第10話 貴族街

 自宅のリビングで、酒瓶を袋に詰めていく。

 先日のイベントで購入した日本酒ではなく、アブサンと馬乳酒の二つを入るだけ詰めた。

 ビールと大吟醸は今回はお留守番だ。


 緩衝材を入れて、瓶同士がぶつかって割れないように注意し、エアとクローシェに担いでもらって、安定性を確かめる。

 準備ができたことを確認して、渡が話した。


「……エトガー将軍がまた会いたいんだそうだ」

「このタイミングで、ですよね? どういった理由でしょう。今更やっぱり気に入ったから欲しいってことなんでしょうか?」

「もしかすると、そうなのかもしれないな。だとすれば、ある意味では狙い通りだ」

「そうですか……。じゃあ新しく選んだお酒、無駄になっちゃったかもしれませんね」


 マリエルがしょぼんと眉を下げた。

 軽く唇を尖らして拗ねているが、そんなちょっとした表情の変化も可愛らしい。

 それに、拗ねたように見せているが、チラチラと購入したばかりの新しい日本酒の瓶に目線が行っているのも、そしてそのことに気付かれていないと思っているところも可愛らしかった。


「まあ良いじゃないか。残ったとしても、俺たちで飲もう。みんな好きなんだろう?」

「やっりぃ! 主、アタシが飲んじゃって良いの!?」

「構わないぞ。独り占めはダメだけどな」

「いっしっし。これは毎晩が楽しみですねえ」


 にやあっと笑うエアの表情はいたずらっ子のようだ。

 天真爛漫というべきか、あるいは稚気溢れるというべきか。

 お酒を喜んでいるのに、未成年の子どものようなところがある。


「お姉様ばかりズルいですわ!」

「おいおい、まだ決まったわけじゃないぞ。ちゃんと将軍に会って話を聞いてからだ。ただまあ、エトガー将軍がアブサンと馬乳酒を望んだなら、三人でちゃんと分けて飲むなら構わないぞ……まったく、すごい量を買ってしまったのになあ」

「ご主人様、ありがとうございます!」


 マリエルが嬉しそうに渡に抱きついた。

 うおっ、やわらけえ……。


 甘やかな薫りに包まれ、二の腕に乳房が包み込んで、柔らかさを堪能する。

 嬉しそうな涼やかな声には、耳が幸福になった。

 にへら、と渡が笑み崩れそうになり、慌てて表情を引き締める。


 散々にエッチなこともしているのに、いまだに反応を抑えるのがむずかしい。

 それに対して頬を膨らませたのがエアだ。


「あー! マリエルばっかりズルい! 主、アタシの方がおっきいよ! だから、ね? アタシにもっと飲ませてほしいなあって……」

「むぐぐぐ……いぎが……!」

「お、お姉様! むぅうう、主様とはいえ、お姉様に抱きつかれて……な、なんだかあやしい変な気持ちになって、あ、頭が壊れてしまいそうですわ。お脳が破壊されてしまいそう……あっ」


 ぴょんと飛びついたかと思うと、渡の顔を抱きかかえて、その見事な乳房で顔を埋めてしまった。

 むにゅっ、と顔がすべて埋没するほどの柔らかさに包まれつつも、呼吸もままならない。

 顔を左右に振ってもブルンブルンと震えるばかりで、埋まったままだった。


 必死に胸を掴んで気道を確保しようとしたが、わずかな隙間もできない。

 デカすぎるし柔らかすぎる……!


 その横ではクローシェが渡にとも、エアにともつかない顔で、羨ましそうに指をくわえていた。


「ぷはっ、ほ、ほら、出発するぞ……」

「分かりました」

「はーい。よいしょっと、後でクローシェと交代ね」

「了解しましたわ! それまでは護衛はわたくしにお任せくださいな」


 騒がしい一行は、ワイワイと音を立てながらマンションを出て、ゲートへと向かった。


 〇


 最近はゲートを利用することで、王都にも頻繁に来るようになってしまった。

 最初は迷うほどの複雑な街並みも、何度も通うことで土地勘ができて、大通りであれば迷わずに進むことができる。


「やっぱり便利だよなあ」

「船で三日の距離が一瞬ですからね」


 それでも貴族たちの住む住宅地域に足を向けるときには、一定の緊張感をおぼえた。

 これはやはり、一歩間違えると自分だけでなくマリエルたちも危険におよぼす可能性があるためだろう。


 自然と口数も減って、声も大きなものから、少し落ち着いたトーンへと変わる。

 貴族街では家紋を看板にして飾っていたり、自領を特徴づける建築様式だったりと、目に入る館はそれぞれ違って、見ていて楽しかった。

 家紋一つでも、色々な動物を象っている物があれば、十字や鉤十字、三角や四角と家によって本当に様々だ。


 おまけに同じようなデザインでも色合いが違ったりするだけで家が変わるため、一度見ただけでは覚えられそうにない。


「主家と分家でも、モチーフは同じでも大きさを変えたりとか、シンボルを小さく表示して、家格の差を表してるんですよ」

「よく覚えられるものだな。自分の国だけじゃなくて、他国にもあるんだろう?」

「有名な家なら覚えられますが、小さいところは無理ですよ。専門の紋章官って仕事もあるぐらいですし」

「まあ、間違えたら失礼ってレベルじゃないだろうしな……」

「アタシたち傭兵も家紋にはけっこう詳しいよ」

「そうなのか? 失礼な話で悪いけど、あんまり縁がないと思ってた」

「旗を見てどの家が参加してるか分かると、弱い家を見つけて攻められるし、手強い敵と無駄に戦わなくていいから、大切なんだ」

「なるほどな」


 エアはおバカなようで、戦いに関しては詳しく賢い。

 机仕事に関しては端から捨てているだけで、生きる知恵に長けた人材だ。

 まあ、そうでなければただ強いだけで、闘技場で無敗で勝ち続けることなどできなかっただろう。


「わたくしの一族は狼を紋章にしておりますわ!」

「黒狼族だもんな。じゃあエアの一族は虎か?」

「うんっ。金糸ですごーく綺麗な虎の刺繍をしてるよ! ……戦が終わったときには血で真っ赤になるんだけどね」

「こわっ」

「ご主人様、お話の途中ですが、そろそろ到着します」

「おっと。気を切り替えるぞ。今日はモイー卿が同席しないらしいから、立ち振る舞いには余計に気をつけような」


 急な呼び出しだったことに加えて、モイーには領地の仕事が立て込んでいるそうだ。

 間に立って緩衝材になってくれることは望めそうもない。

 渡は乾いた口を動かして唾液を出させると、こくりと唾を飲みこんだ。


 貴族との交渉はいつでも緊張する。


――――――――――――――――――――――

話的にはあんまり進展がないのですが、作中世界観の説明として。

次回は呼び出しの理由が判明です!


そういえば、皆さんはエルフ好き?

私はエルフピンヒロインで一冊本出したぐらいには好きです。

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