可能なるコモンウェルス〈7〉
国や社会などといったものが考えられているとき、人は何よりもまずそこに「集団」を見出している。一定の人間集団の存在を念頭に置き、かつそれを前提とした上で、その前提に条件づけられたものとして自らの関わり合う国や社会を構想することについて人は何も疑いを持たないし、この前提をしばしば「他の人々」に強いたりもする。
「権力が発生する上で、欠くことのできない唯一の物質的要因は人々の共生である」(※1)とアレントは言う。曰く「権力は人々と共に存続しうる」(※2)ものなのであり、「人々を結びつけておくもの、そして同時に人々の共生によって存続するもの、これが権力である」(※3)と。
ところで、ここで言われている「共生」とは実のところ、いささかも集団を要求しているというわけでは全くないのだが、しかしこのように言われてしまうと、人というものはやはり「ああ、ここでは人間が"集団で生きること"が求められているのだな」というように、容易に受け止めることになるのだろう。これは、「支配−被支配」の関係構造において培われてきた、「経験的な認識の習性」であると言える。そして「権力」というものもまた、このような認識構造において考えられているわけなのである。
一方でアレントは、「権力の唯一の限界は他の人々の存在である」(※4)とも言っている。これは、他者の存在が権力を抑制しているのだという「額面通り」の意味であるよりも、むしろ権力とは「他者に対して存在するもの」であり、また「他者が存在しなければ、権力自体が存在しえない」という意味として受け取ることもできるだろう。「権力の限界」とはすなわち、「それを行使する他者が存在しないこと」において見出される、というわけだ。だから「いかなる理由であれ、自分を孤立させ、このような共生に加わらない人は、たとえその体力がどれほど強く、孤立の理由がどれほど正当なものであっても、権力を失い、無力となる」(※5)という言葉にも、一定の合理性と説得力が出てくるというものである。
孤立者には、その権力を行使する対象=相手がない。逆に言えば孤立者は、そもそも「権力を必要としていない」のである。
話を少し戻すと、ここで言われているような「他者」とは、たとえば「私」がここで権力主体であるというように仮定した場合、その私とは「一体化しえない」という意味でも、他者なのである。つまり私と他者はまさに「集団」といったような、「共に何らかの内部性を形成しうる関係を構築する」ということができないという意味で、互いが互いの「限界」としてある、ということなのである。そしてそのような他者との「共生」とは、当然「外部的」なものとなるはずであろう。
もしも人々との「共生」が、何らかの「集団」つまり内部的な関係構造をもって作り上げられたものであるとしたら、そこで要求される「権力」の発生と存続に欠くことのできない条件が、まさしくそのような仕方での共生であるとすれば、「人はけっして孤立して生きてはいけないのだ」という、「共生の強制」と「孤立の禁止」を人に対して強いてくるのもまた、まさにそういった権力の前提条件ではないのだろうか。何しろ、それなしには「権力自身が生きてはいけない」というのだから。あらためて言うが、孤立した状況では、権力なるものはけっして発生しえないのである。
そのように条件づけられた「人々の共生」として具体的にイメージされるもの、何と言ってもまずそれは「家族および家」として想起されるところとなるだろう。そして何しろ「国家」と言うくらいのものなのだから、今現在のみならずその「起源」においても、国家は家族になぞらえられることが実に多いというのも全く道理なのである。これらの表象は常に容易に、また解き難く絡まるようにして、互いに重ね合わされているものなのだ。それはいずれの場合でも、その成員であることについて個々に何らの選択肢もない、まさに「共生の強制」が要求されているという現実的側面からして、それなりの根拠があるものだというように、一般には見なされているわけであり、かつそのように何の疑念も抱かれないまま受け入れられてもいるところなのであろう。
〈つづく〉
◎引用・参照
※1 アレント「人間の条件」志水速雄訳
※2 アレント「人間の条件」志水速雄訳
※3 アレント「人間の条件」志水速雄訳
※4 アレント「人間の条件」志水速雄訳
※5 アレント「人間の条件」志水速雄訳
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