第41話 これでよかったのだと信じたい


「ちょ、ケイコ? ケイコ! どういうことなのよ?」

エルフィーリエはケイコの後ろを追って声をかける。

「洞窟を出て、どこに行くつもり?」


 ケイロス岬までは森の小道の一本道だった。つまり、このあたりで「狩り」をするとしたら、この小道からそう遠くない場所でできるだけ開けた場所がいい。

 バウガルドの「仕様」ともいえる、魔物の出現範囲は、人工物外であることである。つまり、このように人が通ったことによってできる「道」に魔物は進入してこない。魔物が出現するとすればこのあたりでは道の両脇に広がる「森」の中だ。


 エリーヌの想い人もおそらくこのあたりのフィールドモンスターを狩っていたのだろう。それは彼が金級冒険者ゴールドクラスという事から推測できる。

 ケイコたち二人はすでに白金級冒険者プラチナクラスだ。であればこそ、あの洞窟に侵入していった。通常あのような迷宮には強力なモンスターが棲みついている可能性があるため、クラス外冒険者は近づかないのが鉄則だ。


「あ、あった! あのあたり、少し開けてる。あそこなら狩りにちょうどいいかも――」

ケイコは目ざとくその場所を見つけた。

 こういった狩場を見る目はこれまでの経験で養われている。ケイコはエルフィーリエの方を振り返ると、指示を飛ばす。

魔物出現区域フィールドに入るよ。魔物に出くわすかもだから、警戒、よろしく――」


「え? あ、ああ、分かったけど、どうして――」

エルフィーリエはまだ理解しきれていない様子だった。


「たぶん、あのあたりに何かあるはず――」


 ケイコはいったい何を探しているのだろうか、エルフィーリエには全く見当がつかない。ともあれ、周囲に魔物の気配がないか即時に探り始める。それがエルフィーリエの役割だ。どんな時でもこれを怠るようなことはない。


 ケイコが先陣を切って森の中へ入ってゆく。小道から少し入ったあたりに少し開けた草原区域があった。

「エリー、このあたりを探索するから、周辺警戒お願い――」

「オッケー、なんだかわからないけど、まかせて」


 ケイコはその草原区域を身をかがめて注意深く探索していく。


(あった! やっぱり……。そういう事だったのね――)

ケイコが見つけたのは、ブーツの跡だ。かなり大きい。おそらく男性のものだろう。


 注意深く足跡の痕跡を追う。

 しっかりとした形があるものは大地を踏み込んだ後だろうか。つまり、打ち込みを掛けた痕跡だろう。やはり、いたるところにブーツの跡がまだ残っている。しかしこれだけではアンドリューのものとは決定づけられない。あのエルフ男のパーティもこのあたりで狩りをしていたと言っていた。彼らのものの方かもしれないのだ。


 さらに探索を続けていて、分かったことが一つ増えた。足跡は一種類しかない。つまりは、パーティではなくソロでモンスターと争ったと思われる。


 足跡はこの開けた草原地帯から、森の中へと向かっている。心なしか先程より少し足取りが弱々しく感じる。


「エリー、森の中へ入るわよ?」

「いいよ、周辺に魔物の気配はまだ現れていないわ」


 ケイコはエルフィーリエに頷き返すと、足跡を追って森の中へと進んでいく。エルフィーリエも周辺警戒しつつケイコの後を追う。


 数メートル進んだろうか。

 先程の草原地が木々に隠れかけたあたりで、ケイコが歩みを止めた。


「ケイコ? どうしたの?」

「エリー、見つけたわよ――」


 そう言って指さした先を見やったエルフィーリエはそこにあるものを見て小さく悲鳴を上げた。

「ひっ! あ、あれって――」


「ええ、間違いないわ。アンドリューよ――」



 その後、ケイコはアンドリューだったものの位置をしっかりとマップに記した。残念だが、ケイコたち二人ではそれを弔ってやることは出来なさそうだ。こういう仕事はギルドへ任せた方がいい。

 ただ、アンドリューの遺体はすでに白骨化しており、装備品も散らばったままだ。肉片はすべて綺麗に魔物か小動物に処理されていたため、形の分かるもので間違いのないもの、つまり、頭蓋骨部分だけを持っていくことにした。


「ケイコ、もしかしてそれを?」

「ええ、そうね。それでどうにかなるかなんてわからないけど、せめて会わせてあげたいじゃない?」

「そうね――」


 幸いフィールドでも魔物と遭遇することはなく、二人はまた洞窟内の泉まで戻ってきた。


『あああ、アンドリュー、アンドリューなのね――』

声が悲しくむせび泣く。


 ケイコは頭蓋骨を泉の水で綺麗に洗って、その淵に置いてやったのだ。


 その時とても不思議なことが起きた。いや、もう何を見ても驚きはすまい。

 泉の上に一人の男の姿が浮かび上がる。


 男はエルフ族で美しい容姿であった。ケイコには年齢はよくわからないが、人間で言えば30代前半といったところか。

 次いで白いもやが泉の方へと吸い寄せられるように移動してゆき、そこに今度は美しい女性の姿が現れる。こちらも男と同じエルフ族だろう。


 二人は幸せそうに抱き合い、そうしてそのまま交じり合い、泉の中へと消えていった。


『ありがとう、ケイコ、エルフィーリエ。本当にありがとう――』


 最後にそのように聞こえたような気がしたが、本当にそう言ったのかどうか、結局確かめることは出来なかった。もうその声が二人に語り掛けることがなかったからだ。ただ不思議なことに、泉の淵に置いたはずの頭蓋骨は消えてしまっていた。


 結局そのあと、泉の脇にこれまで気づかなかった通路を発見した二人がそこを先に進むと、おそらく洞窟の最下層と思われる場所に辿り着いた。

 そこにはバジリスクが一匹潜んでいた。

 魔物に出会えばやるべきことは一つだ。二人は冒険者なのだから。   

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