カムイガーディアンズ

秋山如雪

Section1. PMSC

Chapter1. とある面接

 古ぼけたビルの一室にある、15㎡ほどのオフィスには、会社関係の書類が本棚にあるだけで、他には32インチのテレビ、応対用のソファーとテーブルのセット、業務用に使うデスクトップのパソコンがあるだけだった。


 一見すると、どこにでもありそうな、ただの「会社」に見えるが、せいぜい6、7人程度が滞在できる程度の広さしかない。

 社名は、「カムイガーディアンズ」。


 代表取締役社長である、蠣崎かきざき宗隆むねたかは、まだ26歳の若さであり、艶のあるサラサラの髪を持ち、背丈も180㎝を越える。

 会社を仕切る立場には見えないほど、爽やかに見える青年だが、彼の身体的特徴のうち、一部だけ違和感を感じさせるところがあった。


 左腕に「機械」が入っているのだ。いや、正確には、「左腕が機械」だった。

 いわゆる「義手」になっており、それも最新技術で作られた、精巧な物というよりは、一昔前の、明らかに「義手」とわかるような、異物を腕にはめ込んだような代物に見える。


 その日、2045年1月18日、水曜日。

 1月4日に会社を立ち上げてから、2週間。


 東京都渋谷区道玄坂に近い、都心の一等地にありながらも、古いそのビルに、ようやく、最初の「面接希望者」が現れたのだ。


 北海道出身の蠣崎宗隆が、故郷の、アイヌ民族にちなんで名付けた「カムイガーディアンズ」。表向きには、ただの「警備会社」という触れ込みだ。ただし、広告には小さくだが、この会社の「真実」も書き込まれていた。


 だが、実はこれには「裏」があった。


 その裏事情を知ってか、知らずか、面接にやって来たのは、一見すると、「警備会社」には場違いなほどに、「綺麗な」女性だった。



(名前は、関水せきみずあおい。22歳?)

 テーブルの反対側に彼女を座らせ、自身のノートパソコンを机に置き、電子ファイルに保存した、送られてきた履歴書を確認する蠣崎は、もう一度、女の顔と履歴書の写真を見比べてみた。


 彼女は、不自然なほどの営業スマイルを作っていた。


 見た目には、確かに綺麗な女性だった。背丈は155㎝程度と小柄だが、肩までかかるセミロングの黒髪を持ち、仕事が出来るOLのように、皺のないパリッした、紺色のスーツを着てきていた。

 二重瞼におちょぼ口。髪や肌にも清潔感が感じられる。


 印象的には、確かに「悪くはない」のだが。


 彼は、違和感を感じた。

(22歳には、見えないなあ)


 女性は、特に若い女性は、見た目で年齢がわからないことが、男性には多々あるが、それにしては、彼女は「落ち着きすぎている」と彼は感じた。


 何というか、22歳なら、まだ大学卒業すぐくらいの、世間知らずで、緊張している頃のはずだ。


 ところが、彼女には、少しも「緊張」の色が見えないし、それどころか、大抵のことには動じそうにない、芯の強さと、肝の太さを感じた。


 それは、蠣崎自身が、かつては自衛官だったからだ。その経験から、彼はこの手の直感に優れている。


 彼の見立てでは、彼女は「20代後半」くらい。場合によっては、自分よりも年上の30歳近いと見ていた。


 だが、こんな業界だ。経歴詐称をしていても、使える人材は使いたいのが本音だった。


「元・自衛隊ねえ。所属は?」

 履歴書の経歴からして、すでに「嘘っぽい」ところを感じていた彼は、一応は探るように尋ねていた。


「普通科です」

「どこの方面隊?」


「西部方面隊です」

「ふーん」


 蠣崎自身が、元・陸上自衛隊の北部方面隊に所属していたことがあり、そこで彼女と同じく普通科連隊に所属していた。


 女性の自衛官は元々、圧倒的に少ない。彼女の経歴がどことなく「嘘っぽく」見えたのは、彼女が「綺麗すぎる」からだった。


 自衛隊員らしくない。大抵、警察や自衛隊、駅員などもそうだが、極端に「女優」のように綺麗すぎる女は、少ないものだ。


 大抵、何かしらの「女らしさ」を捨てている部分があるし、普通の女性がなりたがる職業ではない。

 それは、この「会社」も同じだ。


 だが、この際、贅沢は言っていられなかった。

 この会社は、筆頭株主が、持ち株の50%以上も出資している、大株主になっていたが、それだけの株主の場合、経営権に口を出せる。


 早い話が、「取締役の選任・解任も可能」である。会社の意思決定のほとんどが出来るため、一歩間違えば、彼は社長という地位を追い出される。


 資本金300万円で立ち上げた、この会社を自分が預かる以上、「利益」を出さないといけないし、そのためにはまずは「従業員」が必要となる。


 もっとも、この会社の性格上、蠣崎は、「少数精鋭」でいいと考えていた。というより、大勢を雇う「余裕」が会社にはない。


 当然、給料も安い。

 この業界では、場合にもよるが、1日1000ドル(為替レートにもよるが、10万円から14万円)程度を支給する同業者もあり、年収4000万円を越える場合もある。


 ところが、ここでは相場よりも安い、月収65万円程度、年収でもボーナス抜きで800万円程度の給料を提示していたから、ネットの求人広告にもつられて来る者がいなかった。


 その年収では、少し給料がいいサラリーマンと大差がない。しかもそれで「危険」が伴うから、給料と仕事内容が釣り合っていない」。報酬としては、明らかに少なすぎる。


 そして、彼女がやって来た。


「給料は、見ての通り、低いけど、大丈夫?」

 蠣崎が提示した資料を見ても、彼女は、眉一つ動かさず、

「大丈夫です」


 意志が強そうな瞳で、大きく頷くのみ。


「命を賭けるのに?」

 冗談ではなく、本気で彼は問うた。


 そう。この会社に所属するということは、従業員は「命を賭けて」働く必要がある。ある意味、最悪のブラック会社と言っていい。


 しかし、彼女は、少しもたじろぐことはなく、それどころか、にこやかに微笑み、


「私は、『この国、初のこころみ』という、あなたのキャッチフレーズに惹かれたんです。問題ありません」

 それは、確かに蠣崎が、求人広告を出す時に、ホームページ上に載せた、社是というか、「キャッチフレーズ」だ。


 何しろ、この会社は、日本で初となる、ある試みをしようとしているのだから。


「わかった。しばらくは、仕事がなくて、雑用になるかもしれないけど、女性がいると色々と助かる。よろしく頼む」

 即決で、決めていた。


 関水葵は、立ち上がり、深々と頭を下げたのだった。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 こうして、最初の従業員が加入する。

 社長と、たった1人の従業員によるスタート。


 彼の会社は、日本初となる「民間軍事会社(Private Military and Security Company=PMSC)」だった。

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