第16話 カスカル救出戦
クレースは建物の裏口から侵入する。猫も続く。
「先に行ってくれる?」
猫がクレースの先を行く。猫が角を曲がってから、クレースも追って角を曲がる。廊下の先に地下階への階段が見える。クレースは階段脇に張り付いて、猫が階段を下りていくのを待つ。
「猫? こんなところに珍しー。てかデカいね」
心臓が跳ねる。深呼吸をして、階段の下をちらりと除く。踊り場にサスペンダーの少年が一人。猫を抱き上げている。
「あれ、君なんか固いな。というかなんか重い? 密度あるね、金属みたい」
少年が猫を頭の上に持ち上げる。途端猫の身体が溶けて液状になり少年の口を塞いだ。クレースが階段の手すりを滑り降りて、勢いをつけたままに剣の鞘で少年の顔面を殴る。少年は鼻血を出して膝をつく。
クレースは少年の首元を掴むと素早く踊り場を曲がり下階へ駆け降りて、地下の剥き出しの地面に投げつけた。鞘から剣を抜いて少年の首元にあてる。小声で尋ねる。
「カスカルはどっち?」
少年は怯えながら通路の先を指さす。
「猫、こいつの拘束に十分なだけの身体を裂いて」
猫は体の一部をロープにして、口を埋めている分に加えて四肢を縛った。クレースは少年に抱き着いて体に手を回す。腰に着けていたエーテル石を一つ見つけると、それを奪って通路の先へ進む。大きさが半分ほどになった猫がクレースについていく。
地下は部屋と言うには不十分な、あてなく堀った坑道のようで、幅の細い道もあれば崩れかかっている道もあった。クレースは人の気配を頼りに奥へ進む。アリの巣の様に複雑に広がる地下道の先、鉄の牢にカスカルが捕らえられていた。クレースとカスカル、両者驚く。
「クレース!?」
「あんた。いや、え!? まさか……!」
カスカルの捕らえられている大牢には他にも捕らえられている人間がいた。クレースはカスカルの安否よりも、まずその人物に驚いた。彼は牢の中央に寝かされている。高級なシャツと裾の長い白衣。眼鏡をかけた黒髪の男。
「クルルーイ……!?」
そこには〝がらんどう〟のリーダー、クルルーイの身体があった。
「ね、猫! とりあえずこの鍵開けてくれる!? 無理なら壊すけど!」
猫が鍵穴にジャンプする。筒に腕を突っ込むような仕草で鍵穴に腕を入れた。猫が離れると同時に牢の扉が開き、カスカルが出てくる。
「クレース、助かったっす!」
「いやそれよりこの、この! クルルーイは!? 死んだんじゃなかったの!?」
クレースは〝死体運び〟から聞いた話を思い出す。〝がらんどう〟の死体は人数分見つかったという話だったはず。
「死体の偽装が行われたみたいっすね。きっと、首が飛んでたとか、個人が特定しづらい死体を用意してたのかな。もしくはレーノさんが死体を確認してないんじゃないっすか?」
「ど、どうしよう。連れていけるかな。というか、息は……あるの?」
「息はあるけど、ちょっと変すね。意識は無いけど寝てるわけじゃないというか。〝迷宮〟の
「第六エリアのモンスターが第三キャンプに?」
「いや多分、これはメルフィスが操る渦巻く妖精に洗脳されたんだと思うっす。俺のこともそうやって手駒にしようとしたんすね。こわいっす~」
「メルフィスって〝アタラクシア〟の〝魔女〟?」
「説明は後。クルルーイは一旦置いてくしかないすね。行くっすよ」
カスカルが先導してクレースは来た道を戻る。階段前の空間に出る。
縛ったはずの少年の姿が無い。猫は羽を生やすと階段の上に突っ込んでいって爆発した。
「ぐああ!」
踊り場の角に隠れていた誰かが爆発に怯む。クレースが剣を鞘ごと構えながら駆け上がって、カスカルはそれに続く。
踊り場の角、クレースと反対側の男はお互い陰から出ながら武器を振る。男の剣は鞘から抜かれている。二人の剣は衝撃をもってぶつかり、クレースが勢いよく距離を詰めてそれはすぐに鍔迫り合いに変わる。男はクレースの勢いに驚いて、押し返すのに手間取った。
カスカルがクレースの腰からナイフを抜いて、脇に滑り込むとそれを男の腹に深く突き刺した。男の顔が歪む。クレースが男を押し倒して上に乗ったが、男は既に神経系を麻痺して口から泡を吹いていた。
先を行ったカスカルを追い、慌ててクレースも階段を上る。
「あ、あの毒ナイフ、人間相手なら死んじゃうわよ!?」
「大丈夫、あっちには治療系の奴がいるんで死にはしないっす」
廊下の向こうではスリットの深いドレスを着た女がこちらに杖を向けている。その傍には火球がいくつか浮かんでいる。カスカルはクレースの腕を引きながら、階段に対して横側の通路へ曲がった。二人がいた位置に火球が飛来し、階段奥の壁に当たるとボボンと続けて爆ぜる。
カスカルはそのままクレースの腕を引いて正面入り口側へ走る。普段の調子に似合わないカスカルの真剣な表情を見て、クレースは初め意外に思っていたが、次第に気を引き締めた。
後ろから女の追ってくる足音が聞こえてくる中、最後の角を曲がり、吹き抜けの玄関エリアに出た。
そこの一帯には、戸棚や食器、カーペットやシェード、他にはランプや武器などが縦横無尽に浮かんでいた。行く手を阻んでいる鏡台にクレースが突進するが、それはビクともしない。
「〝固定〟か……!」
周囲に立体的に固定された物体らの上を飛び交う人影がある。それは空中の戸棚を蹴り、スプーンを掴んで体を翻し、クレースからの反撃は自分の身体を一瞬だけ固定することで透かす。剣を振り切ったクレースの首元に、小刀を構えた少年が落下した。
「さっきのお返しだよ」
刀はクレースの胸に深く刺さる。クレースは少年を振り払ったが、少年はクレースを軸として小刀を〝固定〟し、胸から抜くことが出来ないようにする。
カスカルが固定された物体を避けて外に出るための順路を発見する。
「クレースこっちっす!」
「クッ……今、行く……!」
クレースはよろめきながらカスカルの後を追う。去り際、起き上がろうとした少年にナイフを投げつけた。少年はナイフを眼前で固定し、逆に他の物体全ての固定を解く。
二人の頭上から体重以上の家具が襲い掛かる。カスカルはクレースの腕を引いて一つ回避し、クレースがカスカルの身体を押してまた一つ回避、しかし三つ目の鏡台にクレースの足が潰された。衝撃に割れた鏡が飛び散る。
カスカルが引きずり出したが、クレースの左足首は折れてしまっている。鏡台の陰でクレースは腰を下ろして荷物から包帯を取り出す。
「——クソッ! なんか棒か板かある!?」
カスカルは傍に落ちていた椅子から都合の良い長さの棒が抜き出す。クレースはそれを足首に素早く巻き付けるが、カスカルが頭上に熱を感じて見上げると、既にいくつもの火球が降ってきていた。物で防ぐには間に合わない。
クレースを庇うように上側を覆って背中で受ける。爆発を受けた背中の皮は爛れ、内臓のいくつかに甚大なダメージを負う。横隔膜がうまく機能しなくなり、呼吸が細かくなる。自分の拳で何度か強く胸を押し込んで呼吸を平常に戻した。クレースが立ち上がって建物の外に出て、カスカルも続く。
外に出てきた女が二人の後ろ姿に火球を放ち、暗闇の中に爆発が起こる。
「手ごたえがない……」
女は新たな火球で足元を照らしながら、先の火球が爆破した地点へ急ぐ。二人の姿は見つからない。
「ま、まさか、逃げられたの?」
大きな火球を三つ浮かべると、それを第三エリア方向に飛ばして上空で爆発させる。地面を照らすが生き物の影はない。
「見通しのいいコウヤには逃げてないか。〝湖〟へ?」
第四エリア〝霧笛の湖〟。湖のほとりの背の高い葦原に姿を隠す。クレースは左脚の痛みにバランスを崩し、右肩に背負っていたカスカルと共に、湿った地面へ倒れ込んだ。地面の感触の気持ち悪さに一度腕を突くが、しかしやはり体を起こせず、最低限仰向けになって夜空を見た。
胸の小刀を掴む。深呼吸。一気に引き抜く。
「ぐうっ!」
血があふれ出す。小刀を投げ捨てる。
――あーしんど。胸の傷は致命傷をかわしてる。いや、流石に殺すつもりは無かったってだけか。左脚はすぐ治る。どの傷もなんとか〝再生〟が間に合う範囲内……。
隣に倒れているカスカルに目をやる。意識朦朧として呼吸も上手くできていない。
――出血だけ止まったらカスカルの〝再生〟を優先した方がいいわね。
カスカルがうわ言のように呟く。
「追ってくるっす……。湖面に出ないと……」
「それは——そうね。危ないけど、このまま潜んでいるよりは安全そう」
ほとりには数多くの小舟が泊められている。クレースは近くの小舟をいくつか見て回り、そのうちの一つにカスカルを乗せた。木杭からロープを解き、船を押していく。ちゃぷりと船が浮かび、クレースの身体も少しずつ水に浸されていく。腰が浸かるまで押してから船によじ登って、据え付けられたオールに手をかけた。
舟は湖に漕ぎ出し、夜霧に姿を消した。
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