35 この手の悪戯は当該者からすると迷惑です

 階段を上りきると、まばゆい光が待ち構えていた。

 入り口で心配そうに、そして困ったように眉を下げてルイを待っていた兵士に必要なくなったろうそくを渡すと、彼は何も聞かずにそれを受け取った。


 部屋に戻るまでの道中、ルイはラナとのやりとりを反芻していた。

 護衛がそばに近づいてきたことに気づいてはいたが、声をかけることもなく進んでいく。


 ラナと直接話してみて、ルイは確証めいた感覚を覚えた。ほぼ確定で間違いないだろう、と。

が懸念していることが、ずっと腑に落ちなかった。そもそも彼女の能力を信じていなかったのかもしれない。

 しかし、その能力が本物だったとしても、やはりそれが脅威になるとは思えなかった。ラナと対面してそれを強く感じた。


「……彼というより、と言った方がいいのかもしれないな」


 ぽつりとこぼした独り言を、そばにいた護衛は聞こえないふりをして流した。

 ルイも反応がほしかったわけではなく、顔も、視線すらも動かさないまま、小笑しながらも歩みを止めない。


 そこにルイたちのものではない足音が聞こえた。

 慌ただしく迫り来るその音に、護衛の騎士がルイの前に立ち、警戒体制に入る。が、ルイは彼の腕に触れ、不思議そうに振り返る騎士に対して首を振った。

 近づいてくる足音には聞き覚えがあった。自分たちに害を及ぼすものではないこともわかっている。

 根拠がわからない騎士は、呑気に構えるルイを横目に警戒を解かない。


「殿下! こんなところに……!」


 足音の正体はアルフレッドだった。

 ここ数日でこの遭遇の仕方は幾度かあった。滅多に自らルイに会いにくることはなかったアルフレッドが、こう何度も訪れている理由がいつも同じであることに、ルイは笑いを堪えられない。


「アル、どうしたの?」


 ルイを庇うように立っていた騎士は、アルフレッドに一礼した後、再びルイの背後へと位置を戻す。下がった騎士からさらに一歩前へと足を進めたルイは、アルフレッドの用件はわかっていたが、知らないものとして振る舞った。少し声が震えているが、アルフレッドは気にしている様子はない。


「何度もお時間いただいて大変申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか?」


「アルが聞きたいことで、僕が答えられることは何もないよ」


 すぐに知らぬ存ぜぬを解いたルイにアルフレッドは眉を歪ませながら、「宰相殿が何をお考えなのかご存知ではないのですか!?」と声を荒げる。

 不躾だともとれる態度がとれたのは、ルイとの関係性もあるのかもしれないが、そばで護衛をしている騎士が二番隊の者で、アルフレッドの部下という立場だったからだろう。とはいえ、護衛の騎士はアルフレッドの態度に顔を顰めた。が、ルイは一ミリも表情を変えない。


「さぁ。宰相殿が考えることなんて、僕にはわからないよ。わかるはずないだろ?」


 ルイは肩をすくめて見せるが、アルフレッドは納得している様子はない。先日、この件に関しては任せろ、というようなことを言っていた手前、何も知り得ないということはないと踏んでいるのだろう。

 こうなると、答えが聞けるまでアルフレッドは頑として動かないだろう。が、それはルイとて同じ。むしろ、ルイの方が質が悪いと言っても過言ではない。何せ、王太子殿下と一平の騎士という立場。そして知る者とそれを知りたいと望む者という立ち位置だ。どの立場からしても、アルフレッドが不利だということは変わらない。

 アルフレッドもそのことはわかっている。もちろんルイも理解していないわけもなく、普段であればあらゆる立場を誇示して立ち振る舞うことなどないのだけれど、今回の件に関しては、惜しみなく使用させてもらおうという気概でいた。アルフレッドのためを思えばこそ、という気持ちもあれば、反対にアルフレッドを揶揄ってやりたいという遊び心もあるのだから、当の本人アルフレッドからすればいい迷惑だ。


 しばらくの間、視線だけを交えた後、アルフレッドはため息をこぼし、目を逸らした。


「何かわかったら私にも教えていただきますよう、お願い申し上げます」


 刺々しい言い方でそれだけ言い残すと、アルフレッドはもと来た道の方へと踵を返した。

 足を踏み出そうとしたアルフレッドを、そのタイミングを狙ったかのように引き留めたのはルイだ。


「色々終わったらさ、フォローしといてくれないかな? ちょっと意地悪しちゃったから」


 顔だけを向けたアルフレッドは、その表情を歪ませた。

 少し考えた後、ルイが何のことを言っているのか理解すると、眉間のシワをさらに深めた。詳細を話すつもりがないなら何も話してくれるな、と顔に書いてある。

 挨拶もそこそこに、アルフレッドはルイのもとを立ち去った。


 アルフレッドの姿が見えなくなってすぐ、護衛をしている騎士とは別の声がルイの耳へと入り込んできた。


「動きが見られました」


「そう……じゃあさ、彼を迎えに行ってくれないかな。おそらくこちらに向かってきていると思うから」


「御意」


 たったの三言。それだけの会話で、気配は消えた。


「しかし……頭が悪いのか、そもそも……」


 悪態を途中で止めると、ルイは眉間にシワを寄せた。おそらく後者だろう、と心中に言葉を落とし、考えることをやめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る