景観保護課のカホゴさん

安崎依代@1/31『絶華』発売決定!

前文

 読者諸君は気になったことがないだろうか。


 バトル漫画で派手に破壊された建物。盛大に爆破された公園。更地に返った町。


 そんな背景が、次の描写ではあっさりと元通りに描写されていた時、あの完璧にして迅速な修復作業を一体誰が行っているのだろうかと。



 これはそんなバトル漫画の裏で、誰にも悟られずひっそりと戦う『ヒーロー』達の物語である。




 .・°・. 。.・°・. 。.・°・. 。.・°・.




 電話が、鳴っている。


 トゥルルルルッ、トゥルルルルッという呼出音は、無機質なくせに妙に『ご多忙の折恐縮ですが、用事がありますので何をしていても私の話を聴いてください』という声高な主張を感じる。下手に窓口に生身の人間が現れるより厄介だ。


 そう、特に……こんな風に、同課の人間が全員出払ってしまっている時は。


 窓を背にした、いわゆる『お誕生日席』に据えられた己のデスクでひたすらパソコンのキーボードを叩いていた嘉穂かほは、モニターから顔をそらすことなく自席の電話に手を伸ばした。そのまま一切受話器を見ることなく嘉穂は受話器を肩と耳で挟んで口を開く。


「はい、羅野辺らのべ市役所景観保護課……」

『助けてください嘉穂課長っ!!』


 しかし次の瞬間、嘉穂はそんな己を呪った。


 キーンッと鼓膜を突き破る勢いで響く声。その背後からは鉄筋コンクリートのビルを爆破しているような爆音。受話器を当てた耳だけではなく音が突き抜けた反対側の鼓膜まで破れそうな騒音に嘉穂は思わず弾かれたように首を反対側へ倒す。支えを失った受話器はポロリと机の上に落ちるが、受話器の向こうから響く絶叫と爆音はそれに構うことなく続いているようだった。


 そんな受話器を眉間にシワを寄せながら見つめ、嘉穂は重苦しく溜め息をついた。


「……状況は、分かった」


 正直、耳をやられてしまったから、何と喚いているのか詳細な内容は分かっていないのだが。


「今から向かう」


 だが嘉穂の鼓膜を破りかけた声の主が己の部下であることと、部下がに駆り出されていることが分かっていれば、状況は自ずと分かるものである。


 嘉穂は受話器をこれ以上自分に近付けないように細心の注意を払って持ち上げると本体のしかるべき位置に戻した。カチャリと穏やかな音が響いた瞬間、信じられないくらい平穏な静けさが戻ってくる。


 嘉穂はもう一度重く溜め息をつくとずり落ちてもいない黒縁メガネのブリッジを左中指で押し上げて直した。


 どうして自分はこの静かな平穏を噛みしめることさえ許されないのだろうか。


 しかし嘆いていても仕方がないのも事実である。


 積まれた仕事は片付けなければならない。市民の平穏と町の景観は守らなければならない。


 それが羅野辺市役所景観保護課を預かる嘉穂の責務である。


 嘉穂は椅子を引いて立ち上がると窓口に札を立てた。


『ただ今職員が現場に出払っております。ご用のお方はお隣の「町づくり推進課」へお声がけください』という文字の隣でペコリと頭を下げるゆるキャラだけが、溜め息をつきつつフロアを後にする嘉穂の背中を見送っていた。

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