第09話 制圧
十人からなる闖入者を追い出すというのはかなり難しい。
こちらには三人しかいないのだ。
貸しスタジオの中は広いために十人が入って狭いということはなかったが、体格のいい人相の良くない男たちが並ぶと威圧感が凄い。
エアという強力な護衛がいなければ、渡もこの時点で委縮していたかもしれない。
エアは冷静に十人の戦力を把握し、いつでも動けるように備えてくれている。
こと戦闘においてエアは誰よりも真面目で真剣であり、そこには一片の疑いたりとも挟ませない。
背中に感じるエアの気配が何よりも頼もしい。
グレート山崎は自分の優位を確信したような、にちゃぁと厭らしい笑みを浮かべた。
ぶっちゃけ汚い中年おっさんのにちゃつき笑顔は見ていて不快だった。
「せっかくここまで来たんだ。手ぶらで帰らせないでくれよ」
「俺としては今すぐ帰ってもらっても良いんですが、まあ、紹介した人の顔を立てましょう」
「へへへ、話が分かるじゃねえか」
スタジオで唯一のテーブルを挟んで、渡たちとグレート山崎たちが向かい合った。
三人しかいない上に、その内の二人が見目のいい美少女と、圧倒的に威圧感が違った。
「まずハッキリさせておきましょう。俺はグレート山崎さん、あなた一人にならない限り、いまポーションを見せるつもりはありません。これは事前の約束を守ってもらいます」
「お固いことだ。まあ、それは後にしようや。俺からの
「見返りですか?」
「オレが協力すれば、今までじゃ手が届かなかった世界中の選手に伝手ができるぞ。
「……このポーションは時が来れば嫌でも注目されて、勝手に世界からオファーが来ると思ってるので構いませんよ」
「それでも紹介があればリーチできる長さや早さは段違いのはずだぜ」
「今の小さな規模でも商品の在庫に困ってるぐらいなので、別に良いですかね」
世界でもトップクラスの選手に興味がないと言えば嘘になるが、かといって商品が揃えられない今、無理をする必要はどこにもない。
渡のそっけない対応に、山崎の顔から笑みが減る。
それでも交渉としての体裁を整えてか、条件を挙げ続けた。
「何かあったときにオレが後ろ盾になれるぞ。見ての通り、俺には頼りになる仲間が多いからな。協会にも顔が利く」
「ああ、それも結構です。第一約束も守れない人が後ろ盾になってもらっても、背中を撃たれないか心配ですから」
「……あのさあ、こっちもあんたの為を思って提案してやってるんだよ、さっきからその態度はなんだ」
「「そうだそうだ!」」
取り巻きたちが一斉に声を上げ始めたことで、マリエルがビクリと体を震わせて距離をとった。
エアが視線に鋭さを持ち、ほんのわずか重心を下げた。
「一応聞いておきましょうか。その条件で、一体どれだけ取り分を要求するつもりだったんですか?」
「六割だ。安いもんだろう?」
「俺が六?」
「いや、あんたは四。良い話だろ。協力してもらいたくなったよな」
「「まったくだ! さっさと頷いた方が賢いぞ」」
「……交渉は決裂ですね」
渡の目配せに、マリエルがまず動いた。
騒動から怯えたように距離をとっていたマリエルの狙いは、室内灯のスイッチにあった。
以前、貸しスタジオは壁一面の鏡張りだと述べた。
つまり外光を採り入れる採光窓がわずかしかなく、その窓も分厚いカーテンによって遮られている。
マリエルがスイッチを切った瞬間、スタジオは暗闇に包まれた。
わずかな明かりも入らない暗闇だ。
スタジオ特有の明るい状態から突如として真っ暗になったことで、自分の鼻の先すら判別がつかない。
男たちは慌て、スマホのライトをつける余裕も与えられなかった。
「うわっ、なんだ!?」
「停電か!?」
「エア、やりすぎるなよ」
「ほーい」
渡の声に対して、場違いなまでに軽い調子でエアが答えた。
金虎族は猫科の優れた能力と人の能力を良いところを受け継いでいる。
暗闇の中、エアの瞳孔がギュンッと拡がり、瞳だけが光る。
闇の中狼狽する男たちの姿が、エアにはハッキリと見えた。
優れた虎耳が場所や動き出しを把握させ、猫科特有の瞬発力がスタジオの中で爆発的に発揮される。
「うわっ!!」
「ぐえっ!」「ぎゃあっ!」
「お、おい!? どうした!? ぐっ……」
暗闇で上がるいくつもの悲鳴と苦悶の声。
どさどさと人の倒れる音。
同じく闇に包まれながら、渡は落ち着いて時を待つ。
「主、マリエル、終わったよ」
「点けてくれ」
「はい」
パチン、と軽いスイッチ音とともに、スタジオ内に明かりが戻った。
だが、その場の光景はずいぶんと様変わりしていた。
グレート山崎以外の取り巻きたちは全員が床に沈み込み、呻いていたり、気を失っている。
(誰も爆発四散したり首が変な方向に向いたりしてないな。……良かった)
唯一心配だったのが、カッと我を忘れてエアが凄惨な事件を引き起こすことだった。
だが、事前に何度も言いつけていたように、エアは絶妙な手加減ができたようだった。
グレート山崎が周りを見渡して呆然と目を見開き、
「いったい何が……な、何をした!?」
「ちょっと眠ってもらっただけですよ」
「ば、馬鹿な。十人だぞ。あんな僅かな時間でどうやって。特殊部隊かなにかか!?」
「まあそんなものです。商品の価値が分かってたので、あなたたちみたいなのを引き寄せるのも予想してましたから。実際にすることになって残念ですけどね」
「あ、あんた! こんな事して無事ですむと思ってるのかっ!? これは立派な傷害事件だぞ!」
おっと、そうきたか。
渡は苦笑した。
先ほどまで加害者そのものの活動をしていたのに、不利になった途端、被害者ぶる。
これを即座にできるあたり、かなり場慣れしているのは間違いない。
何度も似たような場面を経験して、その度に乗り切ってきたのだろう。
だが、一つだけ違うのは、こちらに圧倒的な暴力があるということだ。
「どうするっていうんです? 一〇人から集まって人を威圧しておいて、警察に訴え出るんですか? ちなみに先ほどの発言は全部録音してますのでね。警察はどう判断するでしょう」
「まさか最初からそのつもりだったのか?」
「いいえ。あなたが普通に購入してくれれば、こんな面倒なことをしなくて済んだんですよ。自業自得でしょうに。そもそも横車を押してきたのは貴方でしょうが。さすがに不愉快です」
こちらを疑われてとても心外だった。
これまで抑え込んでいた渡の目に怒りの色が燃え盛る。
ゴルフ界で好き勝手やってきた悪人を少し懲らしめる良い機会ではないだろうか。
「というか、
「ひっ!? や、やめろ! やめてくれ!」
渡が軽く脅しをかけた途端、グレート山崎は途端に弱気になって、びくびくと周りを見渡した。
鍛えていて体格もでかいとは言え、同じぐらい鍛えていた自分の手下が瞬く間にやられたのだ。
足掻いても勝てないことはよく理解しているのだろう。
「お願いだ、こ、この通り、頭を下げろっていうなら下げる。もう余計なことはしない。関わらない! 約束する!」
「もう遅いんですよ」
いっそ見事なまでの保身だった。
こうして強きに諂い弱きを挫く生き方を続けてきたのだろうか。
見ていて唾を吐きかけたい気持ちになった。
すごく気分が悪い。
「安心してください。急性のケガに効くポーションを沢山用意しておきました。驚くことに死ななきゃ傷跡一つ残りません。病院で検査を受けても問題なし。……これで心置きなくボコボコにできますね?」
「や、やめてくれえええええ!!」
「やれ」
短い命令にエアが動き出した。
グレート山崎の悲鳴が響いたが、様々な音楽を流し、激しい運動にも耐える防音設備の充実したスタジオは、そのすべてを見事に外部に漏らさなかった。
急性治療のポーションは異世界において慢性治療のポーションよりもかなり割安だ。
身を守るためには必要経費と割り切ろう。
「あーあ。どうせ聞くなら、むさくるしいオッサンの悲鳴より、俺は二人の可愛い悲鳴の方が聞きたいよ」
「ご主人様、今夜はたっぷりとお仕置きしてくださるんでしょう?」
「ああ、覚悟しておけ」
二度と手を出さないように、文字通り骨身に刻んでもらった。
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交渉は後日書き直すかもしれません
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