悲しみのケイロス岬
第34話 新世界への案内人はボドゲカフェの店長
『バウガルドの酒場』の正式サービスまではまだもう少しかかるだろう。
ボードゲームカフェ「ダイシイ」の本店ともいえる、大阪本町店は本町商店街の雑居ビルの2階にあった。近くには高校大学などの学校もあり、大阪市内でも指折りの学研都市だ。そんな街中の商店街にその店は存在した。
そんなどこにでもあるようなボドゲカフェで、「店員兼テスター」を募集しているというSNSのつぶやきを見たのは、もう4年も前のことになる。
テスターというのが何なのかさえよくわからなかったが、募集しているのがボドゲカフェということもあって、新作ボドゲのテストプレイをこなしてゆく仕事なのだろうと推測していた。
つまりまだ製作段階のゲームをプレイして、意見や感想を述べる役割なのだろうという感じだ。
大学に通学するため、大阪で一人暮らしを始めて間もない頃だったので、何かアルバイトをしないとと思っていた矢先にたまたま見かけた「つぶやき」に目が留まった。
場所も歩いていける距離であるうえに、通学の途中でもあるので、都合がいい。
「ボードゲーム」というものにも前々から興味があった。受験勉強でなかなか触れる機会がなかったが、気にはなっていたのだ。
(場所も、時給も悪くないし、大学在学中の資金稼ぎとしては申し分ないよね――)
そんな軽い気持ちだったのだ。
最初は――。
それがあんなことになるとは夢にも思っていなかった――。
新ゲームのテストだと思っていた圭子は説明を聞いて驚愕した。というより、信じられなかった。
「異世界へ転移して、その世界を旅してほしい――」
説明してくれたのは、この店の店長だった。
(何のことを言っているのだ? 頭がおかしいのか? それとも新手の詐欺?)
「――頭がおかしいのか、と思ってるだろう?」
店長が間髪入れずにそう詰め寄る。
「え? あ、いえ――、まさか――」
「大丈夫だよ、そういう反応はもう慣れているから。なので、すぐに答えを出さなくてもいい、今日は少し向こうをのぞいてみて、あとは説明書きを手渡すから、ゆっくり考えてくれればいいよ――」
「むこう、ですか?」
「ああ、バウガルドという世界だ。私もいっしょに行くから命や怪我の心配は今日はしなくていい。どうだい? 行ってみるかい?」
「え、ええ、本当、なんですね――」
「ああ、僕は嘘は言っていないよ。でもまぁなかなか信じてはもらえないからね。本当は案内しづらいんだよね――」
「でしょう、ね――。わたし、行ってみます――」
「そうかい? 見てくれれば一目瞭然なんだけどね。そういってくれるとありがたい」
というわけで、半ば疑いもあったのだが、この店長がどうやら嘘をついているようには見えなかった。
そうであれば、見てから判断しても遅くはないだろう。
今から思えば、どうしてそんな向こう見ずなことに同意してしまったのか、どれだけ考えても答えは出ないままだった。
なんとか理由をつけるとすれば、『運命』という言葉が一番しっくりくるのかもしれない。
ともあれ、圭子は店長とともにバウガルドへ行くことにした――。
******
「どうだい? 本当だったろう?」
店長は今目の前に広がっている世界を前に誇らしげに聞いてくる。
それは圧巻だった。
間違いなくリアルにその世界は存在していた。匂い、空気、人いきれ、話し声、動物のうめき、砂埃、日差し、風の感覚、そして、食べ物の食感、味――。
店長は一通り「ケルン」という街を案内してくれた。
最初にこの世界へ来たときは酒場のテーブルに腰かけた状態だった。まわりの風景が戻ってきて、少し遅れて、音が生まれた。何を話しているかよくわからない話し声は、いつの間にか理解できる言葉となって耳に入ってくるようになった。
今二人は街を一回りして、初めの酒場に戻ってきている。酒場の給仕の女の子にビーフパティを二皿注文してくれた店長が、今日のお礼だと言って一皿をご馳走してくれた。
二人はそれを平らげた後、紅茶を一杯頂いていた。
「どうだい? この世界の感想は?」
「あの、なんていうか、言葉が見つかりません――」
「僕たちはこの世界をみんなに開放したいと思ってるんだ。そのためにはこの世界をまだ知らなくちゃいけない。この世界には僕たちの世界とは違うものがたくさん存在している。街の人たちを見れば一目瞭然だが、決して僕たちの世界には存在しないものばかりだ。それは街の外にも存在しているんだ。そこには危険なものも多数いる――」
「危険なもの?」
「ああ、魔獣と呼ばれるモンスターたちだよ」
「な!? 魔獣ですって!?」
「ああ、この世界の住人の中にはそれを狩って食い扶持を稼いでいるものも多数いるんだよ――」
「魔獣って、あれ、ですよね? ゲームなんかに出てくる……」
「ああ、実際採用されたらそれの討伐とかも初めのうちは私が一緒に同行するよ」
「はあ――」
「さて、そろそろ帰ろうか。ああ、心配しなくていい。こっちの時間でもうすぐ一時間ほどになるが、向こうの世界ではまだ6分ほどしか経っていないから――」
「え? なんですって? 6分?」
「ああ、こっち時間は向こう時間の10倍の速度で進んでるんだ」
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