Chapter10. 深夜の銃撃戦
左車線から中央車線に咄嗟に逃げたことにより、直撃は避けられていたが。
まずいことに、現金輸送車は、ギリギリで銃弾の雨を避けていたが、その後ろにいるパトカーはというと。
間に合わなかった。
―ドガンドガンドガン!―
鉄が弾け、砕けるような異質な音が、深夜の海底トンネル内に響き渡り。
赤色灯を破壊され、フロントガラスを粉々に砕かれた上に、さらに運転手と助手席の警察官もろとも、銃撃を浴びて、重症か、あるいは即死になったのだろう。
パトカーが直進性能を失い、トンネル側面に激突。時速90キロ近く出ていた為、そのまま横転していた。
(あれはもう助からん)
一瞬だけ、パトカーの姿をバックミラーで視認したが、蠣崎は、ハンドルを握りながらも、パワーウインドを開けて、部下に指示を下していた。
―撃て!―
と。
助手席からは、ベレッタを構えた関水が、後部座席からは、SIG SAUERを構えたシャンユエが、それぞれ相手の車のガラス目がけて発砲。
だが、向こうの車にも、強化防弾ガラスでもついているのか。
傷はつくものの、ハイエースの窓ガラスは砕けないのだった。
「どけ」
低く、重い声を発したかと思うと、大柄なセルゲイが、シャンユエの脇から細長い銃身を横たえて、狙いを定め始めた。
狙撃だ。
もっとも、互いに走っている状態の車の中から、移動物を狙うというのは、想像以上に難しい。
しかし何の躊躇いもなく、セルゲイはSV-98を構え、そして、あっさりと発射していた。
いくら、拳銃より強力な性能を持つ、スナイパーライフルとはいえ、あの強化ガラスは砕けるのか。
と、思っていたら。
―キキーーッ!―
車の右半分のバランスを失った、ハイエースが強制的に横に曲がり、先程のパトカーとは逆方向の右側に流れていき、同じくトンネル側壁にぶつかって、止まった。横転はしなかったが、セルゲイは、タイヤを狙ったのだ。
蠣崎は、ここに至って、車の速度を落とし、距離を保ちながら、相手のハイエースの前方に回り込んで、停車した。
その瞬間。
―ガンガンガン!―
鋼鉄の身体を持つ、この車の外壁が削られるような、衝撃音が響く。銃撃だ。
どうやら、相手の装備はM2だけではなく、拳銃やアサルトライフルの類も使っているようで、人数も運転手、助手席、銃座にいた男と3人はいる。
すぐに仲間に、降りるように合図し、自らも車を降りると、車のドアを盾にして、蠣崎もまた愛用のマテバを構える。
こういう時、一番的確なのは、リーダー格の男を狙うか、もしくは最大の脅威となっている、敵の最大火力のM2を黙らせるか、だ。
そう思っていると。
―ダン!―
という、甲高い銃声と同時に、M2の銃座に座っていた男の頭が後ろにのけぞり、そのまま倒れていた。
セルゲイの狙撃だった。ただでさえ、強力なスナイパーライフルを、射程わずか50mほどで発している。一たまりもなかった。
しかも、彼はいつの間にか、暗視ゴーグルを装着していた。トンネル内の街灯があるとはいえ、暗い状況下で、的確に相手の射手を狙うためだろうが、抜け目がない男だった。
一方、蠣崎、関水、シャンユエの3人は、それぞれの得物で、運転手と助手席の男を狙うが、向こうもまた、車のドアを盾にしているため、なかなか埒が明かない。
互いに銃弾を無駄にするような、不毛な戦いだ。
これでは決着がつかない。
そう思っていると、意外なことが起こった。
蠣崎からは、車を通して反対側にいたはずの、シャンユエの姿が見えなくなっていた。
「シャンユエ!」
まさか撃たれたか、とも思ったが。
相手の銃撃がこちらではなく、走っている「物」に向けられていた。
―パン! パン!―
―ダダダダ!―
と、拳銃とアサルトライフルの発する銃撃が間断なく浴びせられている。
そんな中、彼女は、「飛ぶ」ように走っていた。
ハイエースに向けて、まるで円を描くように、同時にまるで肉食動物のような俊敏な動きで、地面を走っていた。
その彼女の駆け抜けた後の空間に無数の銃弾が飛んでいた。
そして、
「ぐあっ!」
「がっ!」
刹那。運転手の男の首にナイフが刺さり、続いて隣にいた男の心臓にナイフが深々と突き刺さり、音もなく、男たちは崩れていた。
(何て動きだ)
それは、まるで「陸上の短距離選手」のように、素早い瞬発力に、蠣崎には見えた。
銃撃は収まった。
残っているのは、音もなく鎮座する、M2 重機関銃と、横たわる死体が3体。
蠣崎は血のついたナイフを布巾で拭い取っているシャンユエに、ゆっくりと近づく。
「お前。恐ろしいくらい、速い動きだな」
実際、銃弾をかわすように動いていた。人間的にありえない動きにも見えたからだ。
すると、細目の彼女は、ニコニコと笑いながら、
「言いませんでしたっけ? 私、これでも元・陸上の短距離選手なんですよ」
「いや、一言も聞いてないが」
あまりにも俊敏で、なおかつ淀みがなく、そして人を殺すことに、まったく躊躇がない。
何を考えているのか、まったくわからない彼女の言動の是非はともかく、あの動きだけは間違いなく「達人」のものだった。
改めて、シャンユエは、「戦力」にはなるが、同時に「敵に回したくない」ほど恐ろしい女だと、蠣崎は再認識する。
同時にこの一件で、改めて危機感を強めると同時に、思うのだった。
(さすがにアサルトライフルくらいは欲しい)
と。
現状は、各自の拳銃、セルゲイのスナイパーライフルくらいしか武器がない状態で、PMSCとしては寂しすぎる。
もちろん、社長として、武器の調達は考えていたが。
結果的に、これで事件は解決。
パトカーに乗っていた、警察官のために一応、救急車の手配はしたが、恐らくは助かるまい。
そもそもが、あまりやる気が感じられない警察官だった。
一方、現金輸送車の方は、ほとんど無傷で、無事だった。
彼らに何度も感謝され、報酬を受け取った蠣崎だったが。
もちろん、彼の中では、別の感情が沸いていた。
「クソッ! 買ったばかりのエルグランドが!」
愛車のフロントガラスがかなり傷ついていた。この会社を立ち上げる時に、わざわざローンで買った、新車に近い車だった上に、防弾装備まで備えていた。そのお陰で、助かったわけだが。
「まあまあ、社長。命が助かっただけでもいいじゃないですか?」
「そうそう。車は直せばいいんです」
関水とシャンユエに慰めの言葉をかけられながらも、天を仰いで、無残な姿となった愛車を愛しそうに眺める蠣崎。
一方、セルゲイだけは、いつもと変わらず、無口だった。
だが、彼が放った一言が、この事件がこれで終わらないことを、暗示するのだった。
「この男たち。ただのチンピラに見えるが」
セルゲイが眺めて、確認していた彼らの死体。
姿形は、金髪の若者や、着崩したパーカー姿の若者、そしてスキンヘッドの、やはり若者。いずれも20代くらいの若者だった。
それは、どこかの「組織」の人間、というよりも「半グレ」に近い、まさに「チンピラ」レベルの男たちに見えた。それが「問題」となる。
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