第20話 共通の話題があれば年の差なんて、ね


 酒場の外でダイバーのパーティ3人と、馬男とその取り巻きが対峙する。その周囲には野次馬たちが取り囲み、人だかりとなった。ハヤトも野次馬に混じって外へ出る。


「で? 馬のおっさん、あんたが相手でいいのかい?」

ダイバーのうちの一人、さっき突っかかった男が言い放つ。


「お前なんざ俺一人で充分だ。覚悟しやがれ――」

馬男が返す。


「いいだろう。じゃあ、かかってきな」


「あとで吠え面かくなよ! おらあ!」

言うなり馬男が右足で蹴りを繰り出した。速い!


――ブン!


と、その蹴り足が空を切る。馬男の蹴りはダイバーの青年の頭上を通り越す。


 勝負は一瞬だった――。


 青年は屈んでやり過ごすなり、そこからすさまじい勢いで馬男の懐に潜る――。


ズドッ――……。


 という、鈍い音が響く。こちらからでは馬男の影になっていて青年がどうなったかわからない。が、次の瞬間、馬男がズルリと斜めに滑るように、腹のあたりを抑えてうずくまる。

 

 くずおれる馬男の体の影から現れた青年は、腰を落とし肘を突き出した態勢でその場にたたずんでいた。


(空手? それとも合気道とかかな――。すごいな……)

ハヤトは素直に感心した。


「おおおぉぉ……」というどよめきが周りの野次馬から上がる。


 しかし驚いたのはその後の青年の行動だった。その青年は、くずおれる馬男の腕を肩に担いで、こう言ったのだ。


「おっさん、大丈夫か? おれらはあんたらの世界を勝手に訪れる旅行者だ、でもな、命張って生きてることに変わりはねえんだよ。出来たら、この世界で一緒に生きさせてくれよ? な?」


「ああ、そうだ、あんちゃんの言う通りだ!」

「今回はお前の負けだ、クルト、認めてやるんだな」

「いいもん見せてもらったぜ、さぁ、飲みなおしだ!」

周囲の野次馬から次々と言葉が投げられる。


「ぐぅ。くそっ! 今日は一本取られちまったが、次はこうはいかねぇぜ……。おまえ、慰謝料代わりだ、一杯おごれ――」

馬男が青年に言う。


「は、ははは、いいぜ、おっさん! 奢らせてもらうぜ!」


「俺の一杯は、ピッチャーだぜ?」


「へっ、ピッチャーだろうが樽だろうがもってこいってんだ!」


「それから俺はおっさんじゃねえ、クルトだ。160歳をつかまえておっさん呼ばわりされたらたまらねぇ」


「俺は、シンヤだ。よろしくな、クルト」



 結局そのあとまた酒場に戻って、がやがややり始めた。まわりの人達はさっきのことなどもうどこかに置いてきてしまってる。

 シンヤと名乗った青年とそのパーティのもう一人の眼鏡の青年と革製の上下スーツの女の子、それから馬男クルトのパーティは同じテーブルでエールのジョッキを打ち鳴らしている。


「なんなんだ、あの人たちは。さっきまでいがみ合ってたのに――」


 思わずれてしまったハヤトの声を、カウンターで、酒を注いでいた主人マスターが聞き逃さなかった。


「ははは、理解不能だよな? でも、あれが冒険者というやつらなのさ――」

と、ハヤトにそっと告げた。


「冒険者、ねえ――」



――――――――



 結局、昨晩は遅くまで飲んでしまった。

 夜中すぎにさすがにもう飲めないと思って、部屋に戻り、鍵をしっかりかけたところまでは覚えているが、気が付いたら日光が燦々と木窓の隙間から差し込んでいる。


「うう……、ちょっと飲みすぎたな、今何時だろう。とりあえず、ケルンに戻らないとな」


 隼人はそれから、このニューズレイトの街の露天商を偵察して、品揃えをおおかた頭に入れると、ケルンへの帰路についた。また、6時間歩かなければならない。


 しかし、昨日の件はなかなかに面白い経験だった。ハヤトの商売相手はああいういわゆる冒険者たちだ。ケルンの冒険者たちはそこまで尖がっていない。まだ、「これから頑張りますー」って感じのものが多い。しかし、拠点が一つ進むだけで、結構尖がってくるものなのかもしれない。


 うまくは言い表せないが、日々命のやり取りをしているとその一瞬の煌めきのようなものが現れてくるのだろうか。

 自分の仕事はその冒険者の命と隣り合わせの仕事なんだと、改めて思い知らされた感じがした。


 

――――――――


 

 葛城隼人はいつもより長いダイブから『ダイシイ』に帰還した。


「あ、おかえりなさ~い。ハヤトさん、今日は長かったですね?」

ケイコ君が速人さんに声をかける。


「あ、はい。今日は初めて向こうで一晩過ごしましたよ。なかなかに楽しかったです。ニューズレイトまで行ったんですが、面白いダイバーを見かけましてね」

速人さんがケイコ君に応えている。


「へぇ、ニューズレイトですか。もしかしてそのダイバーって男二人と女一人じゃなかったです?」


「え? ああ、確かそうでしたね。スポーツマン風の男の子と、メガネの男の子、女の子は革製のタンクトップとショートパンツのスーツでしたね」


「あ~やっぱり。――それ、そこの3人ですよ?」

といって、ハヤトの隣のテーブルを指さした。


「え?」

速人がそのテーブルの方を見ると、確かに「昨日の夜」の3人がそこに座って、飲み物を飲んでくつろいでいるところだった。


「あ、君たち、昨日の……」


「ん? おじさんもニューズレイトにいたの?」

と女の子が言った。


「え? ああ、昨日の酒場のクルト?さんだっけ、馬顔の。見てました」

速人が答える。


「なんだぁ、見られてたのかぁ、おじさん、どこにいたの? 気が付いたら声かけてくれたら一緒に飲めたのにぃ」

と、その当の本人が言った。


「シンヤ、さん、ですよね? 昨日名乗ってるの聞いてました。すごいですね、あんな大きい相手倒しちゃうなんて」


「ああ、こいつ筋肉バカなんで、なんか知らないけどよく絡まれるんですよね。おれはトオルです、よろしく」

眼鏡男子が手を差し出してきた。速人はその手を取って挨拶を返す。

「よろしく、ハヤト、です」

「わたしはサラです。よろしくね、ハヤトさん」

次いで、すらりとしたショートカットの女の子が挨拶をする。

「よろしくサラさん」


 その後少しの間お喋りをした。ハヤトもコーヒーを注文してゆっくりと旅の疲れを癒していた。


(こんな若い子たちと、垣根無く話ができる。これもバウガルドのおかげだ――正直、楽しいな) 


 


 その晩、葛城速人はいつもより遅く帰宅した。

 

 

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