第十四章 第二次世界大戦(覚醒編)

昔話

 妙高とツェッペリンは列車でベルリン中央駅まで戻ってきた。パリ行きの夜行列車が出るまでまだ時間があったので、ベルリン動物園やヘルマン・ゲーリング博物館で適当に時間を潰し、夕食を済ませた。


 ベルリン中央駅でアイヒマンからもらった錦の御旗を見せつければ、駅員は直ちにツェッペリンと妙高に一等寝台を手配してくれた。ここに来た時と同じくベッドが二つ並んだ個室である。部屋に入ると早々に、ツェッペリンも妙高もベッドに横になった。


「アイヒマンさんって何者なんですか? もう退役したと仰っていたのに、とんでもない影響力を持ってるみたいですけど……」

「我も詳しくは知らんが、まあ奴はヨーロッパの鉄道の父みたいな感じだからな。尊敬されているのも無理はなかろう」

「なるほど……。そう言えば妙高、ツェッペリンさんの昔のことを何も知らないですね……」


 前に瑞鶴から大東亜戦争の話を聞いて、妙高はツェッペリンの過去にも興味を持っていた。


「話しておらんからな」

「そ、そうですね……」

「何だ、我の昔話でも聞きたいのか?」

「嫌でなければ、是非……」

「嫌なことなどあるものか。我にとっては、我が総統と共にあった輝かしい時なのだから」

「では、お願いします」


 夜はまだ長い。ツェッペリンは妙高に、第二次世界大戦の思い出話を語り始める。


 ○


 一九四二年六月七日、ドイツ国大ベルリン大管区ベルリン、ミッテ区パリザー広場、帝国軍需省。


 ツェッペリンが登場する2年前、全ての始まりはこの時であった。


 ドイツ海軍で最高の地位を持ちつつも、大型艦は約立たずと総統に批判され、影響力を失いつつあるエーリヒ・レーダー海軍元帥は、ただの建築家でありながらその管理能力を買われて軍需大臣に抜擢された男、アルベルト・シュペーア軍需大臣を訪ねていた。


「シュペーア大臣、この報告書を見て欲しい! 日本からもたらされた新兵器の情報だ!」


 レーダー元帥はシュペーア大臣に数十枚の綴られた報告書を手渡した。日本から潜水艦で秘密裏に運ばれてきた書類である。


「はぁ。何ですか、これは?」

「日本の秘密兵器の情報だ。大量の無人機を人の脳と繋いで動かす計画らしい」

「はぁ……」


 シュペーア大臣は心の中で激しく溜息を吐きつつも、海軍で二人しかいない元帥を無下にもできず、書類に目を通した。が、最初の方の要諦を見ただけで、シュペーアは読むのを止めた。


「本当に、これは何なのですか? もしかして閣下もヒムラーのオカルトにやられたんじゃないでしょうね?」


 ハインリヒ・ヒムラー親衛隊全国指導者は、北欧神話を本気で信じているオカルト信者であり、その趣味については総統にもすっかり呆れ果てられている。


「まさか。あんな男と一緒にしないでもらいたいものだ。これは科学なのだ。科学の極地にこの秘密兵器があるのだ!」

「はぁ……。まあその真偽は置いておいて、私に何をさせたいんです?」

「この秘密兵器を活用するには空母を建造しなければならない」

「空母? つまりグラーフ・ツェッペリンを完成させることに協力せよということですか?」


 航空母艦グラーフ・ツェッペリンはこの段階で8割ほど完成していた。


「その通り。軍需省の手助けがあればすぐにできる筈だ」

「お言葉ですが閣下、空母を建造するより戦車を製造するのに物資と労力を割いた方がよいかと」

「……シュペーア大臣、これは君が真っ当な人間と信用した上で言うが、このまま戦車を増産したとして、我々に勝ち目があるとは思えない」


 レーダー元帥はとりわけ声を低くして言った。


「閣下、正気ですか? そんな敗北主義者のような発言は――」

「君だって本当は分かっているのだろう? 東部戦線は今でこそ何とか拮抗しているが、いずれ赤軍の物量に圧倒され我が軍が押し潰されることは目に見えている」

「…………ええ、確かに。その可能性は高いでしょう」

「だからこそ、我々は今の内から戦局を打開する決戦兵器を用意しなければならないのだ! 負けてからではもう遅い!」

「……なるほど。閣下がどうやら本気であるということは分かりました」


 こんな親衛隊に聞かれた粛清させる話題を出すほどに、レーダー元帥はシュペーア大臣を説得することに本気であった。その意気込みにはシュペーア大臣も少しは本気にしてやろうと思った。


「では、手を貸してくれるか?」

「それはこの文書を精査してからです。それで有用でありそうなら、軍需省としては勿論、全力で閣下に協力しましょう」

「ああ、そうか、ありがとう」

「無駄だと判断すればこの話はなしですからね」

「大丈夫だ。最初はヒムラーの妄言と同じように思えるが、きちんと読めばそんなことはないと分かる筈だ」

「分かりましたよ。きちんと読みますとも」


 レーダー元帥は一旦軍需省を後にした。シュペーア大臣は秘密兵器とやらをちゃんと理由をつけて否定するつもりで報告書に目を通したが、彼もまたこの計画、日本の岡本技術大佐の構想する船魄計画の有用性に気付いた。


「で、どうだったかね、シュペーア大臣?」


 翌日、レーダー元帥は再び軍需省を訪れた。


「確かに、有効性は認めます。これが本当に実現できるなら、ですが」

「必ず実現できるとも」

「一体何の自信があって……」

「よし。では我が総統にご許可を頂いてこよう。君の賛意も得たと伝えさせてもらうぞ」

「はぁ。どうぞ、ご自由に」


 シュペーア大臣は自分が止めても無駄だと判断した。

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