木の杖の魔法使い①


 この話は、グリムが助けた魔法使いの女の子がグリムに助けられる少し前まで遡る――。


♢♦♢


~ドラシエル王国・騎士団訓練場~


 この日、1人の少女は今日も訓練場で魔法の特訓をしていた。


 彼女の名前は“エミリア・シールベス”。

 彼女は5歳の時に『魔法使い』のスキルを女神に与えられ、そこから努力する事4年程経ったある日。もう諦めていた彼女にスキル覚醒が起こった。


 晴れてスキル覚醒者となった彼女は王国の魔法団に声を掛けられ、立派な団員となるべく訓練所に入ったのだった。正式な騎士団や魔法団に所属するには、実力があろうがスキル覚醒者だろうが関係なく誰もが先ずは訓練生として訓練所に入るのが決まりである。それはまた彼女も然り。


 兼ねてから団員になる事を目指していたエミリアは、何の迷いも無く訓練所へ入る事を決めたのだった。


「あら、あの子まだ訓練してるじゃない」

「本当だ。って言うかあの子でしょ? スキル覚醒者なのに未だに訓練生のままだっていう子……」

「え! それってあの人なんだ」

「スキルなんて覚醒すれば直ぐに団長クラスでしょ? あんなに訓練してまともに魔法使えないなんて、本当に覚醒してるのかしら」


 エミリアが訓練場で魔法の特訓をしていると、その姿を見掛けた他の訓練生が小声で話していた。


「“ファイア”!」


 エミリアが呪文を唱えながら手にしている木の杖を振ると、そこから1つの小さな火の玉が飛ばされ、弱々しく放たれたその火の玉は数メートル進むとそのまま消えてしまった。


「やっぱりダメだ……。幾ら訓練しても、1番使える木の杖でコレが限界。どうしてなの? 他の武器なんて全く使い物にならないし……」


 9歳で訓練所に入ったエミリアは、あれから毎日毎日魔法の特訓をしていた。目標は勿論自身が目指している魔法団に正式に入団する為。彼女はどうしても魔法団に入りたいある“理由”があった――。


 だが、エミリアが訓練生として入った日から早くも8年余りが経っていた。


 本来であれば、スキル覚醒者の訓練生としての平均期間は長くて5年。これは仮に5歳で覚醒したとしても、そこから魔法学を学んだり実践訓練など経験して10歳から直ぐに王国を守る騎士団や魔法団として動ける様にする為の言わば準備期間でもある。


 スキルが覚醒した時点で、そもそも団長クラスの剣術や魔法を扱える為訓練は必要最低限であり、実際に今まで“例外”はいなかった。10歳手前でギリギリで覚醒が起こったとしても、騎士団、魔法団共に創設以来15歳以上の訓練生など存在しなかったのだ。


 彼女、エミリア・シールべスを除いては。


 だから彼女はこの訓練所……いや、既に全騎士団、魔法団内で有名になっていた。勿論良くない意味でである。それはエミリア本人もしっかりと分かっていた。自分が笑われている事も冷ややかな目で見られている事も全部。


 だがしかし、彼女はそんな思いをしてまでも、どうしても魔法団に入りたかった。


「“アクアボール”!」


 ――パシャン。

 先程とは別の魔法を放った様子の彼女であったが、火の玉が水に変わっただけで結果は同じだった。エミリアは溜息を吐きながら大きく肩を落としている。


「ハァ、どの魔法もやっぱり基本の3級魔法にも満たない」


 スキルの覚醒有無に関係なく、3級魔法は誰もが使える超基本魔法である。エミリアは間違いなく覚醒者であるにも関わらず、長い特訓を経ても未だにこの3級魔法すらまともに扱えなかったのだ。


 この世界の魔法クラスは全部で6段階。

 下から3級魔法、2級魔法。1級魔法。そして超3級魔法、王2級魔法、神1級魔法と、当然上のランクになればなる程強力な魔法になる。


 エミリアは落ち込みながらも足元に置いてある魔法書を開いた。


「魔法書通りにちゃんと魔力を練ってコントロール出来ているのに、どうして直ぐに消えちゃうんだろう」


 エミリアは何度も何度も魔法書を見ては特訓していたのだろう。開く魔法書は見るからにくたびれており、表紙や中のページも大分汚れている。


「あ! またいやがったぞ。 “魔法打てないモンスター”!」

「うわ本当だ! “パチモン魔法使い”だ!」

「本当にスキル覚醒してるとは思えねぇ“金色訓練生”だよな」

「何歳まで訓練生でいる気だあの“オバさん”!」

「「ハハハハハハッ!」」


 魔法書を読んでいるエミリアに突如聞こえてきたのは、これでもかと自分を馬鹿にする10歳前後の少年達の声であった。


「ゔッ。1番の強敵が来ましたね……」


 どれだけ周りに笑われようと虐げられようと気にしていなかったエミリアであったが、子供の純真無垢さ故か、時折現れる少年達の包み隠さないどストレートな言葉だけがエミリアの唯一にして最大の相手であった。


 防ぎようのない少年達の“言葉”の魔法攻撃。


「どれだけ練習しても意味ねーんだよ!」

「へへへ、俺なんかもう訓練生終わったもんね!」

「あんなオバさんに構うと俺達まで魔法が下手になりそうだぜ!」

「ハッハッハッ! ホントだよね!」

「でもな、見てろよお前ら! ポンコツ魔法使いのアイツでも“1個だけ”魔法使えるんだよ!」


 1人の少年はそう言うと、地面に転がっていた石を徐に拾いエミリアに投げつけた。


 すると。


「“ディフェンション”」


 エミリアは瞬時に魔法を繰り出し、淡く光る防御壁で自身を覆う。

 少年が投げた石は彼女の防御壁によって弾かれてしまった。


「うわ出たよ!」

「な! アイツあの魔法だけは使えるんだぜ?」

「何で防御壁だけ出せるんだよ! 他の攻撃魔法全部ダメなのに」

「やっぱ可笑しいよなあのオバさん!」

「やーい、ヘボ杖のニセ魔法使い!」

「「ギャハハハハハ!」」


 少年達の嘲笑が響き渡る中、エミリアは再び魔法の特訓を始めるのだった。


「もうあんなの相手にしてもつまらないからさ、遊び行こうぜ!」

「そうだよな! 行こう行こう!」

「そう言えば今日魔法団の実践演習やってるらしいぞ」

「マジか! じゃあそれ見に行こう!」


 少年達はそう言いながら元気よくその場を去って行った。


「ハァ。私は子供にも馬鹿にされるヘボ杖のニセ魔法使いだわ本当に」


 去った少年達がいた場をボーっと見つめながら、エミリアは静かに呟いていた。


 彼女は自身の持つ木の杖でしか魔法を出せない。他の杖では一切ダメなのだ。そして唯一使えるその木の杖ですら3級魔法もまともに放てない。強いて使えるのがさっきの“ディフェンション”という防御魔法のみであった。


 このディフェンションは勿論3級魔法。

 だが実力者達は通常、自分の魔法に火属性や風属性などの得意な性質を加えてより強力な魔法にするのが一般的であるが、エミリアはそれも出来なかった。


 どの属性も直ぐに消えてしまう。

 何年もの特訓の中で、唯一使えたのがこのディフェンションのみであった。これでは到底魔法団に入団するどころか訓練生すら卒業出来ないという事をエミリアは誰よりも実感していた――。

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