06 村とおばちゃん
**
<……ぇ……きて……ッ……>
遠くから聞こえてくる声。俺は夢を見ている様だ。
<ねぇ……起き……! ……グリム……!>
夢の中で聞こえて声は、確かにそう俺の名前を呼んだ。
視界はハッキリとしていないが、いつの間にか目の前には1人の“女の子”が立っていた。それが女の子だと認識したのは、虚ろな俺の視界の中で、その綺麗な白銀の長い髪と端正な顔立ちを確認出来たから。
綺麗な子だな。歳は俺と同じ17、8歳ぐらいだろうか?
可愛くも綺麗で何処か神秘的な気品を漂わす目の前の女の子は、また静かに俺の名前を呼んだ。
<グリム……起きて……!>
「君は一体……。それに俺はまだ眠い……」
<起きてグリム……。ダメよ……森が――!>
森……?
その言葉を最後に、俺はハッと目が覚めた。
**
「バウワウッ!」
「ハク!? ……って、何だこの“熱波”は!?」
焦る様なハクの鳴き声に、感じた事の無い肌への熱さ。
異様な事が起きてると一瞬で理解した俺は直ぐにエデンの穴から外を確認した。
すると、辺境の森の至る所で炎が激しく燃え上がっていた。
「何だよこれ……」
「バウ!」
「大丈夫だハク。こっちに来い。ありがとう」
お前は俺を懸命に起こそうとしてくれていたみたいだな。
幸い高い場所を住処にしていたお陰でここまで炎は上がっていない。
それにしても、何故急に森が燃えているんだよ。これで気が付かなかった俺も可笑しいぞ。余程眠りが深かったらしいな。こんな事は初めてだ。
「兎に角逃げるぞハク! しっかり捕まってろよ」
「ワウ!」
俺は必要最低限の荷物を背負い、穴の外から一気に木の上まで高く飛び上がった。
「マジで何だよコレ。向こうまで燃え広がっているじゃないか」
まさに炎の海。
広大な辺境の森が一面炎で覆われている。世界樹エデンの根本を炎が包み、その天まで伸びる幹にも徐々に炎が焼き上っていた。
何時も薄暗い辺境の森がここまで明るいのは恐らく初めての事だろう。少なくとも俺がいた8年間ではこんな事無かった。
「くそ、どうして森が」
多種多様な生き物やモンスターが住み暮らす辺境の森。年がら年中薄暗くも、この森は星の数程花や木や草が芽吹く大自然でもあった。
そして何より此処はもう俺の家――。
そんな風に思っていた俺の大切な居場所であり、此処は勿論他の生物達の居場所である。それなのに、一体何故燃えているんだ?
辺境の森が、俺の居場所が……。
その豪炎によって飲み込まれていくのを、俺はただ避難しながら見る事しか出来なかった。
**
~辺境の森から近い村~
森から離れた俺とハクは、炎の海と化した辺境の森を遠くから眺めている。多くの生物にとっての住処であった大きな森がたったの一晩で燃えていく。
「まだ夢でも見てるのか俺は」
「ワウ」
辺境の森に一体何が起こったというのか。
森は何時もと何ら変わり映えがなかった筈。寝る時だって焼けている様子もまるでなかった。仮に落雷や何かの不始末で森に火の手が上がったとしても、ここまで広い森全体が一気に燃え広がるとは考えられない。
自然災害というよりは“人為的”。
理由はないが、俺は直感でそんな風に感じ取っていた。火属性のモンスター仕業か、はたまた誰かの魔法によるものなのか。
取り敢えず避難してきた此処は辺境の森から1番近い小さな村。森を抜けたところから少し離れているし今はまだ当然夜だけど、村はまるで昼間の様な明るさだ。
村人達も1人、また1人とどんどん家の外へ出てきている。
「おいおい、何だアレは!」
「森が燃えてるぞ」
「え、どうして森がッ!?」
「皆慌てるな!」
村が一気に慌ただしくなってきた。
そりゃ無理もない。目の前で起こっている事が誰にも分からないんだから。驚いて当然だ。村が慌ただしくなるのを横目に、俺はある店の扉を叩いた。
「おばちゃん、いる?」
俺の声が聞こえたのか、家の奥の部屋からおばちゃんが出て来た。
「おお、グリムじゃないか! 良かった、無事じゃったか。心配しておったんじゃよ!」
「ありがとう。この通り俺は大丈夫だよ。何とか逃げてきたところなんだ」
「部屋にお入り。飲み物を入れてあげるから」
そう言って、俺を温かく迎え入れてくれたこのおばちゃんは村の長老だ。モンスターの素材や薬草を何時もこの村で買い取ってもらっているんだ。
「兎も角無事で何よりじゃグリム。突然の火事で私も驚いておる。何があったんじゃ?」
「それがさっぱり分からないんだよ。俺も寝てて起きたら森が大火事になっていたんだ。逆に何か知らない?」
「そうだったか……。私達も誰も状況が分からなくてのぉ。けど、森が燃える前に遠くで響くような轟音が聞こえてのぉ。窓から外の様子を見た時は既に辺境の森から炎が上がっておった」
響くような轟音だって? 何時そんなのが……。
確かに寝ていたとはいえ、ここの村にまで響く様な爆音が森でしたなら、気が付かない訳がない。
どうしてだ? この森に来た時から俺は寝ている間でさえもずっと周りの注意を怠らなかったに。
もしかしてあの“夢”のせいか――?
「疲れてるおるだろう。今は休めば良い。部屋は余っておるから好きなだけ使ってくれて構わん」
「本当にありがとうおばちゃん。急に押し掛けてごめんな」
「何水臭い事を言っておるのじゃ。アンタには村の皆が世話になっておる。あれからもう5年も経つかのぉ。村に現れた巨大なモンスターを倒してくれたのが始まりじゃったか」
「ハハハ。もうそんなに経つのか。早いな」
そう。俺が初めてこの村を見つけたのは住民は5年前の事。偶然にもスキル覚醒した俺は毎日森を散策しており、そこから3年程経った時にこの村を見つけた。
そして運が良くか悪くか、村を見つけた数分後に、森に棲む巨大なモンスターが突如現れこの村で暴れ出したんだ。そのモンスターは弱くもないが強くもない。分かりやすく言えば俺を襲ったスカルウルフよりもうちょっと強いぐらいだった。
だけど、王都からかなり離れたこの小さな村では、出てきたモンスターの討伐は難しかった。雇っていたフリーの冒険者が駐在していた様なのだが、その冒険者達のランクは1番低く、一応3人でまとめて挑んだのだが見事に負けた。
唯一の頼みの綱であった冒険者達が倒れ、興奮した様子のモンスターはより勢いを増して暴れ出そうとしたまさにその刹那、俺がモンスター討伐した。
別にヒーローになりたかった訳でも恩を売ろうとした訳でもない。ただただ俺は行き場のないストレスを発散しようと、毎日がむしゃらに森で剣を振るっていただけ。その延長でたまたまこの現場に居合わせただけなんだ。
目の前で子供や女性やお年寄りが襲われそうになっていたから気が付けば既に体が動いていた。家族にも王国にも見放され人間不信になっていた俺にとっては、その無意識の行動が何だか嬉しくも感じていた。
まだ完全に腐りきってはいないと……。
おばちゃんを初め、村の人達皆がモンスターを討伐いた俺に感謝してくれた。
今思えば、この出来事が俺という人間を最後に繋ぎとめてくれたのかもしれない。モンスターを倒しただけで感謝されているが、本当に感謝したいのは俺のほう。このきっかけがなければ、俺はあのまま森で恨みや憎しみだけを抱いて剣を振るっていたかもしれない。
「グリム、アンタは村皆の恩人じゃ。モンスターを倒してくれただけでなく、その後も森で取った素材や薬草を売りに来てくれていたじゃろう。それでこの村は今までよりも豊かになった。感謝してもしきれないんじゃ」
「おばちゃん……」
「バウ」
少し切ない空気が流れているのを察したのか、場を和ませるようにハクが鳴いた。
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