2-9:「道中」

 指揮通信車が急ブレーキを掛けたのは、話が一段落したその時だった。


「きゃッ!」

「っと!」


 突然のブレーキに各員は体勢を崩す。特に大きく体勢を崩したニニマは、隣に座っていた新好地に抱き留められた。


「ッ――何事だ!?」


 河義は車内から、ターレットに付く矢万に報告を求める声を上げる。


「へ、蛇だ……ッ!」


 しかし車上の矢万から返って来たのはそんな一言だった。


「蛇――?」


 要領を得ない矢万の言葉に、河義は訝しみながら指揮官用ハッチを潜り、半身を指揮通信車の車上へと出す。


「――なッ!」


 しかしそこで視線の先に見えた物に、河義は目を剥いた。 指揮通信車の前方に、全長3mはあろうかという巨大な蛇が立ち塞がっていたのだ。巨大な蛇は口内に生えた鋭い牙を剥き出し、独特の鳴き声を上げ、明らかにこちらに敵意を向けている。


「今度は蛇のバケモンか」

「あれは――剣鱗蛇!」


指揮通信車側面の乗員用ハッチを開いて身を乗り出していた制刻が、巨大な蛇の姿を見て呟く。そして同様に顔を出していたハシアが、巨大な蛇の名を叫ぶ


「野生生物か……!?矢万三曹、構わない発砲しろ!」


 流石に目の前の巨大な蛇が、対話の可能な相手では無い事はすぐに判別がつき、河義は矢万に発砲の指示を出す。しかし、12.7㎜重機関銃に付いている矢万は、押し鉄に力を込める事をためらっていた。


「そうしたいのは山々なんですが――あの姉ちゃんが蛇に飛び掛かって行っちまったんです!」

「何!?」


 見れば、指揮通信車の車上にいたはずのアインプの姿がそこには無い。そして河義が視線を上げて先を見ると、中空に身を置き、今まさに剣鱗蛇に切りかからんとするアインプの姿があった。


「だぁぁぁぁッ!」


 剣鱗蛇目がけて愛用の大斧を振り降ろすアインプ。しかし蛇はその巨体に似合わぬ速さで上体を引き、アインプの一撃は空を切った。


「げっ、速い!」


 思いもよらぬ剣鱗蛇の素早さに、アインプは言葉を零しながら地に足を着く。一方、着地により隙のできたアインプに対して、剣鱗蛇は牙を剥く。


「やばッ!」


 自らに襲い掛かろうとする剣鱗蛇に対し、アインプは慌てて斧を翳し、防御姿勢を取ろうとする。剣鱗蛇は、そんなアインプに噛みつかんと襲い掛かる。

 ――だがその時、二人の間に人影が割って入り、そして打撃音のような物が響いた。


「おろ?」


 アインプと剣鱗蛇の間に現れたのは、他でも無いハシアだ。彼の腕には振るわれた直後であろう大剣が見え、そして大蛇はその身を大きく仰け反らせている。彼の放った剣撃が、アインプを剣鱗蛇の攻撃から救ったのだ。


「クソッ、鱗が硬い……ッ!」


 蛇はただ巨大なだけでなく、体中が剣先のような鋭い鱗で覆われており、その鱗に阻まれハシアの剣撃は剣鱗蛇に対する決定打とは鳴り得なかった。そのことにハシアは苦々しく言葉を零す。


「アインプ、大丈夫かい!?」

「へへ、悪い悪い、助かったよ!」

「闇雲に飛び掛かるんじゃなく、相手の弱点を探すんだ!」

「了解!」


 会話を交わしながら体勢を整え直した二人を、同じく体勢を立て直した剣鱗蛇が睨み下ろす。


「来るぞ!」


 ハシアのその言葉を合図とするかのように、剣鱗蛇は再び牙を剥き、二人に向かって飛び掛かって来た。しかし二人は剣鱗蛇の牙が届く直前に、左右へと飛び散会。剣鱗蛇は頭から地面へ激突した。

 剣鱗蛇は突っ込んだ先でのっそりと体を起こすと、上体を横へと旋回させる。その先に、ハシアの姿があった。ハシアの姿をその目に捉えた剣鱗蛇は、体を伸縮させ、バネのような動きで再びハシアに襲い掛かる。


「――はぁぁッ!」


 ハシアは剣鱗蛇が間合いに踏み込むと同時に、その手にある大剣を振るった。横に薙がれた大剣は、目前まで迫っていた剣鱗蛇の身体を直撃。刃は先と同様鱗に阻まれ、剣鱗蛇の体に傷は入らなかったが、強力な剣撃による打撃は、剣鱗蛇をのけ反らせ、怯ませた。

 打撃を受けた剣鱗蛇は、緩慢な動きで仰け反った体を持ち直す。そして、二度に渡る打撃に感情に火が付いたのか、剣鱗蛇はそれまで以上の剣幕で鳴き声を上げ、そしてハシアに飛び掛かろうとする。

 ――グシャ、と鈍い音が響いたのはその瞬間だった。


「……よくやってくれた、アインプ」


 ハシアは剣鱗蛇を見上げて発する。剣鱗蛇の頭部には大斧が突き立てられ、蛇の頭部は真っ二つに勝ち割られていた。そして剣鱗蛇の背には、大斧の主であるアインプが立っていた。


「へへ、当然!」


 揚々と発しながら、アインプは蛇の頭から大斧を引き抜き、そして地面へと降りる。そしてその直後に、事切れた剣鱗蛇は音を立ててその場に倒れた。


「……やっぱりバケモンだぜあいつ等」


指揮通信車のターレットから一連の様子を伺っていた矢万は、静かに呟いた。


「やぁ、お待たせ」


 ハシアとアインプの二人は、何事も無かったかのように指揮通信車へと戻って来た。


「すごいな、あんなデカブツを簡単に――さすがは勇者を名乗るだけある……」


 指揮通信車から降車し、事態に備えていた新好地が発する。


「ううん、僕等なんてまだまだだよ――所で君達、物資の調達が目的と言っていたけど、金銭は大丈夫なのかい?」

「いえ、こちらの世界の通貨は何も――隊員から貴重品の提供を募って、それを換金、もしくは物々交換ができないかと考えています」


 ハシアの唐突な質問に、河義が答える。


「なら、それは仲間に返してあげるといい。あの剣鱗蛇の鱗や内臓は、町に持っていけばいい値で売れるはずだ。僕達だけだったら置いてく事になっただろうけど、君達のシキシャ?を使えば持っていけるんじゃないかい?」

「そりゃありがてぇが、アレを仕留めたのはオメェさん達だろ。いいのか?」


 ハシアの提案に、今度は制刻が返す。


「いいさ。昨日から何度も助けられてるんだ、これくらいは譲らせてくれ」

「それなら、お言葉に甘えましょう。皆、あの蛇を指揮車に乗せよう」


 河義はハシアの提案を受け入れ、各員は剣鱗蛇を指揮通信車に乗せる作業へ掛かった。




 それから数十分後、東方面偵察隊はついに最後の山を越えた。山を越えるとその先には一面の草原が広がっており、指揮通信車はその真っただ中を走っている。


「はい、これで終わりで~す」

「ぬ……!」


 そんな指揮通信車の後部隊員用スペースで、河義と出蔵は対面で座っている。そして二人の間にはミニオセロの板が置かれていた。危険地帯を抜け、要員に余裕ができ手が空いた二人は、オセロに興じていたのだ。


「あはッ、また私の勝ち~。あれ~、河義三曹ちょっと弱すぎじゃないですか~?歳も階級も下の女の子にボロ負けなんて~、恥ずかしくないんですか~?♡だっさ~い♡ざぁこ♡ざこざこざ~こ♡」

「むむむ……」


 勝負は始まって以来数回戦に及び、全てが出蔵の勝利、河義の敗北に終わっていた。連勝に気をよくした出蔵は河義をメスガキムーブで煽り倒し、対する河義は唸り声を上げている。

 ゴッ――、と出蔵の頭に拳骨が落ちたのはその瞬間だった。


「へぷッ――痛った~い!?」


 メスガキムーブから一転して鳴き声を上げる出蔵。その横には、拳骨の主である制刻の姿があった。


「何するんですか~!」

「勝者だからって敗者を煽る権利はねぇ。ゲーマーとしての一線を越えた奴に対する、必要な措置だ」

「ほんの冗談だったのに~……」

「悪質な冗談だ」


 涙目で抗議の声を上げる出蔵に、制刻は淡々と返す。


「上官に対する無礼、とかじゃないんだな……」


 河義は、制刻が出蔵を叱りつけた理由が部隊規則等とは関係ない物であったことに、少し残念そうに呟いた。


「……あの、ちょっと外に出てきてもいいですか?」


 そんな光景を少し戸惑った顔で眺めていたニニマが、そこでおずおずと発する。


「あぁ、気分でも悪くなったか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど。ちょっと風に当たりたいなって」


 制刻の質問に、そう返すニニマ。


「構いませんが、落ちないようにくれぐれも転落だけはしないよう、気を付けて下さいね」

「き、気を付けます……」


 河義の警告に返すと、ニニマはおぼつかない動きでハッチを潜り、車上へと上がって行った。


「アホなやり取りしてたから、呆れられたかもな」

「え」

「俺達のせいか……?」


 制刻のその言葉に、出蔵と河義は納得いかない様子でそれぞれ発した。




「――わ」


 ハッチを潜って指揮通信車の車上に出たニニマは、吹き流れる風に思わず声を上げる。彼女は風により顔に掛かった髪をかき避けながら、周囲を見渡す。

 車上では矢万の他、ハシアやアインプが周囲を見張っており、その向こうには流れてゆく景色が見えた。少しの間、流れる景色に見入っていた彼女だったが、その時、背後から聞こえてくる歌声に気付く。彼女が振り返ると、指揮通信車の後部に腰掛ける新好地の背中が見えた。新好地は後方を見張りながら、歌を口ずさんでいる。


「~~――ん?おぉ、嬢ちゃんか。どうした?」


 歌の途中で新好地は気配に気づいて振り返り、そこでニニマの存在に気付いた。


「ちょっと風に当たりたくて……その、変わった歌ですね……?」

「ん?そうか?まぁ、世界も時代感も違うし、そう感じるのも無理はないかもな。不快だったら止めるよ」


 新好地は歌うのも止め、監視に戻ろうとする。


「い、いえ……!ラクトさんの歌、もっと聞きたいです!」


 しかしそんな新好地にニニマは発した。


「俺なんかの歌をか?別に構わないが……」

「はい……その、元気になれそうな気がして……」

「――はは、まぁいいぜ。歌があれば、暗い気持ちも吹っ飛ぶかもしれないしな」


 言うと偵察は、再び歌い出す。


「……~~」


 そしてそれに合わせて、ニニマもリズムを取り、体を小さく揺らし始める。

 そうして指揮通信車は歌声と共に走り続け、やがてその行く先に町の姿を捉えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る