第26話:帝国とエルフの未来に向けて

 アレクシア様やエルノ族長をバックダンサーにして踊る、なんて帝国でも前代未聞だろう。

 その時の俺とザフラは、照れくさいことを言えば世界の中心だった。

 舞台が終わり、すべての演目が終わり。着替えた俺は妻を一度思い切りモフってから、族長の案内に戻った。


「本日は、誠にありがとうございました。これより皇帝城での晩餐会にご案内を……」


「まぁ待てアルバート。先に言わせろ」


 用意された馬車に乗ってもらおうとしたが、彼は一度それを制して。

 笑顔の中に複雑な感情を浮かべ、言い放った。


「結婚おめでとう。若い頃の俺も、その度胸が欲しかったなぁ」


 あぁ、エルザさんのことかな。

 なんて思いつつ、俺はありがたくその祝福を受け取った。


「有難きお言葉にございます」


「堅苦しいなぁ。まぁいいけど。ほら、連れて行け」


 べしっ。と軽く尻を蹴られて。

 あ、こいつ絶対俺のケツ割ったのも覚えてやがる。とまた後ろ暗い感情がこみ上げてきたが。

 まぁ今回のこれは、族長なりの照れ隠しだろうな。


――


「おら、起きろ。ってか結婚式挙げたなら帰れよ。初夜とかあんだろうが」


「大変失礼を致しました……」


 舞台にも招待されていた大貴族たちや、大勢のお偉いさんを招いた晩餐会にご案内した後。

 完全に疲れ切っていた俺はホテルのロビーでうっかり寝ていた。

 脛を蹴ってきたエルノ族長は呆れたようにため息を付き、俺に向かって指をさす。


「蛇女と話してきた。お前からの提案、電気と鉄道ってやつ通すんだったか? 受けてやったよ」


 兄弟喧嘩、巻き込んで悪かったな。と言って。

 完全に凍りついた俺に向かい、目の前の美少年は頬を掻く。


「別に蛇女に負けたつもりはないが、こういうやり方もあると思ったからな。お前みたいな民がいるなら、まぁ帝国も悪くない」


「ありがとうございます!」


 ザフラも言ってたけど。真面目にやってれば割といいことあるんだろうな。


「窓口にはお前を指名させてもらった。忙しくしろよ」


 え、今、なんて言った?

 くるっと背を向けて去っていく族長の背中は流石に追いかけられず、俺はその言葉を噛み締めて。

 土地を提供させたら終わりだったはずの仕事がまだまだ続く事に、放心してへたり込んだ。


「ご苦労さまでした。アルバート殿」


 すると続けざまに、最近すっかり聞き覚えの出来てきた、鈴を鳴らすような声がする。


「あ、アレクシア皇女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」


「想定通り、素晴らしい成果でした。お話に付き合って下さるかしら」


「はい! 喜んで!」


 誘われるまま、ロイヤルスイートの一室へ入って。テーブルを間に座る。

 皇女殿下が指を鳴らすと、皇室庁職員が一枚の紙を置き、すっと部屋を出ていった。


「この三ヶ月、百周年祭のために使った予算がこちらですわ。少し奮発しすぎましたわね……」


「……申し訳ございません」


 これちょっとした競技場立つんじゃ。と、改めて自分が上げた接待経費と、百周年祭の作り直しで外務省に与えた大損害を見せられて顔が引き攣る。

 アレクシア様としても想定外つかいすぎだったようで、反省したように目を伏せていた。

 ただただ謝罪しか出来ずに顔を伏せていると。何故か暖かい魔力が俺を包んだ。


「ですが、貴方に頼んでよかった。と言わせて頂きます」


「い、今なんと……」


「このわたくしと違い、誰の血も流さなかった貴方。今日まで築き上げた帝国とエルフの信頼関係を金額にすれば、こんな紙切れ一枚に収まり切るものではないでしょうね。大変な功績ですわ」


 ビリビリと紙を破き、ぱっと散らす。

 雷龍ケラヴノスの名が示す通り、ばちばちと弾ける紫電が、その紙を燃やし。

 アレクシア様は、この俺ただ一人に向かって拍手を贈られた。


「この身に余る光栄にございます」


 思わず頭を下げると、皇女殿下の声が変わる。

 いつものように、平坦に続く鈴のようなお声ではなく。


「何よりも、エルノが負けを認めたこと……くくっ……あはっ……最高ですの!」


 全く変わらないお顔から、普通の女の子のようなお声が聞こえた。

 暫くの間、本当に愉快そうに笑った皇女殿下は、ふぅと息を整えて。


「今のはご内密にお願いしますわね。個人的な感情は、なるべく出さないようにしているのです」


「は、はい」


「貴方の行く未来に、永遠龍ウロボロスおとうさまのご加護があらんことを」


 好き勝手やってるように見えるけど、君主って大変なんだなぁ。

 という庶民的な感想を俺に残し、嬉しそうに去っていかれた。

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