2-13:「物資調達」
月橋の町。
東方面偵察隊が町のフレーベル邸に到着してからおよそ二時間後。
制刻や河義等は借り受けられる事になった一室の掃除をようやく終えた所であった。
「でぇぇ……!」
新好地がヘトヘトだといった様子で、近くにあった椅子に座り込む。
「これで、寝泊りが出来る空間は確保できたか……」
「カオスな空間だったな」
河義は新好地同様に疲れた様子で呟いたが、制刻だけは特に変化を感じさせない淡々とした口調で発した。
「嬢ちゃんの前で悪いが……片づけられない人間の家だぞこれ」
「たぶん、それで合ってます……」
失礼を承知での新好地の発言に、しかし皆と同様に疲れた様子のニニマは、同意の言葉を返した。
「戻りましたー」
そこへ、玄関扉が開かれると共に声が響いた。そして矢万や鬼奈落等と、ハシア達が室内へと姿を現す。剣鱗蛇の体の換金のために町へと赴いていた組が帰って来たのだ。
「矢万三曹、ご苦労だった。資金調達は、うまく行ったか?」
「えぇ――まぁ」
河義の言葉に、矢万は少し困惑した様子で返す。
「どうした、ひょっとしてダメだったのか?」
「いえ、その逆です」
心配の表情を作った河義に、矢万はそれを否定しながら、その手に持っていた袋を、近くにあったテーブルへと置き、封を開けた。その袋の中には、大量の硬貨が詰まっていた。
「わっ……!」
それを見たニニマが、驚きの声を上げる。しかしそれ以外の各員は、それが大金と言うことはなんとなく察せたが、具体的な価値がピンと来ずに、訝し気な視線を向けていた。
「これは、どれくらいの価値になるんだ?」
「ハシアさんにお聞きした所、30万〝ヘイゼル〟という額になるそうです」
河義の尋ねる声に、鬼奈落が答える。
「さ、30万……!」
その額を聞き、ニニマは驚きの声を上げるが、他の各員は訝し気な表情のままだ。
「そんな聞いたことの無い単価で言われてもな……」
「姉ちゃん、この辺の一般的な年収はいくらぐらいだ?」
新好地は困惑した声で呟き、ニニマに向けて制刻が尋ねる。
「えっと、だいたい10万ヘイゼルくらいです……」
「……では、私達の世界感で換算すれば、低く見積もっても300万円程の価値があるという事か……」
「うへぇ……でかいマグロ釣っちまったみたいな値段だな……」
河義が計算して出した言葉に、新好地が溜息混じりの驚きの言葉を発する。そこでようやく各員に若干の驚きの表情が現れた。
「だが、俺等は100名以上いる。それを全部食わすとなると、決して多い金額じゃねぇな」
しかしそこへ、制刻が淡々と意見を発する。
「そうだな――それを考えれば、この資金で確保できるのは、数日から良くて数週間分の食糧といった所だろう。だが、こういった狩猟で資金が調達できると分かったのは大きいな」
制刻の言葉に河義も同調する。しかし同時に河義は、この世界における資金調達の有効な手段が見つかった事に、関心を寄せる言葉を零した。
「さて、この大金の分配はどうします?」
そして矢万が河義に尋ねる。
「そうだな――人数で割って、一人頭の割り当てを基準に計算するのが単純で分かりやすいか……」
「そうすると、私達7名にハシアさん達やニニマさん達を含めて、11人か」
「面倒ですね。俺等は6人分で計算して、一人頭30万にしちまいますか」
「そうだな――皆、異論は無いか?」
河義は隊員の各員に尋ねる。各員から異論の声は上がらなかったが、しかしハシアとニニマが戸惑った声で言葉を発した。
「いや、あの――ちょっと待ってくれないか……?」
「あ、あの……私達もですか……?」
「ん、ああ、お二人ともこの配当では意義がおありですか?」
二人の言葉に河義はそう言葉を返す。しかしハシアは河義の言葉を否定した。
「いや、違うんだ――剣鱗蛇でできた資金は全て君達の物だろう?僕達は受け取れないよ」
「そうです……私なんて何にもしてないですよ……?」
少々困惑しながらハシアとニニマは言う。
「いや、そういう訳にはいかないだろう?あの大蛇を仕留めたのはアンタ達だろ。それに姉ちゃん達にはこの家に一拍世話になるんだ」
「私達も、皆さんの強力の元でここまで辿り着きました。そして今日もお世話になることになる。そのお礼として、受け取っていただけませんか?」
新好地が発し、続けて河義がハシア達を説くように発する。
「……そうだね、君達の行為を無碍にするのも、逆に失礼かな……ニニマさん、ここは彼等の好意を受け取ろう」
河義等の言葉にハシアは折れ、そしてニニマに向けて言う。
「えっと……分かりました」
ニニマはまだどこか申し訳なさそうな様子だが、ハシアの言葉に同意の返事を返した。
「ありがとうございます、ハシアさん、ニニマさん」
「お、お礼まで言われるなんて、なんだかおかしな感じだよ……」
河義の礼の言葉に、ニニマはその整った顔に困惑の表情を作って見せた。
捻出できた資金の分配を無事に終え、偵察隊は取り分となった資金を持って、物資調達のために再び町へと繰り出した。
時刻はすでに夕刻に近づきつつあり、訪れた商店の並ぶ区画は、人で溢れていた。流石にその中を指揮通信車で割って突き進むわけには行かず、偵察隊は指揮通信車を商店区画付近の人通りの少ない場所に留め(それでもかなり悪目立ちしていたが)、各員は徒歩により、分担して商店区画内での調達作業に当たっていた。
一軒の野菜を取り扱ういわゆる八百屋に値する商店の前に、ニニマの姿がある。彼女は偵察隊の案内兼、自身の買い出しのために共に町に繰り出て来ていた。そして今は、商店の店番の娘から、商品である野菜を受け取っている。
「えーっと、セイベッジとケイティで17ヘイゼルだよ」
「はい。ありがとう、レーンちゃん」
ニニマは店番の娘に言われた額の硬貨を渡す。
「にしても驚いたよ。ニニマちゃん、二日前に帰ったはずだったのに、勇者様や噂の人達と一緒に現れるんだもん」
「い、色々あってね……」
町からの通達が行き渡ったのか、それとも噂が広まるのが早かったのか、偵察達の存在は、多くの町人が知る所となっていた。そして二人は揃って視線を横に向ける、彼女達の数歩分横では、商店に並ぶ商品を物色する新好地の姿があった。
「ん?嬢ちゃんの方は買い物終わったのか?」
視線に気づいた新好地は、商品の物色を止めて二人の傍へと歩み寄って来る。
「はい、必要なのはセイベッジとケイティだけでしたから」
「セイ?って、キャベツと人参か」
聞きなれぬ名に新好地は疑問の声を発しかけたが、ニニマが見せた買い物袋の中に入っている野菜類を見て、納得の言葉を零す。
「キャべ……?」
対して今度は、ニニマが不思議そうな言葉を零す。
「あぁ、俺達の国ではそう呼ぶんだ」
そんなニニマに、新好地は説明する。
「ふーん、聞いた事ない呼び方。格好も変わってるし、ホントに遠くの国の人なんだねー」
新好地の説明に、それを脇で聞いていた店番の娘が、間延びした言葉を零した。
「所で、おにーさんは何か買ってくの?」
「あぁ、日持ちする野菜や果物類を探してるんだ。それを、これ等に詰められるだけ詰めて欲しい」
言うと新好地は、両肩から下げていた四つの空の大型クーラーボックスを降ろして指し示す。そして支払い能力がある事を示すため、配られた資金の入った小袋の、その中身を空けて見せた。
「――え?」
唐突な大量買い占めの要求に、店番の娘は目を丸くした。
商店区画の外れに停められた指揮通信車では、制刻等が買い集めた物資食材の積み込み作業に当たっていた。
「あぁ、重てぇ」
制刻は塩漬け肉の詰まった大きな樽を、言葉に反し、片手でしかも軽々とした様子で指揮通信車に乗せている。
「片手で中身詰まった樽を持ち上げる人の台詞じゃないですよね」
そんな様子の制刻に、出蔵が感心4割、呆れ6割といった表情と口調で言う。
「よぉ、そっちも色々買い揃ったみたいだな」
そこへ声が掛かる。制刻等がそちらへ振り向くと、戻って来た新好地とニニマの姿が見えた。
「そっちもか?」
「あぁ」
制刻の言葉に、新好地は肩から下げたクーラーボックスの一つをパシパシと叩きながら返す。中身に大量の野菜類の詰まった大型クーラーボックスはそれなりの重量になっていたが、レンジャー資格を保有する新好地からすれば、それを四つ同時に下げる事も大きな問題ではないようであった。
「後は河義三曹と策頼待ちだな」
「そっか。しかし、やっぱりすごい量になったな」
新好地は、指揮通信車に視線を向けながら言う。指揮通信車の車上には、小麦などの入った袋類が大量に積まれ、指揮車内のスペースにも、許される限りの物資が詰め込まれていた。
「これでも十分とは言えねぇが、これ以上積むと、走行に支障が出るからな」
「トラックを連れて来るべきでしたね」
「今回は、偵察行動が主軸だったからな」
制刻と出蔵も積まれた物資を眺めながら、言葉を紡ぐ。
「そういや、出蔵は医薬品も見に行ったんだろ?そっちはどうなったんだ?」
「あぁ、それなんですけど……」
出蔵によれば、この世界は病気や怪我の直接の治療や、または薬の作成等も魔法に頼る部分が多く、元の世界や部隊で使用されているような医薬品などは、あまり手に入らなかったとの事だった。
「最低限の基礎的な物はあったんですけど、効果の強い医薬品は何か魔法の関わった得体の知れない物ばっかりで……」
「マジか……」
「医薬品は備蓄が結構あるから、しばらくは大丈夫なんですが……この辺りの件は、持ち帰って重田一曹や皆さんに相談したいと思います」
普段のお気楽な調子と違い、少し考え込むような様子で言う出蔵。
やがてそこへ河義等も戻り、偵察隊はフレーベル邸へ戻る事となった。
同時刻。
「なんだそりゃ?つまり、この国の面倒事を俺等が片づけなきゃなんねぇって事かよ?」
木漏れ日の町の城門前で待機していた高機動車の前で、竹泉は不服さを隠そうともしない声を上げた。竹泉の視線のすぐ先には、鷹幅達の姿があり、さらにその背後には物資が満載された馬車が停まっている。
鷹幅達は謝礼にと約束された物資と共に戻り、この国の姫と接触した事、そして彼女達から協力を求められた事を、竹泉等に説明した所であった。
「そうじゃない、彼女達は私達に助けを求めて来たんだ」
「どぉーですかねぇ?口ではか弱い事言っときながら、本心では物資援助をチラつかせて俺等を釣って、ノコノコ現場に現れたら体よく肉盾として利用しようとか、考えてるかもしれませんよぉ?」
鷹幅の言葉に、しかし竹泉は皮肉気な口調で、もしもの展開を予測した言葉を並べる。
「竹泉二士、口を慎め!それは彼等の好意を無碍にし、侮辱する発言だぞ」
「俺ぁ、あくまで最悪の事態をシュミレートして進言しただけでごぜぇますがね?」
竹泉の発言に鷹幅は彼を叱りつける言葉を上げるが、対する竹泉は五森の公国側を疑ってかかる態度を崩さない。
「はぁ、もういい。どうするかは私達ではなく井神一曹達が判断する事だ。私は無線で一方を送る、その間に提供いただいた物資を高機動車に移しておくんだ」
鷹幅は竹泉に命ずると、彼の脇を抜けて高機動車に積まれた無線機へと向かった。
「竹泉ー、いくらなんでも疑い過ぎじゃないか?ここの人達、そんな悪い人達には見えなかったぜ?」
「あぁ。鷹幅二曹の言った通り、必要以上の勘繰りは、ここの人達に対する侮辱となるぞ」
二人の会話を後ろで聞いていた樫端と剱が、竹泉にそんな言葉を投げかける。
「よぉお二人さん。竹しゃんは、どんなケースも最悪の事態を想定しないと気が済まねー性質なのさ。それに加えて、竹しゃんはこのファンタジーな世界とちこーと愛称が悪ぃみてぇでな、若干ご機嫌斜めなのさ」
言葉を投げかけて来た剱と樫端に、多気投は竹泉を一瞥して茶化すように発した。
「うっせぇ、ほれ二曹殿のご命令だ。この頂いちまったブツをとっとと運んじまうぞ」
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