第2話


「フローラ、今投げるから受け取って。」



 木に登ったサイモンが、紙飛行機を下で待つフローラに向かって飛ばした。

 弧を描くように飛んだ紙飛行機を走って追いかけるが、先にサイモンの兄であるファウエルが手を伸ばし捕まえる。


「ファウエル兄さま、ありがとう。」

「どうぞ、愛しのお姫さま。」


 ファウエルはそう言って右手を胸にあて、腰をかがめて紙飛行機を手渡す。


「王子様? ありがとうございます。」

 二人は向かい合い、噴き出して笑った。


 木から滑り降りるように地に下りたサイモンが小走りで駆け寄り、


「フローラ、わざわざ木に登って取ったのは僕なのに。

 兄さんも兄さんだ。手柄を横取りするのはやめてください。」


 そういって頬を膨らませてすねて見せた。


「すまない、すまない。だが、フローラの足では紙飛行機に追いつくのはムリだからね。

 遠くに飛んでいく前に捕まえないと。レディをあまり走り回らせるものではないよ。」


 そう言いながら背を向け、手を肩の上にあげヒラヒラとさせながら庭園の外れにある四阿へと足を進めた。


 四阿にはサイモンとファウエルの母親であるエイデン伯爵夫人と、フローラの母であるアボット子爵夫人がお茶を飲みながら語りあっていた。

 夫人達は従姉妹同志であり、お互いの邸を行き来し合う仲だ。子供たちも自然と同じ時間を過ごすようになり、幼馴染のような関係であった。

 ファウエルは四阿のベンチに腰を下ろし、少し冷めてしまった紅茶を口に含んだ。


 ふくれっ面のサイモンは、フローラを花壇の方へと手を引いて連れ出す。

 それを見ながら夫人たちは「仲良しね」と、微笑みあうのだった。

 その横でファウエルはフローラとサイモンを見つめていた。


 薔薇の咲く方へと着いたサイモンはフローラと向かい合い、その手を両手で握りしめる。


「フローラ。君の王子さまは誰?」


「ごめんなさい、サイモン。私の足では追いつけなくてファウエル兄様が手を貸してくれただけよ。私の王子さまはいつでもサイモンだけ。」


 そう言ってサイモンの手を握り返す。

 その言葉で少し機嫌を良くしたサイモンは、照れながら顔をほころばせ


「僕もごめん。フローラが悪いんじゃないってわかっているのに。」


 二人は少しはにかみながら見つめ合い、笑みをこぼした。

 この穏やかな日々がずっと続くと信じて疑わなかった。




 その2年後、サイモンは15歳の誕生日を迎える。

 サイモンはフローラとの婚約を両親に願い出た。


「父さん、母さん。僕も15歳の誕生日を迎えることができます。そろそろ婚約を結ぶ友達も出始めていますし、僕もこのパーティーでフローラとの婚約を発表したいと思っています。どうかアボット家への取り計らいをお願いします。」


 両親を応接間に呼び出し、サイモンは懇願した。


「僕はフローラ以外と結婚するつもりはありません。もうすぐフローラも社交界デビューするでしょう。その時には僕がエスコートしたいんです。」


 サイモンの熱は冷めぬまま、ソファーに座りながら前のめりになり強い口調で詰め寄った。


「ふぅ・・・」と、父であるエイデン侯爵はためいきをついた。


「お前の気持ちはわかっているつもりなんだ・・・がな」


「だったら、すぐにでもお願いします。」


 サイモンの顔がわずかにほころび、期待をこめて笑みがこぼれた。


「世の中には順番てものがあるんだよ」


 サイモンの後ろから声が聞こえる。

 腕を組み、ドアに寄りかかりながらファウエルが答えた。


「どういうこと?」


 サイモンは後ろを振り返りながら、ファウエルに問い返す。


「この家の摘男は俺なんだよ。まずは俺の婚約が先ってことだ。

 まあ、弟が先に婚約をする場合もなくはないが、お前はこの先の人生がどうなるかもわからない。この家の爵位を継げるのは一人だけ。

 お前が結婚した後、その家族を養えるほど我が家は裕福ではない。お前は家を出て生活の基盤を見つけないうちは、婚約なんて言えた身分じゃないってことだ。」


「ファウエルったら、そんな身も蓋もない言い方をしなくても。」


 そう言って母である伯爵夫人がファウエルをたしなめた。


「サイモン、私たちも両家での縁談を望んでいるのよ。私と子爵夫人は従姉妹ですしね。フローラに嫁いでもらいたいとは思っているの。でもね、色々と考えもあるし、もう少し様子をみてからでも良いと思っているのよ。決してあなたたちの気持ちを考えていないわけではないわ」


 母親の言葉にサイモンは返事ができなかった。

 自分は先の人生のことを何も考えていなかったから。

 とりあえず、兄と同じように王立学園に入学しようとは思っていた。

 でもその先は騎士になるのもカッコいいし、文官になって王室に努めるのも悪くないなと、ぼんやりとしか考えていなかったのだ。


 自分が何も考えていない子供だと、この時始めて思い知らされた。




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