69 神の特別指導・9日目

♢♦♢


~ローロマロ王国・城~


 イヴとヘラクレスさんの後に続いて移動する事数十分。

 俺達はローロマロ王国の中心に聳える様に建つ1つの城の前までやって来た。


 ここに来るまでの道中、実に95年振りの再会という言葉が気になっていた俺がイヴにウェスパシア様の年齢を聞くと、イヴが初めてウェスパシア様と出会ったのは彼女が10歳の時だと言った。


 つまりウェスパシア様は“105歳”。


 聞いた俺達は当然驚いた。長生きしてる事は勿論、105歳の今尚現役で国王を続けているのもかなり凄い。しかし、神であるイヴやハクにとっては寿命という感覚がよく分からないらしい。生きている様で生きていないものだと。まぁ何とも理解し難い感覚だなこれは。


 人間の俺達からすれば当然であるが、ヘラクレスさんが言っていた通りにウェスパシア様の先は長くないらしい。寿命との事だ。


 ヘラクレスさんの案内され、俺達は大きな城の中を進んで行く。すると、俺達は城の中でも一際広い部屋と通された。


「ヒッヒッヒッ。随分と老けたじゃないか、ウェスパシアよ――」


 部屋に通されるなり、イヴはそう口にした。静かな部屋に声が響き、イヴと俺達の視線の先には大きなベッドとその上に座る1人の女性の老人がいた。その人を見た瞬間、俺は彼女がこのローロマロ王国の国王であるウェスパシア様だと直ぐに理解する事が出来た。


「貴方は全く変わらないわね、イヴ。元気にしていたかしら?」


 俺達に気が付いた彼女はそっと微笑むと、イヴの言葉に口を開いて返した。勿論ウェスパシア様と会うのは初めてだけど、俺はイヴを見て微笑む彼女の表情がとても嬉しそうに見えた。


「神の私を呼び出すとは、アンタも随分と偉くなったじゃないか」

「フフフフ。動けるものなら私が動いていたわ。でもあれからもう95年が経った。私にもお迎えが来ているのよイヴ」

「ふん。私からすれば人間の寿命なんてほんの一瞬さ。寧ろアンタはしぶとく生き過ぎだねぇ。贅沢ばっか言ってるんじゃないよ」


 相変わらずの“イヴ節”とでも言おうか。とても老衰して死が近づいている人に対する言葉ではないが、俺にはこの何気ない2人の会話から、到底他の人達には分からないであろう2人の揺るぎない信頼関係の様なものを強く感じた。


「本当に変わらないわね。“最後”に貴方に会えて良かったわイヴ」

「悪いがウェスパシアよ、私はこんな話をしている暇はない。さっさと本題を聞かせてもらおうか。わざわざ私をここまで呼んだという事は、勿論それなりの価値があるんだろうねぇ?」


 最低限の会話をし終えると、イヴは早速話を切り替えてしまった。ウェスパシア様も分かっていたと言わんばかりにまた微笑みを浮かべると、今度は少し真剣な面持ちで話始めた。


「全ては予知夢の通り。貴方が仲間と共にここに訪れる事も、貴方が再びこのローロマロ王国を“救ってくれる”事もね――」


 ウェスパシア様がそう言うと、イヴは大きな溜息を吐いて肩を落とした。


「はぁ~、勘弁してくれないかねぇ。やはり面倒事だったのかいウェスパシア。私は暇じゃないと言っているだろう。一体何が起きているんだい」

「フフフ、ごめんなさいねイヴ。でも貴方も知っている通り、予知夢で見た事は確実に起きてしまう……。

私は今回の予知夢で、ローロマロ王国が“襲われる夢”を見たわ」

「国が襲われる? 誰にだ」

「ローロマロ王国を脅かす存在……それは“魔人族”と、彼らを従えている“人ならざる者”の存在よ――」


 ウェスパシア様が話し終えた時には、場には秒な緊張感が生まれていた。


 “魔人族”と“人ならざる者”。


 これまでずっと話を聞いているだけの俺達だったが、今の話で皆に一気に疑問が生じたのだった。


「魔人族って、このローロマロ王国の直ぐ隣に位置する“ジニ王国”に住む種族よね? その魔人達がここを攻撃しようとしてるって事?」

「それはまた物騒な話だな。ローロマロ王国とそのジニ王国って中悪いのか?」

「口を慎め! ウェスパシア様に何たる無礼な態度だ」


 ハクと俺が疑問を漏らすと、俺達はヘラクレスさんに怒られた。確かにこれは俺が悪い。ヘラクレスさんに言われてふと我に返ったが、俺達の目の前にいるのは他でもない国王様だ。他国と言えど、国王様の前でこんなふざけた態度を取っていい訳がない。


「そうだよグリム……! 失礼だよ!」

「やば。あ、ごめんなさい!」


 俺はそう言いながら直ぐにウェスパシア様に頭を下げた。エミリアも慌てた様子で戸惑い頭を下げたが、ハクとフーリンは我関せずみたいな顔で突っ立っていた。ハクは分からんでもないが、何故フーリンもハク側に?


 頭を下げ、横目で焦りながらハク達を見ていると、そんな俺達にウェスパシア様が声を掛けてきた。


「フフフフ。いいのよヘラクレス。貴方達もそんなにかしこまる必要はないわよ。頭を上げて、普段通りの対応で構いません。

今の私達は国王と民の関係ではなく、イヴとそのお仲間である貴方達と私の単なる世間話。心を開ける友人との会話でかしこまる必要なんてないでしょう?」


 穏やかな微笑みでそう言ったウェスパシア様は、何とも言えない暖かな空気感と気品あるその存在感で俺達を優しく包み込んだ。


 一国の王としての存在感を纏いながら、まるで自分の祖父母の様な親しみやすさと暖かさを纏うウェスパシア様は、今まで出会ったどの人よりも不思議な感覚を与える素敵な人であった――。


「ウェスパシア様がそう仰るのならば……。かしこまりました」

「あのー、何かすみませんでした……。ヘラクレスさんにもご迷惑を」


 何となくヘラクレスさんにも悪いなと思った俺は、こういう時に気の利いた事を言える能力もないので取り敢えず一礼して謝った。するとヘラクレスさんも「全然構わないよ」と優しく言葉を返してくれた。


「こらこら! 話がどんどん脱線しているじゃないか! そんな事はどうでもいいから続きを話しなウェスパシア。結局その魔人達が何だと言うんだい」


 痺れを切らしたイヴの一言で一気に話が戻ると、ウェスパシア様は再び真剣な表情を浮かべ、自分が見た予知夢を全て話し始めた。


 何でも、このローロマロ王国は昔から隣国であるジニ王国と揉めているらしい。とは言っても、互いの国の領土や貿易に関しての小競り合いが度々起きているぐらいだと言う。ジニ王国に住む魔人族は魔力や戦闘力が高いが、それはローロマロ王国の戦士達も同様。


 互いに無意味な争いを起こしたい訳ではないので、これまでは何とか互いの国王同士や実力あるヘラクレスさん達同士で場を鎮めてきたそうだ。だが、少し前にジニ王国に現れた“人ならざる者”の出現によって、この均衡が突如崩れたと言う。


 この話の最も重要部分となるその人ならざる者の正体、それは先の閻魔闘技場でヘラクレスさんが戦っていたあのラグナレクであった――。


 リューティス王国と比べてまだ終焉の影響が少ないローロマロ王国ではノーバディやラグナレクの情報が乏しく、ウェスパシア様達も正体が分からず終いだったらしい。


 更に話を聞くと、どうやらジニ王国に出現した人ならざる者……ラグナレクは、事もあろうかある日突然、魔人達を率いてこのローロマロ王国に攻め込んできたと言う。


 ジニ王国に現れたラグナレクはヘラクレスさんが戦ったラグナレクとは見た目が異なる個体であったみたいだが、ヘラクレスさん率いる親衛隊が魔人達を追い返し、更にはそのラグナレクを見事に倒したとの事。しかし後日、倒した筈のジニ王国でラグナレクが復活したと、ローロマロ王国の偵察部隊から情報が入ったそうだ。


 しかも復活したラグナレクは前回よりも一回り小さくなっていたにも関わらず、魔力が大幅に上昇していたらしい。俺達がフィンスターで戦ったあのラグナレクと同じパターンだ。確実に核を仕留めなければ奴は再生して復活する。そしてそれは恐らく、前よりもパワーアップして。


 ウェスパシア様の予知夢ではこのラグナレクによってローロマロ王国が壊滅的なダメージを負うとの事だ――。


 だが、ここで俺達にはある1つの疑問が浮かぶ。それは“予知夢で見た事は絶対に起こる”というイヴとウェスパシア様の言葉だ。俺はてっきりこのラグナレクを倒すのがイヴなのかと思ったが、どうやら解釈が違うらしい。正確に言うと、予知夢が絶対に起こるという事に変わりはないのだがごく稀に、その“予知夢を変える予知夢”を見る事があるそうだ。


 話がややこしくなってきたが、つまりはその最悪な予知夢を唯一覆す事が出来るのがイヴであり、ジニ王国にいるラグナレクを倒す事で全てが解決されるという事だ。


「ヒッヒッヒッヒッ。これは面白いねぇ――」


 話を聞いたイヴは突如笑い出し、このイヴの笑いから数時間後、ローロマロ王国を出発した俺達は、怒涛の特訓を盛り込みながら3日間も掛けて遂にジニ王国へと辿り着いたのだった。












 何故こうなった――??


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