花は白と黒に囚われる

小鳥遊 蒼

0 プロローグ

00 森の訪問者

 木々が風に揺れる。

 巣穴から顔を出したものたちが、ざわつく風にのまれたように騒ぎ出し、ざわざわと音が伝わっていく。

 いつもなら、木漏れ日を浴び、長閑な朝のスタートを迎える時間帯だった。

 小さなものから大きなものまで、種を問わず、言葉を交わす。

 言葉が連鎖のように連なっていく。言葉だけでなく、彼ら自身もまた、言葉とともに流れていった。

 何かを探しているかのように、皆同じ方向へと歩き出す。



『何かが来ているみたい』

『入り込んだみたい』

『探してる』

『教えてあげないと』

『伝えないと』



 森の入り口から奥へ、奥へと進んでいく。

 奥に進むにしたがって、声はどんどん大きくなっていった。



『ラナはどこ?』

『テオはどこ?』

『湖の近くにいたよ』

『——伝えて』

『伝えて』

『誰か来た』

『人間が来た』

『ラナを探してやって来た』



 声は方々から飛んでいた。

 どこから聞こえるのか、誰が話しているのかははっきりしない。声だけが飛んでいた。







 森の奥深くに湖があった。置くと言っても、それは入り口から見たもの。実際は、森の中心に位置していた。森のどの入り口から入り込んでも奥まったところにあると感じさせるように。

 さほど大きくはない湖は、どの地点からでも全体を一望することができる。

 湖のほとりには大きな木があり、そこに一人の少女と、一匹のホワイトタイガーが身を寄せるように眠っていた。

 ホワイトタイガーの耳がピクリと動く。目を開け、顔を上げると、その振動で少女も目を覚ます。



「……テオ?」


『悪い、起こしたか?』


「どうかしたの?」



 目を擦りながら、少女も身体を起こす。寝ぼけているのか、いつもの癖か、先ほどまで顔を埋め、温もりが残っている首元付近に手は置いたまま。

 普段は敬語のような堅い話し方をするのに、砕けた言葉を話すのは寝ぼけている証拠だ。



『みんなが騒いでる。森に何かが入り込んだらしい』


「何か……?」



 少女も森の音に耳を澄ましてみるが、せせらぎと木々が揺れる音しか聞こえない。

 目を細め、必死に音を聞き取ろうと躍起になる少女の姿に、そばにいた彼は笑みをこぼす。



「テオ、今笑いましたか? 笑いましたね?」


『笑ってない。……いや、笑ったが、バカにしたわけじゃない』


「どういう意味ですか?」


 無表情ながらも、ムスッとしているだろうことはホワイトタイガーには筒抜けだった。

 ホワイトタイガーテオは、再び笑いが落ちそうになるのを堪え、怒っている少女のおでこに自分のそれをくっつける。

 ふわりとした感触がおでこに触れ、目が合う。



『ラナは相変わらず愛らしいな、と思っただけだよ』



 低い声が少女の鼓膜を通る。

 それと同時に違う声も耳をついていた。一つではない。かなりの数だ。


『ラナ。ラナいた』

『テオもいた』


『おいおい、俺はついでか?』



 少女——ラナから離れ、テオは声のする方へと顔を向ける。

 ラナも姿を現した動物たちの方に視線を向けた。



「どうしたんですか?」



『誰か来た』

『ラナを探してる』



 小鳥が静かに飛んできて、ラナの肩に止まる。

 小鳥はラナの耳元で囁いた。



『人間がラナを探してる。馬に乗った人。一人だけ。こっちに向かってる』



 ラナはテオの方を見た。テオもまたラナを見ていた。

 どういうこと? と目で訴えている。テオは首を振るだけ。



『来た』

『来た』



 土を蹴る音が聞こえ、目の高さの位置で木が揺れる。

 そこにいる誰もが、その一点に集中していた。

 木々をすり抜け現れたのは、真っ黒な髪の男性だった。その髪の色と同じ漆黒の馬に乗って現れた男性は、全身をやはり黒の軍服で纏っている。左胸には、紋章を掲げていた。



「あなたが、ラナ・セルラノか?」



 森の中に声が響く。

 テオとは違った低音に、ラナは無意識に頷いていた。



 全身真っ黒の男性は馬から降り、一つ深呼吸をした。



「私は、パルヴィス王家・近衛兵、二番隊副隊長、アルフレッド・デラクール。王命により、あなたをパルヴィス国へとお連れする」

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