第08話 しまった……またやらかしたか……?

 『それにしても大変なことになったな、カズキ』


焚き火の前で枝を放りこむ俺に、大型トレーラーに変形したヴェルファイヤーが唐突と語り掛けた。


「それを言うならお前もだろ。こんな所じゃ整備も出来ないしな」


『確かにそうだが私はBRAIDブレイドだ。空腹も無ければ気温の変化にも困らない。

 この温泉もそうだが、こちらの世界は雰囲気中にエネルギーが充実している。元の世界より今は調子が良いくらいだ』


言われてみれば、スカイライナーもこっちの世界に来てから元気になった気がする。というか、が増した。今も俺を見つめながら尻尾を振って犬みたくお座りしている。


「でもヴェルファイヤーがそんな風に言うってことは、ここは本当に異世界なんだな」


『恐らくそうだろう。異世界というより並行世界と認識した方が的確だろうが』


「なにか違うの?」


『例えるなら異世界は別の惑星だ。同じ言語を用いている保証は無い。なにより大気中の成分を始め、人間が生身で生存できるかも怪しい。

 だが平行世界は同じ地球が辿った別の未来。環境に多少の差異はあっても生物が存在しているのであれば、君達が活動できる可能性が高い』


「……なるほど」


などと言いつつ俺は正直よく分からなかった。今更どちらでも良い気がするし。

 とりあえずヴェルファイヤーが言いたいのは、『この世界でも最低限の生命活動が維持出来る』ということだろう。


「それにしても、もう夜か。今頃、心配してないかな」

『家族が気掛かりか』

「別に。ただ帰った時に小言を言われるのが億劫おっくうなだけだよ」

『そうか。しかし焦る必要はない。恐らくこの世界から帰る時は我々が転移した時点の時間軸に戻っているだろうからな』

「なんでそんなこと分かるんだよ」

『簡単なことだ。今回の一件で並行世界が実在したと仮定すれば量子力学の観点からシュレディンガー方程式に従い、決定論的な時間発展の――』

「ああ、分かった分かった。とにかく元の世界に戻れば全部元鞘モトサヤに収まるってことだな」


手を払うように俺は適当なあしらい方をした。ヴェルファイヤーには悪いが、量子力学や方程式なんて言葉は聞いただけで頭が痛くなる。


「それよりヴェルファイヤー。お前がさっき言ってた『気になること』って何なんだ?」

『なに、些細なことなのだが――』


「あ〜、良いお湯だったわ!」


ヴェルファイヤーの言葉を遮るように北河きたがわ草薙くさなぎが温泉から上がった。

 きちんと制服を着てはいるが、湯上りに体を火照らせ髪を下ろした姿は妙に色っぽい。

 おかげでヴェルファイヤーの言いかけていたことを、俺はすっかり忘れてしまった。

 

 焚き火に当たりながら北河は草薙の髪を梳かしていた。顔は似ていないが本当の姉妹みたいだ。

 すると草薙がうつらうつらと船を漕ぎはじめた。眠い目を擦る姿はとても高校生と思えない。

 トドメとばかりに小さな欠伸あくびを一つすれば、北河の膝枕で寝息を立てる。


「あ、こら飛芽ヒメ! 寝るならヴェルファイヤーの中で寝なさい!」


北河が肩を揺するも一向に起きる気配が無い。

 諦めた北河は溜息を一つ吐いて、そのまま草薙を寝かしつけた。

 不意に訪れた静寂。俺と北河はパチパチと鳴る焚き火を黙って見つめた。


「……長瀬ながせ


静けさを打ち破ったのは北河。だが彼女は何故か手をもじもじと遊びは目線をそらしている。


「今日は、その……ありがとう」


「なにが?」


「怪獣に追いかけられた時よ。私を助けてくれたでしょ。まだそのお礼を言ってなかったから」


「なんだ、そんなの当たり前だろ。北河を放っては行けないよ」


何気なく俺が答えると、北河は驚いた様子で俺を見返した。青い瞳がじっと俺を捉える。


「なんだよ。俺なにか変なこと言った?」


「いいえ。ただ学校ではアンタと話すことが無かったから、少し意外だと思って」


「そう?」


「そうよ。アンタっていつも男三人でつるんでたじゃない。特にアンタはちょっと話しかけにくい雰囲気だったし」


「仕方ないだろ。機核療法士レイバーって女の方が多いから男で固まるんだよ。それに俺からしてみれば北河も意外だったよ」


「そう?」


「そうだよ。ゲーム好きだなんて知らなかったよ。北河って美人だし品もあるしさ、雲の上の人っていうか、高嶺の花ってイメージだったから」


「なっ……なによ急に! そんな見え透いた御世辞言われたって、私は……」


「御世辞じゃないよ。全部本当のこと。だけど実際は面倒見がよくて優しいし、全然お高くとまってる感じもなくてさ。正直安心した。この世界に一緒に来たのが北河で良かったよ」


「あ、安心って……それってどういう意味……ハ、ハクチュンッ!」


小鳥のような可愛らしいクシャミをして、北河は両の腕をさすった。

 確かに少し冷えてきた気がする。焚き火があるとはいえ湯冷めしたのかもしれない。


 俺は白い制服を脱いで、北河の震える肩にそっと掛けた。


「風邪ひくと、いけないから」


そう俺が言い終わるより早く、北河は青い瞳を見開いて驚きをあらわにした。焚き火のせいか顔が赤い。

 だが北河は俺の制服を固く掴むと、何も言わずにプイと顔を背けた。

 揺れる北河のポニーテール。草薙の小さな寝息と焚き火の音だけが耳朶じだに触れる。


(しまった……またやらかしたか……?)

 

時の流れが間延びするかのような沈黙。

 北河とは対照的に冷や汗を浮かべる俺は、寒さからではない鳥肌が全身を覆った。

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