美しい瞳が、恥ずかし気に揺れた。

 真っ白な新雪のように白い頬を耳まで真っ赤に染めたステラは、とても美しかった。



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【世界樹に雨宿りしたつもりで】絶対に雨をとおさない大木の下で雨宿りすることから、大船に乗ったつもりで、に通じるエルフのことわざ。


ついに星が5000を突破しました!

読了やレビュー、ギフトなど、いつも応援ありがとうございます。


少しでも面白い物語をお届けできるよう、頑張ります。

一人でも多くの方に読んでほしいので、良かったらぜひ紹介もお願いします。


あと、近況ノートで前回の限定公開だったのを、全体公開に変更しました。

作中時間を考えてハロウィンイベントを書きました。

良ければご一緒にどうぞ。

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