第19話 喜び方を知らない子たち
「えぇまぁ一応、人並みには」
裁縫は、そもそも花嫁修業の一環として、それなりのものを身に着けてから伯爵領へと嫁いできた。
ここ数年では他の貴族夫人のように綺麗な布地に綺麗な糸で施す刺繍はなくなったものの、代わりにレイチェルさんから服を取り上げられた事で、ほつれた服の繕いや、屋敷内のまだ綺麗だけど捨てるような生地を貰って、現行の服を見ながら密かに真似て作ったりしていた。
今では何とかそれっぽいものが作れるようになっている。
「流石に貴族が外で着ても遜色のないようなものを作れるほどの腕はないので、あまり期待しないでいただきたいのですが」
「そんなところまで求めてねぇよ」
期待をされすぎて後でガッカリされたら嫌だ。そう思って告げた保険に、鋭いツッコミが返ってくる。
金色の瞳がジッとこちらを見てくるのだけれど、どうしてそんな鋭い目つきでこちらを睨んでくるのだろう。
「で、布を買って作るのかよ」
「え? えぇ、そうですね。そうしようかと思っています。道具もありませんから、今日はハサミや針や糸も一緒に買おうと思いますが……」
やはり気にくわないのだろうか。
ドキドキとしながら彼の返答を待っていると「ふぅん」という許可とも拒否とも聞こえる相槌を返して、フイッと顔を逸らされてしまった。
「じゃぁ俺、外出てる」
「ボクも」
「えっ」
ディーダが抱えていた今日の戦利品たちを入り口にドサッと置き、ノインもそれに続いてしまった。
まだ答えを聞いていないのに、二人はそそくさと外へと出て行った。
一人取り残された私は、カランカランと音を立てながら閉じてしまった扉からゆっくり視線を落とす。
実は、あの家に置いてくれる事への恩返しの一つのつもりで服を作ってプレゼントしようと思っていたのだけれど、もしかして怒らせてしまっただろうか。
思えばそもそも「着るなら清潔な服の方がいい」というのも、単なる私の価値観でしかない。彼らにとっては有難迷惑だった可能性は大いにある。
「やはり二人とも、服には興味ありませんでしたか……」
肩を落としつつ苦笑した。
すると後ろで、クックックという押し殺したような笑い声がする。
「あー、違う違う」
「え?」
店の主・バイグルフさんの声は、慰めているという感じではない。目を向けてみると、困ったような微笑ましいような、複雑な表情の彼が居た。
「いやまぁ確かに服にはそれほど頓着しない方だと思うが、アレはそうじゃない。照れたんだよ、ただ単に」
「照れ……?」
一体どこに照れる必要があるのだろう。
そんな風に思った私に、彼はほんの少しの悪戯心と多大なる親切心を込めて、私の勘違いを紐解いてくれる。
「あいつらには身寄りが無い。二人とも似たような境遇同士で、互いに身を寄せ合って生きてきた。街のやつらは、あいつらが本当に食うに困ってる時は残飯くらいならくれてやるし、俺だってあいつらに貧民としての生き方ってのを教えてやった。着るものに困れば、棄てるような服くらいはくれてやる」
言われてみれば、たしかに先程食品街の店の人たちも、二人に「廃棄品なら」と言っていた。
やはり彼らは、一人で生きているように思えてみんなに支えてもらっているのだ。そんな風に思った私は、次の言葉で現実を突きつけられる。
「でもそれは、不用品をやってるだけだ。俺たちにも俺たちの生活がある。家族なら自分たちの生活を割いてでも助けてやれるが、そこまでの援助はできやしない」
思わず視線を足元に落とす。
言われてみれば、至極当然な話だ。
人に優先順位を付けるだなんて少し寂しい事のような気もするけれど、そうしなければ自分や自分の大切な人たちの生活が危うくなると思えば、とても合理的である。
となれば、やはり二人の『頼る相手がいない』という認識も、いざという時には正しい認識なのかもしれない。
「だからさ、あんたみたいなのはとっても貴重なんだよ」
「……え?」
私?
「あいつらは『自分のための手作り』ってものを知らないんだよ、まだ」
なぜ私がそこに出てくるのか。
予想外の事を言われて、顔を上げて困惑の中で聞き返せば、彼は「やっぱりそれも分かっていないのか」と苦笑気味に言葉を続ける。
「俺も昔は貧民だった。ひょんな事からここの店主に拾われて、店を手伝わされるようになった。メジャーやら何やらを入れているこのベルトポーチは、俺が初めて爺さんから……初めて俺のためにって、他人から作ってもらったものだ。何だかんだで嬉しいもんだ、自分のために誰かが何かを作ってくれるっていうのはな」
腰元のポーチに伸びた手は、大切そうな手つきでサラリとその皮を撫でる。その動作一つで、彼にとってどれだけそのポーチが大切なのかよく分かる。
バイグルフさんの『自分の為に誰かが何かを作ってくれるのは嬉しい』という言葉は、私にも十分理解できる。
幼い頃、私も両親から『私だけのモノ』を貰った事がある。
お母様の刺しゅう入りのハンカチや、リボンや洋服、アクセサリー。それらを貰うたび、嬉しくて心が躍ったものだ。
思えば私は、親から当たり前のようにたくさんの愛を与えられていた。だから誰かから何かを貰った時の、喜び方を知っている。
けれど、彼らは?
もしかしたら彼らは、どう表現していいのか分からなくて戸惑っているのかもしれない。
そう思い至って、やっと彼らの先程の反応に少し得心がいった。
もちろん既にある程度自立している彼らに、ポッと出の私が「親代わりになる」だなんておこがましい話だ。彼らに愛される実感を与えてあげたいだなんて傲慢な事、到底思えはしないけれど。
――あの二人が、少しでもこれで喜べるようになればいいな。
そんな風に、密かに思った。
「で? 見るのか? 布やら」
「はい、よろしくお願いします」
バイグルフの問いに、私はしっかり頷いた。
「じゃぁ見たい布があったら言ってくれ。高い所にあるのは下ろす」
「ありがとうございます」
言いながら、布の棚に目を向ける。
作る予定にしているのはシャツとズボン。
二人分だけど、別のデザインの物を作るほどの技術は私には無い。必然的に同じ型の色違いを作る事になる。
となれば、工夫できるのは色だろう。
辺りを見回してみた限り、一番安い生地は麻である。
彼らが今着ているのも麻みたいだし、生地を奮発したところで私の裁縫の腕が上がる訳でもない。生活水準に見合うだろう麻生地にする。
シャツは今日街を歩いてみんながよく着ていた、この薄ベージュの生地が無難かな。問題はズボンの方だけど、折角だから二人に似合う色にしたい。
長く使ってもらえるように、擦れやすい裾や穴が開いた場所に当て布をするとして、元の色とアクセント、布は二色を選ぶ事ができそうだ。
私としては、ディードはいつも元気な赤のイメージ、ノインは逆に紺色という感じだ。髪色にもそれぞれ似合いそうだし、ベースはそれで良いだろう。
となると、あとは差し色のみ。
うーん……と考えたところで、思い出すのは初めて出逢った時の二人の、曇り空と土砂降りの中でひどく映えた、あの澄んだ瞳たちである。
そうだ。目と同じ色なんてどうだろう。
ディードは黄色、ノインは薄桃。どちらの瞳も綺麗な色だ。
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