18 謁見
ライオットの手を握ると「ありがとう」というライオットの言葉を聞くとともに、またしても世界が反転して、景色が変わった。空間転移だ。
「ここは!?」
「謁見の間の前だよ」
咄嗟にライオットに訊く。そう言われて見ると、確かにそんな気がする。豪華なシャンデリアに荘厳な装飾のなされた壁に柱……。まさしく王城の中だった。
「謁見の間って……なんでそんなところに?」
「まぁ、入れば分かる」
そう言ってライオットは俺らの眼前に聳え立つ大きくて重そうな扉をゆるりと開けて中に入っていく。俺もその後に続くとそこには見知った顔があった。
「ハンスだ!」
リルの声が聞こえた。遠くの方でリルが手を振っている。そして、リルの隣にいる俺の両親も手を振ってくる。だが、不思議なのは三人ともとても上品な格好をしていることだった。そんな服持っていたか? 記憶には一度もない。俺は首を傾げながらも三人のもとまで歩み進める。そして、尋ねた。
「父さん母さん……それにリルまでどうしたんですか?」
「おや、お前聞いていないのか?」
「何をですか?」
またしても俺が質問すると、父は人差し指を自身の唇に当て、いたずらに笑って言った。
「なら、まだ内緒にしておこう。それより先に進みなさい。胸を張って歩くのだぞ」
俺は仕方なくライオットに続いて赤いカーペットを歩く。周りには貴婦人や紳士たち、きっと偉い人たちが並んでいた。俺は物珍しそうに彼らを眺めながら歩く。彼らも俺のことを珍しそうに見ていた。そして、赤いカーペットの先には玉座があった。しかし、玉座は空席だった。
「ここで止まりなさい」
ライオットに指示された通り俺は立ち止まった。なんだろう。一体これから何が始まるんだ?
「跪いて、頭を下げなさい」
「は、はい……」
言われるままに頭を下げると、ライオットは俺の隣に立った。そして、ライオットはため息を一つ吐くと、被っていたフードを外した。その次の瞬間に、玉座の間にざわめきが起こった。
「ライオット様だわ!」
「隣にいる子供は誰なのかしら?」
「あの黒髪の子ども……どこかで見たような気がするのだが……」
「まさか勇者では!?」
ライオットがフードを外した途端、人々の声が忽ちに起こるが、「静まれ」という若くも重く深い声によって人々の声が止み、静寂が玉座の間におとずれる。
「顔をあげよ、ハンス」
「はい……」
その声のままにゆっくりと顔をあげると、玉座には白髪碧眼の端正な顔立ちをした少年が気だるそう頬杖をついて座っていた。年齢は十代半ばくらいだろうか。きっと、彼が王様なのだろう。続けて王様らしき少年は高らかに告げる。
「この少年が魔族から姫を救った勇者である! 我が妹である姫は我が国にとって、いや、人類にとってかけがえのない宝物だ。よってその存在は王族でも知る者は限られていたが、今日の日にその存在を公表する」
王様がそこまで言うと、辺りはざわつき始める。
「本当にそんな姫様がいるのかしら?」
そう言って、王様の言葉を信じない者もいた。それらの声をとくに気にすることなく、王様は続ける。
「そこにいるライオットが姫を守るため、長きに渡って秘密裏に動いておったのだ。よって、二人には勲章を捧げる」
王様が手を挙げると、後ろに控えていた大臣らしき人物が何かを持ってきて、俺たちの前に差し出した。俺が受け取ったのは伝説にある不死鳥の彫られた金色のメダルだった。
「これは勇者であることを証明する証であり、これをつけている間は、勇者として敬われますぞ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。ライオットも金色のメダルを貰っている。だが、ライオットの表情を伺うと、そこまで嬉しくはなさそうだった。
謁見後、俺は両親やリルと合流し、ある客室に通された。両親は俺のことが誇らしいのか、移動中、鼻の下を伸ばしていた。一方リルは、俺が貰った勲章が気になるのか、チラチラと見ていた。
「本当によくやったぞ。まさか、息子が国家勲章を得る日が来るとは……」
「そうねぇ。立派になったわねぇ、ハンス」
部屋につくなり、両親は泣きながら喜ぶ。父が俺の頭を撫で回し、母は手を合わせてにっこりしていた。
「ねぇ、姫って誰のこと?」
一人残されたリルが訊いてくる。正直どう説明したらいいよかわからない。彼女はまだ、本当の記憶を思い出していないのだ。今は俺の両親がリルの親代わりだ。リルも今はそれを信じている。だが、その嘘もいつまで保つかわからない。
「王女のことだよ。たまたま救ってね。だけど、誰が王女かは話しちゃいけないんだ。万が一、敵にバレたら王女が狙われちゃうからね」
「そっかぁ。ふーん」
はぐらかした俺の回答にリルは満足していないみたいだった。頬が少し膨らんでいる。その時、部屋のドアがノックされた。
「ちょっといいかな」
澄んだ声だった。扉が開くとそこには王様が立っていた。両親は即座に跪く。俺は反応に遅れたが、王様が静止した。
「いい。私はハンスくんと少し話をしに来たのだ」
そう言いつつ、王様はリルのことをチラッと見た。やはり実の妹故に気にかかるのだろうか。だが、それも一瞬のことで、王様はすぐさま俺に向き合う。
「悪いが、ハンスくん以外の方は席を外してもらえないかな」
王様の言葉に頷き、両親とリルが部屋から出ていった。二人きりになってから机を挟んで俺と王様は座る。王様は一息つくと話し始めた。
「ハンスくん。改めて今回は妹のリルを救ってくれてありがとう」
「どういたしまして。ですが、俺がいなくてもライオットがどうにかしたのではないですか?」
「そうだな。今回、ライオットはかなり苦戦したと言っていた。それでもあの大賢者だ。ライオットならいずれにせよ勝てただろう。だが、もしリル王女を人質にされたら、勝算はなかったかもしれない」
「はぁ……」
「どうかライオットのことは許してほしい。リル王女を守ることが彼の使命なんだ。記憶を書き換えたことで、君に不快な思いをさせただろう。私から謝る」
王様は深く腰を折った。俺は慌てて首を振る。
「大丈夫です。気にしてませんから」
「そうか。それはよかった。ライオットはあれで素直ではないんだ。是非よくしてやってくれ」
「はい。分かりました」
「では、妹のことは君に任せたよ。細かいことはライオットと話してくれ。今回の件、本当にありがとう」
「いえ。とんでもないです」
お辞儀をする王様に、俺は謙遜しておいた。正直、リルを魔族から救うためだけに転移したわけでもなかったので、複雑な気分だった。結局、ライオットの立ち位置もよく掴めないままだし。
「一つ質問していいですか?」
「答えられる範囲でよければ構わないよ」
「ではお言葉に甘えて。なぜリル王女は魔族に狙われているのですか?」
俺の質問に王様は唸った。
「そうだね……。君にはいつか話そうと思う。何故、魔族に私の妹が狙われているのか、をね。でも、まだ教えることができない」
「そうですか。では、その時で大丈夫です」
俺の返答を聞くと、王様はニコリと微笑んで「頼んだよ」と告げ、去っていった。そして、タイミングを推し測ったかのようにまたドアがノックされた。
「話がある。二人でだ。できるか?」
「ええ……」
ライオットの声だった。ライオットは王様と入れ替わるように部屋に入ると、先程まで王様が座っていたソファにドスンと座った。
「お前の友人に勇者が現れたようだな」
座るなり、ライオットは早速話題を切り出した。俺は「はい」と頷く。
「提案というか命令だ。その勇者と、お前と、そしてリル王女の三人でパーティーを組め」
「でも、それだとリル王女が危険では?」
「なに。私がお主の力を保証する」
うーん。この提案はどういう意図があるのだろうか。リル王女が危険にさらされるだけな気もするし……。俺が悩んでいると、ライオットは補足するように告げる。
「普通という言葉はあまり好きではないが、普通に考えて、冒険者パーティーのメンバーに王女がいると思うか?」
その言葉を受けて、俺は得心した。
「あぁ、そういうことですか」
「左様。リル王女はお前の妹ということになるようにしておく。ゆめゆめ、このことは他言するなよ」
その後、ライオットの転移魔法で俺とリル、両親は実家に送られた。そして、しばらくはいつもの日常に戻るのだった。
一週間後にライオットの言っていた冒険者登録が行われる。俺はそれを心待ちにしていた。リルとセシルと三人で勇者パーティーか。どんな冒険が待っているのかと、俺は心を踊らせるのだった。
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