第9話 花火大会の夜 君とあの世で
【花火大会の夜】
8月8日
午後3時
おやつどきである。
今日は夏休みの中で一番のイベント。待ちに待った花火大会である。
胡桃と楓翼、未潔は先に花火大会の会場にあるバス停近くに着いていて、後からバスで夏葉とめぐみ、澪と氷花が来る予定だ。
「おーい!くるみーん、ふうちゃー!」
「あ、おーい。夏葉~。」
「お、来たか。」
胡桃と夏葉、めぐみは浴衣で、楓翼と澪は甚平という姿で、未潔は私服である。
「こんにちはー。」
「よっ。」
「みなさん、こんにちは。」
澪が持つノートパソコンには氷花が浴衣姿で映っている。
「お~、ひょうちゃんも浴衣なんっすね!とても似合ってるっす!」
ノートパソコンは夏葉に託され、みんな揃ったところで、屋台が並ぶ道へ向かう。
結局、この前のUFOでの滅びの魔女については、自由度の高いゲームで新しいスキルを作り出したり、見つける事ができるので、ああいう魔法もあるのだろうという話になった。
「外出なんて久しぶりだな~。花火は実際に見たことないから、今から楽しみだぜ。」
「そうなのか?このお祭りの花火大会は有名でな。見応えがあると思うぞ。」
ゆっくり組の澪と楓翼、未潔の3人は、アクティブ組の胡桃と夏葉、めぐみの後ろで横並びに歩き、会話を弾ませている。
「あ、見てみて!チョコバナナ売ってるよー!」
「あっ本当ですね。」
「私、買ってくるっすよー!」
そういってチョコバナナの屋台に突っ込んでいく夏葉。
夏葉は何か買う時、必ず全員分を買ってくるのでゆっくり組は特に何を買う事もなく、最早お金を夏葉に預けているくらいだ。
そうして楽しく屋台を回っている間に日も暮れ始め、花火を見る前にトイレに行って来ようという話になり、胡桃と未潔だけが外で2人きりになる。
鼻歌を歌いながら空を眺める胡桃を見ながら、未潔はさりげなく訊く。
「胡桃さんって、楓翼さんの事好きなんですか?」
「ん、え⁉……未潔さん、きゅ、急にどうしたの?」
明らかに動揺している胡桃。
「いえ、少し気になっただけです。で、どうなんですか?」
「う、え、まあ、小学生からの幼馴染だし、いつも一緒にいるけど……。」
「はい。」
未潔は真っすぐに胡桃の目を見ている。
「好きだよ、楓翼くんの事。他の誰よりも。」
「……そうですか。わかりました。では、私もそのように動きます。」
「……?」
未潔は言いながら思う。
きっと楓翼さんの相手は私よりも胡桃さんの方が相応しいでしょうね。
「お待たせ。それじゃあ行こうか。」
澪たちが夏葉たちと帰ってきたので、花火が打ち上げられる海の方へ向かう。
「花火楽しみっすね~。」
「うん。でも、すごい人だね。」
海岸には花火を見に来たお客さんで賑わっており、人の少ない前の方に行くにはこの人込みを進んでいかなければならない。
「皆さん、はぐれないように注意して下さいね。」
めぐみが注意喚起をして、先頭に夏葉とめぐみ、真ん中に胡桃と楓翼、後ろに澪と未潔という順で人込みの中を進む。
「胡桃。」
楓翼くんの声に顔を上げると、彼は私に手を差し伸べていた。
「はぐれないようにな。」
「う、うん。」
私はその手を取って、人込みの中を進む。人が多いせいで、きっと前方は後方にいる夏葉や澪には見えていないはずだ。
楓翼は先頭を行くめぐみと夏葉に置いて行かれないように必死に着いていくが、どんどんと距離が離れていく。
すると、胡桃が腕を引いてジェスチャーをする。ついてきてっという事らしい。
「あれ?胡桃たちがいませんよ。人込みではぐれたんでしょうか……。」
「ホントっすね。まぁ、花火は私たち2人で見るとしますか。」
人込みを抜けためぐみたちは、後ろから胡桃たちが来ていない事に気が付く。しかし、夏葉は探しに行こうとするめぐみを止める。
「いいんですか?探しに行かなくても?」
「いいんっすよ。さあ、早く行きましょう。いい席がなくなるっすよ。」
一方、澪は屋台から外れて路地裏に入っていた。
「聞こえるか、そよ風。」
ポケットから小さな機械を取り出して耳に装着する。すると、機械から雑音が聞こえた後に音声が届く。
「はい。」
「急にすまない。緊急任務だ。横浜の花火大会に来てくれ。」
「偶然ですね。今、そこにいますよ。」
「そうか。なら、話は早い。そこにいる……」
「ここにいる、あの怪しい人物たちの計画を阻止しろ、と。」
「……そういう事だ。気づいていたか。」
「はい。」
「だが、少し違う。」
「?」
「奴らを殺せ。奴らは危険な存在だ。」
海岸と隣接するビルの1つ。そのある階で未潔は廊下を静かに歩いていた。
スカートをめくって太ももに巻き付けられた拳銃を取り出す。
廊下の角を曲がると見張りらしき男が2人立っていた。
「ん?お嬢ちゃん、ここは君みたいな少女が来る場所じゃないよ?分かったら、さっさと帰りな!」
「失礼。急ぎなので。」
バタッ
見張りを倒し、スライドドアを開けて中に入る。
「なっ、見張りはどうし……」
バン!
中年の男はそこで言葉を切り、額に銃弾を受けて倒れた。
一言も発せさせず、次々と発砲し、ヘアピンをクナイの如く投げてスナイパーライフルの引き金を止める。
慌ててスナイパーライフルで狙撃しようとしてスナイパーは、引き金引こうとするがヘアピンがしっかりと挟まっていて引こうにも引けない。
「……!」
頭と蹴り飛ばして狙撃を阻止されたスナイパーを倒し、最後の1人。
サングラスをかけた黒スーツの大柄な男。
男の正面に立ち、未潔は名乗る。
「コードネーム『そよ風』。静寂の中で吹き荒れて参りました。」
黒光りする拳銃を男の額に向け、引き金を引く。
バンッ!
全て片付け終わり、花火の光に照らされるビルのとある階から、未潔はスナイパーが狙っていたターゲットを確認する。スナイパーライフルの銃口は、屋台の人込みを避けて海岸付近に座っている男女の女子の方を狙っていた。
未潔はそれが楓翼と胡桃だという事を分かっていた。大体予想はついていだが、なぜ胡桃が狙われたのかまでは分からない。
最後に未潔は2人を見つめてから、窓ガラスの割れたビルの一室から出て行った。
その顔はどこか悔しそうな、隠し切れないくらいの切ない表情だった。
バンッ!
「あ、花火始まったよ!」
「おー。」
始めは黄色の大きな球状の花火がパッと開き、キラキラと星屑のような火花を残して消える。
次々と色とりどりの花火が打ちあがっていく夜空をしばらく無言で見続ける2人。
「ねぇ、楓翼くん。」
「なんだ?」
胡桃は空を見続けながら言い、楓翼も空を見ながら訊く。
「私、楓翼くんと同じ高校に入れて良かった。クラスも一緒になったし。今、こうやって花火を2人で見られて、本当に良かった。」
「ああ。」
花火を見ながら楓翼静かに答える。
「楓翼くん。私も未潔さんと同じでね。こんな日々がずっと続けばいいなって思うんだ。」
胡桃は楓翼の方を微笑みながら見る。
「胡桃さん?」
楓翼が胡桃の方を見ると、その呼びかけに不満でもあるのか頬をぷくーっと膨らませる。
「あのさっ楓翼くん!私たちもう結構長い付き合いだよね?」
「あ、ああ。」
いきなり胡桃が怒ったように、しかし可愛く言い始め、楓翼は少したじろく。
「なのに、なんでまだ『さん』をつけて私を呼ぶの?」
「いや、胡桃さんが俺を『くん』付けで呼ぶから、俺は『さん』付けで呼んだ方がいいかなと思ってだな。」
ちらちらと右上を見ながら言う楓翼。
「ふーん。そんな風に思ってたんだ。」
顔を近づけてくる胡桃。
「じゃあ。」
と言って元の位置に戻り、砂浜に手をつく。
「今から、私の名前を呼ぶときは『さん』付け禁止!呼び捨てで構いません!でも、私は貴方を『くん』付けで呼びます!」
得意げに言う胡桃だが、楓翼は納得いっていないようだ。
「いや、しか、し……。」
途中で胡桃にりんご飴で口を塞がれ、胡桃は人差し指を立てる。
「これは強制です。否定は受け付けません。」
そういってりんご飴を楓翼の口から離す。
「わ、わかった。胡桃。」
「それでよろしい。」
胡桃は微笑みながら上機嫌で上目遣いに言ってくる。
「あともう1つお願いがあります。」
「なんだよ。」
胡桃は笑顔を崩さずに楓翼と目を合わせる。
「ずっと私のそばにいてください。」
楓翼はしばらく胡桃と見つめ合う。
「ああ。分かった。ずっと胡桃のそばにいるよ。」
「約束だよ?」
「ああ。約束だ。」
胡桃は安堵したように、もう一度空に打ち上げられる花火を見上げる。
そして、楓翼に近づいてその肩に頭を乗せる。
夜空に打ち上がった花火は春の花のようにパッと咲き、夜の闇に無数の光の筋を描いて、雪のようにキラキラと美しく輝きながら儚く消える。
しかし、誰の記憶からもその美しさは消えず、一生残り続けるのだ。
【君とあの世で】
8月31日
放課後。
「明日の文化祭のために、今日中に仕上げてください!終わったところは別の分担の人たちの手伝いをしてください!」
長いようで短い夏休みが終わり、胡桃たちは早速9月の文化祭に向けて準備を進めていた。そして、ついに明日は文化祭当日。
前日の今日は部活がないので、クラスメイト総員で明日の準備をしている。もちろん澪にも来てもらい、楓翼の分担を手伝ってもらっている。
「ついに明日か。」
「楽しみだね!楓翼くん!」
「ああ。楽しもうな胡桃。」
胡桃の分担は教室と廊下の飾りつけだ。お馴染みの折り紙を縦長に切ってわっかを作って繋げたり、このクラスでは喫茶店をするのでメニューを作ったりするのが主な仕事だ。
「よし、こんなもんっすかね。」
完成した教室を眺めて夏葉は一息つく。
「結構、再現度高いな~。」
「クラスのみんなでこだわって作ったからな。それなりに自信はある。」
澪とクラスの後ろに立って全体を見ながら、楓翼は自慢げに言う。
「みんな!今日はお疲れ!もう下校時刻だから早く帰って明日に備えよう!」
学級長がみんなに呼びかけをする。彼らがこのクラスを統括してくれて、作業もスムーズに進み、ここまで再現度高く喫茶店を作ることができた。
「じゃあ、帰ろっか、楓翼くん。」
「ああ。じゃあ、また明日な澪。」
「おう。」
澪に手を挙げ、澪もまた挙げ返してくれる。
校門前。
「夏葉もまた明日。楽しもうね!」
「もちろんっす!じゃ!」
夏葉は右に曲がり、私たちは真っすぐ進む。いつもなら胡桃と楓翼、未潔の3人で帰るのだが、今日は未潔が楓翼の母に夕食のお使いを頼まれているのでいない。
「あ、今日は珍しく赤だ。」
家と学校の間にある交差点で2人は止まる。
何台か車が走りすぎ、歩行者用の信号機が赤から緑に変わる。
胡桃が先に行き、そこで楓翼は違和感を覚える。
……?何だこの違和感は……。
緑になった歩行者用の信号機に、胡桃が渡ろうとしている横断歩道。
そして、楓翼は反射的に分かる。
目の前で横断歩道を渡ろうとしている胡桃を止めなければならないと。
「まて‼胡桃‼」
「え?」
刹那。胡桃の鼻先をトラックが通り過ぎていく。
トラックはそのまま前進し、左から来た車に轟音を立てて衝突して火をあげる。
「ッ‼」
楓翼は胡桃の肩を掴んだまま、即座に信号機を見る。
先程の違和感の正体。それは車用の信号だった。4方を向く信号機、その全てが緑に光っていた。つまり、車用も歩行者用も全て青信号なのだ。
「どうなってるんだ……。大丈夫か?胡桃。」
「ああ、うん。大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけ。」
「今日は早く帰ろう。」
「うん。」
楓翼に連れられて横断歩道を渡る胡桃。その右目はまた濁った水色に淡く光っていた。
2つ目の中庭と呼ばれる弓道場。
そこで今日も1人。残って弓を射っている女子生徒がいた。
射った矢はいつも通りに、瞬時に消えて的の真ん中に命中する。
「お前が風上か?」
突然、弓道場の入り口の方から男の声が聞こえてくる。そこには背の高い、目まで前髪を伸ばした男子生徒が立っていた。
「貴方は?」
「ついに来たー!」
校門の前で万歳をする夏葉。
「おお~。」
「凄いですね。」
校門前に並ぶ屋台の量に胡桃と未潔は驚く。どれも面白そうなお店ばかりだ。
教室に入って準備をし、いよいよ文化祭が始まる。
胡桃と夏葉は喫茶店の店員の制服を着て、接客をする。楓翼と未潔はバックヤードで料理を作る。楓翼はよく母の代わりに夕食を作るので料理は得意なのだ。未潔はスパイとしてのスキルで、大抵の料理は材料さえあればできる。
「オムライス2つとバンバーグ3つお願いしまーす!」
「こちらパンケーキになります。」
みんながみんな忙しそうに教室の中を駆け回っている。
「大繁盛ですねー。」
「あ、めぐみ~。いらっしゃいませ~。」
仕事が休みなのか、めぐみが来店する。胡桃はめぐみを席まで案内すると、注文を取る。
「ご注文はいかがしましょうか?」
「お~、メニューが結構そろってますね~。じゃあ、オムライスでお願いします!」
「はい。承りました~。」
5分後。
「お待たせしましたー。オムライスになりまーす。」
「おっ、早いですね。いただきます。」
胡桃はその場に留まって、めぐみが食べる様子を見ている。
「うん!普通に美味しいです!」
「ありがとうございます!このオムライスは楓翼くんが作ったんですよ~。」
なぜか胡桃が得意げに言って見せる。
「そうなんですか⁉楓翼さんって料理できたんですね……。」
「ねぇ、めぐみ。私たちこの後休憩なんだけど、良かったら一緒に屋台回らない?」
「ん、いいですよ。私も午前中は暇ですし。」
オムライスを口に含みながら、めぐみは言う。
「やっと、休憩っす~。意外と疲れるもんっすね、接客って。」
「はは。そうだね~。でもちょっと楽しかったかも。」
「俺はずっとオムライスやら、ハンバーグやらを作り続けで腕が重い。」
「私もです。」
シフトし、胡桃たちは休憩時間に入っていた。
「4人ともお疲れ様です。」
「あー!お腹空いたっす!取り合えず、そこのたこ焼き買ってくるっす!」
「私も食べたいです!」
誰の言葉も聞かずに夏葉は走り出し、たこ焼きを買ってめぐみと食べながら帰ってくる。
「じゃあ私はクレープ買ってこようかな。楓翼くんは何味がいい?」
「ん?買ってきてくれるのか?俺はチョコがいいかな。」
「了解です!」
胡桃は廊下で売り出しているクレープ屋さんに直行する。
「じゃあ、俺も何か買うか。」
楓翼は周りを見渡す。すると、近くにいい感じの店を発見した。
楓翼はそれを3人分買い、1つを未潔に渡す。
「やるよ。」
「いいのですか?」
「ああ。おごりだ。」
「ありがとうございます。」
そして夏葉たちの所まで戻ると、ちょうど胡桃が戻ってきた。
「はい。楓翼くん。未潔さんも。バナナにしちゃったけど大丈夫だった?」
「ありがとうございます。大丈夫です。」
「ありがとう。俺からも、はい。これ。」
「え⁉ありがとう!」
楓翼は店で買ってきたフルーツアイスを渡す。給食で出るフルーツポンチをアイスにしたようなものだ。
それから、胡桃たちは校門近くの屋台を見に行く。焼きそば屋さんなど飲食店を始め、お化け屋敷などの店も見られる。
「ん?」
いろいろなお店を見ていると、1人の男子生徒が目に入った。
「あれ?どうしたんだろ?」
楓翼たちも彼女たちに気づき、しばらく遠くから見る。
よく見ると女子生徒が追い詰められていて、何やら暴言を吐かれているようだった。
「あの人何してるの⁉私、ちょっと言ってくる!」
それを見ていた胡桃が怒って男子生徒に近寄ろうとする。
すると、先程から無表情だった少女が不意に不適な笑みを浮かべた。
「……⁉」
少女の黒髪が白に染まっていく。まるで細かな砂で出来ているかのように髪がサラサラになり、艶やしっとり感など全くない、乾ききったサラサラの白髪になる。その異質な白髪からは小粒の雪の様な灰が空気中を舞っていた。
服装はいつの間にか白いワンピースを着ていて、肌は蒼白になり、その目も白色で、まるで正気が宿っていない。
あるのは狂気だけだった。
闇。
それは誰しも心に抱える、いつもは見せない裏の顔。
それは不安、怒り、憎しみ、嫉妬。人によって様々にある。
心の闇は大きくなるにつれ心身を蝕み、膨れ上がる。
限界に達したとき人は……。
限界に達したとき人は、闇を爆発させて全てを消し去る。まるで真っ白の紙のように。
「あれは……あの人は……。」
「滅びの魔女。俺たちがUFOで戦った魔女だ。間違いない。」
「ふふふ。ふふふっ。ふふふふふ‼」
突如として彼女から爆風が巻き起こり、近くにいた男子生徒は吹き飛ばされる。
滅びの魔女は浮き上がって生徒玄関前の屋根の上に浮くと、一言。
「遊びましょ‼」
言うと同時にどこからともなく矢が飛んできて、地面に突き刺さる。すると、そこから狼が、UFOのダークウルフが召喚された。
ダークウルフは次々と周りにいた人たちに嚙みついていき、鮮血が周囲に飛び散る。
「噓だろ……なんでUFOの狼がここに……!」
「遊び……?これが……?許さない……絶対に……命を何だと思ってるんだ‼」
その声を上げたの胡桃だった。そう言えば、彼女は昔から命を大切にしていた。
「胡桃!」
楓翼は叫ぶ。だが、今の胡桃には声が届かない。
「ふふっ!」
滅びの魔女は腕を一振りすると、胡桃は横から飛び込んできた狼にぶつかって地面に転がる。
「胡桃‼」
このままでは、胡桃が……!今、あの剣が手元にあれば……!UFOの装備があれば!
楓翼は心の底から願った。彼にとってあの剣は魂に結びついたものだった。
誰かを守れるような存在になりたい。その一心で楓翼は今まで剣を振るってきたのだ。
誰を守りたい?俺は誰を守りたいんだ?
俺が今守りたいのは、胡桃だ!この学校の生徒たちだ!
彼の右手に光が集まる。
それはある形になり、楓翼は目を見開く。
それはUFOで愛用していたあの剣だった。
一機に力がみなぎる。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」
楓翼は思いっきり剣を振り、胡桃に飛びかかろうとしている狼を真っ二つに切断する。
「楓翼くん!」
「ああ。2人でいくぞ!」
胡桃の右目が水色に淡く光る。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
2人で剣を持って跳躍し、滅びの魔女へ向かって突っ込む。
「うっ!」
滅びの魔女は右手をこちらに向けて、滅びの力を使う。
しかし、なおも剣の進行は止まらず、右手が弾き飛ばされたかと思うと、その胸に剣が突き刺さった。
彼女の滅びの力よりも胡桃と楓翼の絶対的な思いの方が強かったのだ。
滅びの魔女はテレビのノイズのように姿にノイズが入り、消滅した。
「やったのか……?」
楓翼は呟く。
「うん!やったね!楓翼くん!」
「ああ!」
他に出現した狼は夏葉は頬木の柄を振り回して対抗し、未潔は拳銃を使って狼を倒していた。
「これで、終わりな訳がないだろ。」
響いてきたのは男の声。
生徒玄関前に立つその男は先程、滅びの魔女に吹き飛ばされた男だ。その横に立つのは黒いサングラスをかけてスーツ姿の高身長の男。
「パーフェクト、俺と勝負だ。」
「パーフェクトだと?」
「そいつの事だ。胡桃とかいうな。」
「は?どういう……。」
「楓翼くん。ちょっと待っててね。」
「胡桃?」
胡桃は男子生徒と正面から向き合う。
「よぉ。久しぶりだな、パーフェクト。」
「すみませんね。まだ記憶を完全に取り戻せていなくて、貴方が誰か分かりません。」
「はっ!平和ボケしたか。まあいい!」
男は人間の域を超えた速さで胡桃に接近してくる。
胡桃の右目が水色に光輝く。もう淡くはない。もう濁ってはいない。
その目に色々な形が現れる。ターゲットを追う正方形。右上には様々な数値。左には英語と数字が組み合わさった複雑な分が目にもとまらぬ速さで流れている。
胡桃は片手で男のパンチを受け止めた。
しかし、そこからは何が起こっているのか分からなかった。
分かったのは最後だけ。
男の腕が胡桃の胸を貫いている所だけだった。
「胡桃‼」
男は舌打ちして腕を抜き、サングラスの男に言う。
「帰るぞ。これでこの世界でやることは終わった。」
楓翼は胡桃のそばに駆け寄って抱える。
「胡桃……!」
「楓翼くん……」
いつもの胡桃とは思えない弱弱しい声音で胡桃は答える。
「死ぬな!死なないでくれ……!」
「ごめんね。楓翼くん。ずっと一緒にいるって約束、私の方から破っちゃった。」
「胡桃は悪くない。悪いのは俺だ……。胡桃を守ってやれなかった……!」
「うううん。楓翼くんは私をたくさん助けてくれたよ。私が返し切れなかっただけ。」
大粒の涙を流す楓翼。
「くるみん!」
「夏葉……短い間だったけど、ありがとう。私の友達でいてくれて。」
「ダメっす。まだ……私は、まだくるみんと一緒にいたいっす!」
「うん。……私も一緒にいたかった。まだみんなと離れたくないよ……!」
胡桃の頬に二筋の涙が流れる。
「ごめんね、みんな、ありがとう。」
その言葉を最後に胡桃の姿にノイズか入り、消えていく。
「あ、ああ……」
瞼を閉じた、その顔が楓翼の目に焼き付く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!!!」
その叫びは学校全体に響き渡る、絶叫だった。
夏葉は走っていた。
ただひたすらに、どこといいう目的地もなくただ走っていた。
彼女は泣いていた。涙を風で飛ばしながらでたらめに走っていた。
バタッ
膝と肘を擦り剝いて血が滲む。
「いったっ……。」
空は曇っていた。
そこからは白い粒が無数に降ってくる。
雪だ。
それとともに金色の札が夏葉の目の前に落ちる。
赤くなきはらした目でその正体を確認する。
「これは……。」
それは七夕で書いて笹に吊るした夏葉の短冊だった。
楓翼は自宅にいた。
ベッドにうずくまり、ただひたすらに泣いていた。
何も見えない。何も感じない。
信じられなかった。
ただ虚無感が楓翼を襲う。
泣き疲れて、楓翼は眠ってしまった。
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