第15話 このドレス透け透けすぎません?

 自宅に帰って昼食をサッと取ったあと、祠の紋様、あるいは文字を紙に移し終え、渡たちは再度異世界へと訪れていた。

 目的はウェルカム商会に行くことだ。

 この頃は異世界に渡るたびに砂糖をリュックに詰めて補充していくのが習慣になっていた。

 消費量が増える今後は、リュックではなく台車で運ぶことになるのだろう。


「問題はその先だよなあ……」

「そうですねえ。私たちが移動の度に持っていく量では、需要を超えてしまうのもすぐかもしれません」

「主、アタシたちが一日かけて運ぼうか?」

「それも良いんだけど、抜本的な改善が必要な感じはする」


 渡も一年中砂糖を運び続けてもいられない。

 やりたいこと、やったほうが良いことはもっともっと沢山あるはずなのだ。


 ゲートを潜り異世界へと辿り着く。

 相変わらず人の注目を集めないが、祠が綺麗になったことで、なんとなく空気まで清々しく爽やかになった気がした。


 渡が着ている『清涼の羽衣』はサマーセーターのように上から羽織るものだが、それだけで暑さを抑えてくれる、日本人には必須の効果が付与されている。

 購入金額も銀貨五枚と、他の付与が行われた装飾品に比べるとかなり安い。

 なんでも付与に必要な技術としては、かなりありふれているから、との話だった。

 ウィリアムからはいつでもあるわけではないと言われていたが、在庫があるならマリエルとエアの二人だけでなく、渡もぜひとも欲しかった。

 いくら高性能で手放せないとはいえ、この真夏の日本で着替えずに毎日着用しているのは汗や汚れが気になってしかたがない。

 あくまでも効果は抑えてくれるであって、完全に制御してくれるわけではないのだ。


 ウェルカム商会に着いた時、ウィリアムは他の客と商談をしていた。

 代わりに店頭に立っていた番頭の一人から、ウェルカアアアムと挨拶を受け、丁重に奥へと案内を受ける。

 しばらく商談室にて待っていると、いつものようにウィリアムが笑顔で入ってきた。

 心なしかほくほく顔のように思える。

 商談が上手くいったのだろうか。


「お待たせしました。ああ、こちら砂糖をまた補充いただいたんですね、ありがとうございます。後ほどお支払いさせていただきます」

「最近は来るたびに売れていってますよね」

「ええ、おかげさまで当店も左団扇ですよ。実はこの度、王家御用達になることができました。それもこれも渡様のおかげです」

「ええ、凄いじゃないですか!」

「ここれからも末永くよろしくお願いいたします」

「もちろんですよ」


 現代でもイギリスなどは王室御用達の制度は残り、厳しい基準が設けられているが、封建社会において『御用達』の看板はそれ以上に大きな意味を持つ。

 特に王家ともなれば、その看板の大きさは比類ないものだ。

 砂糖取引においては比肩することのできない地位を築いたと考えて良い。

 ウィリアムが成長と存続の土台である渡に丁重に接するのも、当然のことと言えた。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「『清涼の羽衣』の替えと、こちらの二人にも新しく買ってあげたいんですが、商品はありますか?」

「生憎ですが、在庫がありません。いくら出やすいとはいっても、もとより付与のされた服は出回る数が少ないうえ、暑い日が続いておりますから、商品が入ってきてもすぐに出てしまうのです」


 異世界が渡の基準で涼しいとはいえ、現地の人々にとっては耐えがたい暑さであることは違いない。

 この時期、ウェルカム商会だけでなく、近隣の商店においても涼風の付与が行われた衣類は飛ぶように売れてしまう。

 渡が購入したのは七月だったためにギリギリ手に入ったが、それも数日置けば売り切れてしまっていただろう。


「そうですか。残念ですね」

「一応、あるのはあるのですが……少し人にはお勧めしにくい商品でして」

「あるんですか? 見るだけ見させてもらってもいいでしょうか?」


 どことなく口ごもったような、舌の回りの悪いウィリアムの言葉に疑問を感じながらも、とりあえず見てみないことには始まらない。

 渡が頼むと、ウィリアムが下働きに命を出して、商品を取ってこさせた。

 教育が行き届いているからか、さほど待つこともなく商品が届いた。


「お気に召さなかったら申し訳ありません。こちらが清涼の付与が行われた商品になります」

「ちょ、ちょっとこのドレスは破廉恥すぎませんか?」

「ス、スケスケです……これ、全裸よりも恥ずかしいかも……」

「なんだこれー! ウシシ、下着よりも布が少ない!」


 目の前に広げられたドレスを見て、渡たちは言葉を失った。

 ドレスというよりは紐ビキニといった方が良いのではないかと思うほどに布地が少ない。

 背中はバッサリとカットされていて、脇や前の裾などもほとんどがカットされ、紐状のようなものが辛うじてドレスのラインを象っているに過ぎない。

 布地のある所もシースルーな生地を使っているのか、肌の色合いがうっすらと見えてしまう。


 マリエルは自分が着た姿をイメージしたのか、白い肌を真っ赤に上気させているし、ありえないとばかりに手を振っていた。

 エアは少々態度が違い、こんなドレスをどうやって着るんだと面白そうに笑みを浮かべている。

 恥ずかしさを覚えていないのは、羞恥心がないのではなく、そもそもとして自分が着るという前提を持っていないためだろう。


 渡たちの反応を見て、ウィリアムは大いに頷いて見せた。


「だからお出ししなかったんですよ。これはおそらく高級娼婦の方が着るものだと思います。このようななりをしていますが、かけられている付与は一級品なんですよね」

「なんというか、すごく無駄な技術の使い方な気がするんですが」

「商品を売る立場としては、なんとも申せません。富豪の方が愛人に着せていたのかもしれませんし、商品の楽しみ方は人それぞれです。我々商人は購入した後のことにまでは関与しませんから。こちらでしたら二着ご用意できますが、どうされますか?」


 渡はチラッと横目でマリエルとエアを見た。

 このエッチなドレスを身に着けた二人が外に歩けば……。

 痴女扱いされてナンパされたり、警察に注意を受けるかもしれない。

 なによりも美しい肢体を衆人環視に晒すことになる。


 美女を連れまわして優越感を覚えることもある渡だが、独占欲もそれなりに強い。

 秘められた部分を人目に晒させる趣味はなかった。


「今ならお安くしておきますよ。こういった商品なので、実のところなかなか購入者が現れないのです」

「涼しいのはありがたいんですが……」

「まあ、そうですよね」


 安くするといっても付与された商品はかなり高い。

 おまけに使える用途があまりにも限定されているとあっては、渡としても無駄遣いをしている気になって買えるものではなかった。

 マリエルとエアが購入に乗り気ならばともかく、様子を見る限り、そうとは思えなかった。


「複数の付与がかかっていて、性能だけは折り紙付きなんですけどねえ……まったくもったいない」

「ちなみにどういう付与がかかってるんですか?」

「左様ですね、バストが垂れるのを完全に防いだり、乳房の蒸れ防止、あとは運動時のサポート効果や位置の補正、後はお腹周りの脂肪の蓄積を防ぐ効果もあるとか」

「そんなに沢山ついてるんですか? 凄い技術ですね」

「ご、ご主人様、これ買ってください!」

「え、でもこれ、マリエルも恥ずかしがってたんじゃ」

「自宅でだけ着けます! 寝るときだけでも良いです!」


 突然のマリエルの勢いにタジタジになる。

 一体何の能力がこれほどの琴線に触れたのだろうか。


「そ、そう? じゃ、じゃあこれ買います」

「エア、あなたも着けときなさい!」

「ええっ!? アタシも!? は、恥ずかしいよぉ」

「ご購入ありがとうございます。さっそく包んでまいります」


 マリエルとエアが言い合っているにも関わらず、ウィリアムはすぐさま商品を下働きに渡した。

 この場で今決定権が誰にあるのかを完全に見抜いた、見事な商売感覚だった。


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