第37話 ディーダの暴勇



 左にディーダ、右にノイン。二人とも、いつの間にかマイゼルから私を守るかのように立っている。

 その立ち位置が、二人がマイゼルに向ける呆れたような表情が、きちんと言葉にしてはいなくても、私を庇ってくれているのだと感じさせてくれた。


 ――でも、何故。

 私が思わずそう呟けば、少し怒気を孕んだディーダの金と目が合った。


「別に俺達、貴族だからって理由だけで貴族を毛嫌いしてねぇよ」

「ボクたちは『貴族って肩書を笠に着るヤツラ』が嫌いなだけ。ここ大事だから間違えないでほしいよね」

「そもそも貴族なんて俺たちにとっては、居るかどうかも分からねぇ幽霊みたいなもんつうの。そんなの相手にどうやって嫌悪をつのらせろって?」

「っていうかキミ、さっき『アンタの下でこき使われるのがリアにとって最上の幸せ』とか言った? 本気で言ってる?」


 バカにしたように笑ったノインの、薄桃色が私に何やら期待を寄せてくる。

 まるで誘うような色だった。「別に強要はしないけどね」とでも思っていそうでありながら、その実答えを確信しているかのような、そんな不思議な色に思えた。


「おいリア、屋敷に帰りたいのかよ」


 ディーダは正に彼らしく、直球でそう問うてくる。


 金と薄桃。二つの瞳が私に「お前が決めろ」と言っていた。

 思い出したのは二人と出逢ったあの日のことだ。大雨の中、強い光を灯したあの瞳がとても綺麗で、勇気を貰って。その勇気が私の日々を一変させた。


 ドゥルズ伯爵家から棄てられてボロ雑巾のようだったあの日の私は、今はもうどこにも居ない。色んな人に囲まれて、リアと呼ばれるようになって。新しい服も貰って、日向で笑えるようになった。


 二人の事も、少しは分かるようになった。

 自分の事は自分で決める彼らだから、私の事は私自身が決めるべきだときっと想ってくれている。だからこうして二人とも、私の言葉を、私の明確な意思表示を待ってくれているのだ。


 あの時の勇気が私の日々を変えたように、今出す勇気はきっと私のこれからを変える。

 そもそもここまで二人に甘えて、助けてもらった挙句に自分の本心も言えないような私では、助けてくれた二人に申し訳が立たない。


「私は、帰りません……っ」

「貴様っ」


 両手の拳を握り締めて、なけなしの勇気でマイゼルに「否」を突き付けた。

 震える声は少しか細くなってしまっていたけれど、私の意志は正しくこの場のすべての者に伝わっただろう。


 歯向かった私に怒りを露わにしたマイゼルが、再び私を捕まえようと手を伸ばしてきた。

 しかしノインがその手を弾き、ディーダの足が前に踏み出す。

 あまりに一瞬の出来事で、止める暇なんてなかった。それどころか目の前で何が起きたのかさえ、分からなかったほどである。


 マイゼルが、「ガッ?!」という声と共に後ろに吹っ飛んだ。店の壁――布が収納されている棚へと背中から突っ込み、その衝撃で棚から布がたくさん落ちる。

 頭上からバラバラと落ちてくる重量のある雪崩に、マイゼルは己の頭を咄嗟に手で庇った。



 彼の腹部に、クッキリと足跡がついているのが見て取れた。

 サイズはもちろん、成人よりは少し小さいサイズのもの。ディーダが蹴りの姿勢を解いて足を床につけたのを見て、私は彼がマイゼルのお腹に足蹴りを見舞ったのだと気がついた。


 足跡は、言い逃れの出来ないディーダの加害の証拠である。こうなって、私は初めて完全にマイゼルの恐怖という感情を忘れた。


 代わりに支配した感情は、極度の焦り。

 いけない。貴族はみな、領地を統括する者の権限として領民を罰する権利を持つ。

 そうでなくともマイゼルだ。先程からの発言を聞く限り、彼の選民意識の矛先は私だけでなく彼ら平民にも間違いなく容易に振るわれる。


 そうしたら、最悪今ので死罪にも出来るだろう。それはダメだ。絶対にダメだ。

 ならば考えなければ。どうしたらいい? どうしたら。


 私は必死に頭を回す。


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