第4話 新世界へようこそ
【新世界へようこそ。】
「ただいまー。」
私は玄関に入り、靴を揃えて脱ぐ。リビングに通じるドアは全開になっていて、キッチンから母の声が聞こえてきた。
「お帰り~。もうすぐご飯できるからね~。」
「はーい。」
そのまま2階へ上って自分の部屋に入る。まるで取り落としたかの様にカバンを床に置いて、制服を着たままふらっと上を向いてベッドに倒れこむ。
「ふぅ~。」
肩の力を抜き、肺に溜まった空気を全て吐き出して一気に脱力する。心地よいベッドの感触に身を任せながら、瞬間的に今日1日の出来事を思い出す。
今日はなぜか詰め詰めの授業だったし、抜き打ちテストもあった。部活中に楓翼くんと宿題をしてきたので、授業内容は大体理解できたし宿題も片付いた。
私は目を瞑り、ゆっくりと空気を吸い込んだ。
「まだかなぁー。」
確か今日届くはずなんだけど。
デスクトップパソコンに接続されたヘッドホンを顔を傾けて見る。
あと1つだけ足りないものがあった。
つまり、このヘッドホンが本来の目的で使用された事はまだない、という事だ。
「ご飯できたわよー。」
「はぁーい。」
私はゆっくりとベッドから起き上がり、階段を下りてキッチンに向かう。
「いただきまーす。」
今日の夕食は白いご飯に味噌汁とおかず。超和風だ。
テレビでは、最近不安な内容ばかりだったニュースが、今日は楽し気な話題を取り上げていた。
タイトルは「大流行のMMORPG」だ。
「ママーあれ届くの今日だよねー?」
「そうねぇ。もうすぐ来るんじゃないかしら。」
しばらくの沈黙。
ピーンポーン
「ほら来た。」
「へ⁉ママ、もしかして予言者⁉」
母は得意げな顔で洗濯物を畳んでいる。
私は玄関に向かうと、ドアを開けて配達員さんからタブレットサイズの小さな段ボールを受け取る。
「こちらお届け物になりまーす。」
「ありがとうございまーす。」
私はキッチンに戻ると、ひとまず段ボールを机に置いて食事を再開した。
「今大流行のFD型MMORPG、〈U・F・O〉。UFOは〈ユニーク・ファンタジー・オンライン〉の略称で、FD機能にいち早く対応したオンラインゲームです。」
ふと私はUFOを買う際の紹介文を思い出す。
可能性は無限大。戦闘スタイルも戦法も、料理も探索も、プレイヤーとの関係も操作も、スキンやスキルまで、全てが自由。広大なワールドを駆け巡るもよし、数々の敵に挑むのもよし、家を買って新たな生活を送るのもいい。
完全完璧のアニメ調。個性を自在に表現できる幅広いキャラメイク。新しいスキルの発見、発明。戦闘特化の操作や小さな動作の操作。エモさ×高画質で最高のグラフィック。
目指すは本物の異世界。
今、翼は託された。
全てのプレイヤーに、自由と、楽しさを。
ちょくちょく言い換えや抜けている部分はあるけどこんな感じ。
何故にこんな長い文を暗記できているのかというと、ソフトが届くのが待ち遠しすぎてUFOのホームページを何度も開きまくっていたから。PV動画も9回以上見たし。
故に私はこのゲームにドハマりすること間違いなしだった。
「ごちそうさまでしたー。」
夕日は完全に沈み、外はすっかり暗くなった。
私はお皿を片付けて段ボールを持ち、2階の自分の部屋に戻る。
早速開封して、パッケージを保護している薄いビニールを破いてソフトを取り出す。
SDカードより一回り大きめのソフトだ。
充電しておいたヘッドホン型のFDキーにソフトを差し込む。
昨日届いたばかりの新品で、部屋の照明がピカピカのホワイトカラーを照らす。
「確かパソコンにつなげるんだよね。」
パソコン本体に接続したまま、そっとヘッドホンを耳に当ててベッドに横たわる。
いよいよ、待ちに待ったゲーム初プレイの時が来た。
口で息をゆっくりと吸い込む。
そして、
「ダイブスタート!」
システムの起動に合言葉はないが、ついつい叫んでしまった。
「……じゃなかった。」
自分に呆れながら耳横の電源スイッチをONにしてしばらく目をつむる。
これが正しい起動方法。
しばらくの暗闇。
……。
黒が徐々に白へ変わってゆく。
完全に白に染まった時、私は落下していた。
肌に吹き付ける風の感触と、下から上へ流れてゆく水色のラインで分かった。
そして、丸い白い床に降り立った。
「ようこそ。ユニーク・ファンタジー・オンラインへ。」
無事、起動に成功した。
「うわぁ~綺麗~!」
床は宇宙空間を浮遊していた――、否、ここは宇宙ではなく、次元の狭間だった。
「まずは、種族を選択して下さい。」
システムはそういうと、透明な電子パネルを表示して選択肢を示した。
そこには、〈人族or魔族〉と書かれている。
胡桃は迷わず〈人族〉を選択し、次に〈人or亜人〉の内、〈人〉を選択した。
「次にキャラメイクへ移ります。身体のスキャンを開始。」
システムは鏡を出現させる。
そこには、白ワイシャツの上に茶色の上着と短パンを着た胡桃が映っていた。
「うお~。いかにも駆け出しって感じ!」
見た目だけ完全なる駆け出し冒険者となった胡桃。カチカチの制服とは違ってよく伸び縮するのでとても動きやすそうだ。それにより、いつも以上に体の線が目立つ。
「よし!こんな感じかな。」
髪はボーイッシュぽいショートにして艶やかなクリーム色。
目は、元の色の明度を少し上げて明るく透き通った茶色。
緑色の4輪リボンを髪に巻き、髪を耳にかけている。
その他は特に何もしていないが、ご本人はそれで満足のようだ。
「よーし。前髪もちょっと切ったし、視界良好!頭軽い!この髪型も中々いいなぁ。」
長い髪は戦闘時に不利になるかも。だから切りました。私はロングの方が気に入ってるんだけどね。
そう言って胡桃は完了を押すと、パネルに図が表示された。
〈無〉を中心として6方へ線が伸びている。
上から右へ〈火〉、〈光〉、〈岩〉、〈水〉、〈闇〉〈風〉の全7属性。
「魔法属性を選択して下さい。選択した属性はプレイヤーとの結びつきが強くなり、攻撃力が増加したりスキルのクールタイムが短くなったりします。対角の属性のスキルは獲得できませんがその他の属性は可能です。無属性を選択した場合、7つ全ての属性のスキルを獲得できます。」
「つまり、〈火〉を選んだら〈水〉は使えないって事だよね。うーん……。じゃあ、〈無〉属性にしよう。全属性の魔法、使ってみたいし。」
胡桃は図の真ん中にある〈無〉を細い指でタップした。
「次へ進みます。スタートダッシュ記念として、初期ステータスポイント30ptを獲得しました。振り分けを行って下さい。このポイントは、プレイヤーの戦法や使用する武器などに大きく関係します。」
システムが言い終わると同時に画面が切り替わり、7角形のグラフと説明が出てくる。
ステータスは、物理攻撃力(物攻)、物理防御力(物防)、魔法攻撃力(魔攻)、魔法防御力(魔防)、素早さ(素)、魔力量(魔量)、体力(HP)の7つだ。
「ほほう。つまりは自分がどうなりたいか、と言う事ですな。っていうか(素)って略しすぎでは?」
さり気なく突っ込む。が、もちろんシステムは無反応。冷却装置の音さえしない。
「悩みどころだなぁ。ステータス。うーん……。じゃあ、私は魔法戦闘型にしようかな。近距離の特攻型なら、もっと相応しい人がいるし。」
戦闘シーンを思い浮かべながら、私はポイントを魔量20pt、素10ptずつ振り分けた。
「魔量は多くなきゃ。素早さもそれなりに必要だから、ポイントの3分の1くらいかな。私は遠距離から戦闘状況をじっくり観察してサポートするタイプだからね。」
――これが私の戦法。
「本当にこのステータス振り分けで良いですか?初期ステータスポイントは貴方の戦法や使用武器などに大きく関係します。」
何の迷いもなく胡桃は確定を押した。
「最後に、プレイヤーネームを設定して下さい。」
「うーん……。そうだなぁ。」
胡桃は考え込む様に言う。樹形図の様に脳内の知識を探り、1つの実にたどり着く。
「確定っと。」
「以上で全ての設定が完了しました。データはFDキーに保存されます。それでは、ユニーク・ファンタジー・オンラインの世界をお楽しみ下さい。」
「おお!」
ついに待ちに待ったこの時が来た。
発売初日にプレイする事は出来なかったものの、あの壮大なスケールのMMORPGをプレイできるのだ。しかもFD機能を使って。胡桃は期待に胸をはずませる。
そして、忘れ物がないか確認するように電子パネルを見る。
最後、そこに表示されていた一文に胡桃は驚いた。
「飛び降り、〈世界〉へダイブしよう……。こめじるし、のこりごびょうで、ゆかがしょうめつします……。え⁉飛び降りるって、ここから⁉」
おろおろしている間に白い床が点滅し始める。
その時、ふと視界の端に人影が映った。
顔を上げてみると、胡桃と同じ駆け出し冒険者の服を着た少年がいた。
点滅する白い床に凛々しく立つその姿は、焦りはおろか緊張さえ感じられない。
「あれ?もしかして……。」
黒髪に黒目。きっとキャラメイクなど全く行っていないのであろう。しかし、その顔立ちにはいつもの幼げな雰囲気は残っていなかった。
――そこには楓翼が立っていた。
楓翼はゆっくりと重心を前にずらすと、何の怯えもなく〈世界〉へと真っ逆さまに落ちていった。
「やっぱり楓翼くんだ。お~。怖くないのかな。」
小さくなっていく楓翼を立ったまま床から顔を出して、見下ろしながら胡桃は呟く。
自分の置かれている状況を忘れて。
足場の点滅がMaxスピードで速くなる。
そして、
――ズルッ。
「あ。」
ついに、
足を滑らせた。
「あわわわわ!これ、死ぬ!」
青ざめた顔で「背中から」真っ逆さまに落ちてゆく胡桃。
必死に下を見ようと試みるが、下から吹き付ける強い風に耐えるのに精一杯だ。
一気に恐怖が押し寄せてくる。
まさかこれで落下死するなんてきっとない。大丈夫。大丈夫……。けど、怖い……。
思考を切り替え、覚悟を決めて目を固く瞑る。余った涙が目の端からあふれて宙に浮いた。暴風の音と風圧で意識を失いそうだ。
――。
不意に、背中に何かが優しく触れる感触がした。
それは私を安心させるかのように抱き、誰かが私の手を握った。
「大丈夫か?」
耳の中に鳴り響く轟音の中でその声だけは、なぜかはっきりと聞き取れた。
パッと目を開けると、目の前に楓翼の顔があった。のぞき込むようにして私を見ている。
「楓翼くん……?」
「背中からダイブするなんて、危ないじゃないか……。胡桃。」
楓翼くんは少しほっとした様に瞼を閉じた。
「あわわわわ!楓翼くんん!私、バンジージャンプとかした事ないのー‼」
「大丈夫。大丈夫。ちゃんとした姿勢で飛べば大丈夫なはずだ。」
涙目で言う私に驚いてから苦笑いの楓翼くん。私はすっと泣き止む。
「どうして私って気づいたの……?」
「俺が見間違えるわけないだろ。いつも一緒にいるんだし。」
楓翼くんはそっけなく言うと、私の両手を握って私が正しい姿勢でダイブできるように手助けしてくれた。
「大の字になるんだ!そうすれば減速する!」
「わ、わかった!」
片手をつなぎ合いながら2人で大の字になると、空気抵抗が大きくなりバッと落下速度が減速した。
そのまま真下の小さな町へと落ちてゆく。
2人は顔を見合わせると、自然と笑顔があふれてきたのだった。
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