Chapter3. 彼女の腕前
翌1月19日。
前日は、簡単な説明と、書類手続だけを済ませて、関水葵には定時で帰ってもらったのだったが。
その日。彼女が出社すると、蠣崎は早速、彼女に命じた。
「銃を持って、地下室に行く。ついて来い」
彼は、社長机として使っている、質素なデスクの脇に置いてあった、漆黒のハンドガンを手に取る。
口径9.1mm、全長275mm、重さ1.3kgほどの、オートマチックリボルバー銃。357マグナム弾を使用するその銃は、イタリア製の拳銃、マテバ2020Mというモデルだった。
ダブルアクション機構を持ちながらも、シングルアクションなみに引き金が軽く、連続射撃をしても、手に負担がかからず、射撃精度も落ちない。
リボルバーは、連射すると、命中精度が落ちる、というデメリットを克服した、最新式のイタリア製の銃だ。
彼は、その6インチ銃身モデルを使っていた。イタリア語では「6
彼はこの銃が気に入り、イタリアから買い付けていた。
一方、
「わかりました」
返事をして、上着の懐から取り出して、彼女が手に持ったのが、同じくイタリア製の名銃だった。
彼は一目で気づいた。
(ベレッタか)
ベレッタM92。
アメリカ軍がM9拳銃として正式採用した他、世界中の法執行機関や軍隊で幅広く使われている銃だ。
口径9mm、全長217mm、重量は約970g。92Fを元に、ハンマースピンを大型化しているため、恐らくM92FSだろうと、彼は予測していた。
しかも、彼女は左手で銃を持っていた。
(左利きか)
ベレッタは、マニュアルのセイフティが左右両側についているため、左利きでも使いやすい銃として知られている。
装弾数は、15発。
地下までは、エレベーターを使う。
ちなみに、会社は、このビルの3階に入っていた。
表向きは、「警備会社」としたのは、未だに「日本は恒久的に平和」と信じる、一般庶民からの目を逸らすためでもあった。
何かと、世間の目が冷たく、一種の「監視社会」になっているこの国では、こうしたカモフラージュが必要になることを、彼はよく知っていた。
2人で、エレベーターに乗って、並んで立つと、蠣崎はおもむろに彼女に口を開いた。
「俺の腕のことは聞かないのか?」
一応、社長としてスーツは着てはいたが、左腕はまるごと切断され、手首の先まで「義手」になっている。最新の、見た目も本物と寸分変わらない義手とは違い、彼の義手は、継ぎ目もわかりやすい。
「聞きませんよ。人にはそれぞれ事情がありますから。社長が話したくなったら、聞かせて下さい」
その妙に落ち着き払った、達観した物言いが、彼女が22歳ではない、という蠣崎の猜疑心に勢いをつける。
あるいは、この女自体が、何かを隠しているようにすら見えていたから、後ろめたさを彼女自身が感じているのかもしれない。
地下に着くと、そこにはまるで金庫のような厳重な電子ロックがかかっており、モニターで制御されていた。
その前に立ち、蠣崎は懐から取り出した、クレジットカードのような、薄いカードをリーダーに通す。
ゆっくりと、扉が左右に開く。
中は、真っ暗で、もちろん窓もない。
蠣崎が、ドア付近にあるスイッチをつけて、明かりをつけると。
3列ほどのレーンが並んでおり、まるでボーリング場にも見える。
だが、明確に違うのは、その「先に」あるものだ。
人型を形作った、小さな的が置いてあった。
的までの距離は、約25メートル。
この会社を設立する時に、筆頭株主となってくれた、ある人から、建設の資金を提供されて、作ったのが、この射撃場だ。
銃規制にうるさい、日本国内では、まともな射撃場は作れないし、許可が下りないだろう。
そう思って、警察にも秘密裡にして、蠣崎はここをこっそり作っていた。表向きには「倉庫」ということにしてあるが、もちろん、完璧なまでの防音設備を整えている。
ここで、彼女の「腕前」を試そうというのが、彼の趣旨だった。
「撃ってみろ」
いきなりの蠣崎の無茶ぶりにも、彼女は眉一つ動かさず、彼が手渡したヘッドフォンを受け取り、淡々と銃を持って、レーンの一つに入った。
ヘッドフォンを耳に装着し、スライダーを引き、安全装置を解除。両手でグリップを持ち、狙いをつけて、左指を引き金にかける。両足は肩幅程度に開き、少し前傾姿勢。肘も膝も伸ばし切らずに、若干曲げている。射撃姿勢としては優等生だ。
そして、射撃は。
―パン!―
乾いた音が、一発。さらに続けてもう一発。銃声と同時に、薬莢が床に転がる音が、静かな地下室に響き渡る。
いずれも的の中心に当たっていた。
(ほう)
その腕前はもちろん、実弾射撃でもまったく躊躇すらしていない、この関水葵の様子を見て、蠣崎は、彼女は相当「場慣れ」していると踏む。
続いて、的自体を動かすため、手元にあるリモコンスイッチを押す。
25メートル先にある、的が小さく左右に動く。
それを見ても、まったく動じない彼女は、
―パン! パン!―
またも連続で射撃を繰り返し、それらのいずれもが的の中心に当たっていた。
射撃だけなら、とてつもなく優秀だった。
(普通科連隊で、この腕前か)
蠣崎には、彼女がまるで、陸自のレンジャーか、警察のSAT(特殊急襲部隊)出身のような、エリートにすら見えた。
どうも、裏がありそうで、いまいち信用は出来ない女だと改めて腹を括る。
「どうですか?」
振り返った彼女が笑顔で尋ねてきても、
「上手いな。本当に普通科出身か?」
彼には、猜疑心しか湧いてこない。
「そうですよ」
作り笑いを浮かべた関水は、返すように、
「では、社長も」
と、彼にも射撃を勧めてきた。
(俺は、射撃は得意じゃないんだが)
思いつつも、ひとまず、ヘッドフォンを受け取り、彼女が退いたレーンに向かう。
彼女とすれ違うだけで、柑橘系の香水の匂いが漂ってくる。
蠣崎は、片手、つまり利き腕であり、まだ無事な方の腕の、右腕で射撃をする。片手による銃撃だ。
女より腕力があるし、重さ1kg程度なら、片手で十分だった。
もっとも、片手で射撃となると、腕はハイグリップ(高い位置)で握る必要があり、そうしないと命中精度、速射性、作動不良防止に影響を与える。
リコイル(反動)は、バレル(銃身)の位置で発生し、発射時に手首を支点にして、跳ねあがる。通称「マズルジャンプ」と言われる。
これを抑えるためには、バレルから支点までの距離が可能な限り短い方がいい。
一応は、的を動かした状態のまま、彼は的に正対し、射撃姿勢に入る。
―バン!―
という、音と共に、的は揺れた。
だが、終わってみると、2発撃って、真ん中には一発も当たらず、的の隅に一撃、もう一撃は的の中心から少しだけ外れていた。
「お前に比べたら、射撃は苦手だ」
一応、もっともらしく、そう言い訳じみた説明はするが、そもそも嘘は言っていなかった。むしろ、彼にはこの女が「異常」に見えるくらいだ。
「そんなことないですよ」
杓子定規に、社交辞令を言ってくるものの、やはり蠣崎は、彼女のことを信頼はしていなかった。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。人員を確保しなければ活動すら出来ない。
まだ、お茶汲みも含め、事務的な仕事しかさせていない、彼女をまるで社長秘書のような立場にしていた蠣崎。
だが、もちろん、同時進行でネットに求人広告は出している。
それも、日本語、英語、中国語で。
多国籍社会になりつつある、この時代の混迷した日本において、「移民」は一つのカテゴリーを形成していた。
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