2-2:「死の集落Ⅱ」

 指揮車は一度集落を離れ、制刻と新好地は集落の探索を開始する。集落内部は、不気味なまでに静まり返っている。そして、先程と同様の損傷状態の死体が、行く先に点在していた。


「おいおい、そこかしこに死体があるぜ……」

「何かの襲撃にあったか」

「死体を見るに、人間の仕業じゃないよな……何かヤバイ生き物でもいるんじゃないかのか……?」


 二人は会話を交わしながら進み、集落の中心部までたどり着く。


「本当に人っ子一人いないな……」


 生きた人間の気配がまったくない事に、訝しむ言葉を発する新好地。


「昨日の町ん時みてぇに、どこかに避難してるのかもしんねぇ」

「ならいいんだが……」


 制刻の言葉に、呟き返しながら、周囲を見渡す新好地。

「……オオオーーー……」


 ――彼等の耳が、妙な音を捉えたのはその次の瞬間だった。


「な、なんだ今の……!?」

「人の声か?」


 突然聞こえて来たのは、呻き声のような音。聞こえて来た音に新好地は驚き、制刻は推察の声を上げる。


「……オオオーーー……」


 彼等の耳に、再び呻き声が届く。


「……にしては、ずいぶんホラーテイストだな……!」

「あの十字路の先からっぽいな」


 二人は先にある十字路に駆け、角にある家屋の壁にカバーする。


「オオオーーー……」


 その呻き声は次第に大きくなり、さらに今度は足音がそれに混じる。そして二人は隠れた家屋の向こう側に、接近する何者かの気配を感じた。


「待った、ちょっと待った!俺達、これ大丈夫なのか!?」

「手遅れだ」


 新好地の困惑の言葉に対して、制刻は端的に一言返す。そして制刻は、自身の小銃を構えて家屋の影から身を出し、その先に向けてその銃口を向けた。


「うわぁッ!?」

「うぉ」


その瞬間、制刻は前方から走って来た何者かと鉢合わせ、二人分の驚く声が上がった。


「くッ!回り込まれ――って、君は……!?」


 そこにいたのは小柄な体躯で、少女と見まがうほどの整った顔立ちをした少年。

 芽吹きの村で制刻等が出会った勇者の少年、ハシアであった。

 制刻と正面衝突しかけたハシアは、その瞬間にこそ警戒の色を見せたが、制刻の姿を見てその表情にまた別種の驚きを浮かべた。


「おぉん?」

「アンタは……!」


 そしてハシアの姿を目の当りにした制刻と新好地も、程度の差はあれどその顔に驚きの様子を浮かべる。


「ジユウ――だったね?どうしてここに……?」

「奇遇だな。俺もまったく同じ事を訪ねようとしてた」


 ハシアの問いかけの言葉に、制刻は小銃の銃口を下げながら言葉を返す。


「ん?」


 しかし両者が次の言葉を交わす前に、新好地がハシアの背後にもう一人、何者かがいる事に気付いた。


「ううっ……」


 ハシアの背後に居たのは、長い髪をした十代後半程と見られる娘だった。視線を向けられた彼女は、ビクリと見え震わせて、ハシアの背後にその身を隠す。


「あぁ、大丈夫だよニニマさん。彼等は僕の知り合いなんだ」

「は、はい……」


 ハシアはニニマという名らしい彼女に振り向き、怯える彼女を安心させるための言葉を発する。


「誰だその子?向こうの村で会った時には見なかったが……」

「あぁ、この娘は――」


 新好地の疑問の言葉に、返答を返そうとするハシア。しかしその時、彼は何かに感づいた様子を見せ、再び背後を振り向く。


「ッ!話は後で!今は逃げるのが先だ!」

「逃げるって……?」


 新好地はハシアの言葉に疑問を覚えながら、彼の視線を追って道の先を見る。


「なんだありゃ」


 制刻が声を上げる。

 道の先に見えたのは、人の集団だった。

 しかしその様子はどこか妙であった。彼等は密集した隊形を取り、いずれも緩慢な足取りでこちらへ向かってきている。よくよく観察すれば、彼等の顔色は健常な人間のそれとはかけ離れており、眼は血走り、あるいは白目を剥き、その口からは涎を垂らしている。

 そして何より、機敏さを感じさせない動きでありながら、彼等からは明確な害意が見て取れた。それは捕食行為を行う生物が発するそれと、同様の物であった。


「おい冗談だろ……!?」

「驚きだな」


新好地と制刻はそれぞれ発する。

先に見える存在を目の当たりにして、彼等の脳裏に浮かんだのは、〝ゾンビ〟〝グール〟〝アンデッド〟等といった言葉だった。


「オオオーーー……」


 ゾンビの集団は、呻き声のような物を上げながら、こちらとの距離をゆっくりと詰める。

 それに対して新好地はショットガンを、制刻は小銃をそれぞれを構え、接近する集団へその銃口を向ける。


「ダメだ、やめてくれ!あれはこの村の人達なんだ!」


 しかしそこで、銃の効力を知るハシアが、制止の声を上げた。


「そうは言っても……あれ、こっちをどうにかする気満々だぜ……!?」


 ハシアの言葉を受けた新好地は、しかし困惑の声を上げる。


「とにかく今は逃げるしかない……君達も来てくれ!」


 ハシアは発すると、ニニマの手を取って走り出す。

 致し方なく、制刻と新好地も身を翻してハシアの後を追った。




 制刻等とハシア達は集落内の通る道を駆ける。

 ハシアがニニマの手を引きながら先を行き、制刻と新好地がそれに追走している。


「この村で何が起こったんだ?」

「詳しい事は何も分からない……僕達も、少し前にこの村に到着したばかりだから……!」


 制刻とハシアは駆けながら言葉を交わす。


「そういやお前さん、お仲間はどうした?」

「あぁ、ガティシアとイクラディは別行動中なんだ。アインプは……」


 ハシアは一瞬言葉を詰まらせた後に、表情を曇らせて説明を始める。

 ハシア等は少し前にこの集落に到着し、そこで異様な状態の村人達に囲われているニニマを発見。ハシアの仲間である斧使いの女性――アインプは、ハシアとニニマの脱出を助けるために、囮となり別方向に逃げたという。


「マジかよ……それ、ヤバいんじゃないか……?」


 ハシアの説明を聞いた新好地が零す。


「今の俺等の状況も、ヤベェモンだがな」


 言葉を交わしながら駆け続ける四人。

 だが進路上の民家の影から、別の多数の人影が姿を現したのは次の瞬間だった。


「げ!」


 新好地が声を上げる。

 現れた多数の人影は、後方から迫る村人達同様、健常な人間のそれではない風貌で、こちらへ向かって緩慢な動きで向かって来た。


「まずい前後から挟まれたぜ!」


 新たに現れたゾンビの集団と、背後から迫るゾンビの集団により、制刻等は進路と退路の両方を塞がれる。


「屋根だ。屋根に上がれ」


 そこで制刻が横にある住居の屋根を指し示しながら発した。


「ハシア、お前さん飛べたな?その娘を連れて屋根に飛べ」

「あ、ああ……!ニニマさん、掴まって!」

「は、はい……!」


 ハシアはニニマを抱きかかえると、その人間離れした跳躍力で住居の屋根へと飛んだ。


「新好地、ブーストするから先に上がれ」

「あぁ……!」


 新好地は制刻の差し出した手の平にその片足をかける。制刻は自らの手に収まった新好地の足を掴み保持すると、勢いを付けて新好地の身を放り投げるように持ち上げた。瞬間に同時に伸ばされた新好地の手は、住居の屋根の縁まで届き、彼の手は屋根の縁を掴む。そして新好地は懸垂の要領で自身の体を持ち上げ、屋根の上へと這い上がった。


「制刻、ほら!」


 屋根に上がった新好地は、そこから未だ地上に残る制刻に向けて手を差し出す。制刻は助走を付けた後に跳躍。その巨体に見合わぬ軽やかな跳躍を見せ、差し出された新好地の腕を掴む。


「ッ……!」


 制刻の巨体が持つ重量に、新好地は顔を顰める。


「無理はすんな」


 制刻は言いながら、新好地の負担を減らすべく、空いた片腕で屋根の縁を掴み、自らの体重を支える。


「なんの……ッ!」


 新好地は発しながら全身に力を込め、制刻の体を持ち上げる。そして制刻自身も先の新好地同様、懸垂の要領で自身の体を持ち上げ、屋根の上へと這い上がった。


「あいつら……登ってこれねぇみたいだな」


 新好地は地上を見下ろしながら発する。

 前後から迫っていたゾンビの集団は、先程まで制刻等がいた場所で合流。その場で密集し、こちらを見上げながら緩慢な動作で蠢いていた。


「よし……このまま屋根伝いに村の出口を目指そう」


 ハシアがそう発したが、言った彼の顔には、どこか後ろめたさを感じているような色が浮かんでいた。


「ハシア、連れの姉ちゃんは大丈夫なのか?」


 ハシアの内心を察した制刻が、彼に向けて発する。


「あぁ、もちろん心配だよ……。けど、アインプは自ら囮になってくれたんだ、それを無碍にはできない。ニニマさんを安全な所まで連れて行くのが最優先だ」


「そうか。なら、とりあえずとっととここを出るか」


 制刻は言ったが、その直後に彼等を事態が襲った。


「あん?――新好地、姉ちゃん、避けろ!」


 何かに気付いた制刻は発し、同時に身を捻る。


「ッ!」

「キャッ!?」


 制刻の声に反応し、新好地はニニマを抱き寄せてその身を後ろへ引く。

回避行動を取った両者の間を、何かが飛び越えて言ったのはその次の瞬間であった。


「な、何だ!?」


 ハシアが声を上げ、そして四人の視線が、その何かが飛び越えて行った先に集中する。

そこにいたのは、一人の〝おそらく〟人間であった。

 おそらくというのは、その人間の外見と状態にあった。その人物は、四つん這いの姿勢でこちらと相対し、肌は先のゾンビ化した村人達と同様に異常な色をし、なおかつボロボロ。血走った眼をこちらへ向け、歯と歯茎を剥き出しにしている。

 その姿は、人と言うよりもまるで獣であった。


「何だコイツ!?」


 新好地は起き上がりながら叫び、そしてショットガンをその獣のようなゾンビに向けようとする。


「ギギャァァァッ!」


 しかし新好地の態勢が整うよりも早く、そのゾンビは奇声と共に新好地とニニマに向けて飛び掛かった。


「いやッ!」

「ッ!」


 ニニマは目を伏せ、新好地はニニマを庇うように防御姿勢を取る。


「ギェッ!」


 しかし次の瞬間、そのゾンビは奇妙な悲鳴と共に、横へと吹き飛び、屋根の上に叩き付けられた。見れば、その横には蹴りを放った直後の姿勢の、制刻の姿があった。


「ギェェ……!ギェッ!」


 獣のようなゾンビはすかさず起き上がろうとしたが、その前に制刻に踏みつけられ、短い悲鳴を上げた。


「大丈夫か?」

「すまん制刻、助かった……」

「素早いヤツだ」


 制刻は新好地と言葉を交わしながら、小銃を構えてその銃口を獣のような人物へと向ける。


「ま、待つんだ――!」


 それを見たハシアが声を上げ、止めにかかろうとする。


「ハシア、この個体の素早さと狂暴性を見ただろ。流石にこれを相手に不殺を貫くのは、困難だし危険だ」


 しかしそれに対して、制刻はハシアに視線だけを送り、そして説くように発する。


「だな。それに――これはもう、人として生きてるとは言えないぜ……」


 制刻の横に立った新好地が、足元で暴れる獣のようなゾンビに視線を落としながら言う。


「そんな……でも……」


 ハシア自身も、そのことを分かってはいたのだろう。

 だが彼の倫理観が、元は罪なき村人であったであろう目の前のゾンビを、殺傷するという行為に抵抗を見せる。

 しかし、無慈悲にも彼の覚悟が整う前に、小銃の引き金が制刻の手により引かれ、一発の発砲音が響き渡った。心臓に5.56㎜弾が撃ち込まれ、その獣のようなゾンビは「ギェ」という悲鳴を上げて一度痙攣し、動かなくなる。


「ひ……!」


 その光景を目の当たりにし、ニニマが表情を強張らせて悲鳴を上げる。


「ッ……!」


 そしてハシアは割り切れないといった様子の、険しい表情を浮かべていた。


「ハシア。思う所はあるだろうが、今は考える余裕はねぇようだぞ」


 そんなハシアに、制刻は言葉を掛けながら、視線で先の方向を指し示す。

 ハシアがそちらを見れば、今しがた倒された人物と同様の、元は村人であったのだろう獣のような姿勢の者が二体、屋根を伝って跳ねるように駆けながら、こちらへと迫って来る姿が見えた。


「お前さんはその姉ちゃん守ってろ。あれは俺等で相手する」


 発すると同時に制刻は小銃を構え、迫る獣のようなゾンビ達に向けて発砲した。

 三点制限点射で撃ちだされた三発の5.56㎜弾は、接近する二体の内の片方に命中。中空で5.56㎜弾を受けたそのゾンビは、着地に失敗して屋根の上にべしゃりと突っ込み、動かなくなった。

 四足で走るゾンビのその速度は速く、その間にもう一体がこちらとの距離を詰める。しかし、その一体を待ち受けていたのは、新好地の使用するショットガンによる水平射撃だった。

 撃ちだされた散弾群は間近に迫っていたその個体に直撃。散弾はその個体の肉を削ぎ、肉に食い込む。そしてその衝撃によりゾンビは、強制的に逆方向に押し戻され、屋根の上に倒れて動かなくなった。

 迫っていた二体のゾンビを撃退した自衛等だが、直後に彼等の耳が新たな異音を捉える。


「横だ」


 制刻が発すると同時に、制刻と新好地はそれぞれ左右を向き、屋根の縁に視線を向ける。そこから、獣のようなゾンビが、まるで猿のように這い上がって姿を現し、そして両側から飛び掛かって来た。しかし、先と同様に新好地がショットガンの引き金を引き、ゾンビの内一体は、散弾を諸に受けて吹きとばされる。

 その反対側では制刻が、同様に飛び掛かって来たもう一体の個体に蹴りを入れていた。鳩尾に戦闘靴を叩き込まれたその個体は、吹っ飛びそのまま屋根の下へと落下していった。


「……ッ」


 傍らでは、ハシアが複雑そうな面持ちでその様子を見守っている。

 そんな彼が、背後に気配を感じたのは次の瞬間だった。


「ひッ!」


 同時にニニマの悲鳴が上がる。

 ハシアが背後に振り向いて見れば、こちらへむけて飛び掛かって来る、二体の獣のようなゾンビの姿があった。


「ッ!」


 ハシアはニニマを庇って前に出て、飛び掛かって来たゾンビを愛用の大剣で受け止め、押しのける。

 だが一帯を退けた直後に、もう一体がハシアに向かって飛び掛かって来た。


 「く……ッ!」


 交互にハシアに向けてハシアに襲い掛かる二体。対するハシアは未だ躊躇いがあるのか、防御一転倒となり攻撃に転じられずにいた。


「ハシア、躊躇うな」


 しかしそこへ、制刻の言葉がハシアへ飛ぶ。発した制刻の手にはゾンビが一体捕まえられており、そして屋根の下に放り捨てられる。


「ッ――でやぁぁぁッ!」


 言葉を受け、ハシアはついに攻撃に転じた。

 何度目かの飛び掛かり攻撃を仕掛けて来たゾンビを押しのけ、その動作から流れるように愛用のその大剣を構え直し、そして二体のゾンビに向けて横一文字に思い切り薙いだ。

 放たれた斬撃は二体のゾンビの胴を連続して裂き、真っ二つにした。胴を裂かれて真っ二つになったゾンビ達は、一体は屋根の上に落下し、一体は屋根の下へと落下していった。


「……ッ」

「それでいい」


 苦悶の表情を浮かべて元は村人だった者の体を見下ろすハシアに、制刻は発する。


「く……すまない……」

「仕方ないさ……」


 そして村人の体に向けて謝罪するハシアに、新好地が慰めの言葉を掛けた。


「一区切りついたようだな、行くぞ」


 制刻が発し、四人は村からの脱出を目指して屋根の上を掛け出した。

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