時空超常奇譚其ノ七. 空島宇宙戦記/僕達は救世主だった、かも知れない

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚其ノ七. 空島宇宙戦記/僕達は救世主だった、かも知れない


 深夜のTVから、アナウンサーの興奮気味の声が聞こえた。

「MHK緊急特番の時間です。今日は『ポッキーの謎』をご紹介致します。日本各地で、正体不明の未確認物体が確認されており、今ご覧の映像のように新潟県の佐渡市に高さ約30メートル、直径約5メートルの筒状物体が突き刺さっていのが見えます。外見は全体的にこげ茶色で途中から黄色の二色、中央部に金色の十字マークのようなものが確認出来ます」

 アナウンサーの興奮が止まらない。

「MHKの独自調査によりますと、都市伝説のようなその不思議な物体は、新潟県の佐渡市、北海道の紋別市、鹿児島県の伊佐市の山麓にも刺さるように立っているのが確認されています。その他、南アフリカ共和国のハウテン州、ロシアのマガダン州、カナダのオンタリオ州、アメリカのカリフォルニア州、中国上海市、オーストラリアのクインズランド州でも同じ物体が確認されておりますが、詳細は未だ不明です」

 アナウンサーは、更に止まらない興奮に早口で捲し立てた。

「周辺住民の話によると「宇宙からから飛んで来た」との事ですが、この物体の正体を知る手掛かりは今のところありません。因みに、地元ではこの物体を『ポッキー』と呼んでいるそうです」

 緊急特番を組んだものの、結局のところ謎の『ポッキー』の正体は何も掴めていなかった。一部自治体が強引に重機で撤去しようとしたが、ポッキーはびくともせず、山麓に刺さる物体が何をしているのかは一切不明のままだった。

 だが、ある日突如として世界中にあった謎の物体『ポッキー』は、音もなく空の彼方へと消えていった。

「あのさ、夏休みにボクの叔父さんが持っている島で開かれる「お宝探険祭り」に参加しないか?」

「何や、それ?」「何それ、面白いのか?」

「無人島に隠してあるお宝を見つけたらゲット出来るんだ。参加者は、叔父さんの会社の社員とその家族約100人、期間は八月一日から一週間」

「お宝って何だ?」

「現金もあるけど、家電とかゲーム機とかもある。前回は現金とゲーム機とソフトとスニーカーをゲットしたよ」

 北条タクヤ15歳清峰学園中学三年は、所属するクラブ活動のゲーム部の仲間でありクラスメートでもある広田ヒロと天翔百々華あまかけももかの二人を誘った。タクヤが見せたチラシに『第20回お宝探険祭り・主催(株)アズミコーポレーション』の文字が見える。

 広田ヒロは、父親の転勤で小学校から中学一年まで関東と東北のあちこちを転校した。転校が多過ぎたせいで興奮するとどこの言葉がわからなくなる、病弱で小心者だが正義感は誰よりも強く、カラ元気と大柄な体のせいでジャイアンと呼ばれている。自他ともに認める戦術、兵器オタクだ。

 もう一人の天翔百々華は、関西から家の都合で転向して来たIQ200の天才、本人は陰陽師神生しんせい派の家系と言っているが本当かどうかは知らない。確かに強い霊感があり、学校内では百々華大明神と崇められている。ヒロに負けず劣らず正義感が強く、学校史上最強の生徒会長とも呼ばれている。

 北条タクヤは特に他人に誇れるものはないが、記憶力と妄想力だけは誰にも負けないと本人は思っている。その能力は、ゲームにはちょっとだけ役に立つのだが、それ以外は一切役に立った事はない。最近はゲームだけでなくSF小説にも嵌っていて、特にタイムトラベル物が好きだ。

 三人ともチーム戦で行うPCゲームを得意としている。ゲームのキャラクターを操作して、チームで協力し敵の本拠地を破壊するのだ。最近ではシューティングゲーム好きが講じてPCでは飽き足らずに、アウトドアでのサバイバルゲームにも嵌っている。三人のチームは結成以来負け知らずで、天才ゲーマーズと呼ばれている。天才は流石にちょっと恥ずかしい気もする。


「「お宝探険祭り」かぁ、面白そうだな」

「方位南は、金運大吉やで」

 二人は快諾したが、問題がある。タクヤの叔父の会社主催で参加者が約100人とは言え、中学生三人が保護者の同伴もなく参加するのを、学校側が許可する筈はない。

「ウチの両親は、三人やったらエエて言っとったで」

「俺ん家も大丈夫だけど、保護者同伴は多分無理だぜ」

 中学生にはかなり高いハードルだ。

「どないする、顧問の安房川あぼかわに頼むか?」

「そりゃ可能性ゼロだぜ。去年、担任だったクラスの修学旅行の同行を断ったヤツだからな」

「超インドアのオカマオタクやからな、アホ川なんぞに頼むだけ無駄やで」

 ゲーム部の名前だけ顧問、学年主任である教師安房川は、去年三年の担任だったにも拘らず『休日には旅行しない主義』という訳のわからない理由で、修学旅行の同行を断ったという前代未聞の教師だ。現在学年主任である事と来年には副理事長への昇格が噂されている、その理由は謎だ。

「無理かぁ、行きたかったけどな」「魔法でも使わんとアカンやろな」の二人の残念そうな言葉に、タクヤは平然と「大丈夫だよ。それなら事務局の人がやってくれると思うから」と答えた。

 二人にはタクヤの言葉を理解する事が出来ない。何をどうしたらこの岩盤の如き硬い難局を乗り切れるのだろうか。百々華の言うように、魔法でも使うのか。


 翌日、顧問の安房川に呼ばれた三人は、いきなり「八月一日から一週間ゲーム部で合宿をする。当然ワタシが顧問として同行する。学校の許可は取得済だから」と言われて驚いた。あっけなく、三人の『第20回お宝探険祭り』への参加が決定した。

「おいタクヤ、どうなってるんだ?」

「どんな魔法使ぅたんや?」

 タクヤが謎解きをした。それはミステリー小説のように深く張られた伏線ではなく、単なる大人の事情に過ぎなかった。尤も、子供にとってはそれが最も回収し難い前提だったりもする。

「昨日、事務局の人から「顧問の先生に条件を提示して全面協力を得ますので安心してください」って連絡があったんだけど、こんなに早いとは思わなかった」

「条件って何だ?」「何やら嫌な予感がするで」

「条件は、『安房川先生専属のイケメン添乗員を付ける事と日当10万の二つ』だって言ってた」

「イケメンって何だよ?」

「アカン、安房川のヤツ、唯のアホやと思っとったらヘンタイやった」

「いいんじゃないかな、これで三人揃って行けるんだからさ」

 ヒロと百々華の表情が冴えない。何かが引っ掛かって納得がいかない、そんな風に顔に書いてある。

「行けるのは嬉しいけどさ、そこまでして行く意味ってあんのかな?」

「そやな、ウチ等みたいな中学生を参加させる為だけに、そこまでする意味はないな。日当10万円、ウチ等にそんな価値なんかないで」

 二人の至極真面な思考にタクヤも頷いた。大人の事情は良くわからないが、子供ながらに違和感はある。ヒロと百々華が参加しなければ問題は解決する。そんな条件を付けてでも、どうしても行かなければならない必然はない。

「確かにそうだよな。行きたいのは山々だけどさ、俺は辞退すっかな」

「そうやな、結構オモロそうやけどな」

 タクヤは慌てた顔で二人を引き留めた。

「ちょっと待って。確かにそうなんだけど、僕としてはどうしても二人に一緒に来てほしいんだよ」

「何で?」

「そうやな、何となく変やで。何でそんなに必死なんや?」

 またも別の伏線が敷かれていた謎が暴かれていく、などと言う程の事ではない。

「ゴメン、二人に言ってない事がある」

「言ってない事?」

「何や?」

「今回のお宝探検祭りには、特別な理由があるんだよ」

「特別な理由て何や?」

「実はさ、一ヶ月程前から主催者である僕の叔父さんがその島に行ったまま行方不明なんだ、このお宝探索祭りは叔父さんの捜索も兼ねているんだよ」

 何やら単なるお宝探検大会ではないようだ。それにしても、身内の行方不明の捜索の為に呑気に『お宝祭り』を開催するのは、かなり不思議な感じがする。

「一ヶ月程前にスタッフとその島に行って、小雨のパラつく朝に散歩に出たまま戻ってないんだ。直ぐに警察の大規模な捜索が行われたんだけど見つからなかった。その島から一人で出る事は出来ないから、島内にいる事は間違いないんだけどね」

「ミステリーやな」

「何となくヤバい気がするんだ。何がヤバいのか良くわからないけど、僕一人じゃ手に負えないような気がするんだよ」

 タクヤの予想は結構な確率で当たる。とは言っても、これも役に立った事はない。

 二人は何となく理解し、ニヤリと口角を上げた。そもそも行きたいと思っているのだから、タクヤの言う人探しという大義名分は渡りに船だ。

「仕方がないよな」「しゃあないな」と言う嬉々とした二人の声がした。

 三人と一人は、クラブ活動の夏休み合宿の名目で、タクヤの叔父の所有する小笠原諸島の無人島へと出掛ける事になった。

 出発当日、早朝の竹芝桟橋から超大型クルーズ船に乗り込み、目的の無人島を目指した。搭乗者にはタクヤ達四人を含めて30家族90人とスタッフがいた。

「タクヤの家って凄ぇ金持ちなんだな」

「こんな凄いクルーズ船やら島やら所有してるお金持ちやなんて、ちいとも知らんかったな」

「違うよ、本家の叔父さんが凄いだけで、ボクの家は普通のサラリーマンだから全然大した事はない」

「親戚がいるだけでも十分凄いやんか」

「タクヤを見る目が変わるよな」

 顧問の安房川は、隣に座る専属のイケメン添乗員に鼻の下を伸ばしている。

「言ってなかったけど、今からほぼ丸一日船に乗るから大変だよ。波が高いとかなり揺れるからね。尤も、もう乗ってしまったからにはこっちのもの、今更下船は出来ないよ」

 そう言って、タクヤが無邪気な顔で笑った。

「揺れると、どう大変なんだ?」

「船酔いが凄いんかな?」

「凄いなんて半端なものじゃない、地獄の苦しみだよ」

 乗ったばかりの二人が蒼褪あおざめた。タダで旅行してお宝までゲットする旅行の予定なのだが、世の中はそれ程甘くはない。


 クルーズ船は恙なく出発し、約25時間で父島を経由して西島、中島、東島の三つの島に囲まれた目的の島に着いた。いきなり丸一日を超える船旅は決して快適な事ばかりではなかったが、幸い海は凪に恵まれて地獄の船酔いを経験する事はなかった。

 途中、父島の周辺で何故か海上保安庁の巡視船から停船命令を受けたり、ニュースで見た事のある中央に金色の十字のマークの付いたこげ茶色と黄色の筒状の未確認物体、あの『ポッキー』が飛んでいくのを目撃したり、青い空に白い筋を描きながら小笠原諸島に落ちる数百個の★緑色の光を見たりもした。

 特に★緑色の光は不思議で、落ちた瞬間に目の前が光に包まれて一瞬何も見えなくなった程だった。


 そんな想定にない事があったものの、何はともあれ無事に目的の無人島に到着した。ほぼ円錐台と思われる形の、かなり大きな島が目前に見えている。

 ヒロと百々華の二人は到着した島を見て驚いた。想像していたものとはちょっと違っている。通常の離島と言えば、桟橋から続く平坦地に建物があり、桟橋付近には何人かの島民が歩き、犬猫が日向ぼっこで欠伸をしている。到着したその島には、そんな当然あるだろう田舎の長閑のどかな風景がどこにもない。

 確かに無人島と聞いていたから、ある程度は何もないのだろうと想像していたが、それでもあると思っていたものが、どこにも、何もない。船が着く桟橋さえもない。

 島は比較的大きく、鬱蒼とした樹木がジャングルのようにすっぽりと島を包み込み、その中に一本だけ背の高い杉と思われる巨木が見える。島の周囲は断崖絶壁で、絶えず海風が吹いている。

 東側に島を巻き込むように螺旋状に設置された簡素な階段が見え、かつては海との接岸部に桟橋があり岨道そばみちを這うようにして登ったのだろう。今は階段の中層部から下は壊れていて船が寄り付く事は出来そうになく、接岸する部分は断崖絶壁に穿たれた四角い穴の一ヶ所しかない。しかも、その穴にはかなり頑丈な鉄柵の扉があり、意図して他を寄せ付けまいとする海に浮かぶ要塞のようにしか見えない。

 クルーズ船は、当然の如く開扉された鉄柵の先にある四角い穴の洞窟へと進入し、島内部の船着き場で停止した。

「昔、無断で島に入り込む侵入者が多くて、横穴を掘って鍵付き扉を設置したんだ」

「凄ぇ、凄ぇ」

「インディージョーンズみたいやんか、ワクワクする」

 二人は、遊園地のアトラクションに好奇心という名の被り物を纏ってはしゃぐ子供のようだ。船を降りた参加者達も、二人と同様に足取りも軽く、洞窟の船着き場から薄暗い階段を上って地上へと歩く。


 地上に出ると、そこはまさに別世界だった。船上から見た光景とは明らかに違い、豪放たる空間の中に整然と維持管理された樹木が円形に広がっている。外からは見えなかったが、島の中央部には湖がありその中に小さな島がある。そして、その小島の中心に西洋の城と見紛うばかりの五階建ての白亜の建物が立ち、建物の周りには芝生ときちんと剪定された樹木が配置されている。小島を湖が囲んでいる格好で、そこに鉄の橋が架かっている。

「あれが叔父さんの別荘だよ。ホテルみたいに各部屋に泊まれるんだ」

「凄いな」「ホテルやな」

 その光景にヒロと百々華の二人は言葉を失っている。顧問の安房川は相変らず専属のイケメン添乗員に鼻の下を伸ばしたままだ。

「中央の小島を中丸島、外周と中丸島を結ぶ橋を天ノ橋って言うんだ。夜は橋が外されて不審者は侵入出来ないし、警備員とスタッフもいるから安全だよ」

 タクヤがそう言うと、合わせたように中央の中丸島から金属製の橋が競り出した。

「因みに、この湖にはワニがいるから気をつけて、絶対に泳いだりしないようにね」

 二人は、言葉もなく瞬時に首を振った。泳げと言われても御免被る。

「電気は太陽光発電、水と食料は地下冷蔵室に備蓄してあるし、シャワートイレ完備で業者に年四回の維持管理を依頼しているから清潔、空島にいる限り快適な筈だよ。電波が届かないからスマホは使えないけど、別室にはゲームも漫画本もカラオケもあるから退屈はしないと思う。お宝探索大会は明日の朝7時から始まる予定、それまではこの別荘から一歩も出てはいけないルールなんだ」

 明日の朝7時に祭りが始まるまでこの別荘から出られないという事は、大人の都合としては必然的に酒宴が求められる。レストランでは、着いてから大した時間も経っていないと言うのに、大人達が早々に宴会を開いている。

 タクヤ達中学生三人にとっては、酒宴など何の興味もない。『人探し』という大義名分などきっと聞かされてはいないのだろう大人達の宴会は、次第に盛り上がり夜中になっても終わる気配はない。


 愚昧な大人達のどんちゃん騒ぎを他所に退屈するヒロと百々華に、タクヤが何やら興味を惹く言葉を言った。

「実はさ、この島には『秘密』があるんだよ」

「秘密?」

「秘密て何や?」

「そもそも、その秘密がこのお宝探検祭りを開催する理由でもあるんだ」

 秘密の二文字に飛びつく二人、タクヤが好奇心を沸き立たせる秘密を話し始めた。

「江戸時代、ここから20キロ程離れた内陸に、かつて関東を統治していた有名な戦国武将の北条氏の流れを汲む安積藩の城があったんだ」

 戦国武将なるワードと「秘密」が繋がると、必然的に「埋蔵金伝説」が出て来るのはお約束のパターンではある。

「安積藩は金山を抱えていたのと、江戸と名古屋の中間地点だった事から幕府に内緒で通行に税金を掛けていて、かなり羽振りが良かったらしい。安積藩の金蔵には当時流通していた万延小判が常に唸っていたって話がある。その後、明治維新の廃藩置県で安積藩も当然廃止になって明治政府が安積藩の調査に来たんだけど、安積藩の金蔵からは一枚の小判も見つからなかったんだ。明治政府は安積藩がどこかにその金を隠したに違いないと判断して、藩主と家老を問い詰めたんだけど、結局一枚の小判も出て来なかった。地元では安積藩の埋蔵金伝説として有名なんだよ」

 埋蔵金伝説のパターンとしては在り来たりではあっても、いざとなるとワクワクし心が躍る。北条タクヤの語る、どこまでが事実なのかわからない埋蔵金伝説話が終わった途端に、二人の反論が集中した。

「本当なのかよ、それって胡散臭くね?」

「TVで沈没船から金貨が発見されたんを見た事はあるけど、身近にあるて言うのはやっぱ信じられんわ」

「そうだぜ。そういう話って、例えば江戸幕府の埋蔵金みたいなやつ、他にも結構あるけど出て来た試しはないよな」

「まぁね。これも同じような話なんだけどさ、一つ違うのは叔父さんの先祖は安積の本家だって事。叔父さんである安積時貴が安積家42代当主、廃藩置県時に家老だった北条新家の北条助左衛門が僕の先祖なんだ。更に、安積市の資料館に展示されている昔の資料には、廃藩置県の直前まで安積藩の蔵には千両箱が千個以上あったって書き記されているんだ」

「じゃあ、その小判はどこかに消えたって事なのか?」

「そういう事かいな。千両箱千個て言うたら、百万両やで」

「小判て一枚幾らするんだ?」

「廃藩置県の頃の小判は万延小判だから、現在の価値としては大体一枚二十万円くらいするらしい」

「百万両で二十万円だったら幾らなんだ?」

「二千億円やな。もし発見したら発見者と土地所有者で折半やから、一千億円がウチ等のものやで」

「一千億円でゲームソフト何本買えるのかな?」

 その金額に三人はそれぞれに驚きを隠せない。そして、次第に根拠のない妄想が風船のように膨れ上がっていく。

「でもさ、何でその埋蔵金とこの島が関係するんだ?」

「そうやな。家老だったタクヤの先祖がこの島にその小判を隠したんか?」

「残念ながら、小判とこの島を結び付ける直接的証拠はないんだけど、その謎に興味を抱いた叔父さんがこの島に別荘を建てたんだ。叔父さんは、この島に間違いなく埋蔵金があると踏んでいるんだよ」

「何んで、この島に埋蔵金があるって考えたん?」

「叔父さんは先祖の直系だから本家にもデカい蔵があって、その中に百数十枚の万延小判があったのと、『藩の御用金を二丸島に移した』『二丸島は三島に囲まれ内側に小島がある島』という先祖が書いた控え書き、つまり日記のようなものが出てきたんだ。因みに、二丸島は空島の古い呼び名だよ」

「もっと詳しくはわからないのか?」

「この島のどこに隠したんや?」

 埋蔵金という王道の謎への質問が止まらない。二人の興味を直撃する話が続く。

「残念ながら、その場所を完全には特定出来てはいないんだ」

「当然だけど、お前の叔父さんだってもう散々探したんだろ?」

「うん、僕が幼稚園の頃からだから個人的には20回以上、「お宝探検祭り」で19回探してる」

「それでも見つからへんかったんやね?」

「そうやっている内に、叔父さん本人が行方不明になったって事か?」

「そういう事。だから、お宝ゲットは当然だけど、叔父さんと埋蔵金も探さなきゃならないんだ」

 タダで旅行してお宝をゲットするだけの降って湧いた美味しい話の趣旨が、何やら変わってきた。既にRPGの様相を呈している、空島探検というゲームのストーリーが見えている。

「何だかやる気が出て来たぜ」

「ウチもやったるで」


 酒宴で騒ぎ捲る大人達は、実はこれが行方不明者の捜索や埋蔵金探索というRPGだとは思ってもいないのだろう。どんちゃん騒ぎはまだまだ終わりそうもない。世の中の全ての物事には、何らかの意味がある事を忘れてはならない。


「タクヤ、埋蔵金探しの資料はないんか?」

「叔父さんの部屋にある。お酒が飲めなかった叔父さんと、その部屋で朝まで作戦会議をしていたんだ。その部屋に案内するよ」

 酒宴に参加する事のない三人は、秘密の部屋へと向かった。その部屋は一階の最奥にあった。船室の前に、屈強な警備員の男が立っている。秘密の匂いがする。

 タクヤはスタッフの男に時貴の部屋への入室を依頼した。通常、この部屋は立ち入り禁止で、例えタクヤであっても単身で入った事はない。

「冴木さん、叔父さんの部屋に・」

「了解しております。社長から、タクヤさんからの依頼があったら直ぐに鍵を開けるように、と言われております」

 秘密の部屋のドアが開いた。船室とは思えない程の比較的広いスペースの壁に棚があり、書籍が犇めいている。その他にも、お宝に関係しているであろうと思われるものがガラスケースに保管されている。まるで資料館のようだ。

「タクヤ、叔父さんはさ、何でお宝がこの島にあるって確信したんだ?」

「色々あるんだけど、決め手はこれだろうね」

 タクヤは、船室の隅の金庫を開けて一枚の紙を取り出した。紙は桐箱に入れられていて、何となく神々しい匂いを発している。

「何だよ、これ?」

 ヒロと百々華の二人は興味津々に箱を覗き込んだ。箱には、墨書きされた古い和紙が一枚入っている。内容は江戸時代の武士が書いたものであり三人には読めないが、控え書きには時貴が解読したであろう内容を手書きで記したA4コピー用紙が添付されている。

『控え書き』

壱、三角島域さんかくとういきカラ弐丸島にまるじまニ至ル事、

弐、弐丸島にまるじまニテ白尾仔はくびしミエ、黒穴こっけつヲ通リ、漠都ばくとニ至ル事、

参、漠都ばくとニテ白老人はくろうじんミエ、紺碧こんぺきノ空ニ流レル玉閃光たませんこうニ乗リテ、螺碑羅都らびらっとニ至ル事、

四、螺碑羅都らびらっとニテ玲譜洲王れぷすおう拝謁はいえつスル事、

五、百万枚ノ御用金ハ玲譜洲王れぷすおうニテ受託ノ事、

六、御用金ハ天ノ御意思ニヨリテノミ受ケ返サルル事、

七、御用金ハ天ヨリ預カリシ重宝ノ為、くれぐレモ怠リ無キ事、

明治三年八月三日 北条助左衛門記ス


「添付書き(手書きのA4コピー用紙)」

1、三角島域は小笠原諸島にある東・中央・西島、「弐丸島にまるじま」は現在の空島の旧名。

2、空島で「白尾仔はくびし」に会い、「黒穴こっけつ」を通って、「漠都ばくと」に至る。白尾仔は子供、黒穴は時空の穴、漠都は場所の名と思われる

3、漠都で「白老人はくろうじん」に会い、紺碧の空に流れる「珠閃光たませんこう」に乗って「螺碑羅都らびらっと」に至る。白老人は人と思われる、珠閃光は不明だが乗り物と思われる、螺碑羅都は場所名と思われる

4、螺碑羅都らびらっとで「玲譜洲王れぷすおう」ニ拝謁する。玲譜洲王は

  人と思われる。

5、百万両の安積藩御用金は玲譜洲王れぷすおうが受託している。

6、御用金は安積藩主の意思でのみ返してもらえる。天とは安積藩主と思われる。

7、御用金は天から預ったものの為、以上を怠りのないように実行する事。


「明治三年って、廃藩置県の前年だぜ」

「ちょっと、ホンマモンぽいな」

 胡散臭い埋蔵金伝説に、一気に信憑性が加わったような気がする。気のせいかも知れない。

「これはさ、安積藩の家老だった北条新家、つまり僕の本家の蔵で発見されたんだけど、当時は何なのか全くわからずに放置されていたんだ」

「これが解読出来れば、凄いお宝発見になるんかな?」

「まぁ、そうなんだろうけどね」

「じゃあ、そこにお宝の在り処が書いてあるって事だよな?」

「それが良くわからなくて、北条新家と安積家は親戚だったから、直ぐに本家の叔父さんに届けられて空島の探検が始まったんだ」

「それって、どう考えても宝の在り処が書いてあるとしか思えないぜ」

「僕もそうだと思う、叔父さんもそう考えていたね」

「けど、まだ見つかってへんのやろ?」

 タクヤは頷いた。叔父の時貴に誘われてタクヤも何度かお宝探索に参加し、控え書きを手掛かりに100人超の人海戦術で島を隈なく探した事もあったが、何も見つかる事はなかった。

「でも、控え書きも途中までは解読出来ているんだ。一番目のこの空島が『弐丸島』である事は間違いないし、二番目の『白尾仔はくびし』には近くの大杉の下で僕も会った事があるんだ」

「白尾仔って何だ?」

「説明するのが難しいけど、へんな生物だよ」

「そんな状況で、叔父さんが行方不明になったちゅう事かいな?」

 タクヤがまた頷いた。

「行方不明の後に地元警察がこの島を捜索したけど、何も発見できなかった。唯一の手掛かりは、叔父さんがこの島に来る前、今から一ヶ月程前に僕にくれたメールだけなんだ」


『タクヤ、今からまた空島に行く。万一、俺が行方不明になったら、先に行ったと思ってくれ。資料は船長室の金庫の中にある。番号は01・77・35だ』


「叔父さんが空島に行った事はスタッフの話でわかっているんだけど、その後の消息が不明なんだ」

 RPGにミステリーの風が吹いてきた。推理が始まる。

「そら、叔父さんがその先に行ったちゅう事やろな」

「そうだぜ。叔父さん、他には何か言ってなかったのか?」

「その後のメールに『俺の居場所は、受信機の225メガヘルツで確認してくれ。必要なものは俺の部屋にある』って書いてあった」

「受信機って何だ?」

「多分、ここにある筈だよ」

 タクヤは金庫の中から受信機と思われる小型の携帯用TVに似た機械を手に取った。『受信機械に225メガヘルツ』なる文字の書いた付箋が貼ってある。

 電源を入れた。発信機が小さな音をともなって点滅し、モニター画面に映る地図の一点を示している。地図が荒すぎて詳細はわからないが、点滅の位置はこの島周辺だ。鈍く頼りない点滅光とこの音だけがタケルと時貴を繋いでいる。正確な位置まではわからないが、この反応があるという事は叔父はきっと無事なのだ。

 タクヤはそう信じている。

 翌朝7時、お宝探しゲームがスタートした。右からの内回りグループと左からの外回りグループに分かれて、三人を含む90組の雨具を着た親子が、島の周囲を散策しながら木々に括りつけられている蛍光色の封筒を探していく。

 封筒には、現金の他、アマゾンギフトカードや家電やゲームの目録が入っている。

 ヒロと百々華の二人は、当初の目的のお宝探しを忘れてはいないが、既にタクヤの

埋蔵金探検ミステリーRPGににのめり込んだせいで、気もそぞろだ。

「じゃあ、それぞれ状況を確認しながら進もう」

「危なくはないのか?」

「蛇の類はいるけど、毒蛇やマムシはいない。ヒルやスズメバチはいるけどノシシやクマ、猿の類もいない。慎重に行けば多分大丈夫じゃないかな」

「それに、外部からの侵入者はいないんだよな」

「大丈夫そうやな」

 雲行きが怪しい為、雨が降り出した場合は途中にある休憩小屋で様子を見る事にし、一応の装備として護身用のナイフ、それにコンパスと雨具と水とトランシーバーを持って歩き出した。同行すべき安房川は、二日酔いの為にいないが、当初から数に入っていないので問題はない。

 三人は、左から時計回りに進んでいく。獣道という感じではなく、しっかりした道が森の奥へと続いている。

「タクヤ、気になってたんやけど、別荘の横にある山みたいのは何や?」

「塚だよ」

「あの山に隠したんと違ゃうん?」

「いや、あそこにはないんだ。ないからこそ、この島に埋蔵金があるって事でもあるんだよ」

「どういう意味や?」

「あれが塚だからだよな、つまりお墓って事。千両箱千個を運ぶには一人や二人の力じゃ無理、一人一箱だとしたら千人、台車やその他の運搬具を利用したって最低でも百人程度は必要だからな」

「だから、塚はお墓なんだよ」

「口封じって事だ」

「ひゃ」と百々華が小さな悲鳴を上げた。

 別荘からほんの少し歩いた位置に、別荘の建物を優に超える高さ30メートル程度の大杉があった。幹周りは3メートルはあり、枝葉が小雨を凌ぐ程に繁茂している。その下にいると、小雨の降っているのを忘れてしまいそうだ。

「今、叔父さんはどの辺にいる?」

 ヒロの質問に、タクヤは受信機を取り出して225メガヘルツの点滅を確認した。

「その大杉の辺りにいる筈なんだけどね」

 受信機は大杉の真下を示している。

「この木の下に埋められている、なんて事はないよな?」

「何や、それ。それやったらホラー映画やんか。やめてや、ホラー嫌いやねん」

「百々華って、陰陽師だろ?」

「陰陽師かて嫌いなもんは嫌いなんじゃ」

 念の為に大杉の周辺を探索してみたが、怪しいものは何もない。埋蔵金ミステリーRPGに、今度はホラーの匂いがする。

「このデカい杉の下で、その「白尾仔はくびし」てのに会ぅたんやろ?」

「そうだね、その日もこんな小雨の朝だったな」

「それにしても、この杉の木デカくて立派だな」

「千年杉みたいやな、写真でしか見た事ないけど」

「そうだよな、あれれ?」

 大杉の堂々した姿に感嘆していたヒロは、大杉と右手を見返しながら首を傾げた。何があったのか二人には見当もつかない。

「痛くない……」

「どういう意味や?」

 ヒロは、大杉の手触りを確かめようと右手で叩いたのだが、予想と違う感触に驚いたのだった。呆然とする程に違う感触だ。

「この杉さ、感触はあるけど叩いても手が痛くないんだよ」

「そんなの気のせいだよ」と言って、同じように叩いたタクヤも不思議そうな顔をした。それを見た百々華は、自らも大杉の手触りを確認しながら何かを想定した。

「ウチな、明晰夢をよく見るんやけど、時々夢か現実かわからん事があんねん。その時は木やら電柱を叩くんよ。夢やったら痛くないねん」

 夢を夢だと意識している明晰夢の中で全てを支配したとしても、それが夢である事は決して超えられない。夢と現実には明確な境界線が存在しているからだ。

「じゃぁ、僕達が今いるこの世界が夢って事?」

「違ゃう、違ゃう、そうやない」

「痛っ」

 百々華は首を横に振りつつ、器用にヒロの手を抓った。

「ほら、痛いやろ。これは現実やねん」

「自分の手でやれよ」

 百々華は、夢と現実が混在するそのパズルに、ピースを嵌め込んだ。

「これは夢やないけど、このデカい杉は夢或いは現実ではない何かちゅう事やんな」

「現実ではない夢、何か……」

 タクヤとヒロには、その意味が皆目理解出来ない。百々華の言葉を信じるならば、現実と実体のない何かがくっ付いている事になる。理解は不能だ。

 その時、百々華が口をへの字にして言った。

「あのな、タクヤ。ウチの手やらケツやら触ってくる変なのがいんねんけど、これも夢やろか?」

 百々華の右側に手を握っている何かがいる。それは薄青いレースカーテンを纏ったヒトガタの幼児のようで、全身が透けている。正体不明の化け物なのだが、四頭身の幼児体型でドングリ眼のせいなのか恐怖感はない。

「子供か、お化けか?」

「唯の子供やないやろ、お化けにも見えへんな。結構可愛いで」

「でも、身体が透けてるぜ。何だ、これ?」

 タクヤは驚くでもなく、正体不明の子供を説明する。

「人間ではないけど、お化けでもない。その子が『白尾仔はくびし』だよ、道案内してくれるんだ」

「こいつが白尾仔かいな、スケベなオッサンみたいやな」

「道案内って、どこへ?」

「控え書きによれば、これが第二ステージ。『白尾仔はくびしミエ、黒穴こっけつヲ通リ、漠都ばくとニ至ル事』その子が白尾仔で、『黒穴』と『漠都』は今から行く場所なんだ」

「白尾仔、久し振り」

 タクヤは親しそうに声を掛けた。

「おぅ少年、久し振りじゃげな。元気かや?」

「まぁまぁかな、白尾仔も元気?」

「ワシは元気もクソもないやで、オナゴの手ちゅうのは気持ちエエもんじゃやな」

 伝説の白尾仔の中身がスケベオヤジだったとは思いも寄らなかった。百々華に絡みついている奇妙な化け物スケベオヤジは、嬉しそうな顔でタクヤに問い掛けた。

「ほんで、今日はどないしたんじゃや?」

「毎回のアレだよ」

「あぁ、またアレか」

「そうだよ。ところで白尾仔、叔父さんを知らないか?」

「叔父さんて、お前と一緒にいたあのオッチャンかや?」

「そうだよ」

「まぁ、ワシは案内係じゃけ余計な事は言えんけな」

「そうだったね」

「漠都に行くんにゃったら、案内するで」

「宜しく」

 白尾仔はくびしは百々華と手を繋いだまま歩いている。ヒロと百々華は、正体不明の生物と気軽に話すタクヤを凝視した。二人の目に畏敬と妖異の混じり合った複雑な感情が溢れている。

「タクヤ、何でお化けと話せるんだ?」

「白尾仔には二度会った事があるからね。それに白尾仔はお化けじゃなくて、案内係だよ」

「そうじゃで。オラはな、漠都まで案内するだけじゃけな、お化けではない」

「ところで少年、まだ漠都から先には行けんのかや?」

「そうなんだけど、今回は違う目的もあるんだ」

「何じゃや?」

「叔父さんが行方不明なんだ、だから探しに来た」

「あのオッチャンがかや?」

「そうだよ」


 白尾仔が目の前の大杉に触れた。

 途端に、樹の中央に人の通れる程の漆黒の穴が出現した。薄暗い内部の様子ははっきりとしないが、階段らしきものが地下へと続き、暗澹たる世界が広がっている。

 白尾仔は百々華の手を握ったまま階段を降り、タケルとヒロが後に続いた。最後尾に何故か安房川がいる。

「あれ、何でアホ川がいるんだ?」

「さあ、何で?」

 息を切らした安房川は、当然と言いたげに胸を張った。

「ワタシはね・君達の・引率者なんだから・ここにいるのは何ら不思議ではない・」

「どうでもエエけど、酒臭いな」


 ジャングルにある巨木に空いた薄暗い横穴の中に階段があり、エスカレーターのように動いている。眼下に広がる薄暗い先の見えない底なしの穴に向かって緩やかな勾配で降下しているのだ。四人の理解力が現実に追いつかない。余りの暗さに穴の奥を確認する事さえ不可能だ。

 案内人と四人が乗った不思議なエスカレーターは、遊園地のアトラクションのようにいきなり下へと堕ちた。そしてまた、上に向かって昇っていく。どこへ向かっているのかは皆目検討もつかない。

 タクヤだけは慣れた感じで白い化け物と話し続けている。

「白尾仔、教えられないのは知ってるんだけどさ、一ヶ月くらい前に叔父さんを案内しなかった?」

「オッチャンの事よな? 」

「そうだよ」

「何度も言うが、オラは案内人のホログラムで、余計な事は言えないっちゃよ」

 白尾仔の言葉にタクヤは納得した。白尾仔は正直者で、女好きを除けば中々良い奴なのだ。ヒロと百々華の二人は、階段に足を掛けたまま体が硬直している。

 エスカレーターは次第にスピードを増して下がり、暫くすると今度はまた遥かに見える眩い光に向かって上昇した。そして、優しく静かに停止した。

「ほじゃら、着いたじぇ」

 エスカレーターの終点、漠都ばくとに着いた。白尾仔がタクヤに独り言を呟いた。

「少年、オナゴのケツ触らせてくれた礼に、特別にエエ事教えじゃる、内緒じゃで。お前の探してるオッチャンを一ヶ月に案内した。それからな、ラビラットの王様は全てを知っているじゃで。ここは中心、全ての中心なんじゃて」

「どういう意味?」

「さあ、どういう意味じゃろな。ほじゃら、またな」

 その言葉とともにう、スケベオヤジが消えた。叔父の足取りは掴めたが、肝心な事は相変わらず何もわからないままだ。白尾仔の言う『ここは中心、全ての中心』の意味もわからない。

「タクヤ、お前の叔父さんが一ヶ月前にここに来ていた事がわかって良かったな」

 これで時貴からのメールの内容と繋がった。


 エスカレーターを降りた先には石の扉があった。扉を開けたその向こうには眩しい外界が広がっている。天空に四つの太陽が輝き、紺碧の空と白い積乱雲が立ち昇り、心地良い風が頬を伝う。一面の緑の草木が揺れている。

「何がどうなっているの、ここはどこ?」

「タクヤ、何がどうなってんだ?」

「何が何やらわからんな」

「僕にも余り良くわからないけど、多分ここが漠都ばくとだよ」

 二人と一人が言葉を失い掛けている。

 石扉の両側に門番らしき二体の大きな石像が直立して立っている。高さ2メートル程度のその石像は、全体的には人のようでありつつ耳が異様に長く、顔はそれぞれ赤と白の仮面をかぶったウサギのようだ。二体のウサギは、鋭い双眼で三人を凝視しているようにも見える。

 白尾仔と出会い、黒穴からエスカレーターで翔空した。この場所が漠都ばくとである事は確かだ。


「次は何やったかな?」

「えぇと、次は確か白老人はくろうじんと出会って、紺碧の空に流れる玉閃光たませんこうに乗って羅美螺都らびらっとへ行くんだよ」

「それより、まずここはどこなの?誰かワタシに説明して」

 安房川が相変わらず酒臭い息で興奮気味に訊いたが、三人の理解が追い付いていない。過去に二度来た経験があるとは言っても、タクヤにも状況説明が出来る程の知識はない。

「島の地下にこんな広い世界があるなんて、あり得ないぞ」

「そやな」

 ヒロも百々華も、予想もしない展開に単純な疑問を抱いているが、答えられる者などいない。

「詳しくはわからないけど、大杉の穴とこの世界が繋がっているんだと思うよ」

「じゃあ、ここは地球のどこかって事なのか?」

「地球とは限らないね、地球以外のどこかの星かも知れない」

「どう見ても地球やないで」

「そうだよな、太陽が四つもあるんだから」

「タクヤ、今、叔父さんどの辺にいる?」

「225メガヘルツによれば、直ぐ近くにいる筈なんだけどね」

 受信機は直近の砂漠の下を示している。

「やっぱり、この下に埋められているんじゃないのかな?」

「ホラーやめや。やめ……そうか、わかったで」 

 謎解きRPGミステリーが袋小路に迷い込みそうになった時、百々華が神懸かったように言い出した。タクヤの叔父が百回を超える探索をしても尚、辿り着くどころか三つ目の暗文さえ解けなかったこの段に至って、IQ200娘は独自の推理を構築しようとしている。流石は百々華大明神様だと、二人のヘタレは感嘆した。

「白尾仔が言っとったやろ。ここは中心なんや、この異次元世界の全ての中心」

「異次元世界の中心?」

「そうや、事象の中心なんや」

「おいタクヤ、どういう意味だ?」

 タクヤにもヒロにも意味不明だ。「ここは一体どこなの?」と喚く安房川は会話にも入れない。

 百々華は二人の理解など放っぽらかして、自論を続けた。

「ここはな、多分何かの目的の為に創られた世界の中心なんよ。そやから、入り口にある大杉もこの景色も現実ではない何かやねん。その証拠に、ウチ等の足跡が残らへんやろ?」

 確かに、出口から歩いて来た筈の砂漠の上の四人の足跡が消えている。試しにヒロが歩くと、足跡は即座に消えた。

「つまりやな、何かを起こしたらその振動はこの世界の中心に通じるから、どこにも行く必要はない、待っとれば来るっちゅう事なんや」

 誰が来ると言うのだろうか。タクヤもヒロも理解を超えた百々華の言葉に二の句が告げない。

 百々華の神懸かりは日常でも良くある事で、尚且つその内容も流石にIQ200は伊達ではないなと、二人は常々思っている。きっと何かが百々華に降りて来るのかも知れない。それにしても、目前の状況も百々華の説明も理解するのは難しい。

「モモちゃん、それってどういう意味なの?」

「簡単に言うとやね、この場所で何かをすれば、創造者がきっと現れるって事や」

 何かをすればと言われても、どうしたら良いのか見当もつかない。実は、そう言った百々華本人も具体的にどうすれば良いのかを知っている訳ではない。


「おぉい、宇宙人出てこい」

 ヒロは意味もなく叫んだ。そもそも相手が宇宙人かどうかさえ不明だ。叫び声に反応するものなど何もないし、創造者の影もない。四つの太陽が次々に沈み掛けている。地上には緑の樹木が点在し、砂漠が遥かに広がっているだけだ。

「モモちゃん、何も起きないね」

「宇宙人かどうかは知らんし何をしたらエエのかはわからんけど、創造者きっと現れる。そやなかったら、こんなん創造る意味ないやん。何も起きへんかったら、創造者はアホやっちゅう事やで、ア・ホ」

 百々華が、まるで誰かに伝えるかのように、大声で叫んだ。

「聞こえとるんか。このままやったら、創造者はアホっちゅう事になるで。ア・ホやでぇ」

 百々華の叫び声が、緑の樹木が点在する砂漠の向こうへと消えていった。


 暫くして、何も起こらない事に疲れた四人の遥か彼方、砂漠の先に人影が見えた。いつの間にか、辺り一面が砂漠に変わっている。老人がこちらへと歩いて来る。老人はアラブの民族衣装に似た白い服を纏って、金色の杖をついている。白い服の老人、だから『白老人はくろうじん』、安直だ。

「あのぉ、お爺さん。ここはどこですか?」

「ここは地球のどこですか?」

 タクヤが尋ねた。日本語が通じる筈のない老人からの返答が、頭の中に違和感のない感覚として返って来た。何ら気になる事もなく会話が成立する。

「地球とはこの星の事か?」

 どうやら、老人は地球人ではないようだ。では何者か、何故独りでこんな場所を歩いているのか。

「ボク達は埋蔵金を探しているんですけど、知りませんか?」

「タクヤ、いくら何でもそれじゃあストレート過ぎないか?」

「そうやで、地球人やないみたいやし」

 その時、予想もしない言葉が老人の口をついた。

「埋蔵金とは、百万両様の千個の千両箱の事か?」

「タクヤ、百万両様ってどういう意味だ?」

「さぁ、わからない」

「お爺さん、その百万両様の千個の千両箱はどこにあるんですか?」

「お前達は地球人なのか?」

「そうです」

「それなら、『玉閃光たませんこう』に乗って崇高なる星へ行きなさい。そこで王様が待っている」

「玉閃光?」「王様?」

 彼方から、天上に光る星が近づいた。黄色く光る点は、次第に光る円形の物体に姿を変え、四人の上空に停止した。光に包まれて形状がはっきりと確認出来ない飛行物体は、音もなく地上に降り四人を乗せて大空に飛び上がった。地上から老人が手を振り見送っている。


 今まで二十回以上探索が行われたにも拘らず、全く進展がなかったお宝探索ゲームが何故か今回は異常な程に展開が早い。

「多分、これが第三ステージの筈だよ。あのお爺さんが『白老人』で、この乗り物が『玉閃光』だから、この玉の行く先は第四ステージ『羅美螺都らびらっと』って事だよ。その『羅美螺都』で『玲府洲王れぷすおう』に会うのか」

「『羅美螺都』『玲府洲王』って何だ?」

「お爺さんの言葉を信じるなら『羅美螺都らびらっと』は場所で、『玲府洲王れぷすおう』っていう王様が待っているって言っていたよね」

 四人の乗る黄色い光『玉閃光』は天空高く飛び上がり、漠都のある星が砂粒になる程の宇宙の深淵を飛んだ。そして、再びその星に戻った時にはそこに砂漠の世界はなく、玉は暗い宇宙空間に浮かぶ青い光を放つ人影の前で停止した。

 虚空に黄色い光の玉と青いヒト形が対峙している。タクヤ達はひたすら流れに身を任せる以外にない。再び、青い人影が四人の意識に強圧的に語り掛けた。

「ここから先に進む事は許されない、ラビラットに何用か?」

「僕達は地球人で、王様に会いに来ました」

「地球人?」

 タクヤは「そうです」と恐る恐る答えた。尚も緊張感を漂わせる青い人影がタクヤに問い掛ける。

「地球人がラビラットに何用か?」

安積時貴あずみときたかという地球人を探しています」

「安積時貴と言えば『百万両様』ではないか……暫く待て」

 人影は、驚いた様子でどこかに連絡を取り、三人に告げた。

「入時空間が許可された。そのまま左へ進入せよ」

 四人の乗る玉は、二つの黒い穴の左側を進み、一瞬で広々とした宮殿らしき空間へと移動し静かに停止した。

「ここが『羅美螺都』だよね」

「そうだよな」「そうやろな」


 暫くの後、「そのまま進め」と声がした。タクヤ達は相変わらず緊張感が伝わって来る中を進み、光りの玉が暗い洞窟を過ぎると、突如として光の溢れる空間に出た。

玉の扉が開いた。そこには玉座に座る金属的なバイオレットメタリックの光を放つ戦闘服に身を包む男と、その傍らにブルー&ブラックメタリックの先程の人影の少年が立っている。少年と男は警戒心を解いたかのように、柔和に話し掛けて来た。何故か、言葉は相変わらず通じる。

「宇宙人って事だよな」「そうやろな」「そうだね」

「この御方は、ラビラット星第一王レプス様に在らせられます」

「私は天の川銀河系恒星K2‐3係属ラビラット星の第一王レプス・ステルマだ。君達を迎えたのは、次王ラビラス」

「ワタシは・」「僕はタクヤです」「俺はヒロです」「私は百々華やわ」

 玉座の男が言った。

「君達は百万両様を探しているのか、百万両様とどういう関係なのだ?」

「百万両様っていうのが誰なのかは良くわからないけど、安積時貴は僕の叔父です」

「一族の者か?」

「そうです。叔父さんが行方不明になっていて、『羅美螺都らびらっと』という所に来ている筈なんです。ここは『羅美螺都』ですか?」

「確かにここはラビラットだ。百万両様もこのラビラットに居られる。今はヤツ等の偵察中で、直ぐに戻られるだろう」

「『百万両様』って地球人の安積時貴の事ですよね?」

「れは我々にはわからないが、確かに自ら安積時貴と名乗っておられたな」

 彼等の言う『百万両様』が安積時貴の事である絶対的確証はないとは言うものの、話の流れからすればその可能性は高い。タクヤは取りあえず安堵した。時貴の安全を信じてはいるものの、頼れるのがラジオ形状の受信機のみという状況は余りにも心細そ過ぎる。

 レプス王と次王ラビラスの全体的な容貌は、どう見てもヒトにしか見えない。そのせいなのか恐怖や違和感はない。宇宙人と思われる二人の背格好はタクヤ達と同等で、特に目の前の玉座らしき椅子に座る男の傍らに立つ子供にはまだ幼さが残っている。ブルーブラックのバトルスーツが金属的な輝きを放ち、勇壮で美しい。

 二人とも眼力の強い西洋人に似た顔立ちだ。違うのは両耳が兎のように大きく立っている事くらいで、それ以外にはヒト人類と異なる部分はない。いや大差ないどころか、言葉をAIが翻訳して意識で伝え、ホログラム、どう考えても地球の科学力など遥かに超える高度地球外生命体であることは間違いない。

「宇宙人っているんだね」「宇宙人かぁ」「おるんやな?」

 タクヤ達には、そもそも宇宙人の存在自体の前提がない。目前の宇宙人は、耳が立っているという見た目の違いはあれど極端な違和感はない。宇宙人が目の前にいる、それが前提だ。

「王様、僕達と日本語で会話出来るのは何故ですか?」

「これは会話ではなく、意思伝達だ。故に言葉は必要ない」

 言葉は日本語で、少しの澱みもなく会話出来ている。会話の度に唇が言葉をつくるタクヤ達と違って彼等の言葉は頭に優しく響いてくる。会話ではない意思伝達。きっとこれがテレパシーというものなのだろうか。

「じゃあ、さっきの白いお化けやエレベーターや砂漠や光の玉、あれは何だ?」

「そもそも、ここはどこやねん?」

 白尾仔、砂漠の世界、光る玉閃光、今いるこの空間に辿り着くまでに見た全てが理解出来ていない。そして、三人がいるこの空間はいったいどこなのだろうか。

「君達が疑問に思っているものは、全て我々がホログラムで創出した映像だ」

「じゃあ、ここはどこなんですか?」

「ここは我々の宇宙船、スターシップの中だ」

「現在のスターシップの位置は、太陽系第五惑星木星の軌道上です」

「木星って、あの木星?」「そうらしいね」

 周りに気付く余裕のなかった三人と一人は、そう言われて改めて宇宙船だという広いその空間を見渡した。艦には小さい窓らしきものが幾つもあり、ガラス状の窓から写真でしか見た事のない木星と思しき星が見えている。かなりインパクトのある色とりどりの横縞に目玉のような大斑点もはっきりと見える。ここが木星ならば、方法は不明だが、地球から木星へと一足飛びに移動した事になる。

「王様、何がどうなっているのかを説明してもらえませんか?」

「そうやで、全然状況が掴めへんもんな」「さっぱりわからん」

「ふむ、どこから話せば良いやら難しい……」

 レプス王は、困惑気味にあれこれと考えを巡らしながら話し始めた。

「我々は、ラビト人種に属する進化系人類サフィス。我がラビラット星は、恒星K2‐3系属第二惑星で、地球から146.8光年の距離にある。元々、他星への侵略などする事もされる事もない平和な恒星系だったのだが、地球時間軸で二百八十三万時間前、即ち約300年前のある時に、突如として『アント星人』という悪名高き宇宙海賊の攻撃を受けた。ヤツ等は他星を侵略し、星の住民を皆殺しにするのだ」

「宇宙海賊?」「何だ、それ?」「宇宙に海賊なんぞおるんかい?」

 レプス王の話が続く。スクリーンに、宇宙海賊の立体的な艦船と生物の姿が映し出された。

「これがアント星人の艦隊、これがアント星人です。アント星人はリア人種の進化系で、女王を中心とするクローン兵士がコロニーを構成し、女王戦闘艦と赤竜艦、塊竜艦の三艦体制を基本としています。これが女王アヴィス及びそれぞれの艦を司令する魔導士です。女王戦闘艦は魔導士シャンガと翅蟻兵士、赤竜艦は魔導士ティカンと蜚蟻兵士、塊竜艦は魔導士アラネアと蜘蛛蟻兵士です」

 三人と一人は、初めて見るアント星人の姿に見入っている、当然の事ながら地球人とは似ても似つかない異形の相貌に薄っすらと寒気が走る。

 レプス王の語りが続く。

「ヤツ等はラビラット星侵略を狙い、根幹エネルギーシステムであるファビュラスの破壊を始めたのだ。それによって、我がラビラット星は危急存亡の時に直面するに至った」

「ファビュラスって何だ?」「何だろ?」「知らんな」

 レプス王の概説はまだまだ続く。

「我がラビラット星を維持する為のエネルギーは、全てラビラット星外宇宙に建造した『惑星包囲人工生物圏ファビュラス』から得ている」

「惑星包囲人工生物圏って何ですか?」

「惑星包囲人工生物圏ファビュラスとは、恒星K2‐3からの熱や光エネルギーを十分に利用する為に、ラビラット星を包み込む殻だ。放射線を遮断した上で、恒星からのエネルギーを電気エネルギーへと変換する金属結晶アウルムで出来ている」

「なる程、地球のバンアレン帯と同じや。惑星型ダイソン球みたいなもんやな。それがエネルギーシステムになっとんのか。エラい高度な文明なんやな」

「モモちゃん、惑星型ダイソン球って何?」「スマホでググりや」

 タクヤとヒロが首を傾げる。

「王様、アウルムって何ですか?」

「アウルムは、面心立方格子の結晶構造をした金属だ。単位格子の各頂点および各面の中心に原子が位置している」

 三人は必死でプリム王が告げる聞き慣れない言葉をパズルのように繋げようとしているが、ピースの増えたパズルが繋がるようで繋がらない。

「うむ。アウルムの事を、地球では『黄金或いは金』と言うと百万両様が言っておられたな」

「金か」「何や知らんけど、金が必要らしいな」

「ヤツ等の侵略を阻止しなければならないのだが、アウルム不足によりファビュラスの修復が出来ずラビラット星が危急存亡の時を迎えようとしているのだ」

「危急存亡の時って何?」「ヤバいって事やな」

 レプス王の概説はまだまだ続く。

「我々ラビラット軍は、アント星人と戦いながら五つの王属軍に分かれ、宇宙にアウルム、即ち金を探し300年前に母星を旅立った。我が第一王属軍は131万4千時間前、つまり150年前にこの地球に辿り着いた。そして、ワームホールによって地球とラビラット星の時空間を繋ぎ、地球の金を取得し続けて来たのだ」

 次王ラビラスが補足する。

「ヤツ等を構成する二つの機動艦の内の一つである赤竜艦は、我が第一王属軍を追って150光年を飛び、現在土星軌道にいます。もう一つである塊竜艦は、現在地球から4.2光年の距離にある恒星プロキシマケンタウリのベータ星で、ラビラット第二王属軍と対峙しています。どちらも開戦は時間の問題です」

「何故、戦うまでに150年も必要だったのですか?」

「詳細は不明だが、150年前にヤツ等の攻撃が突如として止んだのだ。調査の結果、それがヤツ等の『代替わり』があったせいだと判明した」

「代替わりって何ですか?」

「ヤツ等アント星人は女王の下でコロニーを形成するが、女王の終焉でコミュニティは機能しなくなり、次の女王が誕生して新しいコミュニティが復活する。その代替わりに150年が必要だったようなのだ」


 女王艦魔導士シャンガが、対峙するラビラット星王属軍の様子を見ながら呟いた。

『ラビラットの莫迦共の艦が随分と少ないようだが、何かあったのか?』

『シャンガ様、報告申し上げます。ラビラット軍は、我等に歯向かいつつアウルムの探索の為5つの艦隊にて宇宙に散らばったようです』

『そうか、それは何とも好都合だな。新女王様体制の確立を急ぎ、ラビラットの莫迦共がアウルムを持って帰るのを待つ事にしよう。赤竜艦、塊竜艦を散らばった王属軍に向かわせ、隙あらば叩き潰してしまえ。ラビラット本星への総攻撃はそれからで良いだろう。新女王様体制の確立の暁には星ごと一挙にいただくとしよう』

『御意』


「戦う際に最も重要な事は、自分達の力を掛値なく把握する事、そして敵を知る事だ。敵を十分に知らなければ勝てる見込みは50パーセントでしかない」

「孫子の兵法『敵を知り己を知れば百戦してあやうからず』だぜ」

 ヒロがそう言って目を輝かせている。宇宙戦争も孫子の兵法も戦いの基本に大差はないのかも知れない。

「次に重要なのは、いつ敵から攻められても良いように守りを固めて、好機を待つ事だ。守りを固めて出来る事をやる、それこそが勝つかどうかの決め手となるのだ」

「『善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ』やな」

 今度は百々華が確信を持って言った。

「ヤツ等との戦闘には百万両様にも快く出戦を承諾いただいているが、君達にも願いする事になるだろう。ヤツ等の攻撃までには未だ時間がある。事前に「偵察」に行っておくが良いだろう。百万両様にも行っていただいているところだ。ラビラスに案内させよう」

 レプス王は一通りの概説に満足げな顔色を見せた。その横で、三人は「偵察」の言葉にワクワクしている。偵察に二の足を踏む一人を残して、三人はまさに宙を舞うような心地で、案内されたラビラット軍の格納庫から戦闘ポッドに乗った。格納庫には数え切れない程の戦闘機械が並んでいる。ラビラスが一通りの設備を説明した。

 戦闘ポッドは一人乗りの球型で、椅子はなく体を前傾に支える柔らかいクッションがある。球体の側部にドアハッチ、前面にガラス状の窓があり、中央に火器発射用のボタンを備えた操縦桿と操作盤の四角いパネルがある。

「これを着てください」

 驚く程軽いブルーブラックメタリックのバトルスーツが、三人の全身を包んだ。その金属的な輝きにゲーマーとしての心が弾む。頭部もヘルメット型に覆われ、視野部はガラス状で180度の視界を確保している。視野部には対象物位置やビーム砲の照準も映し出される。まるでゲームのディスプレイのようだ。

「操縦系統は人工知能AIが行うので難しくありませんし、AIと会話も出来ます。飛ぶイメージを強く念じてください。次に、四角い操作パネルの四隅と中央を順に押してください。そうすると、前面のパネルが青く光り、その後はAIがイメージに従って操縦し、光速で飛びます」

「おっ、光ったぜ」

「OKやで」

 二人の弾んだ声がしたが、タクヤの口がへの字になっている。タクヤの操作盤だけが反応しない。

「ラビラス君、反応しないよ」

「エネルギー切れと思われます。右下にある黄色いボタンを押して、もう一度繰り返してください」

 タクヤは、右下にある黄色いボタンを押し、四角い操作パネルの四隅と中央を順に押した。パネルが青く光り、一気に宇宙へ飛び出した。

「参考までに、戦闘ポッドには緊急脱出用のワームホールが設置してあります。青いパネルの四角部分と中央部を押した後で、左の赤いボタンを押せば起動します」

 前面窓に映る外の様子が変だ。見た事もない薄黄緑色の光が後方へ流れて行く、これが光速なのだろうか。その景色に意識が遠のく感じがする。

「木星軌道から土星まで約8億キロメートル、地球時間で約0.75時間です」

 戦闘ポッドのAIが告げた。四機の球型戦闘ポッドは、光速で土星軌道を目指した。暫くして薄黄緑色の景色が漆黒の宇宙空間に変わり、小さな光が徐々に大きな輪郭になった。土星の環が見える。

「あれがアント星人の戦闘赤竜艦です」

 環をともなった土星の神々しさに感嘆する間もなく、目前の土星軌道上に黒い影が見えた。窓の外に至近になった巨大な横向きの蛸のような艦がはっきりと見える。息を吞む程だ。

「大きいね」「デカいな」「エラいデカいやんか、ラビラットの船の10倍以上あるやん」

「巨大さだけではなく、あの艦の中に僕達ラビラット軍の100倍以上の100万の蜚蟻ひあり兵士がいるのです」

「100万?」「何だよそれ」「100万て……」

 宇宙を荒らし回る海賊の軍艦。三人は船の圧倒的なスケールに驚愕し、その中にいる100万という想像を絶する敵兵士の数に言葉を失う。更に近づくと、艦の外観が確認出来た。虚空に浮かぶ濃黒色の鱗のような装甲が隙間なく張りついた巨艦の前方に楕円形の頭部があり、後方には青白く輝く四本の脚部が付いている。四機の球形は可能な限りの近距離から巨大なタコの下に回り込んだ。間近に見ると一段とその巨大さがわかる。

「前が機関部、後の脚が光速エンジン部と思われます」

「まるっきりタコみたいだ」「タコやな」

「百万両様もヤツ等の偵察に来ている筈なのですが……変だな、百万両様の位置が確認出来ない」


 三人が帰還すると、偵察のポッドの緊急を知らせる兵士の声がした。

「大変です王様、戦闘ポッド三機がアント星人に拉致されました。作戦は続行されますが、その内の一機には百万両様が搭乗されています」

「少年達よ、すまない。偵察中の百万両様がヤツ等に拉致されたようだ。ヤツ等の艦に引きずり込まれてしまっては、残念だが単独で救ける術はない・」

「タクヤ、ヤバいぞ」「ヤバいやんか」

「うん、ヤバいね。でも225メガヘルツの電波さえ途切れなければ、救出出来る可能性はある」と

 タクヤは冷静に確信をもって言った。タクヤは、時貴に日頃から教えられていた人としての心構えに共感している。


『タクヤ、何事も諦めたらそこでお終りだ。困難にぶつかった時程冷静になれ、どんなに大きな問題でも解決する方法は必ず一つ以上ある。諦めたら見えるものが見えなくなる、諦めるな、そして冷静になれ』


 またも展開が変化した。ファミリーゲームの筈が探検ゲームに移行し、次がRPGで、その次は間違いなくバトルゲームになる予感がする。

「王様、僕が叔父さんを救出に行きます。武器と宇宙船を貸してもらえませんか?」

「俺も行く」「当然ウチもやな」

「まさか、君達が救出に行くと言うのか?」

 レプス王は、タケル達の無謀な進言に驚いた。地球人の根本を知っている訳ではないが、タクヤ達地球人の幼体が命を賭して仲間を救出に行くと言う無謀をレプス王は理解出来ない。

「君達は、ヤツ等がこの宇宙最強の破壊者たるアント星人だという事をわかっているのか?」

「わかりません」「知らんな」「知らんわ、そんなん」

「ヤツ等は、宇宙の破壊者であると同時に捕食者でもある。特に君達のようなザール人種の地球人はヤツ等の絶好の餌なのだ」

「人喰い宇宙人って事ですか」「人を喰うのか、グロいな」「喰われるのは嫌やな」

 怯む様子のないタクヤ達の態度に、レプス王は感嘆した。

「君達地球人には、恐怖心というものがないのか?」

 呆然とするレプス王に向かって、タクヤは言う。

「兎に角、僕は行かなければならないんです」

「タクヤが行くなら、俺も行くぜ」「ウチも行かなしゃあないやろな」

 三人に恐怖心がない訳ではない、とは言え『宇宙の破壊者だ、捕食者だ』と脅かされても、余りにも現実味がない。そもそも見た事もない宇宙人に慄けと言う方が無理だ。タクヤの頭の中には「時貴の救出」以外には何もない。

「君達の勇気は理解した。ヤツ等の艦から百万両様を単独で救出する術は皆無だが、救出の可能性はある」

 王様の意味深な言葉がタクヤを元気づける。

「それは何ですか、教えてください?」

「実は、百万両様と同時に戦闘ポッドで偵察していた我々の同志達は、ヤツ等に拉致される作戦を続行中だったのだ。そこに偶々同じタイミングで偵察に行かれた百万両様が捕らえられてしまった、という事だ」

「ヤツ等に拉致される作戦?」

「そうだ、だから百万両様を救出する方策はある。その方策を含めて今より戦闘会議を行う、君達も参加してくれ」

 何やら作戦があるらしい。拉致される作戦はとは何か、救出できる方策とは何か、戦闘会議とは何なのだろうか、何も知らぬまま三人はラビラット軍の戦闘会議に参加する事になった。


 会議室と思われるスペースに、バトルスーツを纏う勇壮なラビラット軍の司令官であろう戦士達が集結している。四角い長テーブルと椅子があり、中央にレプス王と統括司令官ラビラスが座り、その横にタクヤ達三人と安房川が座った。異様な緊張感が伝わって来る。

 ラビラスは顔を見渡して立ち上がり、話し始めた。

「では、作戦対応会議を始めます。まずアウルムの状況についてですが、百万両様のご尽力もあり、取得及び送致は順調に進み、ラビラット星ファビュラスの修復も最終段階となっています」

「ファビュラスって、さっき王様と百々華が言ってた金で惑星を包む卵の殻だよな」

「そうみたいだね」

「後は、アント星人との決戦のみという事になります」

 レプス王が大きく頷いた。

「では次に、現在の状況を説明してください」

 一人の司令官らしき男が、慣れた口調で状況説明を始めた。戦闘会議が初めて開かれているのではない事がわかる。

「ヤツ等との決戦に際して、現状と実施作戦の詳細を改めて説明します。既にご承知の部分が重複しますがご了承ください。まず、ヤツ等がアント軍戦闘女王艦、赤竜艦、塊竜艦の三艦体制である事に変化はありません。次に状況についてですが、現在我々と対峙する赤竜艦は、太陽系土星軌道上にあって移動の気配はありません。塊竜艦は、プロキシマ・ケンタウリ系にて第二王属軍と交戦中。女王艦は、ラビラット星外宇宙にて第五王属軍と対峙中ですので、ヤツ等との戦闘が始まるのは時間の問題となっております」

 司令官らし男の説明が続いた。

「ヤツ等アント星人は地球時間の300年前に我々ラビラット星への侵略を企て、ファビラスを破壊し100年間戦争が続いたものの、その後攻撃を仕掛けて来る事はありませんでした。何故ヤツ等が全面開戦を中断し200年を経たのか。その理由はヤツ等の女王『代替わり』が発生した為であり、今になって我々に決戦を挑んで来ているのは、代替わりが終了したからと考えられます。代替わりが完了した事でアント星人女王艦も起動準備に入っているでしょうが、ヤツ等の戦闘態勢は未だ万全ではありません。今、正に先手必勝のタイミングと考えられます」

 レプス王の言葉が飛んだ。 

「土星軌道上にいるヤツ等赤竜艦が、我々に攻撃を仕掛けて来ると予想される時はいつか?」

「王様と魔導士ティカンとの間の約束で、赤竜艦との決戦は指時儀の時となった訳ですが……」


『レプス王様、赤竜艦からと思われる通信が我々の通信網に強行介入しております』

モニターにアント軍赤竜艦魔導士の顔が映った。

『ラビラットの愚王レプスよ。いつまで逃げ回るつもりだ、戦士らしく堂々と決着をつけねば宇宙の笑い者になるぞ』

 モニターに割り込んだ映像、赤竜艦を司る魔導士ティカンの不快な姿が浮かび上がる。その姿に、言葉に出来ない違和感がある。

『魔導士ティカンよ、奇異なる事を言うものだな。女王の代替わりで動けなかった笑い者はお前達の方ではないか、やっと新女王が成体になったか?そう言えばお前の外見も大分と変わったな』

『煩い。キサマ等などいつでも叩き潰せるものを200年間待ってやったのだ、有難く思うが良い』

『笑止』

『最後の決戦は、恒星太陽と土星と木星が一線に直列する『至示儀しじぎ』の時でどうだ?』

『受けて立とう』

 恒星太陽と土星と木星が直列する時を以って、赤竜艦とラビラット軍の最後の決戦を迎える事になっている。


「開戦に当たり二つの問題があります。まず一つの問題は、レプス王様が気に掛けておられる通り、開戦が『至示儀』の時ではない事です。狡猾なるアント星人は開戦を『至示儀』の時としながらも、それ以前に騙し討ち攻撃をして来るものと考えられます。第四王属軍が恒星ゼータ系A星でヤツ等の奇襲によって全滅したのと同様の手口です。第三王属軍にも同じ愚手を使っています」

「あの狡猾な化け物が約束など守る事はない。その口車で第四王属軍は罠に嵌り、壮絶なる最後を遂げた。我々の誰もそれを忘れてはいない」

「あの悔しさは決して忘れはしない」

 レプス王とラビラス、司令官達の顔に悔しさが滲んだ。

「最終決戦である『至示儀』の時は地球時間で約10時間後ですが、ヤツ等赤竜艦の攻撃開始はその半時間以下、約5時間以内と思われます」

「ボクの予想も同じです」

 ラビラスが言葉を重ねた。

「もう一つの問題は、女王の代替わりとともにヤツ等の装甲が鋼モリブデン合金という超硬度レベルとなった事です。それにより、今までのビーム弾では対抗出来ません。そもそもヤツ等はリア人種の進化系からロボット化された兵士であり、最大の武器はその集団での極めて高い攻撃力です。その上で装甲が超硬度されたとなると、従来の攻撃では対抗出来ません」

「ヤバいじゃん」「そうだよ、大丈夫なのか?」

「それは、大丈夫です」

 ラビラスの力強く言い切る声がした。

「200年の間にヤツ等が装甲レベルを上げたのと同様に、いやそれ以上にラビラット軍の攻撃力は格段の進化を遂げています。ヤツ等の超装甲は鋼とモリブデンの合金であるが故に、ビーム弾では殆ど無力化されてしまいます。従って、ビーム弾ではなくヤツ等の装甲と同等の合金の弾にプラズマを纏わせ電磁砲で貫通力を極限まで向上させたプラズマ電磁砲が有効となるのです。本星にて開発された『プラズマビート弾』は、確実にヤツ等の超硬度装甲を破壊します」

 レプス王が深く頷いた。

「更には、吸着した水素原子の内部圧力によって強度と延性が低下する水素脆性破壊を引き起こす、新兵器『水素爆裂弾』の準備も出来ています」

「次に、我々ラビラット軍の対抗策について報告してください」

ラビラスの進行を促すようにレプス王が質問した。

「皆も既に知っている通り、先刻決死隊二名と我々の守り神である百万両様がヤツ等に捕らえられた。百万両様は想定外ではあるが、その他は順調に進んでいると考えて良いか?」

「はい、順調です。百万両様も今回の殲滅作戦に乗じて救出する予定です」

「可能性は?」

「かなり難しいとは思いますが、成功する可能性はそこそこと考えられます」

 タケルが「そんな悠長な事を」と言わんばかりに、叫んだ。

「王様、もし可能性が低いのなら僕は今直ぐ叔父さんを救けに行きます。宇宙船を貸してください」

 小さな地球人の感情的ではあるが勇気ある言葉に、ラビラット軍の司令官達は驚きながらも目を細めた。戦場で唯一絶対的に必要なもの、それは勇気だ。それが例え無謀であったとしても、敵と戦うという強い意思がなければ勝利という目的の一歩さえ踏む事は出来ない。それがあって初めて、冷静な判断や有効な作戦が生きるのだ。

司令官の一人が改めて問題の抽出をした。

「通常の想定の中で言うなら、ヤツ等の艦に引きずり込まれた者を救出する術はありません。何故なら、艦を包み込んでいる超高硬度装甲は核爆弾の直撃にさえ耐性があると考えられ、艦の中に侵入する事も不可能だからです」

 焦るタクヤが反論する。

「それは、ラビラット星のプラズマビート弾で対応出来るんですよね?」

 問題の抽出が続く。

「プラズマビート弾は相当なる効果を発揮すると思われますが、幾つも大いなる弱点を孕んでいます。蜚蟻ひあり兵士を撃つのはプラズマビート弾で足りても、赤竜艦を破壊する事は出来ないでしょう」

「他に方法はないんですか?」

 タクヤの逸る気持ちをレプス王が諫めた。

「少年よ、方策はある。その『作戦』の詳細をこの戦闘会議で確認するのだ」

「そうよ、タクヤ君。最後まで聞かなくちゃダメよ」

 タクヤを諭す阿房川の気味の悪い声の後、ラビラスが続けた。

「では次に、作戦の詳細について改めて説明してください」

 愈々、作戦の再確認が始まる。

「我々の同志と百万両様の救出には、ラビラット星の誇る撃ち込み式ワームホール移動装置が必要になります」

「ワームホール移動装置って何だ?」「ワームホールは、簡単に言うたら天狗の抜け穴やな」

「天狗の抜け穴?」「なる程」「?」

 百々華の一言で、宙を舞っていた二人の理解が納得に変わった。一人だけ安房川が理解の外にいるが放っておくしかない。

 作戦会議は具体的な行動策定に入った。再び、司令官の一人が説明する。

「ヤツ等の騙し討ち攻撃を見越した上での最良の策は、『爆破殲滅作戦』の即時決行と考えられます。既に決死隊二名が作戦遂行済である事、想定外である百万両様についても決死隊と同時に救出が可能である事を考え合わせても、これが唯一無二の作戦です」

「でも、ヤツ等は人喰い宇宙人ですよね。だとしたら、早く救けに行かないと捕まった人達や叔父さん、じゃない百万両様も喰べられちゃうんじゃないですか?」

 人喰い悪者宇宙人の登場に気が気でないタクヤは、即刻の救出作戦実施を急かした。作戦会議などしている暇はないのではないだろうか。司令官がタクヤの心配を払拭した。

「それは大丈夫です。ヤツ等アント星人は、捕獲した生体を餌とする為に一旦仮死状態で食料貯蔵庫に保存する事がわかっており、高い確率で同志達と百万両様は仮死状態のまま食糧庫に保存されていると考えられます」

「そうなんだ、でも救出する為の『爆破殲滅作戦』って何?」

「何だ?」「ワームホール移動装置と何の関係かあるんやろ?」

「通常の方法でヤツ等の艦に進入するのは不可能なのですが、ラビラット星の誇る撃ち込み式ワームホール移動装置で時空間に穴を開けて進入するのです」

「凄い、そんな事が出来るんだ」「なる程、どこでもドアで行くんや」「なる程」

 ラビラスがちょっと得意げに言った。

「唯、元々は大きな問題がありまして」

「問題があるの?」

「あっ、いえ、問題はもう解決しています」

「大きな問題って何?」

「ワームホール移動装置には入口Aと出口Bという確定座標が必要なのですが、今回は出口方のBの座標がない為にワームホールを想定した位置、即ちヤツ等の艦内に撃ち込めないのです」

「ダメじゃん?」「ダメだ」「アカンな」

「いえ、出口座標Bを確定する黒点を、ヤツ等の艦内に持ち込む事さえ出来れば良いのです」

「黒点?」

「黒点は常に座標値を発出する装着なので、黒点を持った同士が決死隊となってヤツ等の艦内に意図的に拉致されて進入する必要があったのです」

「それで、「拉致されたのは作戦通り」って言っていたのか」

「そういう事か」「なる程」

「現状として、同志決死隊二名の黒点によりヤツ等の艦の食糧庫の位置が判明しています。従って、まずその特定点に向けてワームホール移動装置を撃ち込んで時空間を繋げます。次に突撃隊が進入して核爆弾を仕掛け、決死隊二名と百万両様を救出して帰還します。ヤツ等が気づく前に、艦は木っ端微塵になるでしょう」

「少年達、この作戦はどうか?」

「完璧です」「凄いぜ」

「・けどな、根本的な問題があるやんか?」

 百々華は、一瞬でラビラット軍の『爆破殲滅作戦』の穴を指摘した。

「根本的問題とは何か?」

 会議が始まってから暫く経ったとはいえ、宇宙人戦士達を前にして全く緊張の様子のない百々華の言葉は、何とも頼もしい。流石は百々華大明神だけの事はある。

「こっちから行けるちゅう事は、あっちからも来れるちゅう事やで」

 司令官の一人が百華に感嘆した。

「その通りです。ワームホールはリスクが高いのです」

「その通りだ。第四王属軍はバーナード星系第五惑星で、第三王属軍はシリウス星系第六惑星外宇宙でワームホールから逆侵入されて全滅した」

 司令官が続けた。

「ご安心ください。我等は決して同じ轍は踏みません。その対応は既に出来ています。ワームホール入口方の確定座標地点を我々の艦内ではなく宇宙空間とし、その周辺に万一の逆侵入に備えて反撃できる兵を配置します」

「ヤツ等兵士もアント軍艦と同様の超高度装甲でしょう。対応はプラズマビート弾だけで足りると考えられますか?」

 ラビラスが重要ポイントであるラビラット軍の攻撃対応を確認した。

「威力としては十分と考えられますが、そもそも頭部にある脳を破壊してもヤツ等の動きを止める事は出来ません。ヤツ等を倒すには、脳と繋がる胸部を貫く事によって中枢神経系、反重力装置、体温維持装置などを破壊する事が絶対条件となります。それを考慮し、出て来たアント軍兵士の胸部にも黒点を撃ちますので、思う存分電磁砲でプラズマビート弾を撃ち捲ってください」

「また、防御性についてはバトルスーツに纏わせる電磁シールドが、敵ビーム弾命中時に超高磁気力でその威力を減衰します」

「懸案である『最後の二つの難問』については、どう対応すれば良いでしょうか?」

 司令官の一人が疑問を投げた。そこまでラビラット軍の戦力を誇らしげに説明していた司令官が、言い難そうにレプス王に問いた。

「レプス王様、『最後の二つの難問』についてはどう対応致しますか?」

 問われたレプス王は静かに眼を閉じ、暗黙の裡に理解を請うように司令官達に答えた。ラビラスと司令官達は、王の話を固唾を吞んで聞いている。

「最後の二つの難問の内の一つである『最新武器への信頼』については、啓蒙はするが最終的には各王属軍に任せるしかない。我々は、確固たる信念の下で、確実に黒点への推重を貫く事とする」

「『最後の一つの難問』については、残念だが明解なる策はない」

 司令官達が一斉に頭を抱えた。

「出来る限り早期に赤竜艦を殲滅し、第二王属軍とともに第五王属軍に合流する。そして王属連合三軍の総攻撃で、女王艦との戦闘に勝利するしかないのだ」

「御意」

「ラビラス君、何とか上手くいくといいね」

「はい、タクヤさんにとっても百万両様を救出するという重要な作戦になりますが、ボク達にとっても成功しなければ後がありません」

「ラビラス君、王様が言っていた『最後の難問』って何?」

「ボク達ラビラット軍は、この200年間で開発された最新の武器を手にして相当高い戦力となった事は間違いないのですが、致命的な弱点があるのです」

「致命的な弱点って何だ?」「何や?」

「信頼性に大きな難があるのです。先程あったワームホール移動装置もプラズマビート弾も同じなのですが、出口或いは撃ち込む先の座標位置確定が不安定な為に、命中確率が極端に低いのです。その欠点を克服する画期的な方法こそがレプス王様が編み出された『黒点』なのです。黒点で撃ち込んで位置さえ確定出来れば、ワームホール移動装置もプラズマビート弾も本来の威力を十分に発揮するのです。具体的に言うと『光珠』という球型飛行体から黒点を射出します」

「黒点があれば、大丈夫なんでしょ?」

「その黒点を、各王属軍が使おうとしないのです。啓蒙を続けているものの、残念ながら未だ理解が得られてはいません」

「何故?」

「プライドと言うものなのでしょう」

 ラビラット星にも地球と同じような勢力争いがあるのだとしても、プライドだけの使えない最新兵器で宇宙最強の海賊とどうやって戦えるのだろうか。

「ラビラス君、最後の二つの難問の内の最後の一つって何?」

「ヤツ等の中のヤツです」

「?」

 アント星人戦闘赤竜艦殲滅作戦&百万両様奪還作戦が始まろうとしていた。

作戦対応の精鋭隊は、統括司令官ラビラスと兵士4名及び地球人タクヤの計5名とし、作戦の具体的遂行は次王ラビラスが行う旨の作戦を、レプス王が告知した。

タクヤは、いよいよ始まる作戦決行に緊張感と高揚感が激しく上がるのを感じている。遂行を指揮するラビラスにも強い意気込みが見られる。

 その横で、タクヤ達の顧問、安房川が不満を示した。

「待って、ワタシはタクヤ君の保護者代理、そして百万両様の親友として、同行する義務があるわ」

「えっ、安房川先生って叔父さんの知り合いなんですか?」

「そうよ、ワタシは時貴君と大学まで一緒だったんだから」

 誰も安房川を保護者代理とは思っていない。それどころか、ラビラット星の未来、いては宇宙の先行きを左右しかねない重大なこの作戦に、安房川など帯同させて良いものなのか。熟考に熟考を重ねる必要があると思われるが、それを議論している時間はない。

「うむ、状況は良くはわからぬが、ラビラス頼むぞ」

「御意」

 アント星人戦闘艦殲滅作戦&百万両様奪還作戦の精鋭隊は、統括司令官ラビラスと兵士4名並びに地球人タクヤ及び安房川の計6名となり、即刻開始された。

「撃ち込み用ワームホール入方と出方時空間砲、発出」

 ラビラスの合図でワームホールの二つの光が発射された。一方の光はラビラット軍とラビラス、タクヤ達が包囲する宇宙空間へ、一方の光はアント軍の赤黒い戦闘赤竜艦の別時空間へと消えた。

 タクヤ達の目前にワームホールと思しき人一人が通れる程の円形の光の穴が出現している。円形の中に激しい雷光を輝かせその奥に精気を漂わせている。ワームホールの穴の向こう側はアント軍の赤竜艦内部に繋がっている筈だ。

 タクヤはワームホールなど見た事もない。目前の雷光が輝く光の穴、きっとこれがワームホールなのだろう。今から空間に開いたこの穴に入っていくのだと思うだけで、不思議な感じがした。

「全員、ボクの後に続いてください」

 ラビラスは躊躇する事なく進み、核爆弾を担いだ兵士達が穴の奥へと勇壮に進入して行く。タクヤはその後に続き、最後尾に安房川が続いた。光を超えると急に暗闇となり、薄暗さに足下が覚束なくなった。薄暗い空間は広大な洞窟のようであり、壁には棚らしき区切りがある。その区切りの中に白い繭に包まれた夥しい物体が整然と収められている。これ等全てがアント星人の餌なのだろうか。

 ラビラスは、棚に並べられた物体に向かって両手を翳し、何かを探った。二つの青いランプが点滅している。点滅する光がアント星人に囚えられた決死隊兵士二名である事が想像される。

「この繭を運び出し、核爆弾を作動させて、即刻撤収します。時間がありません、急いでください」

 二つの繭が早々に運び出された。

「タクヤさん、百万両様の位置はどこですか?」

「ちょっと待って・」

 タクヤは、時貴の発信機の225メガヘルツを受信すべく、必死で操作した。だが、緊張で手が震えているせいなのか、まるで反応がない。まさかこの段になって、機械の故障や電池切れなどとは思いたくもない。息をするのも忘れて、何度も何度も操作を繰り返した。やっと何度目かに受信機が作動し、棚の端の一番下から小さな発信音が聞こえ、受信機が点滅した。繭の棚で微かな緊急避難音が聞こえる。

「あれだ」

 タクヤは悲壮な声で言った。ラビラスは即座にタクヤの言葉に頷き、兵士とともに繭をワームホールに運んだ。繭の後方を安房川とタクヤが持っている。

 時貴の繭を運び出した瞬間に、安房川が足を滑らせた。小さく安房川の悲鳴がして予定よりも時間を要したが、時貴と思われる繭も無事に救出された。

タクヤは最後尾でワームホールへと向い、作戦の前段階は何事もなく終了すると思われた。

 それは、いきなりだった。ラビラスの「時間がありませ・」の声が途切れ、ワームホールが、光の穴が、タクヤの目の前で消えた。その穴を通り抜ければそこに元の宇宙があり、見知らぬこの世界に来た目的である時貴の救出も叶うのだ。

 タクヤは、ワームホールが消えた空間に立ち尽くしている。


 静かだった。ほんの今し方まで緊張感が体に纏いつき、何をどうすべきかを考える余裕もなく、唯只管時貴を救出しなければならないという気概だけで、身体が勝手に動いていた。

 だが今、タクヤは自分が何をしているのか、それ自体がわからなくなっている。この広く薄暗い棚に、アント星人の食料なのだろうと思われる夥しい数の繭が並び、隅には流線型の飛行船や三角型のUFO、ラビラット軍の三機の戦闘ポッド、他にも何なのかわからない機械らしき物が無造作に放置されている。

 レプス王の策定した計画は、全てが予定通りに進んでいた。決死隊と時貴の救出の後、最後の仕上げとして核爆弾をセットし、帰還した後でアント軍赤竜艦を爆破するのだ。だからこそ、音もなく目前で赤い点滅を繰り返す核爆弾が存在しているのだ。作戦計画に何ら矛盾はない、状況判断に基づく実施行動の遂行にも無理はない。そうして、タクヤ達三人の空島の冒険が完結するのだ。


 だが……違う、どこかが違う。この強烈な違和感は何だろう。何故タクヤはここにいるのだろう、核爆弾で爆破しようとしている敵艦の内部に、何故タクヤ独りだけがいるのだろう。その存在理由は、何度考察しても、思いつかない。


 勇敢に、自分独りで、この艦にいるという100万のアント軍蜚蟻兵士と戦う為なのか……いや違う、確実にそれは違う。違うのだ。


 このままではアント軍兵士と戦う前に、核爆弾でアント星人とともに木っ端微塵になるのだ。それがラビラット軍の作戦だったか、それを自ら志願したのか……違う。

 自らが突発的に置かれたその絶望的な状況を把握したタクヤは、発作的なパニックが身体の中から湧き上がりそうになるのを必死で堪えた。

「焦るな、焦るな、焦っても何も変わらないのだから」と、そう自分に言い聞かせてこの事態に適切に対応すべき事を考えた。


 叔父である時貴の言葉が、脳裏を掠めた。

『タクヤ、ピンチに陥ったら決して焦るな。焦っても泣き言を言っても何も変わらない。解決の鍵は必ずそこにある』


「そうだ、鍵はどこかに必ずある。そう言えば、誰かが何かを言っていたような気がする……思い出せ、思い出せ……」

 タクヤは他人に誇れる特技はないが、記憶力は並外れて良い。今こそそれを生かす時だ。大きく息を吸い、ゆっくりと吐きながら目を瞑る。

 レプス王の言葉が、ラビラスと司令官達の言葉が、タクヤの脳内を駆け巡る。波のように押し寄せる絶望的な言葉を押し退け、記憶の大海から砂粒を見つけ出す。


『ヤツ等の戦闘艦の超硬度装甲は核爆弾の直撃にさえ耐性があると考えられます』

「違う……」


『戦闘兵士の装甲は戦闘艦程ではないが、通常のビーム弾は跳ね返し、例え頭部にある脳を破壊できても攻撃を止める事は出来ません』 

「違う……」


『ヤツ等アント星人は、リア人種に分類され、主に北宇宙に分布している』

「違う……」


『ヤツ等は、宇宙海賊アント星人と呼ばれ、宇宙を荒らし回っている』

「違う……駄目だ」


『参考までに、戦闘ポッドには緊急脱出用のワームホールが設置してあります。青いパネルの四角部分と中央部を押した後で、左の赤いボタンを押せば良いのです』

「違う……いや違わない、それだ」


 この広く薄暗い空間の隅に放置されている戦闘ポッドを、タクヤはその眼で追っている。そしてそれは、見間違いではなく厳然とそこにあった。その戦闘ポッドに緊急脱出用のワームホールが設置されていて、それが目の前にあるという事は、それを起動させれば脱出出来るのではないのか。その可能性はある。他に思いつかない以上、やるしかない。

 隅に放置されているラビラット軍の戦闘ポッドに走り寄った。三機の内の二機は滅茶苦茶に叩き壊された形跡がある、残り一機は前面窓ガラス部分が破損しているだけだ。操縦席に侵入するのにも好都合だ。

 内部に潜り込み、青いパネルの四角部分と中央部を押した後、左の赤いボタンを押す。これで後部の緊急脱出用ワームホールが開く筈だが、開……かない。赤いボタンを再度押すが、反応がまるでない。故障したのか或いはエネルギー切れなのか、原因は把握しようがない。考える時間さえない、核爆弾のリミットは確実に迫っている。

 ラビラスの言葉が、脳内を駆け巡った。

『操作パネルの右下に補助エネルギーの黄色いボタンがあります』

「それだ」

 祈る気持ちで操作パネルの右下にある黄色いボタンを押した。これが駄目なら……心臓の鼓動が異様に高鳴るのを全身で感じ、息が詰まる。

 一瞬の間を置いて、青い操縦パネルが光った。パネルの角部分と中央部、そして左の赤いボタンを押す。同じタイミングで、鬼気迫るアント星人蜚蟻兵士の群れが迫って来るのが見えた直後、タクヤは強制的に後方に引っ張られる感覚に意識が飛んだ。

三発の核爆弾の劫火と眩しい巨大な光輪が、戦闘艦を覆い尽くしていく。アント軍赤竜艦が内部から爆裂して大破し、宇宙の藻屑と消えた。

 恒星プロキシマケンタウリ係属第三惑星ベータ星外宇宙に、アント軍塊竜艦と対峙するラビラット第二王属軍ウルス王のスペースシップがあった。

 ラビラット第二王属軍を率いるウルス王の勇壮な声が響く。

「ビーム砲全門、用意」

 ウルス王は大いなる勝利の確信をもって微笑んだ。

「漸くこの日が来たか。ラビラット本星からの指示とは言え、200年もの間待つ必要などなかったのだ。しかも下衆海賊如き相手に新開発兵器など不要だ。アント星人共め、ビーム砲百門で終わりにしてやるわ」

「ビーム砲全門、前方のアント艦に向けて、発射」

 スペースシップのビーム砲百門から放たれた光弾は、アント軍塊竜艦に猛々しい勢いで襲い掛かった。百筋の光束に蹂躙されるアント星人の巨大な艦の姿に、ウルス王の嘲りが止まらない。

「プラズマビート電磁砲や、況してや黒点などという小賢しい武器は、我々第二王属軍には不要なのだ。ヤツ等のこのザマを見るが良・」

 ウルス王の心組みとは裏腹の状況を、驚きとともに伝えるラビラット軍兵士の声がした。

「敵艦に損傷なし。超硬度装甲のアント軍塊竜艦に、全く損傷ありません」

「驚きだ……」

 ウルス王は兵士の言葉を瞬時に理解出来ないが、心胆を寒からしめる目前の状況が否応なしに強要される。それでも怖気づいている寸時さえない。

「ウルス王様、奴等の反撃が来ます」

「仕方あるまい。新兵器プラズマビート電磁砲を発射せよ」

「プラズマビート弾、電磁砲にて発射します」

 アント軍艦を撃滅する戦術を失った第二王属軍ウルス王は、やむを得ず新開発兵器プラズマビート電磁砲攻撃に移った。だが、更に絶望に堕とされる兵士の声に愕然とした。

「プラズマビート弾、全て失中……」

「何、失中とは何だ?」

「座標不確・電磁砲が命中しません……」

 ラビット軍の誇るプラズマ電磁砲は、アント軍の超硬度装甲を貫通する兵器と期待されているが、その命中度は極端に低い。従って、敵位置を座標として確定させる黒点を射出する光珠がない状況では、その効果は殆どないに等しい。

「不本意だが、第一王属軍の「黒点」とか言う座標確定玉を射出しろ」

「「光珠こうじゅ」準備未完の為、黒点射出不可です」

「防衛線が突破されました」

「ウルス王様、このままでは全滅です」

 この状況の中でさえ、第二王属軍ウルス王は自らの根本的戦術の不備に気づいていない。相手を知り己を知る事、相手の強さと己の弱さを知る事こそ戦いの基本中の基本なのだ。過信は命取りになる。

「「黒点」などどうでも良い。最終兵器たる核融合爆弾で、ラビラット第二王属軍の力を見せてやれ」

「アント軍塊竜艦に向けて、核融合ミサイル発射します」

 核弾頭搭載ミサイルがアント軍の赤黒い艦を捉え、眩く燃える劫火と巨大な光輪が塊竜艦の側面で輝いた。

「……アント軍塊竜艦に損傷なし」

「何、核爆弾さえも効果がないのか、これでは戦いにならぬ。退却だ。移動用ワームホールを開き、第一王属軍のいる恒星太陽系まで退却するのだ」

 第二王属軍の艦と戦闘ポッドが、開いたワームホールに向かって行く。それを塊竜艦と翅蟻兵士のビーム砲が狙い撃つ。

「魔導士アラネア様、前方のワームホールからラビラット軍が逃げるようです。如何致しますか?」

「ラビラット軍を逃がすな、総攻撃だ」

 ワームホールに消えようとする第二王属軍の艦と戦闘ポッドに向かい、アント軍塊竜艦から容赦のないビーム弾が集中した。雨霰と降り注ぐ攻撃に防御する電磁バリアは吹き飛ばされ、次々と命中するビーム弾の嵐の中、ラビラット第二王属軍のスターシップが大破した。虚空にワームホールがぽっかりと口を開けている。魔導士アラネアの声が高らかに響く。

「全兵に告ぐ。このまま前方に開くラビラット軍のワームホールに侵攻し、ラビラット軍を殲滅するのだ」

 アント軍塊竜艦と宇宙空間を埋め尽くして飛ぶ翅蟻はねあり兵士達は、疾風怒涛の如くワームホールへと進撃した。後には、ラビラット第二王属軍スターシップの残骸だけが空虚に宇宙空間を漂うだけだった。

 突撃隊の帰還を待つ宇宙空間のワームホール移動装置の入方に、ラビラット軍の司令官と兵士達が集まっている。計画は成功すると思われた。突撃隊のラビラスと兵士達が決死隊と時貴を救出して戻り、安房川のドヤ顔が見える最後尾にはタクヤの姿もあった。後は、仕掛けた核爆弾がアント軍赤竜艦を爆破するだけだった。

「あれは何だ?」

 その時、宇宙に時空の渦が巻き、巨大な光の穴が出現した。それは間違いなく移動用ワームホールだった。アント軍にワームホールをつくるテクノロジーはない。そして、出方となるワームホールの位置を確定させる事もラビラット軍にしか出来ない。従って、そのワームホールがラビラットのものである事は明白なのだが、レプス王と第一王属軍の誰もがその突発的な事態を把握出来ない。

 そして、その唐突な状況を見据えるしかない誰もが仰天した。

 ラビラットのワームホールと思われるその穴から、洪水のようにアント軍の翅蟻兵士の大群が飛び出し、更にはアント軍の戦艦が出現した。

「あれはアント軍の塊竜艦ではないか?」

 光の穴から出て来た翅蟻兵士達が手当たり次第に撃ち放つビーム弾と塊竜艦からのビーム砲の光弾の大嵐が荒れ狂い、その突然の攻撃によってラビラット第一王属軍防衛線は一瞬にして突破された。

 それと同時に、『アント星人赤竜艦殲滅&百万両様奪還作戦』の入方として開いていたワームホールが破壊され、消し飛んだ。

 混乱するラビラット軍の中に、『アント星人赤竜艦殲滅&百万両様奪還作戦』から戻る筈のタクヤの姿はなかった。

 ヒロが焦り顔でラビラスに質した。ヒロと百々華は混乱して状況が理解出来ない。いきなり出現したワームホールからのビーム弾の嵐も二人の混乱の一因ではあるが、最大の理由は「タクヤがいない」事だ。それが何故なのかわからない、唯一つだけわかるのは二人にとって最悪の事態が起きているという事だけだ。

「えっ、タクヤはどうなったんだ?」

「ヤツ等の艦に取り残されてしまったようです」

「マズいやん、救けに行かなヤバいやろ」

「そうだぜ、俺達でタクヤを救けに行こうぜ」

「いえ、それは危険です。もう直ぐ赤竜艦が爆発します、近づけば君達まで巻き込まれる」

「そんな事言ったって、タクヤを救けに行かない訳にはいかないぜ」

「そうや、巻き込まれてもエエやん。ウチ等だけでも行くで」

「それは無謀です」

 ラビラット軍兵士達が叫び、状況の報告が錯綜している。木星外宇宙空間に二つのワームホールが開き、その一つがタクヤが戻る前に破壊され、もう一つからは出て来る筈のない敵兵と敵艦が出現し、ラビラット軍が激しい攻撃に晒されている。

「ラビラス王子、早急なる攻撃の指揮をお願いします」

「ラビラス王子、このままでは全滅です」

 危急の事態に、ラビラスは第一王属軍の指揮に就かざるを得ない。その隙に、ヒロと百々華は混乱に乗じて戦闘ポッドに乗り込み、土星軌道上で今にも爆発するアント軍赤竜艦を目指した。


「おい百々華、勢いで出てきたけどさ、どうする。もうすぐ核爆弾が爆発するんだよな、どうやってタクヤを救けりゃいいんだ?」

 仲間であるタクヤを救わなければならない。その使命感で飛び出し光速で時空間を飛んでいるが、当然の事ながら、二人に具体的な妙案がある訳ではない。予測さえままならない成り行きに、ヒロが饒舌になっている。

「そんな事ウチに聞かれたかてわからんわ。けど、まぁ何とかなるやろ。奥の手ぇもあるしな」

「本当に何とかなるのかよ?」

「男のくせにグダグダと喧しいわ、そんなもんはな・」

「それは、残念ですが何ともなりませんねぇ」

 突然、ヘルメットから聞いた事のない機械的な声がした。

「誰だ?」「誰やねん?」

「ワタシは戦闘ポッドのAIです。ラビラット軍のメインコンピューターに繋がっているので、現在の状況は全て把握済みです。何でも聞いてください」

 薄黄緑色の空間を抜ける途中で戦闘ポッドのAIが告げた。そう言えば、ラビラスが『AIと会話する事も出来ます』と言っていたような気がする。

「AIって何だ?」

「ワタシはラビラット軍のスーパーAI、名前は『サントル』。ミトル、イットル、キイトルのサントルでっすぅ」

 こんな緊迫した状況にも拘らず訳のわからない事をほざき、自称『スーパーAI』やら名前まで宣う、随分とチャラいこいつは何だ。

「そのAIが何の用やねん?」

「アント軍赤竜艦は、既に土星軌道からかなり木星近くまで接近しています。もう暫くでヤツ等の艦が見えますが、核爆弾の爆発までの時間がない為、接近はかなり危険です」

「そんな事わかってるけど、友達のタクヤを救けなきゃならないんだよ」

「そや、ウチ等は友達やからな、行かなアカンねんや」

 二人はそう叫んだ。AI相手にムキになっても仕方がないと思いつつも、叫ばずにはいられない。

「『トモダチ』の意味が理解不能です。しかし・」

「しかし、て何やねん。何でもエエから早ぅ飛べや」

「「しかし」を一言で表現するのならば、無理、無茶、無駄、困難、至難、不可能、無意味です」

「喧しい、そんなん訊いてへんわい」

「『トモダチ』を救出する可能性を究極で言うのなら、方向は別にあります」

「何を言ってるのか、わからないぜ」

「そやぞAI、自分何言ぅてんねん」

「自分は自分?」

「そんなんどうでもエエから、わかり易ぅ説明せぇや」

 百々華がキレ掛かっている。

「了解しました。現在『トモダチ』はヤツ等の艦の内部にいて、爆発までの時間はなく、爆発とともに宇宙の藻屑と消えるでしょう」

「何やと、舐めとったらシバクぞ」

「舐める、シバくの意味が不明です」

 スーパーAIがそう言った瞬間、宇宙空間に存在を誇示する巨大な光輪が見えた。それはタクヤを含めたアント軍赤竜艦の爆光に間違いない。

「あぁぁぁ、爆発しちまったじゃねぇかよ」

「どないすんねん、ボケAI」

「だから言ったじゃないですか。爆発まで時間が全然なかったんですよぅ……でも、でも、でもね」

「でも、何やねん?」

「でも、じゃないぜ。タクヤはどうなったんだよ?」

「『トモダチ』は、あの光の中にはいません」

 AIの言葉にヒロと百々華は耳を疑った。タクヤがアント軍赤竜艦の爆光の中にいないとは、どういう意味なのか、それならどこにいると言うのだろうか。

「えっ、本当なのか?」

「ほな、どこに居んねん?」

「それはですね……えっと……」

「コラAI、早ぅ言わんかい」

「早く言え」

「わかりません」

「わからないって何だよ」

「AI、ワレ舐めとんのかい?」

「「ワレ舐める」は意味不明です。唯今計算中でわかりません、という意味です」

「計算?」「計算て何やねん?」

「つまりですね、『トモダチ』は戦闘ポッドの緊急避難用のワームホールを使用してあの爆発からは回避しています。但し、緊急避難用ワームホールは単一方向性の為、どこへ飛んだかを正確に知る事は出来ません。可能性として算出する他ないのです」

「そういう事か」

「ほな、早ぅ計算して可能性を言えや」

「えっと、えっと、はい出ました。可能性の高い2パターンは3時01分と6時37分。どちらかの方向で『トモダチ』が見つかると思われるのですが・」

 その声が聞こえても尚、何故か二機の戦闘ポッドは微動だにしない。二人は操縦席の窓から周囲を見渡す。窓外には虚空が遥かに広がるばかりで、タクヤの姿もその類の光も見えない。 

「百々華、タクヤ見えたか?」

「見えへんちゅうか、コイツ全然動かへんで」

「タクヤはどこだ?」

「AI、どこやねん。タクヤの場所に早ぅ飛べや」

「それが……射出距離は確定済、方向確率3時01分の方向が45.5パーセント、6時37分の方向が35.2パーセントですが、どちらに飛ぶかを思案中なのです」

「何やエラい低い確率やな」

「何せ、シングルホールなので……」

「シングルホールて何やの?」

「先程も言った通りで、緊急避難用ワームホールは単一方向性です。単一方向性とはシングルホールで出口がなく、そこに無理やり時空間の出口穴を開ける為に、方向を確定出来ないのです」

「どういう意味だ?」

「あれや、ラビラット軍が位置座標を確定できないて言っとったのと同じ意味なんやないか?」

「そうです。入口・出口のダブルホールであれば位置確定しますが、今回のように出口が確定していないシングルの場合は、どの方向へ飛ぶかがわからないのです」

「何で距離はわかるんや?」

「緊急避難カプセルの射出エネルギー値から逆算すれば、距離を知る事は可能です。なので、方向さえわかれば位置を確定する事が出来ます」

「3時01分と6時37分の位置で確定じゃないのかよ?」

「これは可能性のある位置角度です・」

「もうそれでいいから、早く飛べよ」

「そうやぞ、早く飛ばんかい」

 ヒロと百々華の焦る気持ちが伝わって来る。タクヤを含めたアント軍赤竜艦の爆発と思われる宇宙空間の巨大な光輪が見えてから数分が経過している。一刻も早くタクヤの飛ばされたそのポイントへ行かなければならない。

「了解しました。IFNFU号機は3時01分の方向、EIUFG号機は6時37分の方向へ飛びます。『トモダチ』との干渉タイミングはバッチリと思われます」

「俺はどっちだ?」

「IFNFU号機ですので、3時01分の方向です」

「ほな、ウチはEIUFG号機で6時37分の方向やな」

 二機の戦闘ポッドは宇宙空間を一瞬で飛び、低確率ではあるが緊急避難カプセルの時空間移動出口と想定されるポイントへと瞬時にシフトした。

「『トモダチ』のカプセルが現れたら、右上青ボタンを押してください。電磁ネットで回収します」

 AIが自信満々に言ったが、どちらのポイントにも何も出現しない。

「おいAI、何も起きないぞ」

「ウチの方も何もないな、タイミングはバッチリやなかったんかい」

「おいコラAI、どうなってん・」

 ヒロの慨嘆の途中、戦闘ポッド前面に眩しい光が走った。激しい光の中からタクヤの緊急避難カプセルらしき楕円形の物体が押し出されるように現れ、ポッドに衝突して弾かれた。

「痛ったぁ」

 タクヤの声がした。

「これか?」の言葉と同時に、ヒロは青ボタンを押した。ポッド上部から現れ瞬時に伸びたネットがカプセルを器用に掬って回収した。

「やったぜ」「ナイスキャッチや」

「ナイスキャッチの意味が不明ですが、このまま第一王属軍に合流します。戦況が緊迫しています」

 両手で頭を抑えながら、タクヤが呑気な声で言った。

「あれヒロ、何でここにいるの?」


 タクヤを確保した二人は、タクヤの無事な生還を喜び合う間もなく、AIの指示の下で急遽戦場へと向かった。

 タクヤが取り残されたというアクシデントはあったとはいえ、ラビラット軍の巧みな陥穽である『アント星人赤竜艦殲滅&百万両様奪還作戦』は見事に成功した。当然の事ながら、その成功から次の作戦へと順調に移行していると思われる戦況を、AIは「緊迫しています」と言う。

 三人は、その意味を考えながら戦場へと急いだ。木星軌道に近づくに連れて、AIの「緊迫しています」と言う意味が現実のものとして見えた。


 既にビーム弾の撃ち合いの様相もラビラット軍兵士の姿もなく、自軍の防衛線が潰された事によって光珠から黒点を射出するタイミングを逸している。

スターシップの周囲を蜘蛛のようであり蟻のようでもある蜘蟻兵士の赤く光る目が取り囲み、突撃の合図を待っているように見える。

 このままではラビット軍の全滅は時間の問題だ。タクヤ達三人は、スターシップに戻る事も出来ずに、その光景を見据えるしかない。

「ヤバいね」と電磁ネットの中のタクヤが弱気な声で言うと、百々華の声がした。


「ほな、しゃぁないな。ウチが何とかしたるわ」

「モモちゃん、何するの?」

 予想もしない事が起きようとしていた。百々華は戦闘ポッドを降りて、独りスターシップの甲板へと降り立ったのだ。スターシップを取り囲む蜘蟻兵士達は、百々華の姿を確認すると一斉に携えるビーム砲を構えた。

 ラビラット軍のバトルスーツを確りと纏ってはいるものの、数え切れない蜘蟻兵士達のビーム砲の一斉射撃を受ければ、百々華は無事ではいられないだろう。

「モモちゃん、危ないよ」

「そうだぞ百々華、何する気だよ?」

 地球人の女の子が独り、悪名高い宇宙海賊の群れが取り囲む中へと、降りていく。そんな予想もしない、あり得ない状況に、慌てたラビラスが叫んだ。

「モモカさん、今からビーム砲で攻撃を仕掛けますから、直ぐに退避してください」

「ラビラス君、大丈夫やから攻撃せんでエエよ」

 百々華は泰然とした声で答えた。ラビラスにもタクヤとヒロにも、百々華の言葉の真意は皆目わからない。

「任せなさいて、陰陽師のウチの実力見せたるわ」

 百々華はちょっと得意げに薄笑いを浮かべ、右手を突き上げた。


 百々華の身体全体が薄紫色に輝き、確実に何かが始まる気配がする。タクヤもヒロもラビラスも、じっと状況を見守る以外にない。

『陰陽神生術・時空間地獄・蟻獅子神・召喚・』

 百々華は、右手を時計回りに捻り、呪文を唱えた。

 次の瞬間、それは起きた。


 四つの連隊に犇めくアント軍の蜘蟻くもあり兵士のそれぞれ中心に、薄紫色の光が灯り、徐々に大きな光となって時空間が螺旋状に回転した。

「あれは何だ?」

「モモちゃん、あれは何?」

 タクヤの疑問に、百々華が冷笑を浮かべて答えた。

「あれはやな、陰陽師神生派を継ぐこの天翔百々華の式神や」

「シキガミ、何だそれ?」

「蟻でも蜘蛛でも何でも、時空間ごと喰らう蟻地獄ちゅう悪魔召喚の秘儀や」

 宇宙空間に輝く薄紫色の大きな光は、回転しながらそこに蟻地獄の口を開く。そして静かに、確実に、蜘蟻兵士が一人また一人と時空間蟻地獄の口の中に引きずり込まれて沈んでいく。

「時空間蟻地獄の中には、フルオロアンチモン酸の沼が広がっとる。硫酸の二千京倍の沼でお前等を全部ドロドロに溶かしたるわ」

 口角を上げて冷たく笑いながら空間を操る百々華。宇宙最強の海賊軍兵士達には、百々華の姿が悪魔に見えるに違いない。生物を餌にするというアント星人、その更に上を行く蟻地獄の出現に、蜘蟻兵士の進撃が止まった。

「今だ、光珠から黒点放出」

 宇宙に残された光珠から霧のように射出された黒点は、蜘蟻兵士達の間を漂って胸部にある超硬度装甲に張り付いた。 

「総攻撃開始」

 ラビラット軍のスターシップ、そしてラビラット軍兵士のプラズマ電磁砲からプラズマビーム弾が雨霰と降り注ぐ。時空間蟻地獄から逃れた蜘蟻兵士の胸元に張り付いた黒点目掛けてプラズマビーム弾が飛び、確実に装甲を貫通していく。蜘蟻兵士達はその場で生命維持機能を失い、蟻地獄の沼に堕ちて溶けた。ラビラスの賞嘆の声がする。タクヤとヒロは言葉がない。

「モモカさん、凄い、凄いです」

「まぁ、こんなもんやな」

 百々華の式神とラビラット軍の一斉射撃は、宇宙空域を支配していた無敵のアント軍の群れを蹴散らした。粗方の蜘蟻兵士達が蟻地獄の沼に堕ちて消え、或いはその場で静止している。

 だが、兵士とは比較にならない程の超硬度装甲を装備する塊竜艦は、凄まじいラビラット軍の電磁砲攻撃にも殆ど損傷は見られず、不気味な静けさを保ったまま漆黒の宇宙空間に鎮座している。

「ラビラス君、新しい作戦でいこう」

「あっタクヤさん、無事だったのですね、良かった」

 タクヤは戦闘ポッドにぶつけた頭を摩りながら、無事を喜ぶラビラスに思い付きの作戦を告げた。

 タクヤの無事を確認してテンションの上がるラビラスは、タクヤの言い出したその作戦に歓喜し、全軍に指令した。

「『塊竜艦追い込み作戦』を開始する。塊竜艦の前方にワームホール発射及び全軍総攻撃開始せよ」

 ラビラスの合図で新作戦が開始された。再びラビラット軍の激しい電磁砲攻撃が始まったが、攻撃は何故か塊竜艦の後方に集中している。そして同時に、塊竜艦前方に新たなワームホールが開いた。

「ラビラス、これはどんな作戦なのか?」

 驚くレプス王は、ラビラスの不思議な作戦開始に首を傾げた。

「王様、あのワームホールの中に塊竜艦を追い込めれば、この作戦は成功したも同然です」

「ワームホールの先はどこか?」

「もう一つの戦場、ラビラット星外宇宙です」

 ラビラスはレプス王にタクヤの思いついた『塊竜艦追い込み大作戦』を概説した。レプス王は思わず膝を叩いて小躍りした。

 まるで獣を袋小路に追い立てるように、電磁砲攻撃が続く。塊竜艦は中々動こうとはせず、電磁砲攻撃も止む気配はない。耐える事が出来る者こそが勝利を掴むのだ。

「全機、塊竜艦をワームホールへ追い込め」

 塊竜艦は反応する気配がない。既に第二王属軍のワームホールを抜けて来ている厚かましく図々しい塊竜艦をあれだけ後部から追い立てているのだから、早々に目前のワームホールに逃げ込んでも良さそうなものだが、依然として反応はない。第一王属軍の電磁砲攻撃が更に続く。持久戦に耐えた方が勝ちだ。

「魔導士アラネア様、何か仕掛けがありそうですが、如何致しますか?」

「ラビラットの莫迦共の考える事など高が知れている。構わぬ、前方のワームホールへ進め。これは退却ではない、時空間を抜けて即反撃に移る」

 超巨大なアント軍塊竜艦は、司令官兼魔導士アラネアの指令に沿って、前方のワームホールへと動いた。逃げるように、一気にワームホールへと消えていく。

「アント軍塊竜艦に変化あり」

「我々もラビラット星外宇宙へ移動する」

 レプス王の豪胆な指揮が聞こえた。木星軌道に新たに二つ目のワームホールが発現し、第一王属軍とタクヤ達もラビラット星外宇宙に繋がる時空間を抜けた。

 

 至近に輝く黄金色のファビラスを纏うラビラット星と思われる星が見える。その外宇宙に巨大なアント軍女王艦が鎮座しているのだが、そこにいる筈のラビラット第五王属軍の艦の姿がない。

 虚空を漂う艦の一群の残骸を見たラビラスは絶句した。宇宙空間に漂うラビラット星を護っていた第五王属軍のスターシップと思しき艦の残骸。そして、翅蟻兵士の進軍がアント軍女王艦との激戦を告げていた。

 恒星K2‐3系属ラビラット星外宇宙。ラビラット第五王属軍は、ラビラット星及びラビラットの生命線であるファビュラスを護りながら、アント軍女王艦と対峙していた。

 アント星人がラビラット星に侵攻して以来300年間に数度の戦闘はあったものの、アント軍は総攻撃が出来ない『代替わり』という内部事情を抱えていた。そんなアント軍が愈々その準備を整え、今まさにラビラット軍第五王属軍と最終決戦を迎えようとしている。アント軍は、最終決戦の事前対策として先ず第五王属軍の光珠を破壊した。それは、ラビラット軍の対抗兵器の情報が漏れ、プラズマ電磁砲の照準機能を奪う事でプラズマビート弾を失中させる為だった。


 ラビラット第五王属軍とアント軍女王艦の最終決戦が始まった。アント軍女王艦から飛び出て来る無数の翅蟻兵士達。ラビラット第五王属軍の狙いの定まらない電磁砲を楽々避けながら、次々とラビラット軍を撃破していく。

「ラビラットの莫迦共、我等宇宙最強のアント軍は無敵だ」

 司令官兼魔導士ゲラナブルが高らかに言う。

「ラビラットの愚か者め、我等アント軍に抗うなどあってはならぬ。早々に降伏するなら、我等が尊厳たる新女王である魔神イヴィル様にキサマ達の命乞いを願ってやっても良いぞ」

「ふざけるな下衆め、お前達のような下賤な海賊如きに命乞いなどするものか。誇り高きラビラットを舐めるな」

 ラビラット星第五王属軍レベルカ王は、誇りを持って叫んだ。そしてスターシップに鎮座する百門のビーム砲がアント軍女王艦に向けて連射された。

「そうか。ならば、神の鉄槌で死ぬが良い」

 アント軍女王艦司令官魔導士ゲラナブルが、まなじりを裂いた。

「厳崇なる我が新女王魔神イヴィル様、ラビラット軍に神の鉄槌ファイアーバーストを、お願い申し上げます」

 その言葉に呼応するアント軍女王艦が赤く輝き、側面の穴から炎が見えた。次の瞬間、宇宙を震撼させる劫火がラビラット星第五王属軍の百門のビーム弾を一息で薙ぎ払い、スターシップを直撃した。側面の穴から出たファイアーバーストの劫火は螺旋状に膨張し、スターシップを丸ごと炎に包み込み燃やし尽くした。艦の大部分を焼かれたラビラット軍のスターシップは、自爆して虚空を漂う残骸へと姿を変えた。

「莫迦め、200年もの間待ってやったが、我等宇宙最強のアント軍に抗うなど話にならぬ」

 力を誇示する魔導士ゲラナブルの目前、女王艦の側部至近に薄紫色の光が出現した。光は、即座に時空間の穴と化した。


「何だ?」


 突如として出現した二つの時空間の穴からアント軍塊竜艦、ラビラット星第一王属軍のスターシップ、それぞれが姿を見せた。

 ワームホールを抜けてラビラット星外宇宙に勢い良く侵攻した塊竜艦の司令官兼魔導士アラネア、そして、計らずもそれを受ける形となった女王艦司令官兼魔導士ゲラナブルの二人は、共に想定を超える成り行きを理解出来ない。 


「何故、そこに女王様の艦がいるのだ?」


「司令官兼魔導士アラネアよ、何をしておるのか?」


 女王艦司令官兼魔導士ゲラナブルと塊竜艦司令官兼魔導士アラネアは、同時に叫んだ。

 塊竜艦の前頭部が女王艦の側部に激突するが、どちらも方向を転回する余裕はない。宇宙最強の超硬度装甲を誇る艦同士が互いを破壊し合い、宇宙空間を縦横無尽に飛ぶ翅蟻兵士は、理解不能な状況に混乱し右往左往するしかない。

 二つの艦が大破する直前、女王艦が赤く輝いた。側面の穴から炎が見え、ラビラット第五王属軍のスターシップを消し去ったと同様のファイアーバーストが、自軍の塊竜艦を至近距離から直撃した。塊竜艦は、女王艦の膨張した螺旋状の劫火ファイアーバーストに包まれ、木っ端微塵に吹き飛ばされて消滅した。

「『塊竜艦追い込み作戦』成功です」

 ラビラスとラビラット王属軍兵士達から歓声が上がった。

「ラビラスよ、本当の戦いはこれからだ。アレが出て来るぞ、アレを止めねば我等に勝利はない」

 俄か作戦の成功に浮き足立つラビラスをラビト王が諌めた。レプス王の緊張が伝わって来る。更に何かが出て来るらしい。

「ラビラス君、アレって何?」

「アレとは『最後の一つの難問』、ファイアーバーストを放つ新女王である魔神イヴィルの事です」

「そんなに強いの?」

「女王は、先程見たように塊竜艦を焼き尽くし木っ端微塵にした通りの力があり、既に我々王属軍の殆どは旧女王アヴィスに殲滅されているのです。しかも、新女王となったという魔神イヴィルの力はファイアーバースト以外未知数です。この宇宙最強の生物である事は間違いありません」

 ラビラット軍にとっての脅威であり、宇宙最強の生物が出て来ると言う。ラビラスは緊張を拭えないが、そんな相手にタクヤ、ヒロと百々華は嬉しそうだ。

「それってさ、ラスボスじゃん」

「オラの出番だっちゃ」

「そやな、そいつシバいたらウチ等の勝ちやで」

 ラビラスが、レプス王が、タクヤ達の嬉々とした反応に仰天した。

「タクヤさん、慎重に作戦を練って進めましょう。女王は無敵なのですから」

「ラビラス君、そんな時間はないよ」「無敵、上等やんけ」

「そうだっちゃ。『ラスボスキラー』と呼ばれた俺達が、そいつを倒してやろっちゃでぇ」

 正直なところ、タクヤには自信がない。確かに三人は、火を吐いたり、ちょっとやそっとの攻撃では倒せない程強いラスボスを、諸共せずに倒して来た。だが、それはあくまでもゲームの中であって、本物のビーム弾やら弾丸の飛び交うこんな戦場で化け物のような輩に対峙するなど、出来る事なら逃げたい。

「新女王が次のファイアーバーストを撃つまでには、暫くの時間が必要だ。それまでに総攻撃で倒す以外に方法はない」

 レプス王は、新女王を倒す可能性のある残された最後の一手を告げた。だが、即座に絶望的な欠点が明らかになった。

「駄目です、黒点がありません」

 超硬度装甲を貫く為の黒点は、塊竜艦との決戦によって撃ち尽くされていた。半壊した女王艦から赤黒い化け物が姿を現そうとしている。

「モモちゃん、さっきと同じ式神で翅蟻兵士を」「当然やな」

 百々華は促された式神を再び発動した。現れた時空間が翅蟻兵士を引きずり混んでいくが、蟻地獄に消えていった筈の翅蟻兵士の数が減らない。

「あぁ、これは無理やな。コイツ等、翅の反重力で時空間蟻地獄から抜け出て来よる。アカンわ」

 百々華が早々に匙を投げた。黒点がなく百々華の式神も対応出来ない。しかも女王の攻撃まで時間も限られている。八方塞がりだ。

 黒点を射出する光珠なしに、電磁砲によるプラズマビート弾攻撃の効力を十分に発揮する事は出来ない。第一王属軍の光珠は撃ち尽くされ、第五王属軍の光珠は破壊されている。

「光珠さえ、黒点さえあれば……」


 ラビラスが天を仰いだ。その時、恒星プロキシマケンタウリ系属第三惑星ベータ星の外宇宙から、まさに神の救いとも言うべき声がした。

「第二王属軍の光珠を発見しました。光珠の中に黒点が全て残っています。至急発出準備に掛かります。完了次第、黒点射出します」

 黒点を射出する事なく消滅した第二王属軍の光珠がベータ星の外宇宙に存在した。


「準備完了、光珠から黒点射出します」

 奇跡的に宇宙の彼方の恒星プロキシマケンタウリ系属第三惑星ベータ星の外宇宙に配置されていた第二王属軍の光珠が、ワームホールでラビラット星外宇宙へと移動し、光珠から霧のように黒点が放たれた。黒点がはしゃぐ子供のようにアント軍女王艦と翅蟻兵士に絡みつく。

「敵位置、黒点座標、確認完了」

「総攻撃、開始」

 ラビラット軍のプラズマ電磁砲総攻撃が開始された。

 残された問題は、シャンガの最終攻撃であるファイアーバーストにどう対応するか。難問中の難問である事は揺るがない、だがタクヤ、ヒロ、百々華の三人は怯まない。

 特に好んでこの世界に紛れ込んだ訳ではないし、タクヤの叔父の捜索や埋蔵金の探索も解決した。だから、実はもうどうでもいいと言えばどうでもいいのだが、ここまで関わってしまった成り行きと、どんな時でも途中では終われないゲーマーとしてのプライド、そんなものが有機的に融合している。

「さてと、いこうぜ」

「そうだね」「最後はアレやで、これで完結や」

「ラビラス君、僕達はラスボスを倒すよ」

「では、翅蟻兵士の対応は任せてください」

 三人とラビラット軍の役割が瞬時に確定した。それぞれが集中した攻撃をする事こそ、戦略的重要性があるに違いない。

「じゃあ、いつものフォーメーションでいこう」

「OK」「ラジャーやで」

「おいAI、戦闘ポッドに搭載されている武器は何だ?」

「これが一覧です」

 呼ばれたAIの声とともに前面の空間に文字の羅列が現れた。ラビラット星の文字なのだろう、見た事もないその記号が楽々と読める。電磁バリア、ビームガトリング砲、プラズマビート電磁砲、強磁場発出装置、プラズマソード。

「ビーム砲は、超硬度装甲には通用せぇへんのやろ?」

「確かそうだよな。黒点が張り付いたから、プラズマビート電磁砲で攻撃しようぜ」

「あれ、強磁場発出装置って何?」

 タクヤの疑問にAIが即答した。

「通常、ビームを歪曲し障害物を回避してビーム弾を命中させる場合に使用します。使用頻度は極端に低いです」

「歪曲限界角度は?」

「90°です」

「アレに使えるやんか」

「あれ、プラズマソードがあるよ」

「そうやな、それでいこうや。ウチ等にぴったりやんか」

「この剣でヤツの装甲を斬れるの?」

「魔神イヴィルはわかりませんが、兵士の超硬度装甲を斬る事は出来ます」

「ビーム砲も電磁砲も駄目なら、この剣でいくしかないやろ」「そうだね」

「このままじゃ、ヤツの火炎で焼かれちまうんだもんな」

「いつもの通りやんか」

「でも、ヤツのビーム砲を避けるのは無理です。近づく前に撃たれます。やめた方がいいです」

「他に方法ないやんか?」

「それは……」

 三人は既に腹を決めていた。それは勇気とか覇気とか度胸とかではなく、士気や闘志、気概や根性でもない。異世界から偶然、望んで来た訳でもない単なる成り行きに身を置くのは何とも居心地が悪く、三人は積極的に関わる事で居場所を探しているに過ぎない。

 タクヤ、ヒロ、百々華は、躊躇なしに操縦席から剣を抜いた。青いプラズマが剣を包んで踊っているのが両手に伝わって来る。ゲーマーとしての血が騒いでいる事に気づかされる。

「最後はやっぱりこれだよな」

「そうやな、正義の剣やわな」

「さあ、いこう」

「シャンガ様、ラビラット軍の東防御ライン、破壊しました」

「シャンガ様、ラビラット第一王属軍艦からの電磁砲により、翅蟻第六大隊が消滅しました」

「小賢しい。我が宇宙最強軍団に歯向かった事を後悔させてやる。確実に宇宙の塵にしてやろう」

 ラビラット第一王属軍艦からの攻撃に対抗する翅蟻兵士達の攻撃が一段と激しさを増した。既に、泥沼の様相を呈している。

「ラビラット共の電磁砲が邪魔だな」

 女王艦魔導士シャンガの赤い双眼が淡く妖しく光った。魔導士の邪悪な精神波のエネルギーが膨張していく。

「眠れ……そして思い出せ……お前達の同胞が火で焼かれた事を……」

 ラビラット軍兵士の思考回路の深淵に、魔導士の精神波が鈍く響き渡った。その途端に、レプス王とラビラスだけでなく、司令官と全ての兵士達は悪魔の声に恐怖した。勇壮なラビラット軍の戦意が溶けていく。

「……そうだ、駄目なんだ……僕達など敵う筈がないんだ……」

 唐突に聞えたラビラスの絶望した声に、タクヤ達三人は驚いた。理解が出来ない。恐怖を感じているのは三人も一緒なのだが。

「あれ、ラビラス君、どうしたの?」「何や?」「どうしたんだ?」

 その映像は電撃のように現れた。ラビラット軍の全ての兵士達の脳裏に、不意に、鮮烈に撃ち込まれた。第三王属軍、第四王属軍、更には第五王属軍までもが、アント星人女王アヴィスの劫火に包まれた。兵士達が燃え盛る火の中で焼かれ、叫喚するその悲痛な姿と声が身体を突き抜ける。

「……思い出すのだ……お前達もまた劫火で焼かれるのだ……」

 それは妄想ではなく、現実に起きた事。ラビラット軍の兵士達の記憶に焼き付けられたトラウマなのだ。魔導士シャンガの卑劣な暗示が刺さると、兵士達が次々と心痛に倒れ、ラビラット軍の攻撃が停止した。ビララスだけではない、総ての兵士が悄然と佇むのが精一杯になった。

「あぁ、駄目だ……ボク達が女王アヴィスに太刀打ちなんて出来る筈がないんだ……」

 唐突に、流れに沿わない違和感を携えた惰弱が惹起される。あれ程に勇敢だった次王ラビラスが、小動物のように震えている。

「何だこれ、どうしたっちゃの?」

 宇宙が不気味な程に静まり返っている。心を切り裂き身体を縛るシャンガの声以外に、何も聞こえない。その静けさが戦闘の行く末を暗示している。

「女王アヴィスの悪魔のような劫火に……第三王属軍がバーナード星系5星で焼かれ……第四王属軍がシリウス星系12星で……第五王属軍も潰された……僕達も同じ事になる……」

 ラビラスの絶望の声が、更にラビラット兵士の心臓を射抜くように通り過ぎていく。思いも寄らず湧き上がる心の疲弊が重く圧し掛かり、次に現れた意識を打ちのめす斬撃の映像が攻撃を踏み留まらせている。シャンガの精神波は恐怖心を増大させる。後に退けば全てが水泡に帰す事はラビラット軍の誰もがわかっている、それでも過去の敗北がトラウマとなって足が竦み、身体の自由を奪う。

 ラビラスは、身体の芯から湧き上がる抑えきれない震えに悔しさを滲ませた。攻撃準備は既に終えている。それなのに、手が、足が、思考が前に進まない。そうしている間にも、事態は混沌とする。

 タクヤにはその姿に納得がいかない。余りにも急に戦意を喪失したのは何故なのか。今の今まであれ程勇敢だったラビラスではない。三人はアント軍魔導士シャンガの恐ろしさなど知る由もない。即ち、端からラビラット軍兵士のように恐怖する理由がない。

「何やこれ、これって幻術やんか」

「幻術って何?」

「集団催眠みたいなもんやな、キショい顔でイキりよって、しばくぞボケ」

「集団催眠?」

「幻術なんぞとセコい真似しくさりおって、何が宇宙最強じゃアホンダラ。ウチがどついたるわ」

 百々華の怒りが天を衝く。百々華の式神こそ、全ての劣勢を逆転する最終兵器だ。

「陰陽神生術・大蛇・召喚・天空万舞・」

 夥しい黄金色の光が、虚空に広がり姿を現した。蛇、いや大蛇だ。

「蟻なんぞ幾らでも喰らってまう下品で凶暴な大蛇やからな、気ぃつけや」

 大蛇は群れを成す翅蟻兵士に向かって突進していく。そして、翅蟻兵士の翅を、頭部を、腹部を、脚を、決して上品とは言えない程の食欲で喰らいついていくのだが、それでも翅蟻兵士の数は殆ど減らない。

 思いもよらず風向きが変わった。最後の切り札である百々華の式神が通じない。

「こらアカンわ。翅蟻がすり抜けよる」

 百々華は、翅蟻兵士が虚空を乱舞する大蛇の横を翅ですり抜けていく状況に、早々に匙を投げた。

 戦闘状況は相当に悲観的だ。百々華の式神、蟻地獄と大蛇が無力化され、翅蟻兵士がラビラット軍のスターシップを取り囲み迫っている。ラビラット軍をトラウマで縛り戦意を喪失させている魔導士シャンガの集団催眠が割る事はない。

 女王アヴィスから代替わりした魔神イヴィルの最終攻撃であるファイアーバーストもまた、今にも発動するだろう。絶体絶命の窮地である事は動かしようがない。

唯一あるのはタクヤ達三人の戦闘へのモチベーションだけだ。タクヤ達にはトラウマがない分だけ、不可思議なその集団催眠を受け入れる精神的な隙間はない。

 ラビラスの心が突然折れた理由は、百々華の推測である『幻術』と信じる以外にない。故に対応策もまた百々華の想定が最も有効と考える他はない。

「モモちゃん、集団催眠だけでも解く方法はないの?」

 再びの出番で面子を潰された百々華は「ナメたらあかんぞ」と口端を上げた。

 百々華の両手が黄金色に輝き、虚空を舞う大蛇も輝き始めている。百々華は両手を開いて数を数え、吐き捨てた。

「……4・3・2・1・大蛇・天空爆裂・消滅・」

 虚空に数え切れない眩い爆裂の光輪が見えた。天空の大蛇は、飛び交う翅蟻兵士を道連れに爆裂して消え失せていく。こんな特攻隊のような反撃をされた事のない魔導士シャンガは、ラビラット軍の秘密兵器なのかと叫びながら驚嘆し、思考不能に陥った。同時に、解消必須であった難題、ラビラット軍兵士への集団催眠が爆裂とともに吹き飛んだ。

 一瞬でもマインドコントロールされた、その悔しさにラビラスとラビラット軍兵士達の怒りは頂点に達した。スターシップの百門のプラズマ電磁砲は女王艦を向いたままだ。

 愈々、三人のフォーメーションが始まった。三人は地元では相当知られたゲーマーだ。特に三人で行うチーム戦なら無敵だ。とは言っても、これは現実の戦争であってゲームではないのだと思うだけで、ゲームとは違う緊張と鼓動の高鳴りを感じる。これが恐怖というものなのかも知れないのだが、今更逃げる訳にもいかない。

 まずは暗黙の了解で、いつものパターンの攻撃が始まる。取りあえずの様子見だ。

三人の戦闘ポッドは三方に別れ、左からタクヤが、右からヒロが、中央から百々華が電磁砲を放った。黒点に導かれたプラズマビート弾は、確かに命中したが、装甲を貫く事は出来そうもない。戦闘ポッドは左右から大きく外を回って友との位置へと戻った。気のせいなのか、女王が赤く光り出したように見える。ラビラスの声がした。

「接近は危険です。ヤツの攻撃はファイアバーストだけではありません、ビーム砲も相当に強力です。電磁バリアだけでは早々に限界が来ます」

「じゃあ、いくよ」「いくぜ」「いったるで」

「援護の総攻撃、用意」


 半壊した女王艦の腹節部に蠢く何かが姿を現した。艦と同様にびっしりと鱗のような装甲が張りついたヒト形の赤黒い頭部のような得体の知れない塊、その真中にラビラット軍を見据える赤い双眼が光っている。横には四本の脚があり、全体的にはヒト形をしていそうだが、外に出ているのは半身だけで、判断はつかない。頭部の下から四本の腕が伸びている様は、ヒトではなく蛸や烏賊の頭足類に近い。

「ラビラス君、あれは何?」

「何でしょう、ボクの知っている女王ではありません」

「私も見た事がないのだ、おそらくは、あれが新女王なのだろうと思われるが……」とレプス王が言葉を被せた。

 ラビラスもレプス王さえ知らない独特のシルエットに一瞬だけ時が止まる。見た事もないその巨大さと生物としての存在の異様さに唖然とする

「ラビラス君。それよりも、僕が合図をしたらヤツの頭部に核ミサイル撃ち込む準備をしておいて」

「それから援護射撃も頼むぜ」「しっかり頼むで」

「はい。いやいや、やっぱり、やめた方が……」

「大丈夫だよ」


 女王艦から出てきた赤黒い装甲を装着する化け物は、居丈高に威圧した。

「ワラワは宇宙最強のアント軍を統べる魔神イヴィルである。崇高なるアント女王アヴィスを継ぐ者、そしてこの宇宙を治める神となる者じゃ。ワラワに抗うなど軽挙で愚かしい、賢き者はワラワにひれ伏すが良い」


「まず、アレからやな」

「じゃあ、アレいくよ」

「OKだっちゃ」

 三人は魔神を自称する化け物の言う事など歯牙にも掛けず、三機の戦闘ポッドの電磁砲からありったけのプラズマビート弾を魔神イヴィルに向けて二度放った。弾は、勢い良く女王艦の黒点を捉えたように見えたが、二度とも直前で直角に曲がり、命中する事なく横を通り抜けて宇宙の彼方へ飛び去った。それを見たラビラスが驚きを隠せない。歪曲装置の基本操作はAIが行う、故に黒点で位置が確定した上で失中する事など理論的にはあり得ないのだ。

 ラビラスの悲愴な疑問が聞こえるが、タクヤ達はじっと何かを待っている。

「何故、黒点で座標確定したプラズマビート弾が命中しないのだろう?」

 射出されたラビラット軍の絶対的電磁砲攻撃プラズマビート弾が、左右に逸れて虚空へと消えていく。魔神イヴィルが嘲笑する。

「弾を曲げるとは小賢しいが、ワラワには通用せぬ。しかも当たらぬとは話にならぬ、所詮キサマ等の攻撃などその程度じゃ」

 シャンガは三人の攻撃を嘲笑した。タクヤ達三人は何かを待っている。

「タクヤ、もういいか?」「まだだよ、まだ」「いつでもエエで」

 タクヤが凝視する天空の遥かに光が見える。

「愈々だぜ」「タクヤ、まだかいな」

「まだ、もう少し……来た」

 光の束が見えた。タクヤが合図する。

「今だ、GO」

 三人は、操作パネル下部に収納されたプラズマソードを引き抜き、青いプラズマが踊る光刃を担いで宇宙空間ヘと飛び出した。ラスボスとの決戦、ゲーマーの血が沸点を超える。

 タクヤ達には、その弾道は明瞭に知覚されていた。光の束は思いも寄らない方向から飛んで来る。あらぬ方向の虚空に飛び去った筈のプラズマビート弾は、90°の角度で方向を三度変えて、魔神イヴィルの背後から勇猛果敢に逡巡する事なく後頭部を直撃した。

 予想だにしない後頭部への爆裂にイヴィルは喫驚した。宇宙最強を誇る魔神の後頭部を、虚空に飛び去ったと嘲笑された二つの光の束が打ち付けたのだ。想像もしないその一撃は、魔神イヴィルのプライドを一瞬で粉々に破壊した。

「おのれ、虫螻蛄の分際で……」怒りを言葉するイヴィルが、前のめりに跪いた。

 三人のゲーム技、歪曲弾バレットカーブの応用だ。三人ともこれ程上手くいくとは思っていなかった。三度直角に曲がったプラズマ弾は、元の狙撃対象座標に戻って弾けた。これが最初で最後、同じ手は通用しないだろう。いやもう一発がある。

 攻撃のタイミングを削がれたイヴィルの憎々し気な声が響いた。

「後ろからとは卑怯者め……」

「油断する方が悪いんだよ」

「そうだ、俺達は卑怯者三銃士だっちゃよ」

「自慢になってへんがな」

 卑怯者達が得意げに言い返した。

 更に、背後部方向からのプラズマ弾第二波の光が魔神イヴィルの後頭部を射抜いた。膝から落ちるイヴィルの頭部が無防備だ、超硬度装甲があるとは言えど、まるでタクヤ達に首を差し出した格好だ。

「これで終わりだ」「やっちゃるど」「舐めたらアカンぞ、ボケ」

「全軍、援護射撃開始」

 タクヤの合図とラビラスの号令で、ラビラット軍は集中砲火を開始した。シャンガに向かって雨霰とプラズマビート弾が飛んでいく。イヴィルはいきなりの攻撃に驚きつつも、反撃する気配はない。三人のポッドは援護射撃を盾にして至近距離まで近づいた。

 その時、赤い双眼が開いた。ラビラスは、イヴィルの思惑に気づき、三人の直線的な攻撃に自重を促した。

「危ない、近づくのを待って至近距離からビーム攻撃する気です、罠です」

「今更気づいても遅いわ、死ね」

 そんな事など気にも留めず勇壮に叫ぶ三人は、青白いプラズマの光刃を上段に構え、プラズマソードをイヴィルの頭部に力任せに打ち付けた。


 魔神イヴィルはそれを待っていた。その八本の腕は、躊躇なく振り下ろすタクヤ、ヒロ、百々華の光剣をそれぞれに捌き、残りの腕が鋭い刃に変形して次々と三人の腹部を刺した。バトルスーツに防護されて貫かれる事はなかったが、その衝撃で三人は弾き飛ばされながらその痛みに動揺し、ラスボス退治に浮かれていた仮想現実から現実世界へと引きずり出された。ゲーム感覚でのサバゲーでは無敵だが、これはゲームではない。

 絶望的現実に腕を攫まれ、後ろを向きそうになる萎縮した意識を心の奥へと押し込める。そうしなければ、即座に自分という存在が巨大な虚無に呑み込まれそうになる。

 ラビラスが「これを喰らえ」と叫び、数十発の水素ロケット弾が魔神イヴィルの頭部に命中した。小さな光輪が輝いたが、それ以上何も起こらない。水素ガスが撒き散らされただけだ。

「これは、水素ガス……か。これも攻撃の内なのか?ラビラット軍の莫迦共は、宇宙空間で水素が燃焼せぬ事も知らぬのか?」

 魔神イヴィルは、ラビラット軍の水素爆弾の意図を理解する事が出来ず嘲ったが、ラビラスは当然の如く「これで、水素脆弱性破壊準備、完了です」と言い、総攻撃を指令した。

「ビーム砲全門、前方のアント艦に向けて、発射」

 スペースシップのビーム砲百門から放たれた光弾が女王艦に襲い掛かった。百筋の光束が爆裂する中で、「もう一度、全軍攻撃」と叫ぶラビラスの声が聞えた。

 アント軍女王魔神イヴィルの頭部下から伸びる八本の装甲の腕、その切先は刃のように鋭く尖り、殺意をもって輝いている。

 ラビラット軍の総攻撃に注意を奪われ、一瞬だけタクヤ達への防御がガラ空きになった魔神に向かって、三人は一気に跳躍した。湧き出る恐怖に頭を振って、襲って来る魔神の腕にプラズマソードを縦一文字にぶつけた。鎬を削る金属の火花が見えた時、思いも寄らず魔神イヴィルの超硬度装甲の腕にひびが走った。ラビラスも驚きを隠せない。宇宙最強海賊の超硬度装甲を砕く事などあり得ないのだろうが、目の前で最強と思われた腕が砕けたのだから、三人の辞書に不可能の文字などない、諦めたらそこで終わりなのだ。必ず出来る、その気持ちを一つに合わせて、再びプラズマソードを叩きつけた。


 奇跡は起きた。

 超硬度装甲を全身に装着する魔神の頭部に亀裂が入り、一部の装甲が剥がれ落ちた。そして、顔と思われる部分が露出した。

 それが、水素ガス弾による金属への水素脆弱性破壊によるものだったのか、はたまたタクヤ達のプラズマソードの渾身の一撃によるものだったのか、或いは二つの相乗効果によるものかはわからない。だが、現に魔神の腕と頭部には亀裂が入り、装甲が剥がれ落ちて顔の一部が露出している。形勢が再度逆転したのは間違いない。

「ラビラス君、今だ、核爆弾」

「全ての核融合ミサイル弾、発射」

 剥がれた装甲の下で露出したアント軍女王魔神イヴィルの本体、そこに赤黒いヒトの顔があった。晒された首のように血に塗れた赤く光る目と口が呪詛を吐き、怨讐おんしゅうの炎が燃えている。

 百々華の悲鳴がした。

「ひゃあ、やっぱりホラーや」

 女王艦から今にも飛び出しそうに威嚇する生首。正確にその位置座標を捉える核爆弾搭載ロケットは、畳掛けるように猛々しく強圧的に生首を晒す魔神イヴィルの超硬度装甲の中へと侵入し、一気に近距離で炸裂した。化け物魔神が、女王艦ごと巨大な光輪の中で砕け散った。


 レプス王がタクヤ達関係者に謝辞を告げた。タクヤ達の活躍でラビラット星の危機が回避されたのは間違いない。

「百万両様、保護者代理殿、そして少年達、大変世話になった。礼を言う、本当に有り難う」

 ラビラスが二つの箱を手渡しながら、何か不思議な事を言った。

「この空間は木星軌道を光速で回転する事でエネルギーを創出しているので、皆さんがこの時空間を抜けた先では、『時空の断絶』が起きています。時空とは縦方向の時間と横方向の空間が渾然一体となっていて、未来という一方向へと流れるその時空の断絶を連続させるには、二つの方法しかありません。一つは、縦方向にある時間に沿って進行する方法。二つは、横方向にある空間を引き戻す方法です。どちらを選ぶかは皆さんの自由ですが、その選択と扱いは慎重にお願いします」

 五人は羅美螺都を後にした。

 黄色い光、玉閃光は天空高く飛び上がり、星が砂粒になる程の宇宙の深淵から漠都のある砂漠世界へと飛んだ。そして、二体の兎像が並ぶ石扉が開き、エスカレーターが来た時の逆に下って上がった先に、元の世界がある筈だ。

 エスカレーターを降り大杉の時空間の穴を出ると、全ては消え去った。途中に白老人はいなかった。もうここに来る事はないだろう。タクヤはちょっとだけ寂しい感じがしたが、きっとそう言うシステムになっているのだから仕方がないと諦めた。

 黒穴を出る直前、白尾仔に挨拶をした。白尾仔はタクヤではなく百々華の尻を名残惜しそうに見続けていた。

 大杉からほんの少し歩いたそこに、当然の如く白亜の別荘ホテルが見える。五人は安心した。ここは元の世界だ、これで全てが終了する。

 白亜の別荘ホテルへと歩を進めた五人の誰もが違和感を持った。この違和感は何だ?


「あれ?」「あっ」「何だ、あれ?」

「どうなっているんだ?」

 五人は唯呆然とその光景を見据えて嘆息した。その場所に、時貴の白亜のホテルは建っている……が、それは明らかにそれではない。

 維持管理の行き届いている筈の白亜の別荘が、何故か崩れ掛けた廃墟になっているのだ。周囲の樹木はジャングルのように繁茂し、足の踏み場もない。

「何やこれ、浦島太郎みたいやんか」

「浦島太郎……という事は、僕達が宇宙戦争をやってる間に地球では数十年が経っていたって事なのかな?」

 時貴が持てる知識で説明した。

「いや、鉄筋コンクリート造の建物の耐久年数は60年と言われている。それが崩れるという事は、100年以上は経っているだろう……」

「100年以上?」

「えぇ、ワタシ達、100年後の世界に来てしまったって事なの?そんなの嫌よ嫌よ、どうしたらいいのかしら」

「何だ、あれ?」

 タクヤが空を指差して叫んだ。天空に三角形の飛行物体が列を成して飛んでいる。それは100年後の飛行機なのではないかと思わるのだが、何にしても状況はマズい。100年後だとすると、この島からも脱出する方法はない。

 レプス王とラビラスは『我々の艦は、木星軌道を光速度で周回してエネルギーを得ている。故に、この世界と外界との間には時空間の超過が生じている』『これを持っていくが良い。これは時空間の差異を消去する装置だ』と言っていた。そして金属製の二つの大小の箱を渡された。一つは大きな白い箱、もう一つは小さな赤い箱。その違いが何を意味しているのかは皆目も見当がつかない。きっと手土産の類に違いないと思いたいのだが。

『その箱を使えるのは一回きりじゃからな、使う時は全員で繋がって翔べやら』

 最後に挨拶をした白尾仔はくびしは、そう言って大杉と漆黒の扉とともに消えた。

 今回の探索は随分と時間が掛かったように感じた。それでも埋蔵金の在り処を知り、何よりも行方不明の時貴を救出して、しかも全員が無事にこの世界へと帰還したのだから全ては良しとしなければならないのだが。それにしても、目前の朽ちた白亜の別荘という事実は五人に驚愕と衝撃を与えるには十分なインパクトがある。全員の顔にショックが滲み出ている。

「これが王様の言っていた『時空間の差異』に違いない。アインシュタインの相対性理論では、動く物体の時間が遅れるから、光速度で移動していたあの世界よりも相対的にこの島の時間は進んでいくと考えるべきだ」

「それが100年以上……」

「だから、この装置が必要って事なのか?」

「だったら早く、玉手箱を開けましょうよ。早く、早く」

 安房川が浅慮から頻りに急かした。

「ちょい待てや、それはアカンやろ。玉手箱開けたらジジイになってしまうかも知れへんで、ウチはまだババにはなりとうないで」

 昔ばなしでは、玉手箱を開けて白髭の老人になってめでたしめでたしで完結する。だが、良く考えれば少しもめでたくはない。時貴や安房川は未だしも、中学生三人がいきなりジジイやババアになるのは悲惨と言えば悲惨な話だ。

 浦島太郎状態で玉手箱が二つ。百々華が二つの箱を凝視しながら中空に何かを掴む仕草をした。百々華のパズルのピースが再び繋がっていく。

「モモちゃん、何かわかった?」

「もしかしたら、その玉手箱二つの内の一つは未来へ行く、もう一つは過去へ行く。そう考えるのが最も理屈に合うんやないかな。一つはババアの未来。もう一つは過去、つまり元の世界や」

「それなら、早く玉手箱を開けましょうよ」

 その言葉とともに、安房川は待ちきれずに玉手箱の一つに手を掛けた。タクヤがその手を制した。

「ちょっと待った。白尾子が「一回きりだから」って言ってたじゃん?」

「それから、「使う時は全員で繋がって翔べ」とも言ってたな」

「そうやな、「一回きり」ちゅう事はどっちか一つだけ選ばなアカンて事やし、使う時は「全員繋がらなアカン」ちゅう事やで」

「どっちにするか?」

「どないするんや?」

「一回きりだからな、慎重にしようぜ」

「確か、昔話は大きい箱はハズレだったよな・」

「やっぱり小さい方がアタリと違ゃうか?」

 意見は纏まらないが、四人は「慎重」の言葉に頷いた。もし間違えた選択をすれば五人は元の世界には戻れないのだから当然なのだが、頷いていない愚か者が一人がいた。頷かない一人が半ばヤケクソで叫んだ。

「煩いわね、こんなの慎重もクソもないわ。早く開けなさいよ。オカマみたいにグダグダ言って開けないなら、ワタシが大きい方を開けるわよ。大きい方が良いに決まってるんだから」

「ダメだよ、ダメ」

「駄目やて、言うとるやんか」


「あっ」


 タクヤ達の止める声も聞かずに、安房川が大きい白い玉手箱を開けた。大きい方が良いに決まっているという根拠が見当たらない。四人は、唐突に降り掛かった先の読めない不安に身体を硬直させた。何が起こるのだろうか。

 周囲の景色変わり薄緑色の靄に包まれていく。きっと時空間が過去へと遡っているに違いない。


 暫くして薄緑色の靄が消えると同時に、再び白亜のホテルが視界に入った。五人は、刹那の緊張感で息が出来ない状況で眼を擦りながら、一斉に辺り一面の光景を凝視した。ジャングルも天空を飛ぶ三角形の飛行物体もない、宇宙戦争に旅立つ前の白亜の別荘ホテルと何ら変わらないように見える。

時貴が確信を以って歩き出した。その姿に気づいたスタッフが何かを叫び、ホテル入り口から多勢の男達が時貴に駆け寄った。

 どうやら、時間を遡り、何とか元の世界に戻れたようだ。途端に、安堵がタクヤ達を包み込んだ。

 タクヤが緊張感から解き放たれた歓喜を口にした。

「僕らは地球を救った勇者だよね。TVとか出たりするのかな」

「そうだよな、当然だよな。何たって地球の救世主なんだからな」

膨れ上がるタクヤとヒロの妄想と期待に、即座に百々華が冷静にツッコミを入れた。

「まあそうなんやけど、元に戻ったちゅう事は何もなかったちゅう事やないかな?」

「えっ、あっ、そうか、そうなるんだ」

「何でだよ、命懸けで戦ったんだぜ」

 勇者タクヤと救世主ヒロの愚痴が止まらない。命懸けで戦ったバトルの実感は殆どない。ゲーム大会で優勝したのと変わらない感覚しかないのだが、バタバタと事件が起こり崖っぷちに立たされていたような気もする。

「そやけど、王様が『もしここでヤツ等を倒さなければ、ラビラット星が侵略された後、いつか必ず君達の星地球にもヤツ等はやって来る。今、君達が戦う事には大いなる意味があるのだ』て言うてたやんか。そやから、ウチ等は勇者、救世主て事でエエんちゃうかな」

「そうだよね」

「やったぜ、俺達は地球の救世主だ」

 僕達はきっと救世主だったに違いない。何故なら、何れ地球を侵略するかも知れない邪悪な宇宙海賊を倒したのだから。タクヤはそう考えている。例え、それが寝惚け眼で見た夢と大した違いはないとしても。


 宇宙を暴れ回る海賊艦隊が地球外宇宙空間に集結していた。中央に小さな金色の十字のマークのあるこげ茶色と黄色の筒状の飛行物体が、続々と地球から宇宙船に帰還するのが見える。

「親分、この星の金収奪が完了しましたぜ」

「ご苦労」

「親分、白尾仔はくびし星人のヤツ等がこの星に軍事基地を造ってますぜ」

「放っておけ」

「親分、惑星買取業者から連絡がありやした。そこのデカい衛星付きなら、言い値で買うってぇ事ですぜ」

「こんな小汚ぇ星に良く買い手が付くものだな、後は鬱陶しい白尾仔星人と地球人のヤツ等を排除するだけだ。地上に向けて、ありったけの中性子爆弾を投下しろ」

 宇宙空間にすだく艦船が地球を取り巻き、数え切れない中性子爆弾を投下した。世界中至るところに激しい爆弾の雨が降り、その内の数百発が空に白い筋を描きながら★緑色の光となって小笠原諸島に落ちた。そして、近くを航行するクルーズ船を巻き込み、小笠原諸島が消え去った。

 巨大な爆発の中で文明が、そして人類が、地球から一瞬で消滅した。船長と呼ばれる海賊艦隊を指揮する男が呟いた。

「あっという間に殲滅完了だ。地球人達は自分が死んだ事にすら気づくまい」



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