新人ミミックさんのお仕事Days

細蟹姫

第1話 ミミックさんの一日 ①

 ――― 新人ミミックの朝は早い。


 朝日が昇るよりも早く、僕は目を覚まして部屋を出る。

 向かう先は水浴び用の泉。

 公共の場であるこの泉は、日中から夜にかけて、ゴブリンやオーガなどと言った獣臭いやからがこぞって押し寄せるので、僕は朝一でここに来るようにしている。


 何故ミミックが水浴びなんかするのかって?

 そりゃ、誰だって汚い箱から宝を貰いたくはないだろう。

 ミミックは清潔感には気を遣う仕事だ。


 箱の中に水が入ったら沈まないかって?

 どうして僕たちが普段から宝箱の姿でいると思うんだ。


 水浴び時の僕は、神々しいほどの美男子。

 その美しさは時々美の神様アドーニスに間違えられる程だ。


 真の姿を知りたい?

 ミミックの真の姿を見た物は誰もいないって、知らないのかな?

 つまり、そういう事。

 


 誰もいない静かな泉に浸かりながら、水音に耳を澄ませて朝日が昇るのを眺める。

 僕の一日の始まりは、そんな至福の時間から始まるのである。



 水浴びを終えたら朝食の準備に取り掛かる。

 僕らエネミーの食事は魔力であり、魔石と呼ばれる石から供給できる。


 普通は石の状態でバリバリ食べるのだけど、僕は砕けた石で口の中が切れるのが嫌なので、ドリンク化させる機械ミキサーを独自開発した。


 長期保存できないのが残念ではあるが、いつでも新鮮なドリンクが飲める上に水浴び後の水分補給にもなるのだから、僕は結構気に入っている。


 因みに、強さをひけらかすように捕った獲物の肉を食べる輩もいたりして、「まだ石なんか喰ってんのか?」と僕たちを嘲笑うけれど、肉等からは魔力の供給は見込めないので、何だかんだ言いながら、彼らはちゃっかり石をかじっていたりする。

 正直、結構かっこ悪い。


(今度、こっそり魔力を供給できるドリンクを売りつけてみようかな?)


 そんな事を考えながら朝食を済ませた後、僕は身支度を整えて出勤した。



【エネミー協会・ミミック課・第一支部】


 と呼ばれる村周辺のミミックを取り仕切る職場。

 僕は只今絶賛、研修期間中の新米ミミックである。


 職場にいるときは、ミミックらしく宝箱の姿をしているよ。

 役職で色や質感が変わるんだけど、研修期間の僕は茶色の木の宝箱。

 研修が開けたら緑に塗装された宝箱に成れる許可がもらえるから、今はそれを目指して頑張っている所だ。


 始業時間まではまだ時間があったので、その間に簡単なストレッチをしていると、現れたミミック先輩が話しかけてくれた。


「おう新人。分かってるじゃねぇか。始業前のストレッチは基本中の基本。しっかりやれよ! なんなら手伝ってやろうか?」

「あ、お願いします。」

「っし。じゃ、舌出せー」


 ミミック先輩は人間の姿に成り代わり、僕の舌を引っ張ったり、蓋を開け閉めしたりとストレッチを手伝ってくれた。


「お前、まだまだ蓋の可動が重いな。柔軟性つけておかないと、人間がスムーズに宝箱開けられなくて、危ねぇぞ。」

「分かりました。気にしてみます。」


 ミミック先輩は僕の教育係でもあって、何かと世話を焼いてくれる、とても気さくで優しい先輩だ。

 朱色の塗装に金の金具があしらわれた、カッコいい姿をしている。


「あー、今週こそは綺麗な姉ちゃんの装飾品になりたいぜ。」


 ただし、女性関係では失敗しまくっているらしいのだけど。


「残念ですが、その希望はきっと叶いませんよ。それに、以前それで女性に邪な事しようとして、大怪我したんじゃなかったんですか?」

「な、何で新人がその事知ってんだ?」

「初日にミミックパイセンが教えてくれました。だから、間違ってもミミック先輩みたいになるなって言われましたよ。」

「そりゃないっすよ、ミミックパイセン……」


 ミミック先輩は、そこにはいないミミックパイセンに向かって愚痴をこぼした。


 ミミックパイセンはこの支部のエース。

 職場ではプラチナとゴールドの光り輝く宝箱姿をしている。

 出勤していない所を見ると、今もこの辺りで一番高難度のダンジョンで立派な宝箱に成り代わっている事だろう。


 何にでも擬態でき、一度擬態したらピクリとも動く事は無い擬態のスペシャリストのミミックパイセン。

 その仕事ぶりは尊敬に値するミミックで、僕の憧れでもある。


 存在が凄すぎて気さくには話しかけられないが、僕がこの第一支部を希望したのはミミックパイセンが居たからでもあった。



 ――― キーンコーンカーンコーン


 始業のチャイムが鳴り響く。

 出勤したミミック達が次々と整列を始めるのを見て、僕とミミック先輩もストレッチを止めて整列すると、一歩遅れてミミック部長が前に立った。


「全員いるかー? んじゃ、朝礼を始める。まずは擬態練習から、よーいはい!」


 ミミック部長の号令で開始される擬態練習。

 コイン・花・壺・宝箱・木・人間と、次々に擬態するのを3セット繰り返す。


「新人、遅れてるぞー。」

「すみません!」

「木が喋るなー?」

「あ………。」


 擬態中にうっかり返事をしてしまったことを更に注意され、周りからクスクスと笑いが漏れる。

僕はミミックだけれど、擬態があまり得意ではないのだ。


つい返事をしてしまうし、動いてしまう。

今のままでは、ダンジョンで宝箱に擬態するなんて夢のまた夢だ。


「あい、終了。次、今週の担当表だ。それから今週から新人が調査訓練に入るから、ミミック先輩はちゃんとフォローしてやれよー。後は、連絡事項は無いな。じゃ、以上。」


 解散の合図で、ミミック達が「今日お持ち場はどこだ」なんてワイワイと持ち場へ去っていく中、僕はまだしたことのない仕事内容が書かれた担当表を眺めて胸を躍らせていた。


 

□□□



 ミミックの仕事は、大きく三つに分類される。


 一つは擬態。

 ダンジョン等で宝箱に擬態して冒険者を迎え撃つという、誰もが憧れるミミック界の花形仕事だ。

 エネミー界では、魔王城に近いダンジョンに配属される程位が高くなる。

 だから、魔王城の城下で擬態が許可されるように、ミミックは日々精進するのである。


 もう一つは収集。

 ダンジョン等で宝箱になるミミックの、中身を収集する事だ。

 宝箱だと思った冒険者が、期待を込めて開いたそれがミミックであるのだから、倒した時には相応の品をプレゼントしてあげなくてはいけない。

 周辺では手に入らない珍しい品や、相応の金銭を集めるこの仕事は、足を使って収集するほかにも、他部署とのアイテムトレード、売買等が業務に入るため、中々に素質が必要な仕事だ。


 そして最後が調査と配給、その他見回り等。

 主に人や小動物、小物に擬態して町に潜り込み、冒険者たちが欲している物を調査して報告したり、各ダンジョンに常駐する身動きの取れない夜間残業しているミミックへ、魔石の配給を行ったりする仕事だ。


 僕は今、この仕事を学んでいる。

 要するに、新人がする雑用なのである。


 後はまぁ、全体を統括して指示を出してくれる管理職や、多種エネミーと会合したり、魔王の動向を見極める職に就くレジェンドミミックもいるけれど、そういう仕事はもう、新人には理解できない内容なのでここに入れないでおく。

 


「っし、じゃぁ行くか新人。さて、俺についてずっと手伝って来たんだ。今日の魔石の配給は一人でやってみろ。」

「はい!」


 元気よく返事をすると、「気合は入ってんなぁ」と、ミミック先輩は笑って僕の肩を叩いた。



□□□



 ダンジョン………とはいっても、ここは魔王城から最も離れた始まりの村周辺なので、あるのは可愛らしい洞窟か、ちょっとした森くらいだ。


 その辺にウヨウヨしているスライムに擬態し、ダンジョンの中を進む。


「わあ、ミミックさんこんにちはー。」

「スライムさん、お邪魔してます。今日はどんな感じですか?」

「今日はまだ、誰も来てないなー。でも、昨日来た冒険者帰ってないから奥に居るかもしれないよ。結構強い子で、ボクもやられちゃったんだー。だから、ミミックさんも気を付けた方がいいよー。」

「それは、情報ありがとうございます。気を付けます。」

「うん! お仕事頑張ってねー。」


 比較的穏やかな環境な為か、この辺りのエネミーはとても友好的。

 通るたびに色々な情報をくれるので、助かっている。


(しかし、そうか……冒険者がいるのか。)


 僕はチラリと後ろに控えているミミック先輩を見たが、ミミック先輩は何も言わずに僕についているだけだ。


 何かあった時には頼っていいし、危険と判断すれば問答無用で介入してくれると言うが、基本的には今日、僕は振られた仕事を一人でこなさなければならないのだ。


(大丈夫。ミミック先輩と回った時にだって、冒険者が居た時はあった。タイミングさえ間違わなければ………)


 その緊張に少しだけ気を引き締めて、僕はその先へと進んだ。

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