7-2:「索敵・待ち伏せ」

 フォートスティートの燃料調査隊へ応援を要請した調達隊は、応援の到着までの間に、森の偵察行動を実施する事を決めた。

 まず、調達隊本隊は森の外まで一度離脱。その場で応急陣地を構え、万が一大規模な敵性勢力と遭遇した場合に備え、持ち込んでいた迫撃砲を展開接地させる。

 82式指揮通信車とそれに同行する増強戦闘分隊の一組は、森を外周より周り偵察調査を行う。

 そして普通科4分隊は、森の奥へと逃げて行った襲撃者達を追いかける事となった。現在森の中には、制刻の率いる事となったその4分隊の4名一組の姿があった。


「あぁ鬱陶しぃ、昨日の今日でまた森の中をお散歩かよ!」


 間隔を空けて進む縦隊の半ばから、竹泉の声が響く。生い茂る草を蹴とばし、進行を遮る木の枝を潜り抜けながら、倦怠感を隠さぬ身振りで進む彼。


「ただでさえ面倒事が重なって嫌気が差してんのに、装備まで増やされてよ」


 そして愚痴を零しながら、竹泉は自身の手中にある小銃に目を落とした。陸隊の運用上では、本来対戦車火器射手の隊員はその護身用火器として9mm拳銃を携帯し、小銃火器は装備しない事が通例であった。しかしこの世界での戦闘行動に直前する機会の多さを鑑み、今回の行程から対戦車火器射手である竹泉にも、小銃の装備が求められる事となったのであった。


「よぉ竹しゃん、相手チームのラインはまだまだ先だ。ネガティブ思想だと持たねぇぜぇ?」

「うるせぇ。ポジティブとフィジカルのモンスターのオメェとは違うんだよ」


 そんな竹泉に背後から飛ぶ多気投からの揶揄うような軽口。それに対しても、竹泉は鬱陶し気な口調と表情で返した。

 一方、縦隊の先頭を行く策頼とそれに続く制刻は、聞こえ来る竹泉等の会話は聞き流しながら、淡々と道なき道を進んでいた。


「――自由さん」


 先頭を行く策頼が唐突に立ち止まったのはその時であった。策頼は視線を前方へ向けたまま、背後の制刻へ声を上げる。

 それを受けた制刻は彼に合わせて立ち止まると、拳を握った右腕を掲げ上げて、後続の竹泉や多気投に向けて停止するよう合図を送る。


「またか」


 そして制刻は策頼の背中に向けて、そんな言葉を呟いた。


「えぇ」


 制刻に返した策頼の視線は、その先にある一本の木の根元に向いていた。策頼は自身の足元近くに転がっていた、一つの若干大きめの意思を手に取り拾うと、それをその木の根元目がけて投擲する。

 そして放り投げられたその石が根元の地面に落ちた瞬間、地面から勢いよく何かが飛びあがって来た。飛び上がって来た物体は一定の高さで宙にぶら下がり、そして振り子運動を描く。そして各員の目に留まったのは、縄で編まれた網。その場に仕掛けられていたのは、踏み入った者を隠蔽した網で掬い上げて捕縛する、典型的な罠であった。


「まーたトラップかよ」


 制刻の背後から竹泉の言葉が飛んでくる。

 森の中には至る所に同種の罠が仕掛けられており、制刻等は森に踏み込んで以降、仕掛けられた罠を警戒、解除しながらの進行を強いられていた。


「大分手間を掛けてる。いよいよ、ここは奴等のホーム臭いな」


 仕掛けられた多数の罠、それを仕掛けるために掛かる労力から、制刻はこの森が野盗達の拠点であろう事を推測する。


「行くぞ。オメェ等も、よぉく目ん玉見開け」

「へぇへぇ」


 制刻の言葉で、4分隊各員は進行を再開する。




 それから制刻等は、同様に進路上に仕掛けられた罠を解除しながら、森の中を進み続ける。


「ッ――」


 そして先頭を行く策頼が、またしてもその脚を止める。


「ッ、何個めだよ、ほんとうっぜぇなぁ!」


 何度目かも知れぬ進行の停止、すなわち罠の発見に、後続の竹泉から痺れを切らした声が上がる。


「いや、違う」

「あん?」


 しかしそれに対して策頼は異を唱えた。その言葉に、竹泉は懐疑的な声を上げる。


「木の根元」


 策頼は端的に発し、そして先に見える一本の木の根元を指し示して見せる。その木の影に、もたれ掛かっていると思しき人間の体――その肩や足などの一部が覗き見えていた。


「人か」

「えぇ――調べます」


 制刻が回答の言葉を発し、策頼はそれに返しながら、調査に向かう旨を発する。


「いやストップ!どう考えても不自然だろぉが!」


 しかしそんな策頼の行動を、竹泉が差し止めた。先に見える人影も、これまで同様に罠である可能性が、十分に考えられるからだ。


「あぁ、だが襲撃された被害者の可能性もある。何にせよ、調べる必要がある」


 しかし策頼は竹泉に淡々とした口調でそう返す。


「行ってきます」


 そして制刻に向けて一言発すると、策頼は自身の装備火器のショットガンを構えて進みだした。


「頼む――オメェ等、展開しろ」

「あぁ、畜生」


 策頼に調査を任せ、制刻は他の各員へ指示の言葉を発する。それを受けた竹泉と多気投は、周囲の木の影や窪地に身を隠し、それぞれの装備火器を構えて援護態勢を取った。

 後方より援護を受けながら、策頼は人影の覗き見える木の側まで近寄る。そしてショットガンの銃口と視線を同一に保ち、その木の死角を覗き込む。


「――ッ!」


 そしてその先に目に映った物に、策頼は目を見開いた。その場に横たわっていたのは、確かに人の体ではあった。しかしその首から上にあるべきはずの、頭部が無かった。そして支えるべき頭部を失った首には、生々しい切断面が覗き、体の纏う衣服の首元は、血で染まっている。


「策頼、後ろに飛べェッ!」


 驚愕していた策頼の元へ、瞬間、制刻の怒号が飛び込む。


「ッ!」


 それを聞いた策頼は、考えるよりも先に、聞こえ届いた声に従い、脚を踏み切り来た方向へと飛んだ。

 直後に、彼の耳に何か風を切るような音が聞こえ来る。跳躍し、飛び退いた先で振り返って見れば、先程まで自分が立っていた木の根元に、複数の矢が突き刺さっている様子を策頼は見た。


「かかったぞッ!」

「やっちまえッ!」


 そしてそれを合図とするように、そのさらに向こうに見える茂みや木立から、多数の人間が一斉に姿を現す光景が見えた。その人間達からは雄叫びが上がり、その手にはいずれも得物が握られている様子が見える。

 それを見た策頼は、再び足元を踏み切り、来た方向に向けて駆け出した。襲撃者達から放たれた矢が、策頼の足元に突き刺さり、傍を飛び抜けるが、彼は構わずに走る。

 一方、背後で展開した制刻等からの援護射撃が、一拍置いて開始された。多気投のMINIMI軽機による制圧射撃。そして各員の各個射撃が、策頼を飛び越えて前方の襲撃者達へと注がれてゆく。

 襲撃者達からの矢撃。そして援護射撃が交差する中を抜け、策頼は制刻等の元へと合流。その場にあった窪地へと滑り込み、身を隠した。


「無事か?」

「はい」


 近くの木立に身を隠す制刻からの安否確認の言葉に、端的に返す策頼。


「ホレ見ろ!言わんこっちゃねぇ!」


 別の木立に身を隠す竹泉からはそんな言葉が飛んだが、策頼はそちらは相手取らず、ショットガンを構え直して襲撃者達に向けて発砲。戦闘行動を開始した。


「ぎぇッ!?」

「ぎゃぁッ!?」


 先陣を切り迫っていた襲撃者達を散弾や各員の銃火が襲い、彼等は打倒されてゆく。


「な、なんだ……ぐぁッ!?」


 そしてそれに続いていた数名の襲撃者達が、MINIMI軽機による掃射の餌食となる。


「フゥーッ!面白ぇように命中(はい)ってくぜぇッ!」


 自らの掃射によりなぎ倒されてゆく襲撃者達を前に、爽快そうな声を上げる多気投。しかし直後、彼の身を隠す窪地の前に、複数本の矢が飛来し、突き刺さった。


「ワォッ!?」

「木の上。クロスボウ持ち」


 驚きの声を上げる多気投。その隣で策頼が最低限の言葉で報告を上げる。見れば彼の言葉通り、制刻等の正面、少し離れた位置にある木の上に、枝を利用してそこに位置取ったクロスボウ持ちの姿が数名程確認できた。


「ビックリさせんなやぁッ!」


 多気投はそんな言葉を零しながら、木の上に位置取るクロスボウ持ちの内の一人へ照準を付け発砲。5.56㎜弾を受けた木上のクロスボウ持ちが、落下して行く様子が見える。

 しかしその直後、再び他のクロスボウ持ちからの応射があり、再び矢が多気投周囲を襲った。


「ヌォイッ!面白くねぇぜぇッ!」


 不服の声を零す多気投。


「よぉ、奴等引っ込んじまったぞ!」


 そして竹泉が制刻に向けて言葉を送る。

 見れば、襲撃者達は自分達を襲う攻撃がいかなる物かを理解したのだろう。突撃行為を止め、付近の木立や茂みに身を隠して、様子を伺っていた。


「やっぱり皺共よりは利口か――」


 呟いた制刻は、その時視界の隅に動く人影を捉える。そしてすかさずそちらに向けて小銃を構え、発砲。直後に悲鳴が木霊し、回り込もうとしていたのであろう襲撃者の倒れる姿が、木立の合間に見えた。


「おいたは見逃さねぇ。――奴等に回り込ませるな」


 発し、そして各員に忠告の言葉を送る制刻。


「自由さん、敵増援です」


 そこへ策頼が報告の言葉を返した。制刻始め各員が正面に視線を向ければ、森の奥から多数の襲撃者達の増援と思しき人影が、木立や茂みに身を隠しながらも近づいて来る様子が見えた。


「1――いや、2個分隊規模はいます」

「奴等の拠点が近ぇのかもしれねぇな」


 再びの策頼の言葉を聞き、推測の声を零す制刻。


「敵ちゃんのバーゲンセールだなぁッ!」


 一方の多気投はふざけた調子で返しながら、正面に銃火を注ぐ。しかし生い茂る茂みや木立と、それらに襲撃者達が散会して身を隠した事が災いし、あまり有効な物となってはいなかった。


「どーすんだよ、正面火力の効果がイマイチだ!このままじゃジリ便、最悪押し切られるぞ!」


 竹泉は、時折回り込もうとしてくる襲撃者達を排除しつつも、現状が芳しくない事に懸念の声を上げる。


「前がダメなら、上からだ」


 そんな竹泉に対して、制刻は一言発して見せる。


「策頼、奴等ん中に発煙弾を放り込め」

「了!」


 制刻からの指示を受け、策頼は発煙弾を繰り出すと、正面の襲撃者達へ向けて投擲する。一方制刻は、多気投の背負っていた大型無線機へ手を伸ばし、マイクと取ってコードを引き延ばし、再び木の影に身を隠す。


「ジャンカー4よりパワーネスト。こちらは偵察行動中に敵性集団と遭遇。迫撃砲による曲射火力支援を要請する――」


 そして制刻は、無線のマイクに向けて発し始めた。

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