第26話 全てのキャンプを破壊するまで
アタラクシアはその日の昼に第四キャンプを岩盤の下敷きにし、深夜には第三キャンプを壊滅させた。あらゆる建造物を徹底的に破壊する。エックスが主導して爆破していく。
「無人……か」
燃え盛る第三キャンプを眺めながらエックスが呟く。
「羊角隊が他の冒険者を追い払ったという話でしたわね」
「でもそいつらも今頃はハイエナのお腹の中ってわけさ」
「お、おお……二人とも丁寧にありがとう。理解したよ」
アタラクシアとモルガナの、合わせて十二人は移動を続ける。大型モンスターの背に乗って、静かに照らす月を右手に見ながら、真っ直ぐに荒野を進む。
モルガナは空飛ぶマンタのようなモンスターに乗っている。両手を後ろについて、星を見上げる。突如、虚空から現れたレオランがモルガナの背にハグしてきた。
「っわ、びっくりした。レオランさん?」
「レオランでいいわよ~。モルガナちゃん、私のこと、覚えてない?」
レオランは身体を離して顔を見せる。モルガナが気付いて驚く。
「……まさか、近所のお姉さん!?」
レオランはジェリアール王国跡地の出身。彼女の親はジェリア家のことをよく思っていなかったが、しかし彼女はモルガナとエックスに良くしてくれていた。
「な、懐かしい! そのおっとりした雰囲気で思い出しましたわ。あの頃はよく、私たちをゴミ山へ遊びに連れだしてくれましたわね。姿が見えなくなったと思っていましたけれど、まさかここまで来ていたとは」
「覚えててくれてうれしいわ~。ね、下を見てみて? 面白いわよ~」
「下?」
モルガナは腰を上げて地上を見下ろす。モンスターの背を下りて荒野に走り出そうとしているメルフィスが、他のメンバーに取り押さえられている。
「や、やめろお前ら! 今あっちを歩いてたのは激レアモンスターのはぐれアルマジロだぞ!? 私はあれを捕まえに行かなきゃいけないんだあああ!」
「やめてください姐さん! ここで姐さんを逃がしたら俺たちまでエックスに叱られちまう!」
「うるせえ私は行くぞ! お前らどけええええ」
モルガナはうわあと顔をしかめ、レオランはそんなモルガナの表情を見て笑っている。モルガナもそんなレオランに合わせてふふっと笑い、続けて尋ねる。
「そういえば、〝支配〟のエーテルはどのような効果を持っていますの?」
「ん? そうね。まあそのまま、モンスターを従えることが出来るエーテルよ。そのためには一度モンスターを倒す直前くらいまで弱らせる必要があるわ。とはいえ言う事聞くまで〝支配〟できたか分からないから、結構ヒヤヒヤするのよね」
メルフィスがなんとか僅かに杖を動かす。するとモドリドリが三匹、彼女の影から飛び出し、抑えるメンバーたちをキックしようとした。しかしそれはメンバー各々の能力で無効化される。回避する者、反撃する者。モドリドリはボコされて地面に転がる。
——モドリドリ数匹程度なら余裕で返り討ちですのね。
「うああああ私の遡及鳥ちゃんがあ! お前らよくも!」
「姐さん自分のモンスターにそんなに愛着無いでしょ。なんなら俺らの方がありますよ。まず間違いなく俺らの方が心を痛めてますよ。可哀想だなあって」
「チッ情に訴えて仕方ねえなら奥の手だ。出てこいクリシチタ……!」
瞬間、世界が揺れた。しんとした夜のヴェールが剥がされた。景色の一カ所が紙を破くようにビリリと裂ける。向こう側には無限の銀河が広がり、こちら側へ深淵の波動が漏れ出す。
モルガナは、そこから伸びて出ようとする片手だけを見た。枯れた人間の腕の様であってしかしそれは、指一つ折るだけで人一人の起こしうる奇跡を容易に上回るだろう、超越した存在であることを否応なく感じ取らせた。
「メルフィス」
メルフィスの前にエックスが降り立つ。仮面で表情は読めない。モルガナが一度そちらに目線を移すと、次の瞬間にはさっきの時空の裂け目は消えていた。それはメルフィスの意図とは反する現象のようだった。
「な……なんで引っ込むクリシチタ!?」
「お前の〝支配〟を跳ねのけるほどに私を恐れているようだな。そういえば戦うとき、あんなに長時間の拷問にかけたのはこのモンスターが初めてだった。知能の高いモンスターがあれだけの拷問を受けては、確かにトラウマになるだろう」
「う、うそだろ……」
「メルフィス、ちょっと悪ふざけが過ぎるな? ——一から三まで選ばせてやる」
モルガナだけでなく、それを抑えていたメンバーらも息を飲む。
「や、っやだ。許してほしい」
その声には偽りや茶化しではない、真の恐怖が滲んでいた。
「なら三時間だ。お前の好きなやつにしよう。全身にハチミツを塗って蟻塚に縛り付けるやつだ」
メルフィスは左のガントレットをメルフィスへ向ける。装着されたエーテル石から鼠色の光が滲み出た。メルフィスは一度強く体を震わせたかと思うと、白目をむいて泡を吹き始める。
「今、何をしたのかしら。使ったエーテルは〝記憶〟ですわよね」
「三時間分、拷問の〝記憶〟を植え付けたのね~。今の一瞬で、メルフィスは体感として三時間の拷問を受けたわ」
「……そんなことが、可能だと!?」
「エックスにしかできないけど、実際できるみたい。〝記憶〟のエーテルを攻撃に転用しようと研ぎ澄ました末にある奥義ね~。どこで調達してきたのか知らないけど、あらゆる物理的、生理的嫌悪を網羅した拷問の記憶が少なくとも、二か月分はあるわ。植え付けられると、その記憶の被拷問者の肉体と精神の体感を鮮明に味わうことになる。想像しただけで怖いわよね。でも〝記憶〟はいくつもある攻撃手段の一つに過ぎないのが凄いところよ。エックスは、間違いなく私たちのエースだわ~」
モルガナは自分の考えを訂正した。折を見てその背中を刺せばよい、そんな甘い考えを打ち砕かれた。モルガナは、時空を裂いたモンスターにさえ「敵わない」と本能的に感じ取った。そのモンスターが、メルフィスの〝支配〟を振り切ってなお敵対を臨まない相手が、エックスである。
――メルフィスとエックスの実力は拮抗しているのかと思っていましたけれど、メルフィスの切り札は効きませんのね。これは、メルフィスを唆した程度ではエックスを倒すことはできないのでは……。
移動中、モルガナは眠りについた。その間もアタラクシアの行進は止まらない。途中休憩で立ち止まったオアシスでエックスに尋ねる。
「かなり急いだ進行ですわね」
「そうだな、大事なのはスピードだ。我々の行為が街に伝わる前に、できるだけ早く進まなければならない。実際、我々の破壊行為はまだ街には伝わっていないはずだ。そうだな? レオラン」
「そうね~。街はいつも通り、ギルド管理協会も普段通りの運営をしてるみたいよ」
「ああ、ありがとう。と、いうことだ」
エックスは逆にモルガナに尋ねる。
「モルガナは、戦闘ができるのか? 立ち居振る舞いを観察した限りでは、多少の戦闘力があるように見えるが」
「え! 私、戦える人間のように見えますの!?」
「ああ。気の張り方や、自分の武器への意識など、まったく冒険者らしい。中堅ギルドでも足を引っ張らずにやっていけるだろう」
「ふ、ふーん。私、戦い始めて一週間も経ってないんですけれども。才能があるのかもしれませんわね……。ふふ……」
モルガナは嬉しさを隠せない。エックスはその言葉にしばらく返事が出来なかった。
「……そ、そうか。まさか、一週間でその域か。そうだろうな。お前ならきっと才能があったのだろう。とはいえおそらく、分不相応な経験値を得る機会があったのではないかな。死地を乗り越えたのは一度ではないはずだ」
向こうで水汲みに参加していたメルフィスは、この二人の会話に耳を立てていた。
――やっぱり、怖いのか。本当の妹が。
モルガナがフロンティアに入って六日目の夜。アタラクシアは荒野を渡り切り、第二キャンプに到達した。連れ立って砦へ入る。
奥からベルカがやってきて、先頭のエックスに声をかけた。
「エックス? アタラクシアがなぜここに? 第六キャンプで何かあったのか?」
「ああ、何かはあったな。ところでこれはなんでもない世間話なんだが、今この砦には何人程度の冒険者がいる?」
「数人だけだ。一昨日まで第二エリアが冠水してて、多くの冒険者が街に帰れていなくてな。それが昨日の昼には通行できるようになったから、みんな一斉に帰ったんだ」
「そうか」
「人手が必要だったか?」
「いや、この方が好都合だ。人が多くては情報の封殺が難しいからな」
メルフィスがモドリドリをけしかける。ベルカは〝認識〟のエーテルで隠し持っていた機構剣で攻撃を受ける。しかしまだ状況を理解していない。
「な、何のつもりだ!?」
「みな、一人も逃がすな。速やかにこの砦を制圧しろ。行け」
メンバーが一斉に分かれる。その場にはエックスとモルガナ、そしてメルフィスが残った。モルガナはメルフィスに「他のメンバーについていかないのか」という目を向ける。
視線を受けて、メルフィスはモルガナに近寄り耳元で囁いた。モルガナより少し低い身長。
「君のために、残ってあげたのさ」
言って、からかうように笑う。
ベルカは未だにアタラクシアの態度を測りかねている。
「……本当に何のつもりだ? 協会と敵対するつもりなのか? 何のために?」
「我々の思想を説いても理解はされないだろうな。肝要なのは、このキャンプはこれから制圧されるという事だけだ。どうだ、聞いてみよう。投降するか?」
ベルカは剣を下ろす。
「……ああ、投降する」
「ウソはいけないな」
エックスは右腕の装置をベルカに向ける。横に三つ連なった銃口が火花を散らす。
その銃弾は、すぐ目の前で鉄板に当たったかのように弾けた。虚空に隠れていた男の姿が露わになる。彼はもう三歩前に出ればエックスの首元に刃を突き立てられるところだった。モルガナが驚いて名前を呼ぶ。
「ネクスィ!」
「申し訳ありませんが、僕たちはこの砦を守らなければいけないので」
「そうか。それは残念だ」
砦の廊下。ネクスィは二歩下がり、ベルカと並ぶと機構剣を目線と平行に構える。
「その覚悟に敬意を表そう」
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