第7話 努力を見つけてくれる喜び



「てめっ、いつまで笑ってるんだよこのクソ!」

「だってディーダのお腹が、昨日の今日で空腹を主張してくるから」

「飯食った翌日は腹鳴るだろ! このくらいの空腹なら、実際にはあと三日くらい我慢できる!」


 扉が少し乱暴に開くと共に、二人のワイワイ声がなだれ込んできた。今日も朝から元気でなによりだ、と思わず独り言ちていると、ぶっきらぼうに手が差し出された。

 おそらく先ほどの私のお願いを叶えるためのものだろう。

 顔を洗って目が覚めた二人に「おねがいします」という声と共に懐にしまっていた革袋を渡す。

 と、何故かディーダに、明らかにギョッとされてしまった。


「お前、バッカじゃねぇの? 俺らみたいなガキがこんな大金持ち歩いてたら、その辺の貧民にフルボッコにされた挙句に取られるわ!」

「そうなのですか?」

「はぁーーーーっ」


 わざとらしいため息に少し困惑していると、ディーダにものすごい勢いで革袋をひったくられた。中をまさぐり銀貨をたった一枚だけ取って、彼は再び私に袋を突き返してくる。


「これだけありゃぁ三人くらい、十分腹いっぱいになるんだよ! よく見てろ!!」


 宣戦布告のようにビシッと人差し指を向けてきた後、彼は足をドカドカと鳴らしながら住処から出ていく。

 この反応を見るに、どうやらよほど常識外れなことをしてしまったらしい。眉尻を下げつつ一人反省していると、その背中にノインも続いた。


「一々意固地にならないでよ、まったくもう面倒臭いなぁ」

「うっせぇ!」


 呆れ声のノインにディーダが噛み付いたのを最後に、扉がパタンと閉まっていく。

 ギリギリのところでハッと我に返り二人の背中に慌てて「いってらっしゃい!」と言えば、振り返った二人の何とも言えない表情を最後に、パタンと扉が閉まった。


 彼らが何故あんな顔になったのかは分からない。もしかしたら私がまた何か、常識外れをしたのかも。

 そんな事を考えて数秒後、分からないことをいつまで考えても仕方がない、と思い至った。


 とりあえず今私がすべきは、この部屋を綺麗にする事。改めて室内を見回して、改めてムンッとりきを入れる。

 二人がどれくらいで戻ってくるかは分からないけれど、室内の履き掃除などは二人がいない間に終わらせたい。

 

 箒は見当たらなかったので落ちていた葉っぱ付きの枝で代用し、あの即席雑巾で床を丁寧に拭き上げた。

 窓の外には室内にあった用途不明の布を水洗いにして干してから、途中だった窓ふきに戻る。


 少年たちの声が聞こえてきたのは、ちょうど三つある窓の内の二つ目を拭き終えた頃である。

 教会の十二時を知らせる鐘の音を背景に、二人の言い合いが聞こえてきた事で気が付いた。


「タレの方が上手いだろ!」

「何言ってんの、塩味でしょ」


 今度は一体何の話をしているのだろう。

 屋敷では、レイチェルさんは高慢で一方的にまくしたてるし、ザイズドート様は無口だった。マイゼルだって話し相手が居なかったから、これほどワイワイと話す二人の話題の豊富さを少し新鮮に思う。

 

 扉が開き、二人が姿を現した。

 彼らの手には、肉の串がそれぞれ三本ずつ、計六本握られている。

 いい焦げ色がついていて、炭火の香りが香ばしい。

 外からの風に乗ってふんわりと鼻に届いたその香りに、人知れず食欲をそそられた。


「お帰りなさい、ご飯は買えました?」

「当たり前だ! 銀貨一枚で十分美味い飯が沢山――えっ」

「うっわぁー……」


 部屋に入ってきた二人は中を見るなり、目を丸くして立ち止まった。


 完全に表情まで一時停止したディーダと、思わずといった感じで苦笑したノイン。もしかして私、また何かやってしまったのだろうか。

 全く心当たりが無い。急に不安になってくる。


「少し掃除をしてみたのですが……」


 掃除したのがまずかった? もしかして平民には、埃を同居人として愛する文化が? だとしたら私は、大切な同居人たちに何という事を……。

 眉をハの字にしながら言うと、ノインが「いやまぁ」と言って苦笑を深める。


「この家って、こんなに綺麗だったんだね」

「え。しかしまだ窓の掃除も残っていますし、キッチンだって手付かずです。玄関や外などのドア回りも、まだまだ綺麗にする余地があると思いますが」

「まだ明るくなるのかよ」

「この部屋、何だか眩しくなったよね」


 そうだろうかと思ったが、ふと手元の雑巾に目をやって納得した。

 朝にはそれなりの白さを誇っていたソレが、もう真っ黒のくたびれたボロ布になっている。


 ちゃんと都度洗って綺麗にして使っていたのだけれど、それでも落ちなかった雑巾の汚れだ。

 それだけの汚れを部屋から取り除いたと思えば、たしかに室内も随分と綺麗になったような気がしてくる。


 じわじわと、達成感が込み上げてくる。

 今までどれだけ同じことを屋敷内でやってみても、誰も何も言わなかった。なのに彼らは、こんなにも反応してくれて。


 二人が私の頑張りを見つけてくれたような気がして、嬉しくなった。そんな自分を少しは褒めてあげてもいいのかもしれないと、少し思えた。今までには出会えなかった感情を前に、心が少しくすぐったい。


 気が付けば照れ笑いを浮かべていた。すると、やっと再起動したらしいディーダがフンッとすかさず鼻を鳴らす。


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