第24話 もう一人の幼馴染みと複雑な感情~美桜~
お寿司で満腹になったお腹を撫でながら、私はベッドの上でごろんと横になった。
このまま寝てしまいたいくらいだけど、まだやらなきゃいけない事がある。
私は傍らに置いていたスマホを取ると、目的の人物の電話番号を開いた。発信ボタンを押して、待つ事数秒。すぐに繋がった。
『美桜ちゃん?久しぶり~』
「百合奈ちゃん、久しぶり~」
私が電話をかけたのは藤ノ院百合奈。璃桜君の姉。
「今日はごめんね。急に璃桜君に仕事をお願いしちゃって…」
藤ノ院に依頼される仕事を誰に振り分けるか決めているのは家元である百合奈ちゃんだ。勝手に璃桜君に仕事を頼んだ事を最初に謝らないと…
『美桜ちゃんは特別よ。もし、璃桜が断ったらあたしがぶっ飛ばす』
百合奈ちゃん、きっと電話口で拳を作って殴るマネをしている姿がありありと浮かんでくる。
「ありがとう。でも、本当にごめん。今度お願いする機会があったら、ちゃんと正規のルートでお願いするって、うちの上司も言ってた」
『次からはよろしく。ところでその上司、璃桜がちょっと興奮気味だったわ…』
「…やっぱり」
会わせたら興奮しちゃうかもなぁ~とは思ったけど、予感的中したね。
『その上司って美桜ちゃんの旦那さんなんでしょう?一体いつの間に…』
「訳は聞かないで。色々と事情があるの…」
『…もし、あたしで力になれる事があったら遠慮なく言ってよ』
「ありがとう、百合奈ちゃん」
詳しい事情を説明できない私を責める事なく、力になろうとしてくれるもう一人の幼馴染みに感謝する。
『そうそう、ウチのおばあちゃんが「美桜ちゃんに会いたいっ!」騒いでたわ。いつでもいいから顔を見せに来て』
「私も
璃桜君と百合奈ちゃんの祖母である菊代さんは私の祖母の友人で、その関係で私は璃桜君と百合奈ちゃんの二人と小さい頃から仲良くしている。
菊代さんは私に生け花を教えてくれた事もあり、菊代さんは祖母の友人と言うよりは『先生』と言う感覚に近い。でも、私にはお花の才能はなくて、専ら璃桜君のサポートをしている方が性に合っていた。
その先生に「会いたい」と言われれば喜んで会いに行きたいのはやまやまなのだけれど、躊躇う理由が私にはあった。
「会いたいとは思ってるんだけどね…」
『もちろん、無理にとは言わないわ』
会いたい、けど…と言う私の複雑な心境を百合奈ちゃんは理解してくれる。
本当はすごく会いたい。だって、私が血の繋がった家族以上に家族だと思っている大切な人達だから。
でも、だからこそ安易には会えなかった。もし、万が一、菊代さんや百合奈ちゃんや璃桜君と会っている所を見られてしまったら…三人はずっと私の友達でいてくれる。その事を疑った事はない。けど…
その先の事を想像すると、どうしても二の足を踏む。
「…ごめんね、百合奈ちゃん」
『わかってるから。でも、璃桜が興奮する美桜ちゃんの旦那さんの顔を見てみたいから、写真を送ってよ』
「写真…撮った事ない。頼んだら撮らせくれるかな?」
『本当に一体、どう言う夫婦関係なの?』
偽装結婚の偽装夫婦です。しかも私の方が脅されて無理矢理結婚させられた。とは言えない。そんな事言ったら百合奈ちゃんが烈火の如く怒るのが手に取るようにわかる。
「上司と部下でおおっぴらにできなかったから、写真はね~」
秘密の関係だったから写真も撮ってないんだよね~的に言っておけば、ツーショット写真が一枚もなくても不自然ではない筈。実際は交際期間ゼロ日な上、上司に脅されて偽装妻に仕立て上げられたんだけど…
でもご飯は美味しいし、専務が意外にも世話焼きで家事とかしてくれるから、この生活がそんなに悪くないって思っちゃってるんだよね。
こんなんじゃ、専務の思うツボだってわかってるのに!わかってるんだけど…
『美桜ちゃん?もしも~し』
急に黙り込んでしまった私を心配して、百合奈ちゃんが電話の向こうから名前を呼ぶ。
「ごめん、ちょっと考え事しちゃってた」
『…本当に大丈夫なのよね?』
「大丈夫だよ」
『本当の本当に大丈夫?』
私と専務の普通じゃない関係をなんとなく感じ取っているのか、百合奈ちゃんは何度も『大丈夫?』を繰り返す。その言葉を私はただオウムのように返すしかできない。
心配をかけている事を申し訳なく思う一方で、心配して貰える事を嬉しく思っている自分がいる。
「百合奈ちゃん。私、最低だ。心配かけててごめんって思うのに、心配して貰えて嬉しいって思ってる」
『何言ってるのっ!ちぃぃっとも悪くなんかないわよ。むしろ心配くらいはさせなさいっ!』
多分、電話の向こうで百合奈ちゃんはぷりぷり怒ってるんだろうな。
『本当は、美桜ちゃんが璃桜と結婚してウチの子になっちゃえばいいのにってずっと思ってたんだけどね…』
八割本気、二割冗談の割合で百合奈ちゃんがそう切り出す。
「私より、璃桜君が無理だよ」
『そうなのよね。本当にヘタレな弟なんだからっ!』
「こればっかりは言っても仕方ない事じゃないかな?」
そう、言っても仕方ない。どうしようもない事。
「それに、迷惑になると思うし…」
私の為に璃桜君の自由を奪ってしまう事にもなるし…
結局、私がこの生活を本気で嫌がらない限り続きそうなんだよねぇ~
終わりの見えない専務との同居生活が続いて欲しいのか、それとも早く終わって欲しいのか私自身もわからずにいた。
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