第28話 仲良し?と腐女子の性~美桜~


 「おはよ~、美桜ちゃん。みっちーお手製の朝ご飯、先に頂いちゃってるよ」


 食卓に着いてにこにこと幸せそうに朝ご飯を食べている璃桜君。


 「起きたか。お前も座って早く食えよ」


 フライパンを振って、オムレツを作っている専務。


 平和な朝の光景の筈なのに、私は何故か違和感しか感じなかった。


 え?何?その『みっちー』って…


 知らない間に専務と璃桜君が仲良くなっていて、私はびっくりする。


 「はっ!?まさか二人は私が寝ている間に宇宙人に誘拐されて、この二人は宇宙人のなりすましなんじゃ…」


 「何ブツブツ言ってるんだ?早く座れ」


 自分の分のオムレツを作り上げ、席に着こうとしていた専務の進路を妨害していた私の肩を専務が押す。


 強く押された訳ではないが、私は大人しく席に着くと、専務お手製の朝ご飯を頂く事にする。


 「ねぇねぇ、みっちー。そこのドレッシング取って」


 さり気なく肩ポンなどしながら璃桜君が専務にお願いする。


 「ほら」


 専務は自分の近くにあったドレッシングを璃桜君に手渡した。


 「ありがとう。あ、バターも取って」


 お礼と同時に再びお願い。


 「まとめて言えよ」


 言いつつもバターも璃桜君に渡す。


 「文句言いながらも取ってくれるみっちー優しい」


 からかう璃桜君。


 「いいから、黙って食え」


 若干、顔を赤らめ専務はトーストに齧り付いた。


 「またまた、照れちゃって」


 私そっちのけで、目の前で繰り広げられる、ある意味専務と璃桜君の桃色夢空間に私はそっと合掌した。


 「…尊いが過ぎる」


 朝から眼福じゃあぁぁ~


 宇宙人がなりすましてるなら、それでもいいっ!そんなの、この桃色夢空間を堪能できる事に比べたら些末な問題よっ!


 同棲してる設定がいいかな?それとも自宅は別?どっちもいい…どっちもそれぞれによさがあるっ!


 例えば、同棲してる設定だったら一つ屋根の下でイチャイチャし放題。一緒にご飯作るとか、コーヒーを飲みながらのまったりタイムも捨てがたい。休みの日はゆっくり朝寝坊(前夜にナニが?とか野暮ですぞっ!)しつつ、のんびりと部屋から出ないで過ごす。


 自宅が別だったら、普段は仕事に忙殺されて、会う事ができない。メッセージのやり取りだけで、二人は互いを気遣ったり、励ましたりして繋がりを感じてるの。そんな会えない時間が愛を育む時間…そして、仕事のスケジュールで大変な中、二人はわずかな時間を縫うように逢瀬を重ねるの。最早、言葉はいらない。二人はボディトークで愛を語るのよっ!


 たまらんですねっ!鼻息が荒くなっちゃいますよっ!


 「朝から鼻息荒くして、妄想を垂れ流すなっ!」


 専務にかなり痛いデコピンを正面から食らって、私は妄想を中断した。どうやら私は妄想を口に出してしまっていたらしい。


 「僕は嬉しいな」


 「俺はちっとも嬉しくないっ!」


 喜ぶ璃桜君と嫌そうな専務。対照的な二人を見ていると、またもやイケない妄想をしてしまいそうになる。


 もうね、男性が群れてると言うだけで、私はたまらないんですよ。


 「三次元に実在している二人を妄想のネタにして悪いなと言う気持ちもなくはないんですが…でも、それを凌駕する腐女子のさがっ!迸る欲望っ!本能的な衝動っ!…それらが罪悪感をひょいひょいと軽く飛び越えていってしまうんですよ」


 「飛び越えるなっ!そこはっ!」


 「無理ですっ!」


 力一杯断言しておく。無理なモノは無理っ!これはすでに私の本能だから。


 「美桜ちゃん、絶好調だね~」


 あははは、と笑う璃桜君。


 すでに慣れっこ。むしろ、喜んでいる璃桜君はまったく気にせずをオムレツを頬張っている。


 「お前も笑うなっ!むしろ怒れっ!」


 「僕的には嬉しいから無理だなあ~」


 専務に『怒れ』と言われる事すら璃桜君は嬉しそうだ。その様子はまるで…


 「付き合って三年。でも倦怠期知らずのラブラブカップルみたい」


 私がうっかり漏らした感想を聞いた二人の反応は見事なくらい両極端だった。


 「え~、嬉しいな」


 と明らかに喜んだのは璃桜君。


 「やめろっ!恐ろしい事を言うなっ!」


 完全拒否が専務。


 反応が真っ二つで楽しい。朝からいいモノ見れたなあ~


       ※           ※


 なんて、思っていられたのもわずかな時間だけだった。


 「これは、ひどくないですか…」


 誰に聞かせる訳でもない呟きが口から漏れた。


 朝の出来事がまだ尾を引いている専務はご機嫌がナナメ四十五度どころか百二十度くらいまでいってしまっている。


 そのせいで、今日は振られる仕事量がえげつない事になっていた。


 「ちょっと、うっかりしてただけなのに…」


 そう、ちょっとうっかり専務と璃桜君でB Lベーコンレタス的な事を妄想してしまっただけなのに。


 仕事量はえげつなくなってしまったけど、私は後悔はしていない。何故なら、あんな尊いが過ぎる光景はそう何度もお目にかかれないと知っているからだ。


 璃桜君、またお泊まりに来てくれないかしら…


 定期的にあの光景を補給できるのならば、仕事も捗りますよ。何せ、栄養価や糖度はかなり高めでしたからね。ばっちり心の栄養補給ができましたよ。


 ああ、今思い出しても口元がニマニマと緩みそうになってしまう。


 「谷岡」


 呼ばれて、振り返るとファイル(極厚)が専務から手渡される。


 「まだまだ、余裕がありそうだからな」


 「よろしくな」とにっこりなんて擬音が付きそうな笑顔で立派な殴打用凶器になりそうなファイルを渡してくる専務。


 ちっ…口元が緩んでいたのを見られたか。


 まだまだ、ご機嫌ナナメな専務の癪に触ってしまったらしい。


 今日はもう、封印しないと…これ以上増やされたら今日中には終わらないよ。


 だから、もう今日は勘弁してやらあ!朝からいいモノ見せて貰ったし。


 私は専務と璃桜君の妄想を振り払うと、目の前に積まれた仕事の山に果敢に挑む事にした。

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