モルガナは自分のことを騙りたい
うつみ乱世
一章 レーノとモルガナ
第1話 冒険者とお嬢様の出会い
あれ、あなたは……こんばんは。何か用が? 「特にない」……そう。それならゆっくりしていって。
この大きな荷物が何かって? これはまあ、大丈夫。一旦忘れてもらっていいよ。
え、この物語に興味が? どんな話なのかって? そうだなあ……一口に説明するのは難しい。表向きには、「冒険者とお嬢様が世界の果てを目指す物語」かな。でも、本質はそこにはない。
そうだな、まずは区切りがいいところまで聞いて雰囲気を掴んでもらってから、改めて、これが一体、本当はどんな物語か、説明させてもらおうかな。
エリア〝二の森〟。木漏れ日を走るリスが、林間から現れた人間を避けて枝に上る。
疲れ切った男が森を彷徨っていた。黒く短い髪には新しい血が滴っている。皮の装備には複数の貫通痕があり、銃の残弾は既に無い。フラフラと木に寄りかかりながら歩く。
「はあ……。何があったんだよ、くそお……」
開けた場所に出た。陽光降り注ぐ泉。小鳥が水を浴びている。傍には手頃な切り株がある。
「切り株だあ……! たすかっ――」
男がよいしょと切り株に腰かけた瞬間、体重がガクンと抜けた。切株含め、辺り一帯が突然に陥没したのだ。辺りの土も水も、全てが地中に吸い込まれていく。
すり鉢状になった穴の中心から二つの牙が飛び出した。片方だけで人ひとり分はあろうかという大顎。
「……最悪。もう疲れてんだよお!」
男は来た方へ慌てて振り返り、滑り落ちる砂を駆け上る。しかしすり鉢のヘリはどんどん遠ざかっていく。
「ああー、これは追いつけない……」
巨大アリジゴクは満足そうにカチカチと顎を鳴らす。男は流砂に逆らうのを止めると、斜面を下るように滑りながら、ベルトのポケットから三角錐の石を抜く。淡く黒いエーテル結晶体。右の指で挟んで持って、左で構えた銃に添える。
「本当に最悪だ。お前みたいなザコに、これを使わなきゃいけないなんてさあ!!」
エーテルの力で創造された弾丸が放たれ、すり鉢の中心に吸い込まれた。遅れて穴の中心が爆ぜ跳ぶ。水脈が噴き出すように砂が吹き上がり、バラバラになったアリジゴクの手足が雨のように降り注いだ。
男は爆風の勢いを使ってなんとか地上に転がり出た。口をゆすいで砂を吐き出してから、右手に持ったエーテル石を見る。それはガラスのように透明に透き通って、僅かな黒い淀みすら残っていなかった。
森には巨大生物が闊歩し、荒野では天地がひっくり返る。万象が朽ち果てるかと思えば、生まれる前まで巻き戻る。泉には精霊が飛び、超常の熱を放つ。
西へ西へと進めばどこまでも、世界は人類を新たな危機で迎えるだろう。
それが〝フロンティア〟。命知らずの冒険者が、今日もまたその身を投げる。
二日後。
「レーノ、もう大丈夫なのか?」
「あ、はい。ばっちりです」
〝二の森〟を臨む丘の街、サーウィア。ギルド管理協会の依頼斡旋所。先の男——レーノはそこに、所属していたギルドが自分一人を残して全滅した件を報告しにきていた。
「いや、本当に、心が落ち着くまで休んでていいんだぞ?」
サーウィアの多数のギルドを纏め上げる協会長、書斎机に着く彼女――モッカはレーノに気を遣う。ストレートの黒髪が艶めく、涙ぼくろの女性。
「大丈夫です! もう元気なので!」
そう聞くと、モッカは突然明るく振る舞い始めた。
「そうか! じゃあこれから、レーノが払わなきゃいけない借金の話をするなー?」
「あ、やっぱり払わなきゃいけないんですか……?」
レーノはきゅるんと可哀想な人間を気取ったが、モッカはニコリと払いのけた。
「ああ。それはそれ。これはこれだ」
レーノたちのギルドが行っていたサービス、「フロンティア観光支援/王族・貴族様歓迎! 絶対の安全と共にフロンティアの絶景を堪能しよう!」では、万が一失敗したときのための保険金が契約に盛り込まれていた。相手の階級が階級なので、その額は莫大だ。
「えー、請求額は——こちらになります!」
「わお。俺には払えませんね」
「ああ。だからこれを払うのはレーノたちに冒険者証を発行していた私ってことになる。レーノたちのギルドが勝手にやってた事業の責任が私にあるだなんて、協会長は大変な立場だなあ」
「世知辛いですね~」
「キレるぞ? 私はあの事業は止めろって再三忠告してたはずだけどな?」
直前までと打って変わって恐ろしい声色。
——キレてます。もうそれキレてますよモッカさん。この人、崩した態度で油断させてから突然キレてくるんだよな。マジでビビるからやめてほしいよ~。
「私は君たちのギルドには相当な恩がある。だから半分は肩代わりしよう。だが半分は払ってもらう。もしくはまあ、冒険者を辞めて二度と私の視界に入らなければ、許してやろう」
——それはもう滅茶苦茶キレてるじゃん……。
「以上。できればお金を返す方を選択してくれると嬉しい。よろしく頼むよ」
「冒険者以外の生き方なんて知らないから一択なんだけどねえ!」
エーテル石は取り上げられギルドの部屋も差し押さえられた。一文無しとなったレーノはぼやきながらトボトボと街並みを歩く。
残されたのは拳銃一丁と弾が数発、それに、クエストを受けるために必要な冒険者証。
夕方、噴水の広場で子供たちが遊んでいる。立ち止まってなんとなく眺める。
――子供は良いなあ先の人生の心配とか無くて。こちとら一文無しの上、一生借金暮らしが確定だよ。はあ。他の街に居場所があれば逃げられたのかもしれないのけどなあ。前市長の頃に他の冒険者がやっていたように、他の国に傭兵として雇われに行こうかな。……いやいや、流石に人を殺すのはちょっとしんどいよ。モンスター殺すのとはワケが違うわ……。
気を落としていたところふと気づいた。彼と同様に立ち止まっている人間が隣にいることに。
なんとなく目をやる。街を吹き下ろす風が、花壇の赤い花弁を巻き上げた。
「ふむふむ、水道が引かれているし、子供が遊んでいたりもしますのね」
金髪を腰まで伸ばした少女が一人、腕を組んでうんうんと頷いている。黒と赤を基調とした豪勢なドレス。コルセットにスカートでお姫様らしいお姫様と言った風貌。口紅でも隠しきれない幼さがあり、レーノより数歳以上若いように見える。
おもちゃ箱から歩いてきた人形のようだった。
――おっと。これは危ないね。
「お嬢さん、ちょっといいかな」
レーノは仕事のクセでついつい声をかけてしまった。
「あら、どなた? ご飯のお誘いならごめんあそばせ。
「おお、お嬢様らしいお嬢様って感じだ」
「お前みたいな貧民が話しかけてこないよう、上流であることをアピールしているのですわ!」
少女はアッハッハッハと高笑い。
「いや、逆だと思うよ俺。そういう世俗を知らなさそうな態度の方が声をかけられやすいと思うんだけど」
——この人、随分と高貴ないで立ちだけど、付き人とかいないの? この歳で一人? この街、一本入ったら風俗街があるような、風紀の悪いところなんだけどな。
噴水の傍で遊んでいた子供たち数人が二人に駆け寄ってくる。
「お姉さんお姫様みたい!」
「そうでしょう! 貧民の子供たちよ!」
「この子たちはちゃんとした格好してるから普通の家の子だよ!?」
――ま、俺の方が貧民なのは間違いなかったんですけど。
自嘲の鼻息が出る。
「ま、私より貧しいのだから貧民なのではなくて? 貧民のガキですわー!」
「お姉さんお金持ちなの? 札束で扇子作れる?」
「当然作れますわ!」
少女が財布を摺られるまで五秒もかからなかった。
「貧民じゃねえよーだ! 死ねバカ女! ヒャハー!」
子供たちは手に持った財布を振りながら、あっかんべーをして向こうへ駆けていく。
「有り金全部取られましたわ? 何てこと……」
「何てことじゃないけど!?」
——流石に嘘でしょ。ちょろすぎんよ。
少女はうなだれる。
「まあ……貧民への施しと考えれば、これもまた上に立つ者の責務かしら」
「責務が過剰すぎるよ~そんなん誰も貴族やりたくなくなっちゃうよ~」
「ま、まあ? 私これでもお嬢様ですから? フッ、余裕ですわ。あの程度、はした金に過ぎません」
「ほう? それならまあ切り替えてもらって——」
「このお母様の形見の指輪を質に入れれば——」
「ダメだよ! 全然ダメでビックリしたよ! おもっきし虚勢じゃん!」
――まったくしょうがないなあ。せっかくだし恩を売っておきますかあ!
レーノは左のホルスターから銃を抜いて構える。銃口は子供たちの後ろ姿へ。
少女が慌てて静止に入る。
「ちょちょちょっと!? 殺してまでお金を取り返したくはありませんわよ!?」
レーノは少女を押しのけて引き金を引いた。弾丸は子供たちに振り下ろされた棍棒を弾き飛ばす。子供たちも、彼らに棍棒を振り下ろした男も同様に驚く。
数秒前、レーノは子供たちを待ち伏せする男の陰に気付いたのだった。
少女は目をぱちくりさせて、あっちとこっちを交互に何度も見る。
「ほら、行こうか」
丸腰になった男は子供たちに袋叩きにされて路地裏へ逃げて行った。彼らはレーノに駆け寄り、感謝して財布の中身を出す。
「ありがとう、助かったよ! 半分あげるね!」
レーノは受け取る。
「ありがとう。盗みの後は漁夫の利に気を付けなきゃね」
「うん!」
「もう日が暮れるから帰ろうか。家に帰ったら〝がらんどう〟のレーノに助けられたって家の人に言うんだぞ~?」
「え~? 分かった!」
——よしよし。こういう地道な活動がギルドの印象を良くしていくのです。まあもう俺一人しかいないんだけどね!!
子供たちは笑って去って行った。
「このように、治安の悪い街なんです」
レーノは札束から一枚だけ抜いて、残りの全てを少女に返す。
「持ってかれた半分とこれは勉強代ってことで貰っちゃうね」
しかし少女は受け取らない。何やら得意げに胸を張る。
「要りませんわ! わたくし、モルガナ・フォン・ジェリアの名に懸けて、今の正義の行いに褒美をやらなければなりません! ということで、その手に持ったお金はあなたのものですわ!」
「ほおーん。気前いいねえ。でもお金のあてはあるの? 有り金全部だったんでしょ?」
「あてならありますわ! 私これから協会の依頼所に向かいます!」
「なるほどなるほど、依頼所へ……依頼所へ!?」
目を丸くする。
「まさか、クエストを受ける……だと……!? キミが……!?」
ギルド管理協会一階の依頼斡旋所。日暮れの時間、仕事帰りの冒険者たちがクエストの報告に訪れ、多少の賑わいを見せている。剣を持つ者、盾を持つ者。銃を背負う者もいれば、杖の先にエーテル石を埋め込んでいる者もいる。
彼らはレーノの姿を見ると、一様に雑談を止めて息を飲んだ。
依頼所の入り口、レーノの隣のモルガナは、フロア一帯の注目が集まることに困惑する。
「な、なにかしら?」
男が一人、レーノに近付いてきて声をかける。
「話、聞いたよ。災難だったな。ご愁傷様」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
レーノは多くの人物と一言二言ずつ交わしながら受付へ向かう。誰も彼もレーノを慮る言葉を残していく。
モルガナはひそひそと尋ねる。
「あ、あの、あなた何かありましたの?」
レーノは困ったように笑う。
「ちょっとギルドが全滅しちゃってね。俺だけ生き残ったんだ」
モルガナはハッと口を抑える。
「それは、申し訳ありません、無神経なことを聞きましたわ」
「いやいいよ、大丈夫。昨日一日寝込んだけどそれでもう十分だから」
「昨日寝込んだってことは、全滅は一昨日のことなのかしら!? それにしては口調が軽すぎますわ!?」
「まあまあ。この街ではよくあることだからさ」
二人は受付に着く。
「で、クエスト受けるの?」
「受けませんわ!」
「う、受けないの?」
「あ、モルガナ様」
受付嬢の一人が声をかけた。
「モルガナ様、お時間よろしいですか。依頼のことで少しお話がしたいのですが」
「私も依頼のことで訪れたところでしたから構いません。何かあったのかしら?」
受付嬢は隣のレーノを覗く。レーノは何かと首をかしげる。受付嬢は続ける。
「それが、モルガナ様の依頼に適するとされていたギルドが、無くなってしまったんです。モンスターに襲われて……壊滅してしまって」
レーノとモルガナはじわじわゆっくりとお互いのことを見る。モルガナは口をあんぐりと開けたまま。レーノも唖然としている。
「今この街にはモルガナ様の依頼に見合う実力のギルドはいませんので、一旦依頼は取り下げていただき、納められていた褒賞金の前金を返還させていただきたく……」
「い、いや確かに、そのつもりで来たのはそうなのですけど……」
「〝ナンバーワン〟はなにしてんの?」
レーノが割って入った。受付嬢は困った顔で返す。
「自分たちには不向きだと。一部メンバーの里帰りもあるようです」
「あー、それは仕方ないなあ。〝宵の明星〟は?」
「分裂しました、一週間前に。しばらくゴタゴタしているでしょう」
「えっそうなんだ……。じゃあ〝アタラクシア〟は……あ、第六キャンプ設置か。そっか。〝跳ねる死体運び〟は」
「十分な人員は割けないそうです」
「じゃあダメだ。キミどんな依頼したのお?」
レーノは口を開けて天井を経由しながらモルガナに視線を戻す。モルガナは手を前で組んで肩をすくめている。
「私をその、新しく設置される第六キャンプに連れていけという依頼ですわ。簡単な依頼と思ったのですけれど、難しいようですわね」
依頼所にたむろしていた冒険者たち――受付のやり取りに聞き耳を立てていた彼らは、その依頼内容にみな同様に驚いた。
レーノの所属していたギルド〝がらんどう〟は観光客を一人警護するのに三人は付けていた。それは、第二キャンプまで――第一、第二エリアにおいてのこと。第三エリア以降での素人の警護は、リスクを許容できず不可能だとしていた。
後半エリアの経験者たちは素人を警護しながら進むことができるかと想像する。
――無理だ。それこそ〝がらんどう〟クラスのギルドが全霊を賭してこそ可能になる依頼だろう。
レーノも同じことを考えた。
——ああー。それは。無理だろうなそんな依頼は。冒険者も依頼人も死ぬのがオチだよ。
レーノの身体がブルリと震える。
「でも仕方ないですわね。元々取り下げるつもりで来たわけですし、変わりません」
受付嬢はモルガナを奥の部屋へ連れて行こうとする。
「ではレーノ様、ここまでありがとうございました。しばしのお別れですわ~」
レーノはぼんやりとそれを眺めている。そのとき、二階から吹き抜けを通して一部始終を見ていた女が一人、レーノに大きな声をかけた。
「レーノ!」
ハッと気付いて二階に目をやる。
「こんな無茶な依頼、〝がらんどう〟っぽいんじゃない!?」
女は手すりに身を乗り出して声を張る。その爽やかな声にレーノの身体がピリピリと震える。
――この震え……違う。怖いんじゃない。うそ、武者震いだ、これ。
レーノの口角が上がる。モルガナは「おや?」とレーノに期待の目を向ける。
——仲間も恩師もみんな死んで、それでもまだ、俺は危険に愉しさを見出すのか。
レーノはハハッと軽く笑うと、口角を上げてモルガナの方へ向き直る。
「ねえモルガナさん、俺に命を預けてみない?」
モルガナの方はというと——微塵も思案せずにフフンと鼻を鳴らす。腰に手を当て逆の腕を広げ、一つ空気を吸い込むと、力強いオーラを一気に発露させる。
「自己紹介ですわね! 私の名前はモルガナ・フォン・ジェリア。東の大君、オランドが娘!」
声量か、声質か、声色か。それら全てか。ともかく彼女の声は、とてもよく伸びて空間に響いた。
「脅威、障壁なんのその。困難は打ち克つものと心得ておりますわ!」
「よしきた。俺はレーノ・ロジデート。ギルド〝がらんどう〟の砲撃手。〝彫刻家〟と人は呼ぶ。この俺が、君の依頼を承った!」
「ではレーノ様! 私の命はあなたに預けられました。ここからは一蓮托生ですわ! 私を無事に、第六キャンプまで送り届けなさい!」
こうして、冒険者とお嬢様は、二人で世界の果てを目指すことになったのである。
二階から声をかけた女は、レーノが依頼を受けたのを見てほっと胸をなでおろした。ふと吹き抜けの反対側にも同じように見下ろしている人物がいることに気付く。気付いた折から背を向けて去って行った。その人物の表情も――モッカの顔も、レーノの再起を喜ばしく思い、柔らかくほころんでいた。
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