第39話 探索のお供は魔法道具


 ケイロス岬の突端から眼下を見下ろすと、なるほどあの男の言うように洞窟の入り口が口を開けているのが確認できた。

 岬から崖沿いに海の方へと下る坂があり、その先に洞窟の口がある。


 二人はその坂を下り、洞窟の入り口へと向かう。

 

「ここ、だね――」


「でしょうね。あの男の話だと、その泉の場所までは一本道だったのに、帰りは道に迷ったって言ってたね。行く道は一本道に見えるけど、戻りは分岐しているという事になる。つまり――」

エルフィーリエがケイコに回答を求める。


「逆向きに見ないとわかりにくい分岐があるという事――」


「正解。注意深く後ろを振り返りながら進むよ?」

エルフィーリエがケイコを押しやる。前衛はケイコの役割だ。


「え? え? 私、前?」

ケイコはやや戸惑いながら、エルフィーリエを振り返る。

「しっかりしてよ、ケイコ。前衛はあんたでしょ? 私が先に行ったら、前衛じゃないじゃない?」

エルフィーリエがあきれたように返す。


 たしかに。

 その通りだ。それはわかる。わかっているのだが――。


「あのね、エリー、日本にはお化けというものがいてね? あ、いや、いないけど、いるのよそういうのが――」

「何、わけのわからないこと言ってるのよ? あんたの故郷がバウガルドここじゃないってことは知ってるけど、それとこの洞窟は関係ない話じゃない?」

「そう、なんだけどさ――」

「しっかりしなさい! ほら、いくよ!」

そう言ってエルフィーリエはケイコの背中を押した。


「う~~~。ゆっくり、ね? ゆっくり行くから――」


 ようやく洞窟の中を進み始める。


 進む毎にこの洞窟がとんでもない迷宮だったとわかった。

 洞窟の道幅はたいして狭くはない。

 うねうねと蛇のように蛇行を繰り返しながら、奥へ奥へ下へ下へと続いている。ところがだ。その蛇行しているところどころに逆行した時に気付かずに直進してしまうような分岐がそれこそ無数に存在していたのだ。

 この分岐のどれかにでも進んでしまうと、おそらくもう二度と地上へ戻ることは出来なくなるかもしれない。

 おそらく、あのエルフの男のパーティはこれにつかまってしまったのだろう。


 二人はその分岐をひとつずつ丁寧に目印を付けマーキングして進んだ。


 こういう時に役立つのが、「かがや」というアイテムだ。一つかみさらっとけば蛍光塗料のように発光する魔法道具マジックアイテムで、こういう洞窟探索などには必需品ともいえる。

 おそらくあのエルフ男のパーティは仲間を追うのに必死で、こういう作業をおこたってしまったのだろう。


 やがて、二人は男が言っていたと思われる場所へ到着した。

 ここまで魔物の存在はなく、この場所にもそれらしき気配は感じられない。

 そこは少し開けた場所で、その空間の奥に泉があるのが見えた。泉の周囲は発光する苔に覆われているため、この空間全体がかなり明るい。


「ここ、だね――」

ケイコがそう、エルフィーリエにささやいた時だった。

「ケイコ、見て。あの泉のほとりに、なにか置いてあるよ?」

 

 エルフィーリエが指し示す泉の方を見ると、確かに何か袋のようなものが放置されている。


「あいつらの荷物?」

「かもね――」


 二人はゆっくりと泉の方へ近づいてゆく。

 近づくにつれそれが冒険者用のポーチだとわかった。

 ケイコはそれを拾って、開けてみる。かなり古いもののように感じたが、薄暗くてよくわからない。中には小瓶ポーションが2つほど入っていた。そして――。


「回復ポーションだわ。それと、金級冒険者証ゴールドプレート? 間違いなさそうね。取り敢えずこれを持って帰ろう。この洞窟の探索は1パーティじゃ無理だわ。分岐が多すぎる。ギルドに報告して、探索目的地点として登録してもらいましょ――」


 そう言ってエルフィーリエの方を振り返ったケイコの目に映ったのは、エルフィーリエの表情だった。

 明らかに様子がおかしい。ケイコの頭上辺りをにらみつけて驚いている。というよりむしろ――、恐れている?


「ケ、ケイコ! う、上……」

エルフィーリエが何とか声にならない声を絞り出す。

「え……?」

反射的にケイコはを見上げた。


 見ると、泉の上、ケイコのまさしく頭上に白いもやが見えた。


きり――?)


 ケイコがそれをさらに上に見上げるとそこには女の顔があった――。


「ひゃあ!」

さすがにびっくりしてケイコは身をよじると、とっさに泉から離れ、エルフィーリエの方へ飛び退すさる。

「な、ななな、なに――?」


『ここへは近づくなと言っただろう――』

明らかに声が聞こえる。しかし、音声ではない。思念波しねんはのようなものか?


「あ、あんたは、誰なのよ――!?」

ケイコは思わず叫ぶ。


『われはエリーヌ……。そう、私の名前はエリーヌ、そうだ、そうだった。長い間名前を忘れていた。長い間名を聞かれたこともなかった――。あの人が最後に呼んでくれたのはもういつのことだったか……』


 その思念波はそう返してきた。その声は恐ろしいというよりむしろ悲しい響きだった。

 ケイコはその声を聞いているうちに怖れよりむしろ、寄り添ってやりたい気持ちになる。


「あの人って、誰?」

ケイコは落ち着いて返す。


『あの人、そうだ、あの人の名前――。思い出せない――。あの人の名前――』

思念波はそう繰り返している。白いもやは頭上を旋回し始めた。


「ケイコ、もしかしてそのポーチ……」

エルフィーリエも落ち着きを取り戻しつつあるようだ。そうしてケイコが持っている冒険者用ポーチを指さしている。

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