第12話 奴隷にするための刻印処置

 王都には三つもの奴隷商会がある。

 王国中から多くの奴隷が集まり、右から左へと次々に販売されていき、一日に数百人もの奴隷が売買されていた。


 渡たちがクローシェを連れて商会へと赴く間、クローシェはガクガクと震えっぱなしだった。


「はわ、はわわわわ! わたくし、ど、奴隷になってしまいますの?」

「そういう約束で決闘しましたよね」

「しました! しましたけどもお!」

「けども?」

「か、勝つことしか考えておりませんでしたわ……」


 しょんぼりと言い放つクローシェの考えの甘さには閉口する。

 自分の人生を賭した大勝負にしてはあまりにも杜撰すぎる。

 はたしてこの美少女を自分の奴隷として手に入れたとして、うまく制御できるのか、一抹の不安が残った。

 普段はふざけているが、押さえるところはビシっと押さえるエアとは違うタイプかもしれない。


「呆れた。アタシは必勝の秘策でもあるのかと思ってた」

「ありませんわ! ですが、わたくしの勝利にかける強い想いがあれば、確実に勝利に導けると確信しておりました……。実際は惜しくも負けてしまいましたが」

「受ける」

「わたくしは少しも面白くありません。ちなみにお姉さまはどういう区分の奴隷ですの? 労働奴隷でしょうか? エアお姉さまと対等の条件なのですよね?」

「アタシは夜の相手から汚れ仕事まで、自衛以外の全部の権利だよ」

「私もそうですね」

「ほげえ! お姉さまは何という契約をされているのですか!」


 クローシェが目をむいて驚いた。

 奴隷と一口にいっても、詳しくは売り物にする権利はいくつかの区分があった。

 最下層は自分の命の権利すら失われてしまうもので、神々への供物、いわゆる生贄となるケースや、人体実験、モンスターのはびこる場所に決死の覚悟での偵察などの用途に用いられる。

 基本的には重罪でも犯さないかぎり、ここまでひどい奴隷にはならない。


 エアやマリエルはもう一つ上の区分だ。

 命の権利は守られるが、それ以外の命令に拒否権はない。

 鉱山や奴隷船といった劣悪な環境に身を置くことになったり、農奴とて搾取されたり、あるいは夜の相手を命じられても拒否できない。


 さらに上になると、労働力と販売の権利だけになる。

 そして更に上。

 この区分になると奴隷が奴隷を扱ったり、下手な市民よりも権限が大きかったりと、不思議な逆転現象が見られる。

 エアやマリエルは本来ならばこの区分に当たるはずだったが、返済の額が大きすぎて下のランクになっていた。


 なお、安価に大して能力のない奴隷を購入し、育ててから販売する、というのは地球でもそれなりに多く見られた。


「クローシェ、戦士として、奴隷の先輩として一つ教えてあげる」

「な、なんでしょうか?」

「人生は諦めが肝心」

「キャイーン! いや、いやですわああああ!」


 王都にクローシェの叫び声が響いた。


 〇


 王都の奴隷商会に、クローシェを奴隷として登録する。

 現代日本人である渡からすると、なかなかに異様な出来事ではあったが、商会の店員は手慣れた様子で手続きを始めてくれた。


 賭博場で持ち金以上のお金を失って。

 貸金業者に返済能力を超えた借金をして。


 様々な理由で、奴隷になる者が絶えないという。

 遍歴騎士という立場こそ珍しいものの、やることはいつも通りということだった。


「それでは、クローシェ・ド・ブラドを奴隷となることに同意するこちらの文書に署名を。そして、こちらは所有者となる書類に署名をお願いします」

「う、うぅぅぅ、情けない。どうしてあんな短絡的思考を……」

「後悔先に立たずと言いますからねえ」


 奴隷商と言えども、非常に大きな商いをしているからか、手続きは手早く的確だった。

 書類を早速用意されて、渡用とクローシェ用にそれぞれ記入する。

 事務室で書類を書くと、すぐに処置室に案内された。


 処置室ではいくつもの印刻が魔術用の充填台に並べられていて、それを奴隷の肌に押しつけていく流れ作業になっていた。

 多くの奴隷が苦悶の声を上げている。

 これからまさに奴隷としての処置をされるのを、現実として実感したのだろう。

 クローシェの顔が真っ青になり、カチカチと歯を鳴らし始めた。


「では、今から奴隷印を刻印するので、肌を出してください」

「は、肌を!? この黒狼族のわたくしの肌をさらけ出せと!?」

「ほんとこいつウッサイ。お兄さん、アタシが押さえておくからちゃちゃっとやっていいよ」

「ちょ、ちょっとお姉さま! なにを、わ、わたくしのお腹を出さないでくださいまし!! や、やだあああ、いやですわ! おと、お父様助けて! お母様!」

「はい、じゃあ次の仕事があるんで行きますね。はい、じゅ~」


 処置をする職員は情け容赦なかった。

 一々動揺や躊躇していたらそれこそ仕事にならないのだろう。

 エアの手によって、くびれたクローシェの下腹部が剥き出しになる。

 そこにジュっ! と刻印が押し当てられた。


 ビクッと鍛えられたお腹が震えた。


「んっ……くうっ……ああ……!! あ、あつぃ……熱いですわ! ひいいいっ熱いですわ!」

「中途半端になると危険です! 絶対に動かないで!」


 クローシェが顔を歪めて声を上げる。

 ガマンしているからか、顔が真っ赤になっていた。

 目じりから涙が浮かび上がる。


 痛みや熱さに耐えるためか、用意されていた棒をぎゅうっと強く握りながら、クローシェは耐えた。

 黒い尻尾がぶわりと大きく膨らんでいる。

 元々太い尻尾だっただけに、膨らむと渡の腕よりも太い。


「くっ、はぁっ、あつい、熱いですの、お、お願いですわ、許してくださいまし。後生ですわ! なんだか体がんっ、あつっ、あつぃいい! 頭がおかしくなりますわあっ!」

「もう終わります。……はい、できましたよ! お疲れさまでした。これで貴女はこちらのご主人様にお仕えする奴隷です。大切に扱ってもらえるように、頑張ってくださいな。いやー、しかし綺麗についたなあ」


 職員が刻印を外すと、クローシェの真っ白い肌の下腹部には、ピンク色をした奴隷印が刻まれていた。

 魔術の作用によるものか、明滅していて艶めかしい。


「はぁ……はぁ……う、ううう……けがれてしまいました……」


 クローシェが両手でお腹を隠した。


「う、うううう……わたくしが奴隷なんて。乙女のお腹を見られるなんて、屈辱ですわ……」

「はい、クローシェさん。ポーションをお飲みください」

「あ、ありがとうございます、マリエルさん」


 急性治療のポーションを飲むことで、奴隷紋の光が落ち着く。

 それでも見るものが見れば、一目で分かるようになっていた。

 今後はへそ出しルックは相当の覚悟がないとできないだろう。


「さて、クローシェさん。いや、クローシェ」

「は、はい」

「お前は今から俺の奴隷になった。マリエルやエアのように、ひどい扱いをするつもりはない。けど、同時にすべてを許しているわけじゃない。今後、自分の立場をちゃんと弁えて行動することだ。もし、クローシェが反抗的な態度を取るなら、それなりの罰を与えることになるからな」

「わ、分かりました。主様」

「いい子にしてたらご褒美もあげるし、奴隷から解放するから、頑張るようにね」


 ブルブルと震えたクローシェは、尻尾をくるんと巻いて深々と頭を下げた。

 少なくとも初対面の時のような高慢そうな態度でなくなっただけでも、いい変化といえるだろう。

 渡はクローシェの頭を撫でると、ブンブンと尻尾を振ってクローシェが応えた。

 渡とクローシェの、格付けが済んだ。


――――――――――――――――――――――――――――

【奴隷紋】

奴隷としての刻印。主の命令に背いたり、攻撃を加えようとすると苦痛を感じるようになっている。

犯罪者を識別する入れ墨とは違い、目に留まらないところに押される。背中に押されることが多い。

クローシェが下腹部に押されたのは、相手が黒狼族だったから。

(腹を見せるのは服従するときだけだから、エアがお腹を出した)

けっして作者のいやらしい意図ではない。

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